第77話 結局はこうなる訳ね
火山も五分目まで到達しかたというところで、今更ながらに熱さ対策を得たのだが、次の瞬間に現れたサラマンダーという炎のトカゲがゆっくりとこちらに向かって来る。
ただ、ミイの話では火トカゲということだったが、如何見てもトカゲでは無い。
そう、それは炎を身体に纏った地竜というに相応しき生き物だった。
更に、その体長は二十メートルくらいあって、とてもではないが普通の人間に倒せる相手ではないと思える。
「ここは水攻撃かな!?」
マルカはそういうと、一瞬にしてビキニアーマー姿に変身する。いや、本来の姿に戻ったという方が正しいだろう。
その姿は、いつもの仮の姿と打って変わって、肌の色が浅黒くなり、銀髪の映える様相となる。その瞳は美しい輝きを放ちつつも、俺達猫人種と同様に縦に割れた瞳孔となっている。
そんなマルカは右手をサラマンダーに向けて魔法を放つ。
「水の恵みよ!」
彼女の声と共に、空からは水の塊となった雨が槍のように降り注ぐ。
その鋭い水の槍は、次々と炎の地竜へと降り注ぐ。
「ぐぎゃ!ぎゃおーーーーーー!」
すると、それを見たサラマンダーは咆哮をあげ、降り注ぐ水の槍を跳ねのけるかのように炎のフィールドを作り上げる。
それ故に、無情にもマルカの攻撃は全て蒸発してしまった。
「なにそれ!インチキが過ぎるわ!」
それを見たマルカが頬を膨らませて憤慨しているが、その仕草もなかなかに可愛いと思ってしまう。
いかんいかん、それ処では無かったのだ。
慌てて削がれた意識を戦闘に向け直す。
すると、今度はミイが水の精霊を呼び出して、水の攻撃を繰り出しているが、これも全く効果が無いようだ。
二人が頑張った効果は、辺りに水蒸気を立ち込めさせただけだった。
「やっぱり、高位精霊に対して下級星霊の魔法じゃ太刀打ちできないわ。てか、流石に蒸し暑くなって気持ち悪いわ」
彼女は既に分かっていた事だとばかりに、渋い表情で愚痴を溢し始める。
そんな二人は、無駄だと知りつつもサラマンダーの足を止めるために、懸命に魔法を繰り出している。
しかし、二人の視線は時折俺へと向けられる。恐らくは何とかしてくれという意思表示なのだろう。
彼女達の願いを無視する事も出来ず、俺は溜息を吐きつつ、彼女達の期待に応える事にする。
「ここは、奴に退場して貰おう。奈落!」
そう、俺達は別にサラマンダーを倒しに来た訳では無いのだ。
奴が居なくなって、先へと進む事ができれば、それで問題ないのだ。
故に、俺は水と土の複合魔法を発動させた。
すると、魔法が発動した途端に、山肌がぬかるみり始め、サラマンダーの巨体がその中へズブズブと沈んでいく。
「ぐぎゃ?ぎゃお?ぎゃぅ~~~~~!」
その魔法の効果に慌てるサラマンダーだが、何が何やら分らないといった風にしていたが、その何処までも埋まっていく事態に、焦りの唸り声を上げている。
「えっ!?」
「マジで!?」
これまで彼女達の攻撃を全く物ともしなかったサラマンダーが狼狽えるのを見て、マルカとミイが呆れ声を上げた。
「ぎゃぅ!ぎゃぅ!ぎゃぅぉ~~~」
そんな彼女達の眼前では、焦りもがくサラマンダーが悲痛な声を上げているが、最早ジタバタとする事も出来ずに、ズブズブと埋まっていく。
その様子を見ていると、少しだけ可哀想に見えてくるのが不思議に思えてくる。
「ちょっと、これはズルいよね!?」
「なんか、釈然としないんだけど......あっ!マジで?」
地面に埋まっていくサラマンダーを眺めながらマルカが愚痴を溢すと、それに追随するようにミイが納得できないと言い始めたのだが、突然、驚きを露わにする。
「本当に?いいの?やっちゃうわよ?」
驚いていたミイだが、その様相を収めると、何かと話を始めたようだった。
「ミイ、どうしたんだ?」
「ご、ごめん、ちょっとまって」
そんなミイの言動が気になって尋ねてみると、彼女は、頭だけを残して全て埋まってしまったサラマンダーに視線を向けたまま、片手で俺達を押し留めるような仕草をする。
「じゃ、遣るわよ!精霊王の名のもとに我との契約を結ぶことを誓うか?」
「ぎゃぅ~」
良く解らないが、ミイが厳めしい口調で堅苦しい言葉を口にすると、首だけとなったサラマンダーが唸り声を上げた。
その行為が、一体何を意味するのかも解らなかったのだが、ミイは俺達の疑問を余所に話を進める。
「ならば、其方の名前は......ん~、
「ぎゃぅ!」
「これで完了よ!戻りなさい!」
彼女がホッと一息吐きながら言葉を発すると、次の瞬間には、首まで地面に埋まっていたサラマンダーの姿が消えてなくなる。
「うおっ!?」
「えっ!?」
それを見ていた俺とマルカは、思わず驚きの声を上げてしまった。
事態を全く呑み込めない俺は、何事も無かったかのように落ち着きを取り戻したミイに視線を戻すと、何が起こったのかを尋ねる。
「どういう事なんだ?」
「あっ、ごめんなさい。えっと、サラマンダーが命乞いをしてきたのよ」
「えっ!?精霊が命乞い?それもあんな凶暴そうな高位精霊が?」
俺の問いに答えてきたミイの言葉を聞いて、マルカが驚きの表情で問い掛ける。
すると、ミイは事の次第を説明し始めた。
「だって、あのままだとヤバいから、契約して欲しいって言ってきたのよ」
ミイがそう言うと、彼女の肩に小さな赤いトカゲが現れた。
「きゅー!」
「ええええっ!?それがあのサラマンダーなの?」
「そうよ。これはエン太!今日から私の契約精霊になったの」
更に、驚きの表情を強めたマルカに、ミイはサラリと答えるのだが...... その名前の由来が気になる......
「可愛い名前でしょ?」
いや、名前の由来が気になるのだ! まさかとは思うが、俺の名前から文字ってないよな?
そんな疑問を持ちつつも、取り敢えずは危機が去ったという事で、俺達は再び目的地へ向けて脚を進めるのだった。
ひょんなことから、ミイが高位精霊と契約してしまったが、それはそれで結果オーライといえるだろう。
というのも、彼女は元々炎の精霊魔法が苦手だったのだが、この契約により一気に得意魔法に変わってしまったのだ。
そう、炎の高位精霊と契約したことで、恐ろしい程の炎の魔法を操れるようになったのだ。
そんな彼女はというと......
「エン太、お腹空いていない?何か食べる?エン太、可愛いわよ」
まるで、己が子のように猫可愛がりを続けている。
いやいや、精霊はご飯を食べる訳じゃないだろ?
てか、それよりも、俺としては名前の由来が気になって仕方ないのだ。
手の上に乗せた火トカゲを
そんな彼女を俺とマルカが溜息を吐きながら眺める。
「あれは一体どうしたことなんだ?」
「さあ、お兄ぃとの愛の結晶だとでも思ってるとか?」
あまりの変貌ぶりを見せるミイを訝しく思い、コソコソとマルカに尋ねたのだが、彼女も呆れた顔で分からないと伝えてくる。
「でも、炎の精霊魔法が得意になったんだから、いいじゃない」
「確かにそうなのだが......あの名前がな......」
マルカは良い事だと付け加えてくるが、俺としてはあの名前がどうしても気になるのだ。
しかし、その答えをマルカがサラリと答えてくる。
「そんなの解りきってるよ。お兄ぃの名前から取ったんだよ。あの様子だと、絶対にお兄ぃとの子供だとか思ってるよ」
やはりか...... まあ、いいのだが、なんか釈然としない気持ちに支配されてしまう。
マルカの言葉を聞き、再び悶々とした気持ちで脚を進めていると、彼女が話を変えてきた。
「そんな事よりも、進む方向はこれでいいの?まさか火山の火口にあるとか言わないよね?」
「いや、そろそろ、横穴があるらしい。恐らくその洞窟を進んだ先にあるんだろ」
彼女にカオルから聞いた事を教えてやると、何故か嫌な顔をこちらに向けてきた。
「洞窟?なんか嫌な予感しかしないんだけど。狭い場所で炎に巻かれるなんて嫌だよ?」
確かに彼女の言う通りだ。閉鎖空間で火炎地獄なんて、俺も是非とも遠慮したい事態だ。恐らく、彼女もそれを不安に思っているのだろう。だから、彼女を安心させるつもりで告げる。
「ヤバくなったら、即座に宝石に入れよ?マルカの丸焼きなんて見たくないからな」
「お、お兄ぃ!縁起でもないこと言わないでよ。それに、それだとお兄ぃが焼け死ぬじゃない。そうなったらあたし達も死ぬんじゃないの?」
「ん~、それは分らん。でも、俺は竜装すれば、逃げる間くらいは耐えれるだろう」
「それならいいんだけど、お兄ぃが死んであたしだけ生き残るなんて嫌だからね」
「ああ、分ってる。分かってる」
どうも、ここ最近はマルカも俺に対する愛情表現が、妹というよりも彼女といった感じに変わってきた。
それはそれで、とても嬉しく思うのだが、こんなに沢山の嫁なんて一体如何すればいいんだ? とも思ってしまう。
なんか、どんどんチュートリアルよりも悲惨な状況に陥っているような気がしてきた。だって、これだけ愛情を注いでくれる女達がいるのに、欲求不満は溜まる一方なのだ。
別に、エッチがしたいだけという訳では無いのだが、やはり健康な若い男となると、
またまた、悶々とした気分に陥っていると、マルカが前方を指差しながら声を掛けてきた。
「お兄ぃ、あれじゃない?」
どうやら、悶々としつつも脚を進めていたことで、なんとか洞窟の入口に辿り着いたようだ。
それはそうと、俺には他にも疑問があったのをコロッと忘れていたことに気が付く。
「なあ、ミイ。高位精霊って沢山いるのか?」
「ん~、結構いると思うわよ?」
「マジか!サラマンダーみたなのがこの後も出るんだな?」
「あっ、ごめんなさい。そう言う意味では、ここにはもう居ないと思うわよ。結構いると言ったのはこの大陸でという話ね」
意味を取り違えたミイは、慌てて話を修正してくる。
それを聞いた俺は安堵することになるのだが、そこで火トカゲ...... エン太がパクパクと口を動かし始めた。
恐らく、その行動は食事のおねだりでは無いのだろう。それを証明するかのように、ミイはウンウンと頷きながら聞き入っている。
だが、次の瞬間、ミイは張り裂けんばかりの声を上げた。
「えーーーーーーーーっ!マジでーーーーーーーっ!」
ミイの驚きに、俺達の方が驚かされる事になる。
「お、おい。どうしたんだ?」
「な、な、何があったの?」
俺とマルカは慌ててミイに尋ねるのだが、彼女は凍り付いたように動かなくなってしまった。
その様子から、きっと、とんでもない情報を耳にしたのだろう。
「ミイ、ミイ、大丈夫か!?一体どうしたんだ?」
ミイの両肩に手を置いて軽く揺さぶると、彼女はハッと我に返る。
そんな彼女に再び声を掛けると、おずおずと話し始めた。
「あのね。ここに居る高位精霊はソウ......いえ、エン太だけなんだけど......」
「ちょ、ちょ、ちょっ」
ちょっとまて、今、ソウタって言おうとしたよな? エン太じゃなく、ソウタって!
彼女は慌てて言い直しているが、間違いなく火トカゲの事をソウ太と呼ぼうとしたはずだ。
「お兄ぃ、名前の事で動揺してる場合じゃいよ。ミイ姉ぇ、何があったの?」
俺の動揺を余所に、マルカがミイに話の続きを急かす。
すると、ミイはゆっくりと頷くと話を続けてきた。
「ここに居る高位精霊はエン太だけなんだけど、もう一体の精霊が厄介なのよ」
「もう一体の精霊って?」
少し怯える様子を伺わせるミイに、マルカはズカズカと尋ねる。
「精霊王......」
「はぁ!?」
「炎の精霊王が居るらしいのよ」
「えっ!?マジで?」
ミイに続いて、彼女の言葉を聞いたマルカまでが凍り付く。
それは仕方ないだろう。サラマンダーでも手を焼いたのに、精霊王なんて出てきたらとてもではないが、真面に太刀打ちできるとは思えない。
「それで、それは何処にいるんだ?」
「ん~、洞窟の先に居るんだって......」
がーーーーーーーん! それって俺達の目的地じゃないのか?
驚きつつもカオルに視線を向けると、ナナミに抱かれている彼女は黙って頷いている。
おいおいおいおい。今の颯太ならって...... 精霊王と戦うのかよ!
ここまでトントン拍子で来たのだが、一気に頭が痛くなってきた。
そんな俺の前にミイとマルカが遣ってきて、心配そうに話し掛けてくる。
「エン......ソウタ、流石に拙いわ。精霊王の強さはサラマンダーの比じゃないわよ」
「お兄ぃ、流石に無理だと思うよ?」
確かに二人の言う通りだろう。だが、ここで引き下がる訳にもいかないんだ。
「二人とも宝石の中に入れ。ナナミは戦闘が始まったらカオルを連れて後方で待機な」
「でも......」
「だけど、無茶だわ」
流石に無謀な戦いだと感じたマルカとミイが言い寄って来るが、俺は黙って首を横に振る。
「心配するな。お前達が額の宝石の中に居るんだ。そうそう遣られたりしないから」
彼女達にそう伝えると、二人を宝石の中に移動させる。
更には、己に気合を入れるように両頬を叩き、先へと進む事をナナミに告げる。
洞窟の中はあまり明るくなかったが、ナナミも問題なく歩いている。というのも、彼女も暗視の力を持っているのだ。
故に、俺とナナミは特に灯りを点ける事もせずに、暗い洞窟をサクサクと進んで行く。
途中に魔物でも居るかと思ったが、そんな気配は全く無く、ただ只管歩みを進めるだけだった。
そんな俺達の視線の先に洞窟の終わりが見えてきたのだが、そこは灼熱の地獄だった。
そう、ナナミから貰った冷却リングを装着して、尚恐ろしい程の熱さを感じるのだ。その事で、その場の熱さが尋常では無い事が分るだろう。
「ちっ、浮島かよ。てか、どういう仕組みなんだ?」
そうなのだ。洞窟を抜けると、そこは火山内部の火口であり、下方には赤々とした溶岩がまるで生き物のように蠢いており、その中心に浮島があるのだが、完全に中空に浮いている状態だ。
『あれはね、結界で守られているんだよ。だから、あれを守る精霊王を倒す必要があるんだ』
ちぇっ、結局は戦闘を回避することは出来ないのか......
ここに辿り着くまで、運良く精霊王が居なければなんて考えていたのだが、根本的に間違っていたようだ。
だって、カオルの話だと精霊王と戦いに来ていることになるのだから。
「わかったよ。ナナミ離れてろ」
「ハイです~」
ナナミは元気に返事をすると、カオルを抱いたまま、そそくさと洞窟の方へと戻っていく。
「さて、これからが本番な訳だな。竜装衣!邪竜剣!竜翼!」
完全装備となった俺が宙に舞うと、火口の溶岩が盛り上がり、巨大な人型を形成する。そして、その存在は頭からは巨大な二本の角を生やし、まるでイフリートを思わすような風貌となった。
「こりゃ、想像以上の戦いになりそうだな」
宙に佇む俺の向かいに現れた炎の精霊を眺めながら、これから始まる戦いが苛烈なものとなるであろうことを感じ取り、思わず独り言を口にするのだった。
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