第86話 水の精霊王とヴァルキリア


「ガルルル!」


「オン! オン!」


「キャン! キャン!」


「クゥ~~~~ン」


 視線の先では可愛らしい犬達が、その場で寝そべったり、ヌイグルミと格闘したりしている。いや、中には寂しそうに鳴きを入れている子犬までいる。


 あれがモンスターの成れの果てか......ちょっと可愛いかも......


「うきゃ~! 超可愛い~~~!」


 そんな叫び声を上げたかと思うと、マルカが一匹の豆柴を抱き上げた。


「これ、めっちゃ可愛いんだけど~、飼っていい?」


「駄目だ! 捨ててきなさい!」


「えっ~~~! お兄ぃのケチ~~」


 マルカは抱いた子犬の頭を撫でながら、必死で飼いたいと訴えてくるが、俺はそれを無碍に却下する。

 別に俺が犬嫌いとか、犬アレルギーがあるとか、そんな問題じゃないんだ。

 俺達は、これから過酷な戦いへ向かうというのに、犬を連れて行ったら可哀想だろう。

 しかし、世にも恐ろしい台詞が飛んでくる。


「マルカ、でも、そのワンコ、モンスターの時はとてもグロテスクだったわよ?」


 そう、モンスターを犬に変えた張本人であるサクラが、マルカの抱っこしている犬について言及してきたのだ。


 すると、マルカは一瞬、犬を少しだけ身体から離したが、豆柴が悲しそうな声で泣くと、直ぐに元の通りに抱き締めた。


「あ、あの時はあの時、今は今よ。だって、過去の事を言っても仕方ないよ」


 まあ、マルカの台詞にも一理あるのだが......


「ワンワン、来るの!」


 マルカと豆柴に視線を向けていると、今度は俺の横から出て来たキララが犬達に声を掛けた。


 すると、犬達は尻尾を振りながらゾロゾロと遣って来る。

 そんな犬達の頭や首を優しく撫でてやるキララ。


 おお、まるで女神のようだ。


 我が娘の清らかさに感動していると、キララがボソリと声を漏らした。


「犬の肉って美味しいの? 沢山いるよの。お腹いっぱいになるの」


 食う気か!? まさか、食う気なのか!? そのために呼び寄せたのか!?


 我が娘の鬼畜きちくな発言におののきながら、これは再教育が必要だと頭を悩ます。

 すると、今度はナナミが幾つかのヌイグルミを持って現れた。

 彼女は、ウサギ、クマ、猫、犬、パンダといったヌイグルミを両腕で抱えてニコニコしている。

 それを見て戦闘時の事を思い起こした俺は、彼女達の異常な攻撃スキルについて尋ねる事にした。


「なあ、お前達の攻撃って、ちょっとおかしいぞ? まさかご都合主義じゃないだろうな?」


 その問いに、嫁達は全員が首を傾げる。


「何かおかしかった?」


 嫁の中では一番自然な攻撃に思えたミイがそう言うと、それに答えるようにエルが口を開く。


「いや、特に問題は無いと思うぞ?」


 いやいや、問題だらけだろ!? てか、問題は無いかもしれないが、異常だよな?


 思わず、そんなツッコミを入れたくなったのだが、マルカが先に声を発した。


「こんなものじゃないの? ちょっと弾けて、バラバラになって、砕けて、猫の餌になって、犬になって、ヌイグルミになっただけだよね? 犬は可愛いし最高だと思うけど」


 おいおい、どこが、ちょっとなんだ?


「にゃ~は美味しいご飯が食べたいと思っただけニャ~の」


 てか、お前は猫では無くて、猫人族だよね? 猫缶を食うのか?


「あ、犬達が、猫の餌を食べ始めたけど、あれって駄目なんじゃなかった?」


 いやいや、あれがキャットフードとは限らないだろ。


「ヌイグルミ......幸せです......」


 ああ、駄目だ。ナナミはヌイグルミを抱いて嬉しそうにしている。


 結局、誰も真面な答えを返してくる事は無かった。

 それを疑問に思ったのだが、そんな処に子犬たちが俺の脚にじゃれ付いてくる。

 その子犬たちは尻尾を元気に振りながら、まるで俺が父親であるかのように、どんどん足元に集まってくる。


 俺は狼であって犬では無いぞ? 特に社畜ではないからな!


 子犬達を眺めながら、心中でそう呟いてみたのだが、子犬達の余りの可愛さに、思わず屈んで撫でてしまった。


 だ、駄目だ。このままでは子の可愛らしさの虜になってしまう。大体、俺達はこんな事をしている場合では無いんだ。


「よし、そろそろ行くぞ!」


 その声を聞いた嫁達が、少し不服そうにしながらも頷きで返してくる。


 最終的に、彼女達の攻撃については何も解らなかったのだが、恐らく偽物と同化した所為だろう。そうなると、あの偽物達の正体が何だったのかが気になる処だが、それもここで考えて答えの出る事ではなさそうだ。


 という訳で、色々と解決しなければならない問題を抱えつつ、チュートリアルの島へと再出発したのだった。







 その先も順調といえば順調で、モンスターは山ほど出てくるが、犬やヌイグルミが量産されている。更には犬の餌というのが追加された。


 どうやら、餌が無ければ生きて行けなくて可哀想だというニアの思い遣りからのようだが、こんなに沢山の犬を量産して如何するんだ?


 なんて考えていたら、ニアが新たな技に目覚めたようだ。


「犬ばかりはズルいニャ~の!」


 彼女がそう言って、モンスターを倒していくと、次々と敵が可愛い猫に変わり始めた。


 あぅ~、今度は猫かよ......めっちゃ可愛いのは確かなんだけど......


 走り去る俺達に、寂しそうな声を掛けてくる猫を見て心が痛んでくる。


 だって、こんな洞窟で犬や猫がどうやって暮らしていくのか......

 暫くは、ニアが量産したドッグフードとキャットフードなんとかなるとしても、その後は骨肉の争いが起こるのではないだろうか?


 そんな事を考えていると、カオルからの念話が届いた。


『事が済んだら、颯太がなんとかしてあげるしかないね。こんなに犬や猫を量産して......困ったものだね』


 なんとかって......如何するんだよ......てか、俺に丸投げか!?


 カオルの意見を聞きて愕然がくぜんとするのだが、それでも前に進めている脚を止める事は無い。

 しかし、それが起こったのは一時間ほど移動した時だった。


「綺麗な泉だわ」


 そんな感想を口にしたのはサクラなのだが、俺はその泉にどことなく威圧感を持ってしまう。


「サクラ、あんまり近付くなよ」


「えっ!? どうして?」


 泉に近寄ろうとしていたサクラが、その脚を止めて問い掛けてくる。


「解らん。ただ嫌な予感がする」


 どうも、これまで水のある処で、ろくな事がなかったという理由ではなさそうだ。


「考え過ぎじゃないの?」


 サクラが首を傾げて尋ねてくるが、その次の瞬間には静寂せいじゃくをぶち壊すようにそれが現れた。


「おい! 泉の水が盛り上がり始めたぞ」


 エルが泉に起こった異変を察知すると、今度はそれを見たミイが焦り始める。


「あっ! これは水の精霊......拙いわ。水の精霊王が出ちゃった......」


 恐らく、エルフであるミイの言葉に誤りはないだろう。

 そうなると、今度は水の精霊王との戦いか?


 そんな事を考えている間にも、水が人の姿を形成していく。

 更に数瞬の後に、泉の上に一人の女性が立っていた。


 これって、無視して進んだらどうなるかな?


 精霊王との戦いは熾烈を極める。というのも、前回に戦った火の精霊王の力を鑑みて、そう言わざるを得ないのだ。

 故に、出来ることなら戦闘を回避したいと思うのだが......なんて考えていると、その女性は静かに話し始めた。


「ヴァルキリアが訪れたかと思ったら、どうやら火の精霊王も居るようですね」


 鈴を鳴らすような透き通った声がそう告げてくる。

 火の精霊王については解るが、ヴァルキリアとは何の事だろうか。

 すると、驚いたことにミイが水の精霊王に話し掛けた。


「お久しぶりです。水の精霊王セーレン」


 えっ!? 会ったことがあるのか?


 エルフであるミイが精霊と深い関係であるのは解るが、水の精霊王と面識があったとは驚きだ。

 なんて、感心していたのだが、その次の言葉で凍り付く。


「セーレンもご壮健そうけんそうでなによりです」


 はぁ? エル、どうしたんだ? お前まで水の精霊王を知ってるのか?


 この時点で、俺の思考は完全に停止してしまったのだが、驚きは止まる事無く続くことになる。


「セーレン、こうして対面するのは何千年ぶりでしょうか?」


 おいおい、マルカ、お前は何千年も生きてるのか?


「相変わらずの美しさですね」


 え!? ニア、今、ニアが喋ったのか? 語尾はどうした?


「ずっと、ここに居たのですか?」


 もういい......サクラまでがおかしくなってしまった......


「みんな、おかしくなったの?」


 おお、キララだけが真面なのか!? 良かった......最愛の愛娘が実は三千歳でしたなんて言われたらどうしようかと......って、その可能性はまだあるのか......


 既に、如何いうことか解明する気にもなれなくなってきて、俺は彼女達の様子を黙って眺めるだけにする。

 そんな俺の前では、話がドンドン進んでるのだが、全く以て意味不明だ。


「ふむ。確かに神の在り様には疑念を感じなくも無いが......フレア、何故なにゆえ、其方はその者と共に在るのか?」


 セーレンと呼ばれた水の精霊王が、何故か俺に尋ねてくる。


 てか、フレアって誰だよ! 名前からすると女にしか思えないんだが......


 そんな疑問を余所に、俺の胸のあたりから炎の塊が噴き出したかと思うと、一瞬で人の姿となった。


 おい! ビックリしたじゃないか! 出るなら出るって言えよ! って、お前がフレアなのか?


 俺からは後ろ姿しか分らないのだが、その姿は如何見ても女性のものだった。


 えっ!? お前って、確かイフリートみたいな豪傑ぽい感じだったよな?


 しかし、誰も俺の驚きに見向きもしない。その事に少し寂しさを感じていると、フレアと呼ばれた女性が厳かな声で話し始めた。


「我は、この者に負けた。故にこの者の願いを叶える事にしたのだ」


「ほう、それ程の者なのですね。そして、その者が現在の神に鉄槌を下すと......ふむ」


 フレアの言葉を聞いたセーレンが細く透き通るような腕を動かし、手を頬に添えると何かを考え始めた。

 どれ程そうして居ただろうか、しばしの時が過ぎ去った時、セーレンは声を発した。


「分りました。では、わたくしも力を貸しましょう。ただ、条件があります」


 ちょっと待て、勝手に参加するのに条件を出すのか? どこまで我儘なんだ。


 しかし、彼女は知った事では無いとばかりに続きを話し始めた。


「ヴァルキリアの話では、外には綺麗な泉があるそうですね。事が達成したあかつきには、そこをわたくしの住み家とさせてください」


「いや、精霊王だろ? 勝手に住めばいいじゃないか」


 そう、なんでそんな許可を俺が出す必要があるんだ?


「それには、簡単に説明できない事情があるのです。さあ、如何しますか?」


「別に構わないけど、それよりもヴァルキリアってなんだ?」


 話が落ち着きつつあると感じた俺は、セーレンへ返事をしつつも、疑問に思っていた事を問う。

 すると、彼女は頷きを一つして、サラリと教えてくれた。


いにしえの時代における神の眷属です」


 彼女はそういうと、次の瞬間には水の槍となって俺の胸に突き刺さる。


 いって~~~~~! 糞いて~ぞ! てか、もう少し優し方法は無いんかい! 回復! 回復!


 あまりの痛さに思わず回復を連続発動させる。

 そうして、やっと痛みが引いた処に、今度はフレアが炎の槍となって俺の胸に飛び込んでくる。


「ぐあっ! お前等、いい加減にしろよな!」


 その熱さと苦痛に、思わず苦言を発したのだが、頭の中でセーレンが話し掛けてきた。


『ほう。これは中々居心地が良いですね』


 いやいや、俺は最悪なんだが......


 そんな愚痴が口からこぼれ落ちそうになったのだが、フレアの横槍でそれがさえぎられた。


『であろう? 見た目は変態だが、こやつの中はなかなか居心地が良いのだ。それに女神の加護もあるしのう』


『あっ、この力は女神のものですか......なるほど、道理で......』


 もう、好きにしてくれ! てか、変態いうな! ん? 今、女神が何とかとか言ってたか? まあいいや......


 フレアとセーレンは楽しそうに会話を続けているが、俺としてはもう如何でも良くなってきた。というのも、既にチンプンカンプンなのだ。


 だって、精霊王だけならまだしも、ヴァルキリアって何だよ。

 古の時代の神の眷属だけじゃ、何にも解らないんだよ。


 抑々、なんで、そんな存在が嫁達に......あっ、偽物達か! 奴等がヴァルキリアだったのか......もしかして、彼女達の異常な力も?

 いや、それよりも、完全に意識を乗っ取られていたような気がしたが、嫁達は大丈夫なのだろうか。


「みんな大丈夫か?」


 俺は急に嫁達の事が心配になり、慌てて尋ねたのだが、誰もが首を傾げている。


「どうしたの? ソウタ」


「何を慌ててるんだ?」


 心配する俺の声を聞いたミイとエルが、首を傾げて尋ねてくる。


「何言ってるんだ! お前達はヴァルキリアに乗っ取られて居ただろ?」


 不思議そうに俺を眺める嫁達にそう言うと、今度はマルカが答えてきた。


「お兄ぃ、変な夢でも見てたの? 大丈夫?」


 ぐはっ! 逆に心配されてしまった......


「ダンニャ様は疲れているニャ~よ」


 挙句は、一番何もしていない俺をニアが気遣ってくれる。


「ソウタ、こんな忙しい時に妄想は良くないよ?」


 いやいや、妄想なんてしてないから。てか、それはお前の専売特許だろ!


 嫁達の言葉に呆れて、視線をカオルを抱くキララに向けると、そこでは黒い猫と愛娘が諦めの表情で首を横に振っているのだった。


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