第88話 誕生


 周囲は未だに燃え盛り、何もかもを燃やし尽くして......いないと思う。

 何故ならば、この森にあるものは全て破壊不可設定なのだから。

 そう、チュートリアルと同じなのだ。

 故に、破壊できない......と思ったのだが......よく見ると、しっかり燃えているみたいだ。


「なんで燃えてるんだ? 確か破壊不可だろ?」


 キョウキを倒せなかった事などすっかり忘れて、現在の状況に首を傾げていると、カオルからの念話が届いた。


『君の力が神をも超えたからだよ。やっと、その域まで辿り着いたね。おめでとう。君なら達成できると思っていたよ』


 そうか。神の力を超えたから、神の作った破壊不可である存在を壊せるようになったんだな。


 経験値の関係で、既にレベルは上がらなくなっているのだが、俺のステータスは確かに異常な事になっている。

 ただ、宝石合体や精霊王融合をすると、ステータスが表示されなくなってしまうので、どれ程の力になっているかは不明だ。

 もしかしたら、ステータスに現れないのは、計測や表示の限界なのかもしれない。

 しかし、今更それを見ても仕方がない。だって、既にステータスに関しては全く気にしていないのだ。


「流石はソウタね。私達がどれだけ強くなっても追いつかないわ」


「悔しいが、ミイの言う通りだ」


 カオルの言葉を聞いて密かに感動していると、傍にやってきたミイとエルがそんな言葉を投掛けてきた。

 でも、それは違うと感じてしまう。だから、その違いを直ぐに告げた。


「この力は、家族を.........お前達を守るためにあるんだ。だから、お前達より弱かったら意味がないだろ?」


 俺の本心をいつわる事無く伝えると、二人は嬉しそうな表情を作って近寄ってくる。


「もう、ソウタったら! 愛してるわ」


「ソータ、妾は、何時までもお前の傍に居るぞ」


 ミイとエルは、恥ずかしそうにしながらも、自分達の本心を伝えてくる。

 それが嬉しくて思わず抱きしめようとするが、そこで押し留まる。


 あぶね~、これで抱きしめたら大怪我をしちまうぞ。


 そう、ヘルファイアは解除したものの、竜装衣は装着したままなのだ。

 だから、まかり間違って抱き締めてしまうと、彼方此方あちこちから出ている突起で串刺しになってしまう。


 なんて、コントのような事をやっていると、今度はマルカが話し掛けてきた。


「アツアツの処、とても申し訳ないんだけど、いい加減に火を消さないと、周囲もアツアツなんだよ?」


 その言葉を聞いて再び視線を巡らせると、確かに酷い状態だった。


「悪い悪い! じゃ、サクッと消すか。アクアペネトレーション!」


 マルカに謝りつつ、水の精霊王の力を解放する。

 すると、俺の身体の周りに水竜がうねるようにまとわり付く。

 そのさまは、まるで水の鎧を纏っているような姿だ。


「水よ!」


 その状態で、今度は水魔法を放つと、空から水が......


「けほっ、けほっ、お兄ぃ、遣り過ぎ!」


「ふに~~、あぅ......ずぶ濡れニャ~の」


 まるでバケツの水をひっくり返したかのような水が広範囲に降り注ぐ。いや、津波を頭からひっ被った様な状況だろうか......


 それに対して、マルカは苦言を述べ、ニアは必死に身体を振って水を払い落としている。


「すまん。まだ加減が......」


 ずぶ濡れとなった嫁達に、両手を合わせて謝るのだが、全員が冷たい眼差しを向けてくる。


 確かに、これはないわ~~~! 誰でも怒るわな......


 俺に対して苦言を申し立てたりしないが、顔を顰めて布で髪や服を拭いている他の嫁達にも、本当に申し訳ないと心中で反省してると、何処からともなく少し気の抜けた声が響き渡った。


『この水の匂いは......セーレンが来ている?』


 何処からともなく聞こえてくるその声が響き渡った途端、俺の胸の辺りから水の塊が飛び出すと人の姿を形成した。


「久しぶり。フヨウ。キメラから解放されたのですか?」


 セーレンの声に安心したのか、地面が盛り上がり始めると、彼女と同様に人の姿を形成した。


 えっ!? また、女なのか?


 思わず驚いてしまったのだが、そこに現れたのは、体色が少し浅黒い女性の姿をしていた。

 それでも、その精霊王の美しさは光るものがあり、きっと誰が見ても美しいと褒め称えるであろう。

 てか、マルカが魔人に戻った時とよく似ていると思う。


 そんな美しい姿を形成したフヨウは、おずおずと疑問の声を漏らした。


「ああ、ここは......私は何をしていたの? いえ、どうなっていたの?」


 すると、今度は俺の胸の辺りから炎が噴き出す。


「おい! お前等、いい加減にしろよな! 毎回、すげ~驚くんだぞ!」


 俺の苦言を余所に、炎は人の姿に身をやつすと、厳かな声で話し掛けた。


「おぬしは、神にはずかしめられたのだ。だが、もう大丈夫だ。我等が認めた者がお主を解放した故な」


「あっ、フレア。懐かしい。そうなんだ......その認めた者とはその変態? 少し趣味が悪いんじゃないの?」


 うっせ~! 俺だって好きでこんな格好してる訳じゃね~! バカちん!


「フフフ。こんな身形でもこの者の身の内は、なかなか居心地が良いのですよ」


 当然ながら、俺の心の声は届かないようだが、何故かセーレンがフォローしてくれた。


 おお、セーレンって良い奴だな......嫁にしてもいいかも......あっ、冗談だって! うそ! 嘘だから!


 俺の心を読んだように、嫁達が半眼で睨み付けてくる。


 その間も精霊王たちの話は続いていたのだが、何が如何なったのか、フヨウは土の槍となって俺に向かって飛んでくる。


「こら! 流石にそんなもんが刺さったら怪我するだろうが!」


 慌ててその土の槍を避けながら苦言をらす。


「なにいってるの。私が手を貸してあげるって言ってるのに。遠慮しないの!」


 俺の苦言に、フヨウはまるでJKの様な口振りでそう返してくるが、流石にあれを喰らうのはちょっと嫌なのだ。

 しかし、その次の瞬間、俺の両腕はがっしりとつかまれてしまった。


「さあ、フヨウ、今です」


「主殿、観念するのだな」


 そう、右腕にセーレン、左腕にフレアがしがみ付いている。

 そんな大ピンチを前にして、俺は腕に当たる二人の胸に意識を持っていかれる。


 くそ~! 作り物だとは知っていても、気持ちいいじゃね~か! こんちくしょう!


 なんて考えたのが大失態だ。そう、その瞬間、俺の胸に大きく太い土の槍が突き刺さったのだ。


「痛って~~~~! 俺を殺す気か~~~~! 回復! 回復!」


 デカい声で、三人の精霊王に苦言を叩き付けるが、彼女達は素知らぬ顔をしている。


 くそっ! 超痛いんだけど......


 そう思って胸を見るのだが、鎧を纏ったままだし、不思議と何処にも傷らしきものも無い。でも、胸をえぐられるような苦痛にうめき声が漏れてしまう。

 更に、それがやっと収まったかと思ったら、今度はセーレンが胸に飛び込んでくるわ、フレアが突き刺さって来るわで、地をのた打ち回る程の苦痛を味わう。


「くそっ! お前等はもう絶対に出て来るな!」


 嫁達が苦しむ姿を見て心配そうな表情をする中、俺は苦痛に耐えれず地面を転がりながら、自分勝手な精霊王たちに罵声を浴びせるのだった。







 胸の痛みと怒りが収まり、俺達は更に奥へと進む。

 既に、チュートリアとの境界線となっている結界は、カオルの力で破壊して久しい。

 そんなジャングルを嫁達が何時ものように犬猫を量産しており、全く俺の出る幕も無く順調に進んでいる。


 という訳で、俺はとても暇なのだ。よって、嫁が戦っている間に、疑問に思っていた事を黒猫姿のカオルに尋ねる。


『ところで、最後の封印を守っているのは何なんだ?』


 すると、キララに抱かれたカオルが、何時もの如く軽い調子で答えてきた。


『ん? ああ、風の精霊王だったかな?』


 ふむ。それなら何とかなりそうだ。


 なんて考えていると、脳内の三精霊王が声を漏らした。


『なにっ! あいつがいるのか』


『あらあら、それは、やっかいですね』


『え~、私はあれが苦手なのよ』


 フレアは忌々し気に、セーレンは困ったように、フヨウは怯えたように、風の精霊王について口にした。


『そんなに厄介なのか? 同じ精霊王なのに?』


 彼女達の様子を不思議に思い、感じたままの疑問を投掛けると、三人は惜しむ事無く説明してくれた。


『奴はこの世界の大気そのものなのだ。故に、奴だけはこの空間でも問題なく全力で戦えるだろう』


『わたくしもアレが相手だと、少し、いえ、随分と分が悪いですね』


『私は、これ以上胸を削られたら......』


 おいっ! フヨウ! そういう問題なのか!?


 フヨウの台詞は置いておくとして、どうやらかなり厄介そうな相手のようだ。


 てか、大気そのものだと言われたら、どうやって倒すんだ?


 風の精霊王を倒す手段を全く思いつかず、腕を組んで熟考していると、カオルが助言を投掛けてきた。


『封じ込めればいいんだよ。空気を絶つような空間にね』


 確かに......でも、炎は酸素がないと燃えないし、水も酸素を生み出す。う~む。


『なあ、フヨウ』


『嫌だ! 絶対に嫌だ! 嫌だからね!』


 まだ何もいってね~よ! でも、流石は精霊王だけの事はある。俺の言おうとしたことに勘付いたようだな。


『悪いが、削られてくれないか?』


『だから、嫌だって~~~!』


 脳内でフヨウの絶叫が響き渡り、それで起こった頭痛に、思わず頭を抱えてしまう。

 しかし、どうやら精霊王たちの世界も非情であるようだ。


『うむ。それしかあるまいな』


『そうですね。ここはフヨウが身を粉にして働くしかなさそうです』


 そう、フレアとセーレンが情のこもっていない声で同意してくる。


『ぐはっ! 貴様ら~~~! 裏切り者~~~! も~~~、こんな事なら同化なんてするんじゃなかった!』


 ふむ。なんとも可哀想なフヨウ......


 そんな漫才のような事を遣ってる間に、敵を片付けた嫁達が戻って来た。


「お疲れさま。少し休憩しよう」


 彼女達に労いの声を掛け、暫し休憩を挟んだ後に、俺達は棺のある場所へと向かうのだった。







 それは竜巻だった。

 遠くからその異変には気付いていたのだが、そこには巨大な竜巻が渦巻いている。

 ただ、普通の竜巻と何が違うかと問われると、全く移動していないことだと答えるだろう。


「ねえ、ソウタ。これを封じ込めるの?」


 俺の作戦を聞いたミイが尋ねてくる。


 うむ。これは無理だな......


『な、な、な、だから止めよう。こんなのを封じるなんて、精知せいちを超えているだろ? な、お願いだから......』


 人知とは聞いたことがあるが、精知......


 脳内で拒絶反応を示しているフヨウが、必死になって懇願こんがんしてくる。


 これ、本当に精霊王か? ちょっと情けなさ過ぎないか?


 彼女の精霊王としての威厳いげんを疑問視しながら、他に手が無いものかと考えていると、眼前に小さな竜巻が起こった。


「みんな、下がれ! キララ!」


 嫁達に危険を告げ、即座に戦闘態勢に入る。

 しかし、その竜巻は俺達を襲ってくる事は無く、その場で人の姿に形を変えた。


「よう! フレアに、セーレン、おっフヨウまでいるじゃないか! どうした同窓会か?」


 どうやら、これが風の精霊王なのだろう。ただ、俺の身の内に居る三精霊王とは、打って変わって砕けた性格のようだ。


「ちょっとまて! 出て来なくていい! ぐあ~~~~!」


 思わず叫んだのだが、名前を呼ばれた精霊王たちはこぞって姿を現す。


 「くそっ......お前等が身の内に戻る時の痛みがどれ程か知ってんのか?」


 全く言うことを聞かない精霊王たちに向けて愚痴ってみるが、彼女達はそれを無視して風の精霊王と話をしている。


「ああ、久しいな」


「ご無沙汰です」


「会いたくなかった」


 陽気な風の精霊王とは相反して、三人の精霊王は静かに返事をするのだが、何故かフヨウはとても嫌がっているように見える。


 てか、嫌なのなら出て来るなよ! バカちん! 後が大変なんだぞ!


 しかし、そんなフヨウの態度なんて全く気にする事無く、風の精霊王は話を続けていた。


「ところで今日は如何したんだ? こんな辺鄙へんぴな処まで遣って来て」


「悪いが、封印を解かせて貰おうと思ってな」


「ちょっと、色々あって神には退いて貰おうかと」


「私の胸を削ったら許さないからね!」


 どうも、フヨウだけ話がかみ合っていない......


 まあ、それは良いとして、フレアとセーレンの言葉を聞いた風の精霊王は、一気にしかめ面となって腕を組んだかと思うと、う~う~とうなり声を上げ始めた。


 拙いな、こりゃ、戦闘になりそうだな。


 なんて考えていたら、風の精霊王は何を考えたのか視線をこちらへと向けてきた。

 どうやら、俺達の事が気になったのだろう。


「ところで、後ろの奴等は誰だ? お前達はあのセクシーな男から出てきたようだが......」


 セクシー......嫌な予感がし始めた......てか、思わず髪の毛がピンと立ったぞ?


 そう、俺の恰好を変態呼ばわりされると頭にくるのだが、それは仕方ない事だとも思っている。故に、この格好を好ましいと思う存在はかなり危険だ。


 俺はその台詞で危機を感じ取ったのだが、周囲の者は誰もその事に気付いていないようだ。

 それを証明するかのように、精霊王たちは話を続けている。


「あの者は我が主だ」


「今はわたくしの憑代です」


「ん~、私の彼氏かな~~」


 おいっ! フヨウ、いつ俺がお前の彼氏になった!


「なに! フヨウに彼氏だと! それは許せん」


 いやいや、なんで今回だけフヨウに反応するんだ?


 何故か、今回に限ってフヨウに反応した風の精霊王が、フッとブレたかと思うと俺の直ぐ眼の前に立っていた。


「なあ、あんな貧乳なんて止めて、アタイとまじわろうぜ。お前ならアタイの事をエアと呼んでもいいぞ」


 なんて馴れ馴れしい精霊王なのだろうか。てか、精霊と交わるってどうやるんだ?


 そんな事を考えていたのだが、即座に嫁達が反応した。


「エアロ、相変わらずのようね。でも私のソウタから離れてくれるかしら」


 でた~~~! ヴァルキリアモードのミイだ。


「ぬっ! お前等、ヴァルキリアか! そうか! 男日照りのお前達がこの男に白羽の矢を立てたのだな。う~む、ますますアタイのものにしたくなってきた」


 えっ!? ヴァルキリアって男日照りだったのか......道理で......とてもガッツいてた訳だ。いやいや、今や俺の嫁と同化してるのだから、彼女達をフォローせねば。


「悪いが彼女達は俺の嫁なんだ。悪口は止めて貰おうか」


 流石に、これは恰好良く決まったようだ。嫁達がうっとりとした顔で俺に視線を向けてくる。


「ぬぬ! 嫁とな! ぬぐ~~~!」


 何故かエアロと呼ばれた風の精霊王は、瞑目めいもくして唸り声をあげる。

 ただ、俺としてもこれからの事もあるので、一応は立場をハッキリをさせたいと思ってる。故に、エアロには申し訳ないが、ハッキリとその事を口にする。


「なあ、悪いけど、俺はお前が守っている封印を破って、糞神を倒すつもりなんだ。だから、お前を嫁になんて出来ないぞ?」


「なに! そんなこと......」


 彼女は瞑目していた瞳を見開き、カッと俺を睨み付ける。


 どうやら、いよいよ戦闘開始となりそうだな。


『戦闘準備だ!』


 彼女が暴れ始める予兆を感じた俺は、即座に念話で嫁達にそれを告げる。すると、嫁達は黙ったまま頷きで返してきた。

 その次の瞬間、エアロは異常な行動に出た。


「「「「「「「「「あっ!」」」」」」」」


 全員が固唾をのんで戦闘態勢を執っている中、エアロは俺に抱き付いてきたのだ。


「そんなことなのか? アタイ達の間にある障害って! だったら封印なんてくれてやる。その代わりアタイも嫁に......同化させてくれ!」


 ちょっとまてーーーーーぃ! 今、嫁を同化と言い直したか? もしかして......


 エアロが発した言葉が気になり、即座に三精霊王へと視線を向けたのだが、彼女達は素知らぬ顔で明後日の方向を見ていた。


 ぐあっ! 騙された! 同化って......憑代って......婚姻の事なのか!? てか、俺は四大精霊の全員を嫁にしたのか?


 俺がエアロの台詞や三精霊王の行動で完全に混乱していると、三精霊王のボソリボソリと話す声が聞こえてきた。


「エアロの愚か者」


「相変わらず迂闊うかつな精霊王です」


「バレちゃったね」


 それを聞いて今更ながらに思い知る。どうやら、俺は完全にめられていたのだと......







 何をて精霊王が俺を選んでいるのかは知らないが、何故かベタベタと俺に寄り添うエアロが竜巻を止め、その中央にある棺へと俺達は脚を進めた。


「これが最後の封印だな」


『そうだね......』


 俺が誰にでもなくそういうと、カオルだけが返事をしてきた。

 それは、いつものように寂しげなカオルだ。

 そんなカオルを前回と同じように気遣う。


『大丈夫だ。何があっても俺が何とかしてやる』


 すると、カオルが頷いてくる。


『うん。颯太......僕は君を信じているよ』


『ああ、問題ね~! 絶対に大丈夫だ!』


 本当は、絶対なんて自信はない。でも、必ず何とするという気持ちはある。だから、彼女に力強くそう返事をすると、ひつぎふたを開ける。


「これは......」


『心臓だね』


 棺の中に在る物体を見て驚きの声を上げたのだが、それはカオルが言う通り心臓だった。

 ただ、普通と違う事がある。


「鼓動しているのか......」


 そう、それは生きているかのように、ドクッドクッと動いているのだ。

 そんな少し気味の悪い物だが、カオルは気にする事無く棺に上がると、何時ものように手をかざす。

 すると、何時ものようにその心臓は光の粒子になって消えた。


 何事もなさそうだな.........よかった.........


 そう思った次の瞬間、カオルの黒い猫の姿も光の粒子となったかと思うと、その光の粒子は大きく膨れ上がって異常な程に発光する。

 それは目を開ける事も出来ない程の光量で、思わず目を覆い隠したくなるのだが、サングラスを掛けている俺は、それを何とか遣り過ごしてカオルの名前を叫ぶ。


「カオル!」


 しかし、俺に聞こえてきたのは笑い声だった。そう、狂ったように笑い続ける声だったのだ。


「あはははははははは! あははははははははは! きゃははははははははは!」


 それは、何もかもを嘲笑うかのような、何もかもを笑い飛ばすかのような、誕生を喜ぶ歓喜のような、そんな様々な印象を俺の心に刻み付けた。


 光り輝く物体を見詰めたまま、俺はその感情に呑み込まれて呆然立ち尽くしてしまう。

 しかし、何時までも続くかと思われたその笑い声が収まると、まぶしく輝いていた光が収束したかと思うと、そのまま消えて行った。


 すると、そこには黒猫では無く、十六歳くらいの黒髪の可愛い少女が立っていた。

 その姿は、如何見ても日本人の容姿であり、女子高生を思わせる可愛いブレザーを着たショートカットの愛らしい少女だった。


「か、カオルなのか?」


 俺はそれを確信しつつも、思わず尋ねてしまう。

 その声に、彼女はニコリと微笑みを見せると、物凄い勢いで抱き付いてきた。


「颯太! 颯太! 颯太! やっと、こうして抱き合えた。やっとだね。この日をどれほど待ち焦がれたことか......」


「カオルなん......だな。」


「そうだよ! どう? 可愛い? それと、今日からはかおるだよ」


 彼女を確かめるようにカオルの名前を呼ぶと、彼女は抱き付いたままそう言って、頬に涙をのせた顔で見上げてきた。


 よかった......カオルはカオルのままだった。何も起こらなくて、本当に良かった......


 いつの間にか己の頬に熱いものが流れているのを感じながらも、カオルが無事であることに安堵しつつ、彼女の細い身体を抱き締める。

 その抱擁ほうようが嬉しかったのか、彼女も俺の胸に顔を埋める。そして、彼女は信じられない言葉を口にした。


「さあ、あの糞神を滅ぼそう。忌々しいこの世界を滅ぼそう。そう、何もかもを滅ぼして、僕と颯太の新世界を作るんだよ。二人だけが幸せに暮らせる世界を......」


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