7. 薄弱

店を出ると、空はすっかり晴れ渡っていた。

隣では、マサシがくわえタバコで使い捨てライターをチャカチャカ鳴らしてる。

腕時計に目を落とすと午後3時。

初秋にもなると雨上がりの冷たい空気が小風にのって心地好い。


私の憶測は当たっていた。

ショウゴから渡された携帯電話。

保存された写メのなかに清佳と海に行った画像が数枚分残されていた。

「いずれ削除しようと思ったけれど、やっぱりサークルの思い出だし」

ショウゴはぼそぼそとそう呟くと、ようやくストローを袋から出してグラスにさした。

マサシが口を開いた。

「なんだよ? 用ってそんなことか? 俺は清佳が他の男と遊んでいることぐらい薄々感じてはいたさ、ま、今になってそんな画像見させられても俺は怒りすらおぼえねえ」

いかにも自分の心の広さを表に出すかのような態度だった。

「アンタには関係ないから」

私は横目使いにそっけなく言った。

ちっ、なんだよクソアマ、と毒を吐くマサシの言葉を聞き流しながら、その数枚分の画像全てに目を凝らす。

1枚目。

海の家、というのだろうか、かき氷と書かれた旗が風に靡いた店の中にて。

ベンチに座った水着姿の清佳と3人の男を、十数メートル離れた外の浜辺から立ってコチラに向いている女。他の遊泳者数人に紛れてよほどよく見ないと気づかない。

2枚目も似た感じだった。

岩の上に腰を屈めたり、尻をのせたりした清佳達の画像。他のメンバーが撮ったのだろう。そこにはショウゴも写っていた。離れた位置に浜辺に立つ女がいる。やはりこちらに向いていた。

3枚目、4枚目。

同じだった。小さく写り込む姿では表情が読み取れないが、多分に笑顔ではないことは確かだ。

清佳が入っている写メには全て黒い姿をした女がいたということが判明した。

それをショウゴに言うと、彼は唖然としていた。

「え? あ……以前、清佳に送った写メが強烈すぎて、他の写真なんて見もしなかった」

確かに、以前に見せられた画像は清佳の至近距離にその女が写り、尋常じゃない。

もう一度、例の画像を開いてマサシに見せた。

彼の顔は、まるで突然の物音に驚いた猿そのものに変わった。

「え? ……なにこれ、美野里じゃん」

頬の痩けた女の姿を目にして彼はただただ驚いていたのだった。


「なんで俺に知らせなかった?」

不機嫌そうに言って隣の男はタバコをふかす。

私に対する当てつけだろうか、煙が鼻先にまで漂ってきた。

「アンタに言ったところで、どうにかなる訳でもないでしょ」

顔をしかめて私は返した。

マサシにそんなこと知らせたところで何の解決にもならないと思っている。

美野里が清佳を付け狙っていた。

だとしたら、血の繋がらない妹である清佳を殺した犯人だという可能性が十分にある。

なのでマサシのでる幕じゃない。

ショウゴのことでよく分かった。マサシはただの乱暴者だ。

そのショウゴはといえば、バイトがあるから、と言ってそそくさとクルマに乗って去っていったのだった。

走り去るスポーツカーを遠目に見ながら、マサシは小首を傾げる。

「あの野郎、今回の事件のことから一切関わりになりたくないオーラがぷんぷんしてたな」

「当たり前でしょ、実際、関係なさそうだし」

「まあな。でもまさか美野里が犯人だなんて……俺はあのガリ勉の女が清佳を襲うなんて想像できねえんだが」

またマサシの意外性を目の当たりにした。

なんでもかんでも関わる者すべてに殴り込みに行くのかと思っていたが、彼は彼なりに冷静に分析している。

私は気になることをマサシに尋ねた。

「清佳が他の男と遊んでいるってこと、アンタ、なんとも思わなかったの?」

金髪男は、あ? と私に向いてタバコを投げ捨てた。

その後、想像もしなかった言葉を口にした。

「悪いのは俺だ。清佳は自分の居るあの家から出たいって何度も言ってたんだ」

それは私も彼女から聞いているから知っている。

うつむき加減で彼は続けた。

「だからさ、俺がちゃんとした働き口をみつけて、清佳と一緒に暮らせるくらいの生活力を身につけるって約束したんだ、けれど、俺は、俺は」

その後は鼻を啜ったまま言葉にならなかった。

聞かなくても分かる。仕事を変わっては、辞めての繰り返し。

以前、バスの中で清佳から聞いた、死ねよアイツ、という声がどこからか聞こえてきそうだった。

だけど、死んだのは清佳のほうだった。

「すまん、泣いてばかりだな、俺」

「しょうがないじゃん、恋人を失ったんだから」

さすがに情が湧いて不意に口走った。

「美野里のこと探るぞ」

「乱暴なことはよしてよ」

「ああ。下手なことして警察沙汰になるのは俺もゴメンだ」

彼はそう言うと、ああそれから、と私に手を差し出す。

「お前も、その写メ持ってるんだってな、見せてくれ」

断る理由もない。私は頷いて携帯電話を開く。

ピンクの亀がゆらゆら揺れた。

「変わったストラップだな」

「清佳からお土産に貰ったの」

「そっか……あ、美野里ってこんなヤバ目の女だったっけ」

確かに、意識が遠くに吹き飛んだかのような表情ではある。

マサシは真顔で、

「まるでゾンビじゃん」

と呟いた。









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