第91話 夫婦喧嘩


 そこは真っ白な世界だったが、先程の場所とは違っているように思う。

 まあ、何が違うかと問われても、巨大スクリーンやソファ、気持ち悪く身体をくねらせていた糞神と呆然としていた糞神達、残るはそんな二人を冷めた目で眺める糞神の三人が居なくなった事くらいだとしか表現できない。


 そんな周囲の状況の違いを確かめて居た俺に、物凄い殺気を放つカオルが怒りの形相で問ってきた。


「颯太! 如何いうつもりなのかな?」


 う~む、かなり怒っているな......よし、ここはカッコよく切り抜けてやるぜ。


「カオル。俺はお前の事を大切に想ってる。だけどな。他の嫁達も分け隔てなく大切に想ってるんだ。だから、嫁の整理なんてできないし、してや、この世界を滅ぼしたいなんて思ってもいない」


「......」


 有りの侭の本心をカオルにぶつけると、彼女は押し黙ってしまった。

 その態度に、もしかしたら理解して貰えたのかと、思わず喜びそうになったのだが、どうやらそれは早や合点だったようだ。


「颯太は、僕だけじゃ満足できないって言うんだね。この浮気者!」


 いやいや、そういう訳じゃないんだが......てか、よくよく考えると、そういう事になるのかな?


「いや、そういう事じゃないんだ。それに俺がみんなを分け隔てなく大切に想っている事は、お前も知っているだろ?」


「そんなことは、もう忘れたよ」


 がーーーーん! なんて都合のよい女だ!


「それよりも、その女のどこが良くて、たらし込まれたのかい? その大きな胸かな?」


 カオルはそう言って、鋭い視線をミカエラに向けた。


 うむ、確かに豆柴の時には解らなかったが、実物を改めて見ると、エルと競い合える程のナイスバディだな。


「こら! 颯太! 鼻の下が伸びてる! 解ったよ。その女の胸を削ぎ落せばいいんだよね」


「いやいや、そんな問題じゃないんだ。滅亡した世界で生きていてもむなしいだろ!?」


 カオルに突っ込まれて、必死に鼻の下を修しつつ正論で返す。

 しかし、怒り狂っている彼女は、全く俺の話を聞いている風では無い。


「もういい! 全部消してしまえば、颯太も諦めるよね」


 その言葉にカチンとくる。


「カオル、違うぞ! 全てが無くなったら、恐らくお前が望む俺は居なくなるぞ?」


 そういうと、彼女は首を傾げて尋ねてくる。


「それは如何いう事さ」


 どうも、彼女は解っていないようだ。だから、俺がそれを教えてやる。


「今の俺があるのは沢山の人があり、この世界があり、嫁達がいるからだ。それが無くなったら、俺はどうなるか解らないぞ? もしかすると死ぬかもしれないし、生きていても廃人のようになるかもしれない。お前に笑顔を見せる事も無くなるかもしれないし、お前を憎悪するかもしれない。それくらい、お前なら解るだろ?」


「大丈夫だよ。それでも、僕は君を満足させるし、寂しくなんてさせないから」


 その言葉に、思わず溜息が漏れる。


「カオル、自分が何でも出来るなんて思うのは傲慢ごうまんだと思うぞ。人の心を変えるのはそれほど容易い事では無いだろ? 況してや、今の俺の心が解らないお前に、それが出来るとは思えないな」


「そんなのは、遣ってみれば解る事さ」


 カオルは俺の言葉をみ取ってはくれず、自分の気持ちを押し通してくる。


 まるで小さな子供と話をしているようだ。これはどうやら話だけでは終わらなさそうだな。


 そう考えた俺は、力尽くの夫婦喧嘩を覚悟しつつも、その宣言を口にする。


「カオル、ここまで話して解らない様なら、ちょっと実力行使といくしかなさそうだな。あと、悪いが俺はお前の事を大切には思っているが、尻に敷かれるつもりは無いんでな。ここで、どっちが関白かんぱくとなるか決めようじゃないか」


 そう、俺は夫婦の主導権をどっちが取るかの戦いに挑むことにしたのだ。

 しかし、彼女は怒りの表情をニヤリとしたものに変えて鼻で笑った。


「ふふん! 幾ら颯太が神をも超える力を手に入れたからといっても、まだまだ僕の足元にも及ばないんだよ? ちょっと調子に乗り過ぎじゃないかい?」


「うっせ~! それこそ遣ってみなければ分らないだろ!?」


「まあいいさ。だったらこうしようか、僕が勝ったら君は僕の言う事を聞く。もし、まかり間違って君が勝つようなことがあったら、僕が君の言う事を聞くさ」


「ああ、いいぜ! それでこそ夫婦喧嘩だ」


 ん~、夫婦喧嘩とは少し違う気もするが、こっちには好都合だ。


 そんな事を考えて、ニヤリとする俺にカオルが声を掛けてきた。


「じゃ、準備はいいかい?」


「あ、いえ、ちょっとだけ待って貰えるかしら」


 開始の合図をしようとしたカオルに、ミカエラが慌てて待ったをかける。


「あ、ミカエラ、まだ居たんだ......早く消えなよ。そうしないと一番始めに始末しちゃうよ。そうなると、もし颯太が勝っても君は消えちゃうんだけど?」


「まあまあ、そう焦らないの。直ぐに終わるから。じゃ~狼さん。お願いね」


 あざけりの表情を向けるカオルをサラリとかわして、ミカエラはそういうと俺の額に手を伸ばした。


「愛のがった~~~~い!」


「こら! 何が愛だ! ち、違うんだ! カオル!」


「あっ! ミカエラ! 僕ですらまだなのに! そーーーたーーー!」


 ミカエラが意味深な台詞で合体した事で、カオルの怒りはマックスとなったようだ。

 しかし、俺の中で更なる力が湧き起こる。


 なんだコレ......すげ~~~!


 これまでの宝石合体が、まるで児戯とも思える程に湧き起こる力と高揚感に、我ながら戦慄せんりつしてしまう。


「くっ! ズルいよ! 颯太! 唯でさえ強大な力を持っているミカエラと合体するなんて......合体......がったい......くっ~~~! くやし~~~!」


 ま、拙い、ミカエラに先を越されて、完全に怒り狂ってしまった。


「まあ、これも俺の力の一端だから、ズルくないぞ?」


 一応、言い訳をしてみる。


「うるさい! 颯太、ぎったんぎったんにしてやるから、覚悟しなよ!」


 こうして死神として復活したカオルとの夫婦喧嘩が始まるのだった。







 いかつい竜装衣を装着し、その上から水、炎、風、土の四大精霊王の力が渦巻く力を身に纏った俺は、刹那の時の中でカオルと戦っていた。


「バカ颯太! これでも喰らえ!」


 カオルが大鎌を目にも止まらぬ速さで振り下ろしてくる。

 しかし、今の俺はそれを喰らう事は無い。


「カオル、悪いが今の俺は最強だぞ?」


 カオルの攻撃を避けると、即座に邪竜剣をぶち込む。


「後で癒してやるからな。少し我慢しろよ」


 そう言って、鋭い攻撃を無数に叩き込むが、彼女もその攻撃を避けてしまう。


「ふんっ! まだまだ甘いよ」


 そんな台詞を吐きながら、その攻撃をかわしたカオルは、次の瞬間には俺の背後を取り、魔法を放ってきた。


「ちっ、こんな魔法まで持ってたのか」


「今の状況じゃ手加減できなんだ。悪いけど死なないように気を付けてね。まあ、颯太の回復魔法があれば、即死さえしなければ問題なさそうだけど」


 そう言う彼女の魔法は、最悪な代物だった。


「くそっ、これって腐食魔法なのか? いや、消滅魔法か? こんな魔法が存在するだな」


 一応、躱した筈なのだが、鎧の周りに纏っていた精霊王の力を削り取られてしまった。


『ソウタ、あれは時空魔法だぞ』


『そうね、空間を捻じ曲げて存在自体を削り取る魔法だわ』


 脳内のエアロがその魔法について伝えてくると、宝石の中に居るミカエラが解説してくれた。


 てか、糞チート技じゃね~か! それって、ネット小説で読んだ『さて悪!』のユウスケが使っていたインチキ魔法じゃね~かよ! 確か、あれってチート最強ものだったよな......あんなのと同じ魔法とか、完全に嫁TUEEEものになってるじゃね~か!


 心中で愚痴りながらも、更に繰り出されるそのインチキ魔法を躱して彼女に肉薄にくはくする。


「くっ、思ったよりも遣るじゃないか! まあ、僕の旦那様なんだから、それくらいでないとね」


 やや、必死な表情となりながらも、カオルはそう言うと、魔法攻撃と大鎌による物理攻撃を併用へいようして攻めてくる。


「くそっ、この魔法が厄介だ! 鎧と精霊の衣があるとはいえ、直撃するとタダでは済みそうにないぞ」


 カオルの攻撃を躱しながら、そんな独り言がれ出るのだが、そのタイミングでナナミからの助言があった。


『ここは弾幕を張りましょう』


「おいっ! 弾幕ってなんだ?」


『まあまあ、ここはナナミの言う通りにしてみようよ』


 こんな緊急時でも、ナナミの発言にツッコミを入れてみたのだが、マルカからいさめの言葉が伝わってきた。


 ちっ、何が起こるか解らんが、ここは言う通りにしてみようか。


 そう、実を言うとナナミとの宝石合体は初めてなのだ。故に、彼女の突拍子もない発想が、目の前のカオルよりも恐怖なのだ。

 そんな恐怖に打ち震えていると、宝石からナナミが発射条件を伝えてきた。


『主様、復唱ふくしょうして下さいね。突撃ラ○ハート!』


 おいっ! それ、完全にパクリじゃね~か! それに、そのキャラ、確か死んだよな? 俺を戦死させるつもりか?


『はい! 復唱してください』


 くそっ、俺にパクリの片棒を担がせる気か!? しゃ~ね~~! 死なば諸共もろともだ!


「突撃ラ○ハート!」


 仕方なく、ナナミの発動条件を復唱すると、竜装衣の彼方此方あちこちがパカッと開き、小型のミサイルが無数に発射された。


 ぐあっ! この女、何とかしないと、次はミーティアでも作りそうだぞ!


『あぅ......うちの竜装がアーマード装備になってるの......』


 鎧の彼方此方から発射された小型ミサイルを見たキララから悲し気な声が伝ってきた。


 てか、お前等、そのネタを何処で仕入れて来たんだ?


『ごめんなさい』


 俺の心中の声をどうやって聞き取ったのかは知らないが、サクラがおずおずと謝ってきた。


 くそっ、サクラって実はアニオタだったのか......まあいい。それについては後回しだ!


 宝石内の嫁達に振り回されていた俺だが、対峙しているカオルに意識を集中し直すと、どうやら、彼女はその不規則な小型ミサイルの動きに翻弄ほんろうされて、慌てている様子だった。


 よし、今しかね~~!


 このチャンスを生かすべく、己がミサイルに当たるのを覚悟しつつ、高速移動でカオルの背後を取る。


 悪いな、カオル。少しだけ痛いかもしれないが、あとで回復してやるからな。


 心中でカオルに謝罪しながら、彼女の背中に邪竜剣を叩き込む。

 彼女は弾幕により混乱しており、俺の姿を負えなかったようだ。物の見事に俺の一撃を喰らってしまった。


 その攻撃で大きなダメージを受けたカオルは、白い床へと落下する。

 それを先回りして、抱き止めて床に降りると、彼女に優しくささやく。


「カオル、悪いが今回は俺の勝ちだな」


「ちぇっ! つまんないの! 解ったよ僕も一応は神だ。口にしたことは守るよ」


「ありがとう。カオル」


 素直に負けを認めたカオルに向けて感謝の言葉を口にすると、彼女は首を横に振ってから口を開いた。


「その代わり、キスしてくれないかな?」


 その言葉を聞いて、「もしかして、何か企んでいるのかも」とも思ったが、俺は迷うことなく彼女に優しく口づけをする。

 すると、彼女は両腕を俺の首に回してきて、愛を確かめるかのように唇を押し付けてくる。


 どうやら、俺の思い過ごしのようだな。これでカオルは大丈夫だろう。


 熱い口づけを交わしたあと、彼女はゆっくりと唇を離して嬉しそうに話し始めた。


「今回は仕方ないけど、これ以上嫁を増やしたら次は無いよ?」


「ああ、分ってる」


 最後通告をしてくるカオルに、頷くと共に返事をすると、彼女は眉間にしわを寄せて声を発した。


「あの~~、颯太、背中がめっちゃ痛いんだけど......」


「ああ、悪い悪い。回復!」


 少し顔をしかめて痛みを訴えてくるカオルに、すぐさま回復魔法を掛ける。

 恐らく、今の状態で俺が回復魔法を掛けると、一瞬で怪我が治っている筈だ。

 それほど今の俺は、力に、魔力に、活気に、満ち溢れている。


「さて、この後はどうするかな」


 お姫様抱っこをしたままのカオルにそう尋ねると、彼女は首を傾げたあとゆっくりと口を開いた。


「颯太に任せるよ」


「いや、それじゃ駄目だよね! めっちゃつまんないじゃないか!」


 俺とカオルの夫婦喧嘩がやっと収まったと思ったのに、そこへ予期せぬ者から声が掛かったのだった。







 視線を向けると、そこにはここへ来る前にいた部屋で呆然と俺達の事を見ていた糞神が立っていた。

 いや、その脇には二人の糞神が転がっている。

 こいつらは、一体ここへ何しに来たのだろうか。


「今更、お前達に用事は無いんだ。消えろよ! でないと消滅て貰う事になるぞ」


 今更、糞神を如何こうする気も起きないので、そこに居る糞神にそういうと、そいつはニヤニヤとした表情でこちらを見ていた。


「言うね~、でも僕には勝てないかな。あと、僕のロボット君にもね」


 奴はそう言って、器用に指を鳴らす。

 すると、俺が抱いていたカオルが跳ね起きて、俺から距離を取った。


「カオル?」


 その行動を不審に思い、咄嗟とっさに彼女の名前を呼んでみたのだが、何の反応も無い。

 それどころか、彼女の瞳に俺が映っていない。いやいや、彼女の瞳は完全に輝きが失われ、何も映っていないようだった。

 彼女のそんな様子で、俺は直ぐに異変を察する。そして、指を鳴らした糞神に視線を向け、威嚇いかくするかのような声を発した。


「貴様、カオルに何をした! タダでは済まさんぞ!」


「クククッ。アハハハハ! キャハハハハハ!」


 しかし、奴は笑い始めるだけで、全く答えてはこなかった。

 それどころか、奴は笑い終えると、全く違う言葉を発した。


「アハハハハ! じゃあ、死にたがっていたレプルス君から消えて貰おうか」


 その次の瞬間、カオルが魔法を発動したかと思うと、床に転がっていた糞神の一人がそれに巻き込まれて消えてしまった。


「くはははは。あとは、アルファルドとミカエラだけだな」


 奴は糞神の一人が消えたのを見て嬉しそうにそう言うと、床に転がるもう一人へと声を掛けた。


「アルファルド、君も死にたがっていたから問題ないよね?」


 すると、床に転がっていた糞神......どうやら、これが俺に協力していたアルファルドのようだが、その男が口を開いた。


「そうだね。だけど、ティモレス。一体、これはどういうことなのかな? メイドの土産に教えてくれないか?」


 おいっ! アルファルド! それはちげ~~~~! メイドじゃね~! 冥途めいどだ! この知ったかぶりが~~~!


 死期を目の前にして、アフォなジョークを飛ばすアルファルドにツッコミを入れたかったのだが、空気を読んで心中に留めた。

 すると、ティモレスと呼ばれた糞神はクスクスと笑いながら、アルファルドに答える。


「そうだね。最後だし、君は上手く遣ってくれたからね。少しだけお話してあげようか」


 奴はそう言うと、自慢げに話し始めたのだった。


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