第85話 洞窟突入


 暫く眠ったままだったカオルが覚醒し、散々と怒られてしまったが、それでも彼女が復帰したことに、俺は勿論、全員がそのことに安堵した。


「じゃ、洞窟に入るとするか」


 説教も終わって全員が息を吹き返した処で、洞窟突入の合図を送ると、ミイが質問を投掛けてきた。


「その洞窟って、モンスターが沢山でるの?」


 それはもっともな質問なのだが、俺が以前に通った時と同じとは限らない。

 故に、彼女への回答もその旨を伝える事となる。


「俺が通った時は弱かったぞ? てか、今だと相手にならないと思う。だけど、糞神が何かをしているかも知れないから気を付けろよ」


「了解したわ」


 そして、それが起こったのは、返事を聞いたミイが頷きを返した時だった。


「待て! お前達、今度は何を企んでいるんだ!」


 あ~~~、来ちゃったよ~~~。


 もう振り向いて確認しなくてもその声で解る。だからといって愛し合ってる訳では無いので、変な勘繰かんぐりは止めて頂きたい。


「おい! 後ろを見ずに洞窟に突撃だ!」


 もう、洗脳勇者の相手をするのもウンザリなのだ。故に、嫁達にジェスチャーを交えてそう伝えると、俺は奴等に構わず走り出す。

 すると、嫁達も頷きを返すと一気に走り始める。

 こうなると、既に大きく掛け離れた能力の違いが在り在りと現れる。


 奴等は後を追う事も出来ずに、必死に静止の声を上げる。


「あっ! おいっ! こら!」


 当然ながら、止まるどころか、後ろから聞こえてくる声は完全に無視だ。


「きゃは! なんか楽しいわね」


 追われる事が滅多にない所為か、ミイがニコニコとしながら逃走を楽しんでいる。


「てか、倒した方が早かったんだが......」


 エルは戦えなかった事を不満に思ったのか、ブツブツと愚痴をこぼしている。


「ミイ姉、何を言ってるの? あの人達に追われるのもこれで最後にしたいんだよ。それに、あたしとお兄ぃの子供を次代の魔王なんて言われた大変だよ......って、まだ先の話だけどね。てへっ」


 新たに嫁となったマルカが過去の事を振り返ったのか、いい加減にウンザリとした表情で告げてくるのだが、もし俺とマルカの子供に手を出したら、即座に始末してやる。


「そうニャ~の。にゃ~の事も悪魔の使つかいだって言ってたニャ~し、もうウンザリニャ~の」


 マルカ同様に、洗脳勇者に追われていたニアも、嫌な顔をしつつ苦言を述べてくる。


「み、見た目はちょっとカッコいいんだけどね~」


「なんだと! サクラ、もう一度言ってみろ!」


 サクラの台詞に思わず切れてしまう。


「あは! ごめ~ん。って、もしかしてヤキモチかな?」


「サクラ、うるさいぞ! 解った、お前だけは肉も夜もお預けだ!」


 実は正直言って嫉妬している訳だが、それを素直に認めることが出来るほど俺の心は広くなかった。


「あ! ダメ! うそ! ごめん! ソウタの方が断然いかしてるよ? 本当だからね?」


 まあ、夜の方はカオルが復帰したことで、否応無いやおうなしにお預けなのだが、恐らく肉という響きで心が折れたのだろう。サクラは必死になって弁解してくる。


「じゃ、サクラの肉はうちが食べるの」


 既におんぶひもでは無く、普通にお姫様抱っこで運ばれているキララが、嬉しそうな顔で追撃をぶち込む。


「そ、そんな~! キララ、そんな意地悪なんて言ってたら、悪女だって罵られるわよ」


 サクラは悲しそうな顔でキララにクレームを入れるが、即座にキララが反撃する。


「いいの。うちは悪女になるの。でも、ママだけには良い子でいるの」


 どうやら、サクラよりもキララの方が一枚上手のようだ。


 俺達はそんな遊び半分のような逃走を行っていたのだが、あっという間に洗脳勇者から逃げ切るのだった。







 洞窟の入口で勇者達から逃亡して、既に半日が過ぎている。

 そんな俺達は結構なペースで進んでいるのだが、色々と問題が発生しているのも事実だった。


「ソウタ、ちょっと話が違うくない? やたらとモンスターが強いんだけど」


「だから、言ったじゃないか。俺が通った時は! って」


 そう、ミイの苦言が表すようにモンスターが凄い事になっているのだ。


「でも、これだと勇者達は、きっと追って来れないぞ」


 エルがモンスターと勇者の力量を比較して、的確な発言をしてくる。

 すると、今度はマルカが彼女なりにモンスターを評価してきた。


「でも、今のあたし達に取っては雑魚っぽくない? ロボットの時なんてもっと大変だったし」


 そうなのだ。実は今回の戦いで解った事だが、偽物と同化したことで嫁達がかなり強くなっているのだ。いや、俺さえ居なければ大陸最強を名乗っても恥ずかしくない程に強化されてしまった。


 てか、困った事に嫁の人数から考えると、迂闊うかつに夫婦喧嘩すら出来なくなったぞ!


 そう、嫁の偽物達でも厄介だったのに、本物が結託けったくしたら流石の俺でもヤバいかもしれない。


「ニャ~! 潰れるニャ~よ!」


 こんな事を話している今も、ニアは自分の三倍くらいあるモンスターをバシバシと蹴り飛ばしている。


「あっ! 放っておくとニアに全部倒されるぞ」


 いやいや、別に先を争って戦わなくてもいいのでは?


 慌ててモンスターとの戦いにおもむくエルの発言に、そんな感想を返すのだが、どうやら声になっていなかったらしい。


 その証拠に、ミイとマルカもエルに続いてモンスターを倒しに向かう。


 そんな前線では、ニアとサクラが獅子奮闘の活躍で、巨大なだけでは無く、かなりの力量を持ったモンスターをまるで赤子の手をひねるように片付けて行く。


『それにしても、精神試練のお蔭で彼女達まで強化されるとはね』


 彼女達の戦う姿を見て、流石のカオルも感嘆の声をらす。


 というのも、現在の彼女達の力量は、精神試練前の俺よりも強いのではないかと思われるからだ。

 そうなると、現在の俺は如何なんだという話になるのだが、もう話にならないと言っておこう。

 だって、彼女達が殲滅しているモンスターなんて、手を振って起こした風圧だけで潰れてしまうのだ。


 これは正直言って、とうとう来てしまった感じだ。

 何がだって? そんなものは決まっている。俺TUEEEだ!


 故に、嫁達からは俺の戦闘禁止命令が出されている。何故ならば、洞窟が崩壊する可能性があるからだ。

 それはそれで問題ないのだが、ただ、こうやって見ているだけだと、少し手持ち無沙汰ぶさたを感じてしまったりする。


 そんな俺に向かって、鋭い表情をしたカオルが釘を刺してくる。


『颯太もかなり強くなったけど、まだまだ調子に乗るには早いからね。今の君の強さは僕の全盛期に比べると十分の一くらいなんだからね』


 ぐはっ! これだけ強くなっても、カオルは俺の十倍以上強いのか......ヤバイ、これはカカア天下になりそうだ......


 今更ながらに、カオルの強さにおののいていると、前線で戦っている嫁達の声が聞えてきた。


「ボスっぽいのが出たわよ?」


 サクラがそう言うと、何故かエルが一番前にズカズカと出て行く。


「ここは妾に任せて、休むが良いぞ!」


 なんか、みんなを気遣ったような台詞に聞こえるが、如何みても自分一人で戦いたいだけだろう。


「もう、仕方ないわね! でも、ちょっとでも苦戦したら手を出すからね」


 両手を腰に当てたミイが、溜息を吐きながらそう言うと、エルは嬉しそうな表情を浮かべて答えてくる。


「ああ、任せておけ!」


 それを見ていた俺は、以前とは全く変わってしまった二人に、寂しさを覚えつつも、大きな喜びを感じていた。

 そう、同化した彼女達は、以前よりとても仲良くなったのだ。いや、もしかしたら俺が全員を分けへだてなく襲った所為かもしれない......


 まあ、あの時は記憶が無かったけど、あの場所からこの洞窟にくる間も、カオルには申し訳なかったが、精神試練の時と同じように愛し合ったのだ。時には三人プレーどころか、六人プレーになっていたし......


 きっと、エッチはお互いの愛情を確かめ合うバロメーターなんだな。うむ。


 勝手に一人で納得してたのだが、横からカオルの茶々が入る。


『颯太、目が嫌らしいよ。エッチな事を考えてたよね?』


 ぬぬぬっ、何故バレたんだ!


『ふんっ! 僕の身体が戻ったあかつきには、嫌と言うほど愛して貰うからね』


『ああ、分ってるよ』


『なら、よし!』


 ナナミに抱かれているカオルは満足そうに頷く。


 そんなカオルを眺めつつ、本当に身体が戻るのかと疑問に思うが、そこでエルの声が響き渡った。


「ぐあっ! 油断した!」


 どうやら、格下のボスに油断してピンチにでもなったのだろう。

 その証拠に、ミイが物凄い速度で矢を放っている。


「あ、あ、妾にもう一度チャンスをくれぬか」


「エル姉、諦めた方が良いよ。抑々モンスターを倒すのが目的じゃないからね」


「そうニャ~の。さっさと倒して先に行くニャ~よ」


「そうね。糞神を倒すのが目的だものね」


 再度の機会をくれと願うエルの声に、マルカ、ニア、サクラが正論で返す。

 すると、エルはその場にひざまず項垂うなだれてしまった。


 まあ、自業自得だな。


 調子に乗ったツケを払わされたエルを眺めながら、そんな事を考えている内に、四人の嫁達がボスキャラをあっという間に退治してしまう。

 その戦いぶりは、最強に恥じぬものであり、流石は俺の嫁だと称賛の声を高らかに上げたくなる程だった。







 更に俺達の進行は熾烈しれつを極める事になったのだが、一向にペースダウンする様子はない。

 というのも、俺の嫁TUEEE! というのがその原因だ。


「くたばりなさい!」


 ミイがそう叫んで射ち放った矢は、モンスターに突き刺さるどころか、粉々に吹き飛ばしている。


「おりゃ~~!」


 もう少し言葉遣いを気にして欲しいエルが、大剣デストロイを振り切ると、巨大なモンスターが一気にこま切れとなる。


 いやいや、おかしいだろ! お前、一振りしかしてなかったよな?


 怪しいエルの技にツッコミを入れながら、その凶悪な攻撃を眺めていると、今度は別の方向から声が上がる。


「砕けるのよ!」


 過激な発言を可愛い声で言い放つマルカがハルバートを叩き付けると、モンスターがまるで衝撃を与えた石像のように砕ける。


 だから、おかしいって! ハルバートの攻撃と効果が一致してないから......


 どうも、斜め上の方向に進んで行くマルカの攻撃を見て呆れてしまう。

 しかし、そんな俺の疑念を更に深める攻撃が現る。


「餌になるニャ~の!」


 何故なにゆえ、餌にする必要があるのか不明だが、ニアがそう言って黒猫手袋で猫パンチを喰らわすと、何故か魚ぽいモンスターがシーチキンフレークのようにバラバラになる。


 それ、完全に加工済みだよな? なんで猫パンチで加工されるんだ?


 もう開いた口が塞がらないのだが、極め付けが遣ってきた。


「社畜の恐怖を知りなさい!」


 いやいや、なんでモンスターが社畜の恐怖を知る必要があるんだ?


 我が嫁ながら呆れてしまう物言いで、サクラは大剣を振りぬくのだが......


 だから、なんでモンスターを大剣で切ったら犬になるんだ? 切断面は何処に行ったんだ?

 てか、社畜は犬か! 会社の犬なのか!? 社会の犬なのか!?


 そう、サクラの攻撃を受けたモンスターが次々と犬になっていくのだ。


 それを見た俺は、もし地球に戻る事があっても、絶対に会社員にならないと、心中で堅く誓ってしまう。


 まあ、この理不尽な戦いもそろそろ終止符だろう。


 だが、そう思ったのが拙かった。

 いつの間にか、カオルをキララに抱かせたナナミが、ロケットランチャを担いでいた。


「おい! みんな、退避たいひだーーーーーーーー!」


 それを見て、即座に大声を張り上げると、戦っていた嫁達がこっちを見た途端、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「いっきま~~~す!」


 全員が退避したのを見て、残ったモンスターに向けて、ナナミがロケットランチャーの引き金を引くのだが、彼女の表情は以前と違って、とても明るいものになっていた。

 というのも、人間として覚醒したお蔭で、まだまだ完全ではないが、感情や表情といった人間らしさを手に入れたようなのだ。


 そんな彼女が放ったロケット弾は、物の見事に敵のど真ん中へと撃ち込まれるのだが、濛々もうもうと巻き上がった土埃が収まると、そこには何故か沢山のヌイグルミが転がっていた。


 おいおい、今度はヌイグルミですか......それも、クマやウサギ、パンダなんかもあるな......もう好きにしてくれ......


 諦めの溜息を吐きながら戦闘の終了を確認して、嫁達の負傷具合を確認するのだが、誰一人としてかすり傷すら負っていない。


 これはもう、最強の嫁という二つ名を与えても良いかもしれない......ただ、俺を虐めるのは無しでお願いしたいものだ。


 俺は今更ながらに嫁達の強さに感服しているのだが、それとは別に、少し気になっていたことをカオルに尋ねる。


『カオル、最後のひつぎだが、チュートリアルの島にそんな処があったか?』


 すると、カオルはニヤリとしたように見えてた。


『まあ、颯太が知らなくても仕方ないよ。あそこは島の一部なんだ。だけど実はもっと大きな島でね。チュートリアルの範囲からは入れないように結界が張られているんだよ』


『なるほど......って、結界は如何するんだ?』


『恐らく、結界自体は今の僕なら何とかなると思う』


『そうか。じゃ、俺達はひたすら戦えばいいんだな』


『そうだね。ただ気を付けて欲しいんだ。もしかしたら僕が変質してしまうかもしれない。そうなったら僕自身でも如何にもならないと思う。だから、その時は......』


 そういえば、カオルはこの前もそんな事を言っていたな。もしかしたら、また心細くなっているのかも知れない。


『その時は、俺に任せろ!』


『そうだね。でも、切り落とされないように気を付けてね。実を言うと、前回の封印開放で、糞神に対する僕の内なる怒りがかなり上昇してるんだ。嫉妬に狂って君のナニを切り落としたくなった程にね』


 そう言ったカオルは、まるで切り落とす振りをするかのように前足を振った。


 それを見た俺は、要らぬ事を尋ねるんじゃなったと、心底後悔するのだった。


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