第89話 ヤンデレ


 珍しく白い世界は騒然としていた。

 ああ、だからといって白い世界に色がついた訳では無い。

 しかし、いつもと違う空気が漂っているのは間違いないだろう。


「アルファルド! あれって......確か......」


 どうやら、驚きの余りに言葉を忘れてしまったらしい。いや、もしかして、あまりに退屈な所為で脳内までもが空白化したのだろうか。


 まあ、どちらでも構わないのだけど......だって、結末は変わらないのだから。


 驚く神々を前にして、呑気にそんな事を考えながら事実を口にする。


「そんなもの、大きな声を出さなくても一目瞭然じゃないか。死神が復活したんだよ」


 そう、俺達は何時もの巨大モニタで死神復活の感動的なシーンを見学していたのだ。

 今は、それを見て驚く、ベイシズ、ゼルダル、トルタガルの三人が慌てている様子を可笑しくも、不思議にも感じている。

 だってそうだろう。僕達は死にたいのだ。死神が復活して歓喜する事はあれど、悲観する事は何も無い。

 ところが、些か事情が違うようだ。まさに、それを証明するが如く神々が焦った表情で口を開く。


「何を呑気な事を言ってるんだ? 死神が蘇ったんだぞ!」


 ベイシズは僕の呑気さがかんさわったのか、やや強い口調で問い掛けてくる。

 だから、僕も思った事をそのまま口にした。


「あれ? 死ねるものなら、そうなりたかったのでは?」


 そう、それは彼等の口癖くちぐせだった。毎日のように、「死にたい! 死ねるものなら......」と息をするが如く口にしていたのだ。


「うるさいな。そんなのは言葉の綾だよ」


 今度はゼルダルが逆切れしてきた。


 くはっ~、君はそれでも神か? もう少し自分の言葉に責任を持てよ。僕達が好き勝手しても罰は無いけど、嘘は罰せられるよ?


 あまりにも愚かなゼルダルの言葉に、呆れて物が言えないのだけど、そんな僕に向けて今度はトルタガルが、因縁を吹っ掛けてくる。


 今度は因縁かい? 君達、ハッキリ言って最低だよ? それだから糞神って言われるだよ?


「お前こそどうなんだよ。澄ましているけど、死にたくないんだろ」


 いやいや、君達と一緒にしないでくれるかな。まあ、レーヤ達の事は少し気になるけど、僕は死ぬ事に異論はないよ?

 

 故に、彼等には嘘偽うそいつわりないと伝える。


「何を言ってるんだい? 僕達は神だよ? 己の発言に責任を持つべきだ。僕は死ぬ事を受け入れるつもりだよ?」


 その言葉に、三人衆は呆気に取られている。


 なんで、そこで驚くかな~。君達の言葉はそれ程に軽い物なのか? だったら、君達は神たる資格が無いよ?


 三人衆の無様さに、神失格の烙印らくいんを押して遣ろうかと思ったのだけど、その役目は横取りされる事となったようだ。


「ねえ、君達、神が偽りを口にすると如何なるか知っているかい?」


 何処からか遣って来たレプルスが彼等に引導を渡すつもりのようだ。


「うっせ~! レプルス! てか、お前等はグルだったのか」


 レプルスの言葉に、ベイシズが怒りの形相で騒ぎ始めると、今度はゼルダルが罵声を吐き散らす。


「どうも最近おかしいと思ってたんだ。アルファルド、お前はレプルスのスパイだったんだな」


「いやいや、それは君達の逆恨みだろ? 別に僕はレプルスの部下でも無ければ、君達をおとしいれるつもりも無いよ? それに、今問題になってるのは、君達の発言が偽りだったという事なんじゃないかい?」


 そう、彼等の言いたい事は解らないでもないし、実際、レプルスのスパイでは無いけど、人間側にくみしているのは事実だ。ただ、だからといって、彼等を陥れるつもりも無いし、彼等は死を望んでいるものだとばかりに思っていた。


「嘘つけ! お前は俺達をだましんだ。だからお前が罰せられるべきなんだ」


 駄目だな......これは別の意味で壊れてるや......


 もう何を言っても無駄なので、あきらめの溜息を吐きつつ、ここで言い争う事の無意味さを教えてやる。


「まあ、君達が何と言おうと、僕の言った言葉は事実だし、ここで罵り合っても意味はないよ。だって、システムが勝手に判断してくれるからね」


 そうなのだ。僕達は好き放題に遣ってきたが、それでも一度も遣ってない事がある。

 それは、嘘偽りだ。どれだけ我儘わがままに振る舞おうとも、嘘や偽りだけは、口にしてはならないのだ。

 何故ならば、それは僕達に課せられたルールであり、処罰の対象なのだから。

 ただ、それで死ねるのなら、幾らでも破っただろう。いや、喜々としてその禁忌を犯しただろう。しかし、神の世界もそれほど甘くないのだ。


「ああ、君達も知っているだろう? 禁を破った者の処罰は黒痛こくつうの刑だね。黒い世界で一生苦痛を味わうんだよ。ああ、この一生は私達神にとって、延々えんえんであり永遠えいえんだよ。まさか知らないとは言わないよね? まあ、そこへ送られた者も居なければ、戻った者もいないから事実は定かではないけどね」


 折角、僕が彼等にドヤ顔で説明しようと思ったのに......レプルスは美味しい処を取るのが好きだよな。


「何言ってんだ! それだってお前達がプログラムを書き換えているだろ!」


 どうやら、ベイシズは本当に頭が逝かれたようだね。言っている事が有り得ないんだけど......だから、僕はそれが不可能で有る事を彼に思い出させてやる。


「なあ、ベイシズ、そのシステムに僕達がアクセスできない事を忘れたのかい? 僕達がそのシステムに接続可能なのは、審判を行う時だけだよ?」


「......」


 ほう、少しは考える知能が残っていたようだね。


 僕は押し黙るベイシズを眺めて感心する。いや、感心するほどの事も無いな。だって、彼等は命乞いを始めたのだから。


「なあ、アルファルド、審判なんて発動させないよな? 俺達、仲間だよな?」


「そうだよ。俺達は仲間じゃないか」


「あはは、驚いてバカみたいだった。アルファルドがそんな事する訳ないものな」


 ベイシズが命乞いを始めると、ゼルダルとトルタガルが笑顔を作って思い思いの言葉を口にする。

 それを見て、哀れだと感じつつも僕を含め、彼等の存在は否定されるべきだと考える。

 だから、心苦しくも審判を僕の手で開始しようとした次の瞬間、静かにたたずむレプルスが口を開いた。


「私達はこの世界の人々をしいたげてきたのだよ。故に、消えて当たり前の存在であり、罰を受けるに値する筈だ。したがって、その判定はシステムに任せようではないか。大いなる審判よ。今こそ我らに鉄槌を!」


「や、や、やめろ~~~! お前こそ死んでしまえ! レプルス!」


「く、くそ~~! 呪われろ! レプルス!」


「レプルス~~! この裏切り者が~~~!」


 レプルスがまるで神の如き厳かな声でそう告げて、有無も言わさずに審判を発動させると、ベイシズ、ゼルダル、トルタガルが彼に罵声を浴びせてくる。


 てか、神の如くでは無く、初めて神としての役割を果たのかな? それよりも、この三人衆は最後までなんとみにくい輩だろうか......僕もついこの間までは彼等と一緒だったんだね......


 そんな事を考えている間にも、三人衆のみならず、僕やレプルスも白い光に包まれる。

 そう、現在は審判の最中なのだ。



 どれだけそうして居ただろうか。

 いつの間にか、白い光が消えてなくなったのだが、そこは白い部屋だった。

 ただ、先程まで目の前に居た三人衆は消えて無くなっている。

 どうやら、あの三人衆は審判により処罰が下ったようだ。


 あれ? 僕って処罰が下らなかったのかな?


 自分が白い部屋に残留している事を不思議に思っていると、先程とは打って変わって随分と軽い声が聞えてきた。


「う~む。どうやら、私とアルファルドは処罰されなかったようだね。なんとも怪しいシステムだね~。まあ、どの道、カオルに殺されるんだけどね。あははは」


「そうだね。でも、僕は満足だ。最後に地上で楽しい思い出も作れたし、抑々が死ぬ事を望んでいたからね」


「そうか。じゃ、カオルが来るまでのんびりとするか」


 僕の言葉を聞いたレプルスが満足そうな笑顔をこちらに向けて、優し気な声でそう伝えてくる。


 うむ。レプルスって実は良い奴だったんだな。誤解していた......いや、僕の心が腐っていた所為で気付かなかっただけか......


 そう思いつつも、レプルスと二人でソファーに座り、モニタに映る死神......カオルや颯太の状況を眺める。


 そんな時だった。この白い部屋の扉が開き、ティモレスが慌てて飛び込んできた。

 どうやら、彼も審判で処罰を受けなかったようだ。

 そんな彼はかなり慌てている様子だが、恐らく審判が行われた事に驚いているのだろう。

 危うく何もない所で蹴躓けつまづきそうになった彼は、なんとか持ち直すと、驚きの表情で声を発した。


「アルファルド、レプルス、大変だよ」


「ああ、あの三人は審判で処罰されてしまったよ?」


 先読みして、彼の驚きをしずめて遣ろうと思ったのだが、どうやらそれは早や合点のようだった。


「そ、そんな事は如何でもいいんだよ。それよりも大変なんだ」


 どうも、彼の驚きは別物らしい。もしかしてモニタに映っている死神の事かな?

 なんて、考えていたのだが、彼の口から発せられた言葉は、僕も驚く内容だった。


「ミカエラが、ミカエラの身体が無くなったんだ」


「なんだって!? 冗談じゃないよな?」


「それは本当かい?」


 彼の言葉が信じられなくて、思わず問い返してしまったのだが、それはレプルスも同じ思いだったらしい。僕に続いて声を上げていた。

 やっと、終焉しゅうえんがやってくると思ったのに、一体これからどうなるのだろうか。

 そんな疑問と不安を抱えつつ、僕達はミカエラの眠っていた寝台へと向かうのだった。







 その場は騒然そうぜんとしていた。

 喜びや喝采かっさいの声が一気に消え、無音という静寂が作り出されていた。

 恐らく、あまりの驚きに呼吸さえも止まっていた筈なので、音を立てているのは心音くらいのものだろう。


「カオル......何を言ってるんだ?」


 頭二つ下にある可愛い笑顔の主へ問い掛ける。


「何って、これからの行事だよ? さあ、さっさと糞神を倒そうか」


 彼女は笑顔のままで、元気いっぱいにそう言うと、俺から少しだけ距離を取る。


「えいっ!」


 まさに女子高生のような声で、カオルが気合を入れて、その細い手を振ったかと思ったら、ブレザー姿がフード付きの黒いローブ姿に変わった。

 というか、その下はブレザーのままのようだ。


「ん~、まあまあかな?」


 彼女はそのローブを摘まんで前や後ろを眺めていたが、その出来に満足したようで、再び手を振り上げた。


「こいっ! 僕の愛刀! 首切り!」


 ちょっとまて、愛刀の名前が『首切り』なのか! いや、それよりも、その武器は刀じゃね~~~~!


 この深刻な状況でも、思わずツッコミを入れてしまうのは、最早、習性なのか、それとも癖なのか、将又、本能の成せる業なのか......


 思わずツッコミを入れたのだが、彼女の手に現れたのは刀では無く、巨大な鎌だった。

 そう、死神の鎌だ。それも、とても良く切れそうな刃で、太陽の光でキラリと輝く。


 いやいや、それも如何でもいいのだ。


「カオル、さっきのは俺の聞き間違いだよな?」


「颯太! 違うよ! カオルじゃなくて、かおる! はい。もう一度言ってみて!」


 駄目だ。カオルは完全にラブコメモードに突入している。


「わ、わかった。薫、糞神を倒すのはいいんだが、その後に変なオマケがなかったか?」


「何言ってるんだい? オマケはグリコだけでいいんだよ」


 いやいや、そんな面白くない冗談は如何でもいいんだよ。


「この世界を滅ぼすとか言ってなかったか?」


「えっ!? そうだよ? 何か問題があるのかな?」


 カオルは不思議そうな表情で、逆に俺へと問い掛けてくる。


「いや、この世界を滅ぼさなくても良くないか? てか、二人だけだと生活に困るし、家族もいるじゃないか」


 そう言うと、カオルは一気に笑顔を消して、眉間にしわを寄せた。


「ふんっ! 颯太のバカ! 女誑おんなたらし! スケコマシ! もう、バカバカ!」


 いや、そこまで馬鹿では無いと思うのだが......


 カオルの機嫌が一気に傾いたのだが、これだけはハッキリさせないと拙いだろう。

 そう思った矢先に、カオルの姿が消えた。


「きゃ!」


 カオルが消えた途端、ミイの悲鳴が聞こえてくる。

 それに驚き、直ぐに後ろを振り返ると、ミイの首に鎌を突き付けるカオルの姿があった。


「か、カオル、なにやってんだ!」


「悪いけど、ちょっと颯太は黙っていてくれるかな?」


 慌てて、駆け寄る俺にカオルはそういうと、ミイに厳しい視線を向けて話し掛けた。


「ねえ、ミイ。僕の颯太を横取りして、散々と好き放題に遣ってくれたね? 楽しかったかい?」


「か、カオル......一体、どうしたの?」


 カオルがその姿からは想像もつかない程の殺気を撒き散らし、この状況に驚いているミイに詰問する。

 すると、ミイはカオルの異変について問い掛ける。

 しかし、それが答えになって無いと憤慨ふんがいするカオルは、瞬時にエルへと鎌を向けた。


「そんな事を聞いているんじゃないよ? 楽しかったかって聞いているの。ねえ、エルはどうだったの?」


「カオル......悪かった。だが、別にお前をないがしろにするつもりは無かったんだ」


 恐らく、エルは以前から罪悪感を持っていたのだろう。カオルの問いに謝罪で答えた。

「ふ~~ん! じゃ、どうやって落とし前をつけるのさ」


「カオル! いい加減にしろ!」


 まるでヤクザの因縁付けのような事を始めたカオルの行動に、いきどおりを感じた俺は、即座に彼女をいさめる。

 すると、カオルは渋々といった感じで鎌を降ろし、舌打ちをしつつ苦言を申し立ててきた。


「ちぇっ、颯太のバカ!」


 彼女は俺を罵倒すると、再び嫁達に向き直って、とんでもない事を口にする。


「君達、今直ぐに消えてくれないかな? それなら無かった事にしてあげる。でないと殺っちゃうよ?」


 流石に、これは酷すぎる。カオルに睨まれている嫁達も、彼女の真意を掴めずに、誰もが困惑の表情を作り出していた。


「何を言い出すんだ。そんなことが出来る訳ないだろ。いや、そんなことは俺が許さない」


 流石に怒りが込み上げてきて、キツイ口調でそういうと、カオルは怒りの眼差しで睨み付けてきた。

 しかし、次の瞬間、俺は衝撃を感じると共に宙を舞ってる。


「颯太のバカ! 許さないんだから!」


 何とか空中で身をひるがして着地すると、俺が立っていたであろう場所にカオルが右手を突き出した状態で立ち、怒りの声を上げていた。


 ぐはっ! 痛って~~~~! って、カオルに殴られたのか? 全然見えなかったぞ!?


 カオルの速さにおののきながらも、状況の把握をしていると、彼女は再び声を上げた。


「ちょっと今から糞神を倒してくるから、僕が戻るまでにその女達を整理しといてよ!」


 カオルはそう言って人差し指を俺に付き付けると、次の瞬間にはその場から消えてしまった。


 くそっ、一体どうなってるんだ? カオルは如何してしまったんだ?


「ソウタ......カオルが......」


「彼女に何があったんだ?」


 カオルに起こった事について思考していると、駆け寄ってきたミイとエルが尋ねてくる。

 ただ、尋ねられても、俺にも解らないのだ......


「もしかして、封印を解いていにしえの魔女に戻っちゃったのかな?」


「あれは強過ぎるニャ~の。太刀打ちできないニャ~よ」


 ミイとエルからの問いに、沈黙したまま何も答えられないでいると、今度はマルカとニアが話し掛けてきた。


 そう、俺ですら全く動きをとらえる事が出来なかった。でも......


「ソウタ、どうするの? 私は離れたくないよ?」


「うちも、ママとずっと一緒にいるの」


 心配そうな表情でサクラが問い掛けてくると、キララも離れたくないと言って、俺に抱き付いてくる。


「心配するな。誰も手離したりしないから。だって、お前等は俺の大切な嫁だからな」


 そういうと、彼女達は深刻な表情を笑顔に変える。

 しかし、そこでナナミが現実的な話をしてくる。


「主様、そうは言っても、あの様子ではそう簡単に収まるとは思えませんが」


 悲しいかな、確かにナナミの言う通りだろう。


 その事に頭を悩ましていると、何処からともなく一匹の子犬が遣ってきた。


「犬? なんでこんな所に犬が?」


 その不自然さから、思わず声に出してしまうと、サクラがそれに答えたてきた。


「もしかして、社畜? 私の所為?」


 こら! 社畜と犬を同義語にするな! 犬に失礼だろ!


 空気を読んで心中で罵倒するのだが、確かにサクラの攻撃による変化としか思えない。

 ところが、その犬はサクラの声に憤慨ふんがいの言葉を発した。


『誰が社畜ですか! 失礼ですね。その女は!』


 俺はキョロキョロと周囲を見渡してはみたのだが、実は、その発信源に薄々は気付いていた。


『気が付かない振りはやめなさい。あなたの事です、どうせ気付いているのでしょ?』


 そう、俺は見たくないものから目を背けていただけだったのだ。

 故に、その発信源が目の前の豆柴であり、尻尾を振っているのも、別に機嫌が良いからでは無いのだと気付いている。


「はいはい、で、お前は誰だ?」


『わたしはミカエラと申します。狼さん。わたしに協力してください』


 これが過去にカオルと戦った神との初めての対面であり、俺の苦労を増やす存在との出会いでもあったのだった。

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