第92話 もしかして不倫?


 この白い空間は、時間が経つに連れて心をむしばまれるような気がする。

 始めは、不思議な空間だと思う程度だったが、この空間に長い時間滞在する事で精神が病んできた。

 もしかしたら、これが糞神を作り上げる土壌どじょうとなっているのではなかろうか。

 そんな腐敗を作り出す場所で、糞神の講釈こうしゃくが始まりつつあった。


 やっとのことで、夫婦喧嘩にけりを付けたと思ったのに......やはり糞神は糞神だということか......

 いや、それよりもカオルを何とか元の状態に戻したい。


 今や猫では無く、可愛い少女の姿となったカオルにチラリと視線を向けていると、アルファルドからティモレスと呼ばれていた糞神が自慢げに話し始めた。


「僕もね。君達と同じでこの世界にはウンザリしていたんだ。だから、この白い世界から逃げ出したかったよ。だけど、僕は君達とは違う。そう、死ぬ事や下界の人間を甚振いたぶる事では無く、僕がこの世界を支配して自由を得る事にしたのさ」


 やはり、この白い世界は神をも狂わせる力があるようだ。奴等もここから逃げ出したくてたまらなかったのだな。


「それにはね。ミカエラを始め、アルファルド、君達が邪魔だったんだよ。でも同じ神同士で殺し合いは出来ない。オマケに神を殺してもここから出られる訳じゃない。だから色々と策を張り巡らせたのさ」


 ティモレスという糞神は、まるで自分の講習会のように、自慢げに己の気持ちや考えを饒舌じょうぜつに喋っている。


 これって、犯罪者にありがちなコントロールフリークというやつだろうか。

 確か、己の考えを正当化し、その考えを他人に押し付けて、無理矢理に支配しようする意味だったような記憶がある。


「ふむ。で、ティモレスは、どうやってそれを成したんだい?」


 どうやら、アルファルドは少しでも情報を引き出すために、わざと下手に出ているようだ。


 まあ、この手の者は自分の考えがどれだけ素晴らしいか、ツラツラと唄うからな。


 アルファルドの考えを察して、俺は黙ってティモレスとやらの演説に耳を傾ける。

 奴はかなり気分が高揚して来たのか、アルファルドの質問をこころよく受け止めたようだ。


「うむ。良くぞ聞いてくれた。流石はアルファルドだ。そう、僕の遣った策は多岐たきにわたる。ミカエラが死神を助ける事を誤る切っ掛けから始まり......」


『なんですって! あの賢者の石はあなたの仕業なのですね!』


 奴の言葉を聞いた途端、宝石の中にいるミカエラが驚きと怒りの混ざった声を上げる。


「ああ、あの精神の腐った三人組を作り上げたのも僕だ。それにこの白い世界にも少し手を入れさせて貰ったよ。精神が病むようにね」


 どうやら、この世界に居ると心が腐っていくような気がするのは、奴の仕業らしい。


 この異常な空間について考えていると、奴の話を聞いて黙考していたアルファルドが、過去を振り返ってみたのか、奴の言葉に納得したように頷きつつ口を開いた。


「そう言われて初めて気付いたよ。そうだね。昔はここまで心がむしばまれる事は無かったように思う。そうか、君がシステムに干渉したんだね。それに審判で逝ってしまったあの三人も、君に消されたレプルスも、少し異常だと思っていたんだ。ふむ。これで納得がいったよ」


 その言葉を聞いたティモレスは、ニヤケていた表情を更に大きくしていく。

 何処がえつに入ったかは解らないが、余程に嬉しかったのだろう。

 そんな奴が笑みを消して、視線をこちらに向けてきた。


「本当に大変だったよ。特にその死神をコントロールするためのプログラムには手を焼いた。でも、なんとか間に合わせたし、これで万々歳だと思っていたんだけど......そう、最大のイレギュラーはお前だよ。高橋颯太! お前が僕の書いたシナリオの中で唯一コントロールできない存在。糞忌々しい存在だよ。だからさっさと消えてくれ! やれ! 死神」


 奴は罵りの声をあげると、カオルへ俺を始末するように命じる。


 糞神なんて如何とでも対処できると思って気を抜いていたのが失敗だった。


「やべっ!」


 瞬時に回避しようとしたものの、気が付くと真っ黒な巨大な玉に包まれてしまったのだった。







 何も無い真っ暗な暗黒の世界。

 右も左も上も下も、何処までも真っ黒だ。

 いや、全てが真っ黒な所為で、その空間の広がりすら解らない。

 故に、ここが部屋なのか、空間なのか、それとも無なのかすら解らない。


「くそっ、しくじった......それはそうと、ここはどこだ?」


 己の姿しか見えない真っ暗な世界で、思わず独り言が勝手に口から出てくる。


『何をやってるよ! ソウタのバカ!』


『そうだぞ! 油断大敵だ!』


 宝石の中にいるミイとエルから叱責の声が聞こえてくる。


 うむ。確かに俺の油断だな......


『まあ、そうなんだけど、それよりも脱出する方が先じゃない?』


 プンプンと怒っているミイとエルをしずめるように、マルカの声が割って入ってきた。


『そうニャ~の。ここじゃ子供を育てられないニャ~よ』


 いやいや、そういう問題じゃないんだが......でも、子供か......欲しいかも......


 ニアの台詞で、思考が別方向に向いてしまった。


 いかんいかん! まずは現状把握だな。


「なあ、ミカエラ、お前ならここが何処か解るか?」


『恐らく次元の狭間はざまだと思います』


 嫁と一緒に宝石内に居るミカエラは、自信なさ気に答えてくるのだが、それも仕方ないだろう。

 何故ならば、こんな所に来た経験がないと思われるからだ。


「ミカエラ、ここから抜け出す方法とか思い付くか?」


『ん~、ちょっと私では想像すらできませんね』


 ふむ、神であるミカエラが解らないのならお手上げとなるのだが......


 なんて、やや諦め状態となっていると、キララからの欲求が聞えてきた。


『ママ、お腹が空いたの』


「そうか、じゃ~、飯にするか」


 そう言えば、飯を食いそびれていた事を思い出して、安易にそう答えたのだが、そこで否定の言葉が掛けられた。


『主殿、それは拙いぞ。この空間には水も無ければ空気も無い。故に長居は禁物なのだ』


「えっ!? じゃ、なんで俺は生きてるんだ?」


 フレアの異論を不思議に感じた俺は、即座にその疑問を口にする。

 すると、今度はセーレンが答えてきた。


『今はわたくし達が精霊王の力で結界を張っているのです』


 セーレンの台詞に続き、今度はエアロが口を開いた。


『そうだぞ! ソウタ、アタイ達が結界を張らないと、この世界に入った途端、あっという間に死んでたんだぞ』


 ぐはっ! 真っ暗な以外は何とも無いから軽く考えていたのだが、実はめっちゃ厄介な事になっているようだな。


 三精霊王の言葉で、この空間の恐ろしさを思い知ったのだが、そこで疑問を感じた。


「なあ、何も無い世界でも精霊王は平気なのか?」


 その質問に三精霊は押し黙り、四人目が仕方なしという風に話し掛けてきた。


『はぁ~、みんな、都合が悪くなると私に振る癖は未だに変わらないんだね......』


 どうやら、精霊王の間では俺の目には見えない遣り取りがあるようだ。

 フヨウは溜息を吐きながら愚痴をこぼしつつも、話を続けてきたのだが、その内容は大したものでは無かった。


『ソウタ様から吸い取っているんだよ』


 まあ、何となく想像は付いたけど、その程度なら問題ないだろう。なんて思ってたら、フヨウは更にとんでもない事を告げてきた。


『このままだと、数時間でソウタは干からびちゃうよ?』


 ぐはっ! 数時間で即身成仏かよ! それは勘弁だ!


 その話を聞いて、流石にのんびりしている場合では無いと気付き、即座に嫁達に声を掛ける。


「なあ、ヴァルキリアとしての知識で何とかならないのか?」


 嫁達の知識では如何にもならないだろうし、精霊もお手上げの様子だ。残るはヴァルキリアに頼るしかないのだが......

 しかし、彼女達は沈黙を守るように押し黙っている。


「じゃ、ナナミは何かないか? フォールドシステムとか」


『主様、アニメの見過ぎですね。そんな都合の良いものはありません。それに、パクリはダメですよ?』


 ぐはっ! パクリ常習犯にしてご都合主義のナナミに指摘されてしまった......


 それはそうと、それでは脱出方法が全くない事になってしまう。

 このままでは、俺は即身成仏になってしまうだろうし、如何したものだろうかと考えていると、ミイがおずおずと意見を述べた。


『あの~、そろそろ正体を現す時だと思うのですが......』


 ん? これはヴァルキリア・ミイの方か? 正体とは一体何の事だ?


 ヴァルキリア・ミイの言葉に首を傾げていると、続けてエルが声を発した。


『そうです。もう良いのではないのですか?』


 ん? ヴァルキリア・エルか......


『流石に、このピンチは拙いと思いますが』


 ふむ。恐らく、ヴァルキリア・マルカだな。


『あまり意地悪をしてはダメだと思いますが......』


 ん......お前、誰だよ! 声からするとニアのようだが、語尾が無いと解らんぞ!


 ヴァルキリア・ニアの台詞が誰か解らず、思わずツッコミを入れてしまいそうになる。

 しかし、それよりも先に、ヴァルキリア・サクラが驚きの台詞を口にした。


『もう、良いのではないですか? 女神ノラ様』


 今、何て言った? 女神とか言ったか?


 ヴァルキリア・サクラの台詞に驚いていると、溜息と共に女性の声が聞えてきた。ただ、その声には聞き覚えがあった。


『はぁ~、もう! ヴァルキリア達は......仕方ないですね。ほんっと、泣き付き上手なんですから!』


 その声の主は次の瞬間、俺の目の前に姿を現した。


「ナナミ?」


 そう、目の前に現れたのは、宝石内に居たナナミだった。


「はい。ナナミこと原初の女神ノラです。あら、自分で女神と名乗るのは少し行儀が悪いわね。わたくしがノラです。主様」


 目の前に立っているナナミが、己を女神ノラだと名乗ったのだが、俺は余りの驚きに返事すら出来ずに固まってしまうのだった。







 暫しの時間が経ち、ナナミ......いや、原初の女神ノラから、彼女に関しての話を聞かされた。

 まあ、簡単に言うと、管理に飽きたからあの糞神を作って、呑気にバカンスを楽しんでいたのだそうだ。しかし、何時からか自分達が作った糞神達の行動を不審に思うようになり、ひっそりとチャンスを伺っていたとの事だった。


 てかさ、抑々がお前が元凶だし、お前がサクッと片付ければよかったじゃね~か。


 そういう苦言を申し立てたのだが、一度神とて誕生させた彼等を何も無く消す行為は、原初の女神ですら出来ないと言うのだ。


「で、ナナミ......いや、ノラ、ここから出る方法があるのか?」


「あ、狼さん。流石に呼び捨ては不敬ですよ」


 俺が女神ノラに尋ねると、宝石の中に居るミカエラがたしなめてきた。

 しかし、ノラはニコリと微笑むと、首を横に振って己の意見を述べてくる。


「あら、全然構わないわよ。だって、今や颯太はわたくしの旦那様なのですから」


 えっ!? 原初の女神が俺の嫁!? 確かにナナミは俺の嫁ではあるが......いやいや、今はそんな事に驚いている場合では無いのだ。


「話を戻すが、さっきはそんな都合の良いものはないと言っていたよな?」


「そうですね~。そんな物は無いですし、わたくしもここから抜け出す程の力を持っていません」


「だったら、如何するんだ?」


 女神が出てきたのは良いが、脱出方法が見つからないのなら何の意味も無いのだ。

 やや、悲観的に現在の状況を考えてしまうのだが、ノラは全く表情を崩すことも無ければ、慌てている様子も無い。

 そんな彼女は、これで解決とばかりにサラリと告げてきた。


「ここから抜け出す力がないのなら、それを得れば良いのです」


 彼女は事も無げに言うが、それは不可能だと感じてしまう。


「いやいや、そんな力を如何やって得るんだ? そのこと自体が困難だろ?」


「いえ、今の旦那様なら簡単ですよ? というか、いつまで寝た振りをしているのかしら、いい加減に出てきなさい」


 彼女は俺の言葉を否定すると、誰に向かってかは解らないがとがめの言葉を口にした。

 すると、何故か俺のアイテムボックスから勝手に賢者の石が出たかと思うと、発光したまま宙に浮いていた。


『ぬぬ、ノラ、久しいのう。息災であったか?』


「息災であったではありません。あなたも少しは働いて下さい」


 何処からともなく、威厳いげんのある声がノラに話し掛けたのだが、彼女はぴしゃりとその声の主に叱責しっせきの言葉を投げつけた。


『すまぬ。颯太との旅が面白くてな。ガハハハハハ』


 てか、この声の主は誰だ?


 この流れからすると、恐らくは賢者の石が声を発しているのだろうが、その人物が何なのかが全く解らない。

 しかし、ナナミ、いや、ノラは眉間に皺を寄せると、その声の主を糾弾きゅうだんし始める。


「どうせ、颯太に宿って、女達に手を出していたのでしょ! もう! 本当にスケベなんですから」


『ぬぐっ、いや、そういうな......其方だって颯太に抱かれていたではないか』


「......でも、初めてを奪ったのは、あなたの宿った颯太でしたわ」


『あっ、こら! それを言うな! ぐはっ! 痛っ!』


 まるで痴話ゲンカのように言い争う声が聞えてきたのだが、次の瞬間、俺はその賢者の石を掴むと、真っ暗な世界の床に叩き付けた。


 まあ、床があるかは不明だが......それよりも俺は頭にきていたのだ。

 何故なら、あの精神試練の後に起こった乱交騒ぎは、こいつが俺に宿った所為だと気付いたからだ。


「この糞ボケが!」


 思わず罵声を飛ばしてしまったのだが、それに対する反論が集中する。


『ソウタもあまり変わらないと思うけど?』


『そうだな。妾の始めてもソータに奪われたし』


 ミイとエルがそう言うと、マルカやニアがその後を受け持った。


『確かに、女を落とす力は類似してるよね』


『ん~、にゃ~が思うには、同一人物かニャ?』


 な、なんだと~! 俺はそんなに女誑おんなたらしではないぞ!


 心中で反論するが、サクラが止めを刺してきた。


『多分、ソウタが賢者の石を手にした時から、二人は同調してたのよね』


 サクラの衝撃的は話に固まっていると、ノラがそれを補足してきた。


「多分、本人達が気付いていないだけで、今や同じ精神の持ち主になってるようですね。だって、夜の手並みなんてそっくりですから」


 な、なんてこった! 俺はいつの間にかあの賢者の石と同調していたのか......てか、あの石は何者だ?


「なあ、あれって何なんだ?」


 すると、何処からか戻って来た賢者の石が、俺の前でフワフワと浮いていた。


『あれとは、いささか失礼だのう』


「うっせ! それよりお前は何者だ?」


『我か? 我はあの世界の創造神であり、女神ノラの旦那だ! この不倫男め! よくも我の嫁を寝取ったな』


 創造神だと!? じゃ、お前が悪の元凶か! てか、ノラの件はごめんなさい。


『主殿、それよりも、時間が無いぞ』


「そうですね。さっさと完全融合を済ませましょう」


 賢者の石と睨み合っていると、フレアが残り時間が少なくなってきた事を告げてくる。

 更には、それを耳にしたノラが不穏な言葉を告げてきた。


「おい! この変態と融合するのか?」


 ノラの完全融合という言葉に拒絶反応を示すと、彼女は更にダメを出してきた。


「旦那様! 諦めて下さい。既に精神はかなり同調してしまっているのですから、今感じている気持ちは同族嫌悪でしかありませんよ」


 ぐあっ、同族嫌悪......俺はこのエロい石と大差ないのか......


『諦めるがよい。最早それしか手はあるまい。カオルを助けたくはないのか?』


 ノラの言葉で落ち込む俺に、賢者の石が点滅しながら告げてくる。


 カオル......しゃ~ね~! ここは同調してやるぜ。


「で、如何すればいいんだ?」


『ん? お主は発動条件を知っている筈だが?』


 賢者の石に発動条件を尋ねてみたのだが、既知ではないのかと問い返される。


 ぐはっ! そう俺はこの賢者の石の発動条件を知っている。それこそ、一度はそれを試そうとしたのだから......


 こうして俺は真っ暗な闇の中で、独りでマイムマイムを踊るのだった。

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