第87話 難敵
眼前には砂浜と大海原が......あったりはしない。
というもの当然の話だと思う。
なにせ、洞窟から出たばかりなのだから。
そう、現在の俺達は洞窟を抜け、チュートリアルの島へと辿り着いた。
ここに来るまでの間に、どれだけの犬、猫、ヌイグルミ、犬猫の餌を量産したことか......
ハッキリ言って、この世界で俺達が一番害になっているのではないかと、真剣に頭を悩ませたほどだ。
それでも何とかこの島へと遣ってきた。いや、実は戻って来たくなかった。
だって、ここには最悪な印象しか残っていないからだ。
そんな事実をしらない嫁達は、周囲を見渡しながら不思議そうにしている。
「なにここ、森? それにしては精霊の姿が見当たらないわね」
ミイが不自然な森の様子を教えてくれた。
てか、今では俺もその不自然さに気付くことが出来る。
何といっても、精霊王を二人も内に秘めているからな。
『ここは空白の間に近い場所であり、見えているものは、全て神が作り出した
「それって、仮初の命ということかしら?」
セーレンの説明を聞いたミイが、首を傾げて問い掛けてくる。
『そうだな。故に、ここでは我等の力も限られておる。だが、この者の力があれば、我らも全力で戦えようぞ』
ちょっとまて! もしかして、俺が居ないとお前等はお荷物か? 一体何しに付いてきたんだ?
ミイに答えるフレアの台詞を耳にしたことにより、恐ろしい真実を知って思わずドン引きしてしまう。
「お兄ぃもこの島に居たんでしょ? サクラ姉がそう言ってたけど」
「ああ、最悪の場所だったよ」
必死に嫌な記憶を思い出すまいとしていると、マルカがそれについて尋ねてくる。
それを聞いて、要らぬことをと思いつつも、仕方なく流すつもりで軽く返事をすると、今度はサクラがそれを否定してきた。
「そうかしら? 私は結構快適だったわよ......この衣装と食事以外はね」
「ふんっ! お前は恵まれていたんだよ。俺と同じ境遇だったら、速攻で死んでるぞ?」
「そんなに酷かったの?」
だから、聞くなって! 思い出したくないんだから。このバカちん!
空気を読まないサクラに心中で罵声を浴びせながら、淡々と説明して遣った。
すると、悲しそうな顔をしたマルカが声を発した。
「お兄ぃ、よく頑張ったよね。あたしだったら絶対に死んでるよ?」
そんな話を横で聞いていたエルが、俺の腕を取って抱き締める。
「ソータ。もう大丈夫だ。妾達がいるからな」
その言葉で胸を熱くしていると、反対の腕をミイが抱いて同じように励ましてくれる。
「そうよ。今のソウタには私達がいるんだから、もうそんな不幸なんて起きないわ」
両手を抱く二人に励まされて、情けなくも思わず涙を零してしまった。
それを見て何を感じたのか、ニアが涙を流しながら正面から抱き付いてきた。
「にゃかないで、ダンニャ様。にゃ~がダンニャ様を幸せにするニャ~よ」
「ニア......」
三人に抱かれた俺は、恥も外聞も無く大粒の涙をポタリポタリと地に落とす。
すると、全員が俺に寄り添ってくる。
「ありがとう。もう大丈夫だ。今の俺は幸せだからな。全部お前達のお蔭だ」
そう言って嫁達を見渡すと、全員が涙を流していた。
まだ幼いキララも俺の脚に
それどころか、あのカオルですら、俺の脚に身体を擦り寄せて励ましてくれている。
そんな感情を分け合う
今や完全なる家族と化した俺達は、どんな苦難にも
といっても、モンスターは出現するし、その敵はこれまで以上に強かった。
しかし、一丸となった俺達を相手に、一分と耐えられる敵は居なかった。
「でも、私が居た時よりも、モンスターが異様に強いわ。あの時にこのモンスターが出ていたら、きっと私もソウタのように何年も塩漬けにされたんでしょうね」
サクラがしんみりと話すが......塩漬け言うな! 俺はニシンやシャケか! まあ、苛烈な戦いを終わらせては、海に入って身体を洗っていたのは事実だから、塩漬けと言われても否定はできないが......
それでも、一言ぐらいは苦言を申し立てようとしたのだが、サクラは周囲を見回し、自主的に謝ってきた。
「あぅ、ごめんなさい。ちょっと無神経だったわ」
そうなのだ。空気を読まないサクラの発言に、全員がサクラ目掛けて白眼を向けていたのだ。
更に、追い打ちを掛けるかのようにマルカが口を開いた。
「サクラ姉、悪いけど、もう少し考えてから喋った方がいいよ?」
「あぃ......ごめんなさい......」
「まあまあ、サクラも反省してるし、もういいだろう」
ちょっと、サクラが可哀想になってきて、思わず
しかし、誰も嫉妬したりしない。以前なら、色々と大変な事になっていたのだが、やはり気持ちが一つになっている所為か、変に揉めたりすることが無くなったのだ。
ところが、人間とは不思議なものだと思う。あれだけ
そんな無い物強請りについて考えていると、ナナミが声をあげた。
「敵です。人間のような気配です。恐らく十体は居ると思われます」
その報告を聞いて、敵に視線をむけたのだが、そこに出現した存在を視認して驚くことになる。
何故かというと、そこには異様な身体をした人が整列していたからだ。
それは如何見ても統率が取れており、誰かが指揮をしているとしか思えなかった。
更に、それともう一つの驚きがあった。それは、その敵の姿が人間に近かいのに、如何見ても人間とは思えなかったからだ。
「何あの人達......って、人間みたいだけど......少しおかしいわよね」
ミイが
「ミイ、あれはもはや人間ではないだろ」
「せ~か~い! クククッ」
俺達はその声に驚く。何故ならば、エルの言葉に賛同を示した声は、敵の後ろから聞こえてきのだが、その声に聞き覚えがあったからだ。
そう、敵の後ろから現れたのは、以前リアルア王国の腐れ貴族に雇われていたキョウキだったのだ。
「こ、これはあなたの仕業なの?」
その人に見えるが怪物にも見える存在に驚いていたミイが、怒りの表情でキョウキに詰問する。
しかし、奴はニヤけた表情を崩す事無く、しれっと答えてくる。
「いや、オレじゃね~よ」
「じゃ、こんな酷い事をするのは、一体誰なのだ!」
奴に向けてエルが凄んでいるが、やはり全く動じていないようだ。
「はぁ~!? こいつらがこうなったのはお前達の所為だろうが」
「何言ってるニャ~の! にゃ~達がそんな事をする訳ないニャ~よ」
ニアが奴の言葉に反応して怒りの声をあげるが、それでも奴は一ミリも表情を変えない。
それでも、奴はニアの言葉を否定してきた。
「誰もお前達が遣ったなんて言ってないだろ。お前達の所為だと言っただけだ」
その言葉に嫁達は疑問の表情を浮かべるが、俺には奴の言いたい事が直ぐに分かった。
「俺達が死なないから神が遣ったんだろ」
「ほう、賢い奴も居るようだな。てか、お前か! お前が元凶なんだろうが」
「うっせ~よ! その元凶を作ったのも糞神じゃね~か。お前の言い分は論点のすり替えだ。そんなものは
「ちっ、思ったより賢いようだな。流石は日本人だと言って遣ろう」
いやいや、サクラについては日本人でも怪しいぞ?
そう感じつつサクラをチラ見すると、彼女はものの見事に首を傾げていた。
まあいい。それよりも、この哀れな人間達を成仏させてやった方が良いな。
「みんな、奴等を葬ってやろう。それしか奴等を救う手立てがない。犬や猫になっても悲しいだろう?」
俺は心を鬼にして、目の前に並ぶ人だった者達を葬る事を告げる。
その言葉を聞いた嫁達は、全員が真剣な顔で頷いてきた。
「ほう! このキメラと戦うつもりか? こいつ等は強いぜ?」
「関係ないね。俺達の方がもっと強いからな」
「ちっ! だったら死ね! やれ!」
奴は表情を変えないものの、舌打ちをして俺達にそのキメラとやらに号令をだす。
すると、見るも無残な姿となった人とも、獣とも、モンスターとも言えない者達が、感情の消えた顔で俺達に襲い掛かって来るのだった。
奴の号令で、真っ先に襲い掛かって来たのは、土色の身体に
それをすぐさまエルが向かい討つ。
敵の鋭い刃となった腕が振り下ろされると、エルは負けじと大剣デストロイを振り切る。
その攻撃で、ここ最近のように敵がバラバラになると思いきや、相手はエルの攻撃をしっかりと受け止め、反対の腕を振り下ろしてくる。
それはエルに取って致命的な攻撃だったが、そこへミイの矢が飛び込むと、敵は透かさず引いて距離をとった。
「クククッ、やるじゃね~か! でも、そいつは強いぜ。なにせ、地の精霊王とメールガルア迷宮の階層ボスを人間と融合させたキメラだからな」
『やはり、そうでなのですね。この気配はもしやと思いましたが、やはりフヨウでしたか』
奴の台詞を聞いたセーレンが脳内でやや憎々し気に述べると、今度はフレアが声をあげた。
『許せぬ。大いなる精霊王をそのような
どうやら、二人ともご立腹のようだ。しかし、今はそれ処では無いのだ。
現時点で、エルは二体の敵と戦い、後ろからミイが牽制しているが、かなり苦戦しているようだ。
ニアはといえば、両腕がドリルのようになった黒い者と戦っているし、サクラは緑色の羽を背中に付けた半鳥人のような敵と戦っている。
そこから少し離れた処では、マルカが二体の敵と戦い、後ろからナナミが加勢をしている状態だ。
という訳で、残った四体が俺に向かって来ているのだ。
「氷よ! 炎よ!」
そんな劣勢を何とかするために、まずは敵を分断するべく炎の魔法を放つ。
すると、巨大な炎の壁が出来上がる。いや、最早、周りが見えない程の火の海だと述べた方が相応しいだろう。
「な、なんだと!」
すると、初めて奴の表情が変化する。
まあ、それも仕方ないだろう。何といっても、俺の炎の魔法と水の魔法は精霊王のお蔭で桁違いになったからな。
この威力だと、国一つ滅ぼすのに三十分も掛からないのではないかと思えてくる。
「みんな、一旦下がれ」
炎の壁を作る寸前に、嫁達だけに魔法で冷却シールドを張ってある。
それで、少しなら炎の中を通り抜けても平気なのだ。
ただ、冷却シールドがあるとはいえ、長時間の稼働は流石に拙い。
だから、嫁達に一旦戻るように指示すると、真っ先にサクラが戻って来た。
「ソウタ! 熱いよ! 私を焼き殺すつもりなの?」
「回復!」
「はう~~、生き返った~」
サクラは俺に苦言を申し立ててきたが、回復魔法を掛けて遣ると、ホッと一息ついていた。
そんなサクラに続いて、マルカとナナミが戻って来た。
「お兄ぃ、遣り過ぎ! あたしまで丸焼けになっちゃうよ!」
「ご主人様、これはあんまりです。メイド服が......」
「悪い悪い。急いでいたんでな。回復! 回復!」
「ありがとう。お兄ぃ」
「有難う御座います」
マルカとナナミが礼を言っている間に、今度はニア、ミイ、エルが戻って来た。
「ダンニャ様~、尻尾がチリチリになったニャ~の」
ニアがベソを掻きながら抱き付いてきたので、謝りながら回復魔法を掛ける。
すると、ミイとエルがかなりご立腹だった。
「ソウタ!」
「ソータ!」
「分った! 悪かったって! 文句は後で聞くから、後ろに下がってろ! ほれ! 回復! 回復!」
二人は思いっきり
渋々ながらも、俺の指示に応じてくれた。
「じゃ、みんな下がってろよ! あと、取りこぼしがあったら頼むわ。キララおいで!」
嫁達は不服そうに頷いていたが、自分達だけでは辛いと考えたのだろう。誰も俺の意見に反対する者は居なかった。
「ママ~!」
「そ~れ~~!」
キララが傍まで遣って来ると、両手を広げて待っているので、軽く返事をしながら抱き上げる。
すると、彼女は声を上げて俺の額にある宝石に触れる。
「
おい! 誰だ? キララに良からぬ言葉を教えたのは!
そう思って後ろに視線をやるが、全員が余所見をしている。
サクラなんて音の出ていない口笛を吹いている。
まあいい。それは後だ!
「竜装衣! 邪竜剣! ヘルファイア!」
そう、これが俺の新しい装備の一つなのだ。
これまでの竜装衣に加え、
その姿は、厳つい鎧に炎の蛇を沢山纏わり付かせたような、超絶格好いい姿なのだ。
てか、今はそんな事を自慢している場合じゃないな......
「じゃ、まだまだ本番じゃないが、ちょっとだけ相手をしてやるぜ」
俺的には超絶カッコよくキメて、哀れなキメラたちを成仏させるべく炎の中へと突入するのだった。
炎の海の中に入ると、敵が炎に巻かれつつも未だに健在だった。
「流石はキメラということか」
そんな独り言を口にしつつ、即座に一体目のキメラに襲いかかる。
その敵は確かサクラと戦っていた半鳥人だったが、既に羽は焼け落ちていて、見るも無残な状態となっていた。
「成仏してくれ!」
「ギィコーーーー!」
俺が邪竜剣で両断すると、半鳥人は断末魔をあげるが、即座に火達磨となった。
これがヘルファイアの威力なのだ。
切り裂いたものを何もかも燃やし尽くすのだ。
未だに燃えている半鳥人を余所に、次はニアと戦っていたドリルキメラだが、奴が気付く前に後ろを取ると即座に両断する。すると、半鳥人の時と同じように一気に燃え上がる。
その調子で、次々とキメラを倒していく。
奴等としては、唯でさえ何もかもを焼き尽くすかのような業火に巻かれているのに、後ろからバッサリと遣られたらどうにもならないだろう。
「後は、あの地の精霊王が宿ったキメラとキョウキだな」
そんな独り言を口にした時だった。当の本人から声が掛けられた。
「いやいや、オレはお前の相手なんてしないぞ! てかさ、お前、強過ぎだろ? 前からそうだったが、その強さは異常だぞ? まさか俺TUEEEってやつか?」
どうやら、奴は精霊王のキメラにシールドを張って貰っているらしく、この炎の海の中で平然としていた。
まあ、ぶっちゃけ、この状態だと俺TUEEE展開なんだけどな。それを教えてやるのも
「そんな事は如何でもいいんだ。悪いが成仏してくれ」
「くは~~~! その見下した感じがムカつくわ! 如何にもお前なんて俺の敵じゃね~みたいな感じが、厨房っぽくて鼻に付くぜ」
「お前の気持ちなんてしんね~よ! じゃ、あばよ!」
そう言って、即座に奴の後ろを取り、一刀両断としようとした処で、俺の目の前に最後のキメラが現れた。
「ちっ、邪魔するなよ! ちゃんと葬ってやるから、大人しく待ってろ」
キメラにそう伝えるが、やはり全く聞こえていないようだ。
しかし、次の瞬間、俺の視界からキョウキが消えた。いや、直ぐにそれが何事なのか気付いた。そう、奴は初めからここに居ないのだ。
さっきまで目の前に居た存在は、奴が何らかの術で造りだした虚像なのだ。
それを察した俺は、即座にキメラを葬り去る事にした。
次の瞬間、キメラの背後に移動すると、有無も言わさず一刀両断にする。
「グギャーーーーー!」
燃え上がる炎の海原でキメラの断末魔が響き渡る。
それは、己の死を悲しむものなのか、それとも己の境遇を呪うものなのか、将又、糞神や俺達への恨み言なのかは解らない。
ただ言えることは、二度とこのような無慈悲な行為を許してはいけないという事だけだ。
故に、俺はこんな行いを平然と遣ってのける糞神共を必ず始末するのだと、硬く決心するのだった。
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