第76話 火トカゲ登場


 いよいよ火山の姿が大きく見え始めた。

 周囲の雰囲気も、鬱蒼とした木々が無くなり始め、周囲の温度も上昇しているような気がする。

 現在の俺達は道なき荒野をただ只管に火山へと向かって進んでいる。

 しかし、俺の心は此処に在らず、昨日の温泉に置き去りにされている。


 温泉...... 良かったな~~~


 そう、温泉は最高だった。身も心も癒される。

 しかし、それだけで心が置き去りとなる事は無い。

 ハッキリ言って、昨日の温泉は最高だと思った。眼福だと思った。本望だと思ったのだが......

 結局は、その欲求を吐き出すことが出来ずに、悶々とした時を過ごしたのだった。


 空腹な者の目の前に美味しそうな実が生っている。しかし、それを食べるどころか、手を伸ばすことすら出来ない状況は、もはや苦痛でしかないと断言しよう。

 どうやら、それは俺だけでは無かったようで、ミイ、エル、マルカ、ニア、サクラの五人も欲求不満だと言わんばかりの表情をしていた。


「なあ~、ソータ~」


「ソウタ~」


 このエルとミイのコンビに関しては、表情だけでは無く未だにこうして誘ってくる始末だ。てか、俺だって我慢しているのだから、少しはそれを察して欲しい処だ。

 

 さてはて、お互いに求めあっている筈なのに、何故こんな事になっているかというと、それはとても簡単な理由だ。

 そう、沈黙していた筈のカオルから許しが出なかったからだ。


『僕を差し置いて、君達ばっかり......駄目だからね!』


 そんなカオルの嫉妬による拒絶が、ピンク色に染まっていた温泉を一気にダークな湯に変えたのだ。

 というか、それだと猫の彼女とエッチが出来ないのは勿論のこと、骸骨の彼女とも...... そうなると、何時になったら俺はこの欲求不満を解放する事が出来るのだろうか。

 そう考える俺の脳内は、それとは別に、エル、ミイ、マルカ、ニア、サクラの魅力的な姿で埋め尽くされている。

 恐らくは、彼女達も同じであろう。何故ならば、時折俺の下半身に視線が向くからだ。

 そう考えると、所詮は男も女もエッチが好きなんだな~、と思ってしまう。


『君達は盛りのついた猫かな?』


 いやいや、猫はお前だよね。


 流石に、場の空気が気になったのか、珍しくカオルからの念話が飛んでくる。

 すると、ミイが異議を申し立てた。


『カオルの気持ちはわかるけど、それだと何時まで経っても出来ないじゃない』


 その言葉を聞いたエルが、それに賛同の意を示す。


『そうだ。そんなこと言っていたら、妾達もあっという間に適齢期を越えてしまうではないか』


 すると、カオルが冷たい眼差しで言葉の剣を突き立てる。


『だったら、他の男を探せばいいのでは?』


 流石に、その言葉はあんまりだった。

 それを聞いたミイとエルは、少し感情を高ぶらせているようだ。


『カオル、それはちょっと言い過ぎだろ。だって、二人を愛人だの嫁だのと認めたのはお前じゃないのか?それを今更、他の男を捕まえろなんて酷すぎるぞ』


 あまり言いたくはないが、彼女の発言が余りにも理不尽だと感じで異論を唱える。

 すると、その言葉を聞いたカオルが、ハッとしたかと思うと項垂れてしまった。


『すまない。確かに僕が間違っていたよ。少し言い過ぎたね。ごめんよ』


 彼女はそう謝ったかと思うと、トボトボと馬車の中に設置された扉の中へと消えていく。

 その寂しげな雰囲気が、場の緊張感を別のものに変える。そう不安という空気に入れ替えたのだ。


「カオルの入った部屋はダルガン爺の部屋だよ?」


 ことの成り行きを見ていたマルカがボソリと告げる。

 すると、カオルを見送った状態を維持したまま、ミイが少し不安そうな表情で話し始める。


「ここ最近の彼女は少し変だわ。何か悩んでるんじゃないの?」


 その言葉は、カオルを中傷するものでは無く、気遣うものだった。


「そうだな。以前なら、ここまで頑なに妾達を否定する事なんてなかったしな。思い悩むような事があるんじゃないのか?」


 エルもどことなくカオルの状態を気にしているような口振りだ。

 そんな三人の視線を一身に浴びる俺は、彼女達の無言の期待に応えるべく、カオルの入って行った扉へと向かうのだった。







 ダルガン爺さんの部屋は、中に入ると真っ暗だった。

 というのも、爺さんが真っ暗な空間を好んだからだ。

 そんな、真っ暗な中でも俺にはカオルの居る場所が分る。

 というのも、部屋に入るのと同時にサングラスを装着したからだ。

 この意味の解らないサングラスは、本来の役目とは別に暗視機能が付与されているのだ。

 まあ、それ以前に猫人化してしまった事で、暗闇には強くなってしまったのだが......

 故に、真っ暗な空間でも問題なく歩ける俺は、たがう事無く寂し気に座るカオルの隣に行くと、彼女を優しく抱き上げる。

 すると、彼女は驚くことはないが、少し焦ったように話し掛けてくる。


『颯太、ごめん。本当はあんなことを言うつもりじゃなかったんだ。ただ、最近は僕が僕でないような気がするんだ......』


 焦って弁解する彼女は、本当にこれまでの彼女とは思えない程に動揺している。


『ああ、分ってるさ。だから、お前も気にするな。誰だって精神的に落ち込む事はあるさ』


『違うんだ。精神的なものというより、誰かが僕を乗っ取ろうとしているような気がして、とても怖いんだよ』


 いつも自信満々なカオルがこれだけ怯えるのは、本当に珍しいことだ。一体、彼女に何があったのだろうか。

 だが、俺に思い当たる節は一つしかない。


『カオル。もしかして、今集めている骨に原因があるんじゃないのか?』


『解らない......ただ、あれを集める事を止める訳にはいかないんだ』


 少し怯えたように震えているカオルは、そう言って俺に視線を向けてくる。

 だから、彼女の頭を優しく撫でながら、俺の気持ちを伝えてやる。


『大丈夫だ。何かあったら俺が必ず何とかしてみせる。だから心配するな』


『颯太......ありがとう......』


 彼女は目を細めると、俺の胸に顔を擦りつけてくる。

 しかし、暫くしてそれを止めると、再び念話で話しかけてくる。


『でも......みんなは僕の事を嫌いになってるんじゃないのかい?』


 どうやら、ここ最近の態度がおかしかったことで、仲間から嫌われていると勘ぐっているようだ。


『何言ってるんだ。みんな心配してたぞ。何か思い悩んでるんじゃないかって』


『そうなんだ......あとで、謝った方た良いだろうね』


『いやいや、奴等のことだ。改まって頭を下げれても困るだろ。だから気にするな』


『ありがとう。颯太。君が傍に居てくれて、本当に有り難いよ』


 彼女はそう言ったかと思うと、俺の手をペロペロと舐め始めた。

 それを気持ちよく感じつつも、くすぐったくもあって、反応に困ってしまう。

 しかし、俺には聞きたい事がもう一つあるのだ。


『そういえば、次の火山はどれくらい大変なんだ?この前の話だとリアルア王国よりも難易度が高いと言っていたが......』


『ああ、それなら、今の颯太なら何とかなると思う』


 彼女の話を聞いて、俺は安堵する。というのも、以前の口振りからして、恐ろしく強大な敵が待ち受けているのではないかと考えていたからだ。

 でも、今の返事からすると、何とかなりそうだ。

 なんて考えたのが拙かった。

 そう、彼女は安堵する俺を見つつ、にこやかに告げ出来たのだ。


『ちょっと、炎の大精霊が厄介なだけさ』


 お、おい! 大精霊ってなんだよ! 普通に拙そうに聞こえるんだが......


 結局は、カオルの様子を伺いに来て、彼女を少し立ち直らせることには成功したものの、何時ものようにしっかりと嵌められる事となり、あんぐりの口を開けたまま慄く事になるのだった。







 あれやこれやと問題が山積みになってはいるが、俺達は悶々とした気持ちを何とか抑えつつ、目的地である火山帯へと到着した。

 周囲はこれまでの道程の打って変わって土色の世界になっている。

 というのも、地熱の温度が高い所為で草木が枯れてしまうのだろう。この周辺一帯が全く草木の無い世界となっている。


「如何でもいいけど、少し暑くないかしら」


「いや、これは熱いというべきだな」


 火山帯の地熱で熱せられている状況に、ミイが苦言を口にすると、エルが即座にその言葉を上書きした。

 ただ、俺からすると、「お前等はまだまだ甘いぞ!」と言いたくなる。

 というのも、この程度ならチュートリアルの方が暑いと思えたからだ。


 そうは言いつつも、全員にシールド魔法を掛け、もしもの時に備えての対策を行い、粛々と火山帯を歩いている。

 勿論、ミラローズとキロロアに関しては、樹木の残っている地域に放っている。

 彼女達は必要のある時に呼べば戻ってくるので、なんの心配もないと言えるだろう。


『カオル、ここから目的地までどれくらいあるんだ?』


『ここは、地下に潜ったりしないから、それほど掛からないと思うよ』


 ほう。地下に潜らないのは初めての体験だな。

 なんて考えていると、彼女は追加の情報を入れてくる。


『ただ、火山に上るんだけどね』


 おいおい。この熱さで山登りか?


『時々、溶岩とかが噴き出してるから気を付けた方がいいと思う』


 えっ!? 溶岩っすか!? それ、うっかり踏んずけると拙いんじゃないですか? てか、サクラがお約束のように遣りそうで、とっても怖いんですが......


 も大した事ではないかのようにカオルが告げるのだが、俺達に取っては命懸けだ。しかし、彼女の言葉はそれだけでは終わらなかった。


『ああ、炎のトカゲも出るから用心しないとね』


『ちょっ、ちょっ、それってサラマンダーのこと?』


 火トカゲと聞いて、ミイが思わず聞き返している。


『そいうだよ。ああ、精霊の部類だからミイも知ってるだね』


 慌てているミイの言葉に、カオルはサラリと頷きながら答える。

 それを見聞きしたミイは、あんぐりと口を開けたまま凍り付く。

 そんな二人を眺めつつ、俺は即座にキララに話しかける。


「キララ、宝石の中でオネムしとくか!?」


「うん。あついし、そうするの。が~たっい!」


 そう、これからの過酷な道程を考慮して、キララを今から退避させる事にしたのだ。

 彼女は俺の言葉を聞くと、そそくさと宝石の中へと避難する。


「あっ、私も......」


 サクラが何か言っているが、この場合はスルーだ。甘やかすと後が大変だからな。

 そんな事よりも、サラマンダーのことが気になる。


「ミイ、サラマンダーって厄介なのか?」


「はぁ~、何言ってるの!厄介なんてもんじゃないわよ。直接攻撃なんてしようものなら火達磨になるわよ?」


 全く情報を持っていない俺が尋ねると、ミイは呆れたとばかりに嘆息しつつ、説明してくれた。

 すると、それを聞いたエルとサクラがそそくさと近寄って来ると、自己の意見を述べながら手を差し出してくる。


「だったら、妾の出番はないな。合体だ!」


「それなら、私も出番がないわ。フュージョン!」


「こら!あんた達!まだ反省してないようね!」


 その言動にミイが憤慨するが、時既に遅しとはこの事だ。

 二人はこの場から綺麗サッパリ居なくなった。そう、宝石の中に移動したのだ。


「も~!あとで見てらっしゃい!ぎったんぎったんにしてやるんだから」


「ニャ~、ニャ~、仕方ないニャ~よ。直接攻撃が出来ないなら、居ても足手まといになるだけニャ~の。だったらダンニャ様の力になった方がいいニャ~よ。という訳で、にゃ~も合体ニャ~の!」


 地団太を踏んでいるミイに、ニアがフォローを入れたかと思うと、おもむろに宝石合体してしまった。


「こらっ!あんたまで!」


 真の勇者たるニアが宝石の中に移動すると、ミイは両腕を何度も振りながら怒りを露わにしているが、俺としては「ニャ~、ニャ~」と言う台詞が「ま~、ま~」という意味なんだな~と、場違いな感想を思い浮かべていた。


「ミイ姉、ニアの言う通りだよ。ここは適材適所ということで我慢するしかないよ。宝石に入る事は、それはそれで役に立つんだから」


「そうだけど......ソウタ!彼女達の夕食は野菜炒めでいいわよ!」


 マルカに宥められたミイは渋々と頷いていたが、最後に夕食の内容に絡む捨て台詞を吐いた。

 すると、俺に激しい頭痛が起る。


 これって、もしかして宝石に入っている奴等がショックを受けると起こるか?

 もしそうなら、由々しき問題だぞ!


 そんな事を考えながら、痛む頭を抑えつつ歩みを進めたのだが、結局の処、歩いているのは、俺を除くとミイとマルカ、それにカオルを抱くナナミの三人だけになってしまったのだった。







 暫くは山登りとなり、道なき石と土の世界をひたすら登ることになったのだが、カオルが言っていたように、所々で溶岩が噴き出していた。


「もう無理、熱すぎるわ」


「あたしも限界かも......」


 辛抱強いミイとマルカですら、そろそろヤバい状況となってきた。

 ハッキリ言って、戦いで苦戦する事はあっても、熱さで音を上げる事になるとは思ってもみなかった。


「お前達も宝石の中に入れ!俺は大丈夫だから」


「でも......」


「駄目だよ。お兄ぃも一緒に......」


 流石に、これ以上は拙いと感じたので、ミイとマルカに宝石合体するように言ったのだが、ミイは額にから大粒の汗を流しながらも、納得できないような表情で居る。

 更に、マルカはといえば、熱さで混乱しているのか、訳の分からない事を口走っている。


 俺の額にある宝石に、どうやって俺が入るんだよ!


 思わず、そんな事を口にしたくなったのだが、消耗している二人を見て心中に押し留める。しかし、そこで大きな疑問にぶち当たった。


「ナナミは大丈夫なのか?」


 そう、合体要員は宝石に避難すれば事が済むのだが、そうもいかない者が二人いる。いや、一人と一匹いる。

 言わずと知れた。生体アンドロイドのナナミと黒猫の姿をしつつも実は死神であるカオルだ。

 まあ、カオルは死神だから問題ないとしても、この熱さだとナナミは拙い事になるのではないだろうか。

 そう思って、俺は今更ながらに慌てて彼女に尋ねてみたのだ。

 しかし、彼女からは想像を絶する答えが返ってきた。


「ワタシはダイジョウブなのです。ナゼなら、レイキャクシールドをハっているのですです~」


 彼女の返事からすると、どうやら熱さを緩和する為の方法があるようだ。

 ただ、その方法が気になって、彼女に再び問い掛ける。


「それって、魔法なのか?」


「いえ、ワタシがツクったアイテムなのです~」


 えっ!? アイテムでそんな事が出来るのか?


「それ、見せて貰ってもいいか?」


 思わず、興味が湧いて聞いてみると、彼女は頷いて己の左腕を差し出した。

 すると、彼女の左腕に填めている腕輪が輝いているように見えた。


「もしかして、その腕輪か?」


「ハイなのです~」


 そこで、俺とナナミの会話にマルカが割って入ってくる。


「ナナミン、それって予備は無いの?」


「タクサンあるのです~」


「うがっ!」


「だったら、早く出してよ~~~!」


 マルカが尋ねると、ナナミは即答して来たのだが、それを聞いたマルカがガックリと項垂れ、ミイは疲れた表情で苦言を漏らした。

 因みに、マルカはナナミの事を「ナナミン」と呼んでいる。その理由を聞いたのだが、彼女は語呂の問題だと言っていた。


 ナナミの機転の無さに、一気に疲れが増した俺達だったが、彼女から受け取った冷却リングのお蔭で快適さを手に入れる事になる。


 そんな俺達の前方に、突如としてサラマンダーとやらが湧いて出た......

 そう湧いて出たのは良い。だが、これは......


「ミイ、火トカゲとか言ってなかったか?」


 前方に現れたサラマンダーとやらを眺めながら、思わず尋ねてしまう。


「トカゲでしょ?」


 ミイは俺の問いに、首を傾げて答えてくる。

 しかし、その言葉に異議を唱える者がいる。


「あの~、あれはトカゲって言わないと思うよ?」


 きっと俺と同じ感想を持ったのだろう。マルカがミイの言葉を否定する。


「あれのどこがトカゲなんだよ!バカちん!」


 そう、前方に現れたのは、トカゲどころか地竜だろ! と、言いたくなるような巨体を持つ炎の怪物だった。


 その巨大な炎の地竜を眺めながら、ミイの感覚に呆れる俺達は、仕方ないと溜息を吐きつつも戦闘の準備を始めるのだった。


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