8. 速攻
秋も深まり、夜は立冬のような肌寒さを感じさせる。
だけど、いまの私にはまるで肉体的な神経が麻痺しているかのよう。
最近、バス停の〈彼〉は、アイボリー色の毛糸のマフラーを首に巻いていた。
手で編んだかのような、ボリューム感のあるマフラー。
マフラーと、さらさらした赤い髪とに包まれた、白くて綺麗な彼の小顔にいつもどぎまぎさせられる。
私もすでにグレーのマフラーを巻いて通学していた。
彼とほぼ同じ色のマフラーを所有しているけれど、そのマフラーをして彼と同じバス停に並ぶのは恥ずかしくて出来なかったのだ。
だけど。
言葉に出来ない、彼とのなにかしらの進展は少なからずあると思う。
最初に彼と出会ってから――――――
彼からの視線を感じた。
目と目が合った。
彼のほうから私に意識を向けていた。
そして――――――
同じ色のマフラーをつけて同じ空間にバスを待つ。
勇気を振り絞って隣に立ってみる。
ドキドキしている私の隣で、彼の方から挨拶される。
その時――――――
私はしっかりと彼に向かって声を発しなければならない。
言えるのか。
彼に顔を上げて、おはようって。
全身が一気に火照る。
「ああー、ムリムリムリ!」
ベッドの上で枕を思い切り抱きしめて勢いよく転がった……。
冷たい羽毛布団の上で熱くなったカラダが鎮まっていく。
しばらくして動きを止めると、私はハンガーにかかるアイボリー色のマフラーを眺めた。
彼のそれと、ほぼおそろいのマフラー。
並んで立つと、周囲にはカップルだと思われるだろうか。
そう思われることが、彼にとって迷惑なことじゃないのだろうか。
否。
そんなことはないはず。
これまでも少しずつではあるけれど彼からのフィーリングを感じているのだ。
私には目標がある。
進路のこともあるけれど、また別の事。
それは、クリスマスまでには、彼との関係になんらかのケジメをつけたいという事。
一種の賭けではあるけれど。
ずっと悶々とした気持ちのままでは勉強に身が入らない。
ダメならダメでスパッと諦める。
だけど、もしも、彼の方から私と特別な関係になることを承諾してくれたなら。
その時は。
どうしよう……。
刹那、携帯電話がけたたましく鳴った。
飛び跳ねた心臓が上半身をベッドから引き離す。
マサシからだった。
ふうっと息をついて受話口を耳に当てる。
「もしもし」気のない声を彼に向けた。
「お! こんな時間にわりぃ、もしかして寝てたか!?」
「起きてたよ、で、何?」
「何って、美野里のことだよっ」
そうだった。マサシが美野里のことを調べると口にしてから3日経つ。
「分かったことでもあるの?」
「そうだよっ! あの女、登校拒否していたらしいぜ、で、その理由がクラス内での虐めらしい」
美野里は高校3年生だ。
その時、ふと思った。
美野里は、〈彼〉と同じ学校の生徒だった。
「どうした? なに黙ってるんだ?」
マサシの言葉に、あ、と声にでる。
「何が、あ、だ。それで、家に引きこもって1年以上経つらしい」
知らなかった。清佳からそんな話は聞かなかった。
「お前、清佳から聞いてないの?」
私の思いを読んだかのようなマサシ。
「初耳だよ、あの子はあまり姉のことを話したがらなかったから」
「だろうな、清佳はほとんど家にいなかったわけだし」
引きこもりの姉。
出ずっぱりの妹。
対照的なきょうだいだ。
学校で虐められて引きこもり。
だけど、高校3年生。
登校拒否だなんて。
あと、数ヶ月で卒業するわけだし。
あまりに欠席すると、退学処分させられるのではなかったか。
その考えは当たっていた。
「学校も辞めさせられて今は俺と同じ無職だってよ」
自虐的に表現したいのか、抑揚をつけてマサシはそう言った。
美野里は〈彼〉のいる学校にはすでに居ないのか。
なんだかホッとした。
ただ、彼女が引きこもりだったなんてのは、海辺での写メのことを考えれば真実ではない。
清佳を尾行して、なにかをする機会を待つ。
その、なにか、とは言うまでもない。
すでにその目的は達成しているのではあるけれど。
自らを否定するようにかぶりを振った。
そもそも美野里が犯人だというのはまだ仮説の域から脱していないし。
それにしても。
マサシもよくここまで調べたものだ。
おそらく美野里のいた学校で他の生徒を脅して聞いて廻ったのだろうな。
私の返事を待っているのか、マサシは黙ったままだ。
「どうして虐められていたの?」
他に話すことが思い当たらないので聞いた。
へっ、か、ふんっ、なのか分からないが、マサシは相手を小馬鹿にするような息を吐いた。
「決まってんだろ、くらーい性格に、あの見た目。この前見た写真はもっと不気味になってたけどよ」
やはり理由は聞くまでもなかった。
マサシに小馬鹿にされたのが不愉快でならない。
「じゃあ切るから」
不機嫌そうに私は言った。
「ちょ、ちょっと待てよ」
「何?」
「俺だって苦労してここまで嗅ぎつけたんだぜ?」
「ありがと」
「それだけかよっ! お前も少しぐらい動け!」
どこからかけているのだろう、周囲も気にせずかなりの大声を上げているマサシ。
曖昧に返事をして私は通話を切った。
マサシの言ったように、確かに、写メの中の美野里は実際に目にした時の彼女より生気のない風体にみえた。
「ゾンビ、か」
言いながらなんとなく画像ファイルを開く。
「ん!?」
清佳が送りつけてきた海辺での写メ。
最初目にした時は、何かの見間違いかと思ったのだった。
それが再び私に同じ衝撃を与えた。
いや、そんな生易しいものじゃない。
あんなに火照っていたカラダが、いまは逆に凍り付くようで。
恐怖と寒気が入り混ざり、勝手に肩が震えはじめた。
もう、見間違えじゃない。
清佳の背後に写っていたはずの美野里。
いまは、清佳の隣に立っている。
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