第74話 カオルの望み
広い墓地の真ん中にはテントが張られ、各自が思い思いの事をやっている。
そんな中で、俺は夕食の用意をしている訳だが、
そう、俺としても、出来ればもっと空気の澄んだ処で食事をしたいと思うのだが、どうにも身動きが取れなくなってしまったのだ。
それを説明するには、ライス...... いや、レイスを倒したところまで遡る必要があるだろう。
レイスから感謝の言葉を賜った俺がその場に佇んでいると、避難していたミイ、マルカ、ナナミ、カオル、ダルガン爺さんが、そそくさと遣ってきた。
更に、出て来なくても良いのに、エルとサクラが宝石から出たいと言うので、仕方なく復帰させる。あと、ニアとキララに関しては宝石の中で爆睡中だ。
「ソウタ、大丈夫?」
「お兄ぃ、怪我は?」
傍に遣って来たミイとマルカが、慌てた様子で俺の身体の心配をしてくる。
だが、俺からすれば、二人の怪我の方が気になるところだ。
「俺は平気だ。それよりも......回復!回復!回復!」
問題ない事を伝えながら、炎の海で火傷を負ったであろうミイ、マルカ、ナナミの三人に回復魔法を掛けて遣る。
「あっ、ありがとう」
「やっぱり、お兄ぃの回復魔法は凄いね」
「おいちいです。おいちいです。ハグハグ」
回復魔法で瞬時に火傷が治ったミイが礼を述べてくると、マルカは称賛の声をあげている。ナナミに至っては治るというより、一生懸命に食べていると表現した方が良いかもしれない。
しかし、どうやら話はこれで終わりそうにない。
というのも、ミイが物凄い形相でエルとサクラに視線を向けたからだ。
「いつも胸がデカいとか偉そうにしている癖に、肝は小さいのね!本当に役立たずなんだから」
「ぐっ!だ、だが、あの場合、妾がいても役に立たないだろ!?」
「そう言う問題じゃないのよ!心掛けよ!心掛け!それに、エルが逃げたのはそういう理由ではないでしょ?」
「うぐっ......」
物凄い剣幕で叱責するミイに対して、珍しくエルが尻込みをしている。
てか、塩を掛けられたナメクジのように、みるみると縮んでいくように見えなくもない。
「サクラは敵を見てからの判断だったからまだしも、エル!あなたは少し態度を改めた方がいいわよ!」
「あぅ......」
どうにも、ミイの怒りはなかなか収まらないようで、完全に委縮してしまったエルに向けてマシンガンの如く罵声を浴びせ掛けている。
その所為で、エルはといえば、今や完全にダンゴムシが丸まったような状態だ。
「まあまあ、ミイ姉ぇ、もうそれくらいで......」
「何を言ってるの!これはソウタの仲間としての心掛けの問題なのよ。ちゃんと反省して貰わないとダメなんだから!」
流石にヤバいと思ったのか、マルカが必死でミイを宥めに掛かるが、一向に収まる気配を見せない。
故に、俺はその場から離れる事を選択した。
怒り冷めやらないミイとダンゴムシ...... おっと、失礼。俺はエル達を放置して、何時もの悲しい儀式に突入したカオルの下へと移動した。
そう、黒猫姿の彼女は何時ものように、一つの棺の上に座っていた。
その表情は、猫であるにも拘わらず、酷く悲しそうに見える。
そんな彼女の頭を優しく撫でた後に抱き上げると、ゆっくりと床に降ろし、彼女が座っていた石棺の石蓋を退ける。
そこには、何時ものように大人の女性サイズの骨があった。
しかし、それを見た俺は首を傾げてしまう。何故ならば、それは胴体の骨だったからだ。
カオルから聞かされている探索物は全部で七つ。これを含めると四つの骨を手に入れてた事になる。となると、残るは三つなのだが、それだと部位の個数と残り数が合わないのだ。
とはいっても、考えて解る事でもないし、カオルが話してくれるまで待つしかないだろう。
己にそう言い聞かせていると、カオルは何時ものように骨を吸収していた。
更に、これも何時もの事だが、骨の回収が終わると俺に声を掛けてくる。
『颯太。ありがとう』
『ああ、仲間だからな』
素直なカオルの発言に、少し照れてしまって、俺達は家族だからなんて言えなくなってしまう。
すると、カオルは少し不満げな視線を向けてくると、俺の言葉を訂正してくる。
『何を言ってるんだい?僕は君の第一夫人だよ?』
『ああ、分ってるって』
『それならいいんだけど。本当かな~!?』
『勿論だ!』
訝しむカオルに、恥ずかしながらも肯定の返事をすると、どうやら彼女は満足したようで、俺の胸に向かって飛び上がってきた。
その行動に驚きながらも、慌ててカオルの黒い身体を抱き止める。
すると、彼女は目を細めて顔を俺の胸に擦りつけてくる。
どうも、骨の件で感傷的になっているのか、今は甘えたい時なのだろう。
そんな彼女を優しく撫でていると、騒がしい面々がゾロゾロと遣って来る。
「ソータ、酷いぞ。少しは助けてくれても......」
遣って来た早々、エルが愚痴を溢し始める。
「何を言ってるの!まだ反省できてないようね!」
「まあ、まあ、ミイ姉ぇ、もう説教は終わりにしたんだよね?」
エルのその態度が気に入らなかったのか、ミイの怒りが再び燻り始める。
しかし、それを慌ててマルカが押し留めに掛かる。
「それはもう過ぎたことだ!これから頑張ればいいんだよ。それよりも、さっさと外に出て晩飯にしようぜ」
このままでは何時まで経っても終わらないので、俺がそう言って締め括ると、ミイがボソボソと愚痴を溢し始める。
「ソウタは甘いんだから。ほんとに!」
「分った!分った!兎に角、ここから出るぞ!」
鬱憤の溜まっているミイにそう告げながら、俺は入ってきた扉に向かって歩き始める。
それを見た仲間達も付いてくるのだが、勿論、ニアとキララは宝石の中で爆睡中だ。それでも、階段を上がるまでは戦闘もなさそうなので、そのまま放置する事にした。
そんな俺達が、階段に続く広場へと到着して、眼前の階段を登ろうとした時だった。
突然、嫌な予感が身体を駆け巡る。
それを感じた俺は、即座に防御態勢に入る。
「結界!」
魔法のキーワードを口にすると、即座に透明の膜が出来るのだが、次の瞬間、膜の向こう側が一瞬にして炎に包まれた。
どうやら、階段の上方から魔法が発動されたようだ。
更に、何を血迷ったのか、地属性魔法まで発動させたようで、地面が揺れ始めたかと思うと、上方へ昇るトンネル状となっている階段が崩れ始めた。
「下がれ!崩れるぞ!」
上方からは轟音と共に、アーチ状を形成していた石が次々と落下し、とてもではないが前に進む事の出来る状態ではない。
それに危険を感じて直ぐに退避の声を上げると、上方から微かに笑い声が聞こえてきた。
「あははははは!死ぬまでそこで暮らしてな!あはははははははは!」
その声は、これまでに聞いた事のある声だった。
そう、キョウキと呼ばれる日本からの召喚者だ。
「どうやら、奴は俺達を生き埋めにする気のようだな」
「ソウタ、危ないから、今は下がった方がいいわ」
「ちっ、しゃ~ね~。一旦下がるか......」
ミイに諫められて、スゴスゴと崩れ落ちる階段のある広間から墓場の部屋へと戻る。
すると、階段前の広場の天井も崩れ始めたかと思うと、あっという間に墓場の扉の向こうは石で埋まってしまったのだ。
「あっちゃ~。出口が塞がれたわよ」
石が崩れ落ちる轟音に耳を塞いでいたミイが、ほとぼりの冷めたところで、事実のみを口にする。
「ソータ、如何するんだ?これだと出られないぞ?」
俺を挟んでミイの反対側に現れたエルが、焦った表情で問い掛けてくる。
しかし、そんなタイミングでキララが起きてしまった。
『ママ~~、お腹がすいたの~!』
という訳で、今更慌てても仕方がないし、全員のお腹が口よりも物を言っているようなので、脱出方法は飯を食ってから考えるという話になったのだった。
食事の用意となると、普段ならサクラのテントに入り込み、キッチンで肉やフライパンと戯れるのだが、今日に限っては違うのだ。
俺は街で購入したレンガを並べ、そこにやはり街で買ってきた炭をくべると、炎の魔法で火を起す。
こういう時こそ、魔法が最高だと感じる瞬間かもしれない。
というのも、火の起こりにくい炭が、あっという間にパチパチと弾ける音を立てながら、赤々と燃え上がるからだ。
「何をやってるの?」
炭の燃え具合を見て、レンガの上に金網を置いていると、ミイが不思議そうな表情で声を掛けてきた。
恐らく、俺の行為が気になったのだろう。
そんな彼女に、俺はガツンと威勢よく言い切る。
「蒲焼はやっぱり炭で焼かないとな!」
すると、全く別方向からそれに同意する声が上がった。いや、正確に言うと念話が届いたと言うべきだろう。
『それには賛成だよ。べしょべしょの蒲焼なんて、悲しくなるからね』
その念話を発したのは、そう、ここに居る日本人三人のうちの一人であるカオルだ。
やはり、その感覚はウナギの蒲焼を食べた者しか分るまい。
『颯太、とても楽しみにしてるからね』
嬉しそうな表情を向けてきたカオルは、そう言うとスタスタとテントの中に戻って行った。
まあ、蒲焼を焼き始めたら、誰もが匂いに釣られて出てくる事だろう。って、テントの中には匂いが入り込まないんだった......
そんな事を考えながら、下準備を済ませたラミアの蒲焼を熱した金網に乗せていく。
すると、香ばしい匂いが鼻を
更に、程好く焼けたラミアの蒲焼を颯太特性タレに浸け込んみ、再び金網に乗せると、ミイの瞳が輝きを増した。いや、ここは鼻の穴が広がったというべきか。それは、まさにレディにはあるまじき行為だと言えるだろう。
「なにこれ!凄く美味しそうな匂いが!」
そうだろう。そうだろう。これはまさに魔性の香りだからな。これに勝てる奴なんて、そうそう居ない筈だ。
自慢げに蒲焼を焼いていると、テントからサクラが出てくる。
「ソウタ、ご飯が炊けたわよ。って、なにこれ!凄くいい香り。やはり、蒲焼はこうでなくっちゃ」
いつまでも蒲焼の香りに感動しているサクラに、俺はご飯を器に盛るように伝えると、後続の蒲焼を金網に乗せていく。
何故なら、きっと、アフォみたいに食うのだ。こいつらは食の暴走族だからな。
間違いなく、美味いと思ったら根こそぎ喰らい尽すのだ。
「分ったわ。ご飯を盛った器はどうするの?」
「ん~、そうだな~、一旦ここへ持ってきてくれるか?ただ、くれぐれもコケるなよ」
「わ、解ってるわよ。流石にそこまでおっちょこちょいじゃないわよ」
そう言って、テントに戻る最中にサクラはコケた......
てへっ、とか言いながらテントの中に入って行ったのだが、とても不安になってくる。
「ミイ、悪いけど様子を見てやってくれないか?」
「そうね。彼女に任せると、今夜のご飯がおじゃんになる可能性もあるわね」
ミイに手伝いをお願いすると、彼女は飯抜きになることに身震いしながら頷いてくる。
結局、ミイのお蔭もあってか、無事に蒲焼が完成すると、誰もその出来に対して何も口にする事は無かった。
何故ならば、その物言うべき口は、飯と蒲焼に占領されていたからだ。
そう、誰もが一言も話す事無く、ひたすら飯を食っている。
ここ最近、少し成長して三歳くらいになったキララなんて、スプーンで必死に飯と蒲焼を口の中に入れては、咀嚼して飲み込むを繰り返している。その様は、まるで飯を食うという流れ作業を見ている様だった。
流石に、女の子なので少し残念な姿ではあるが、まだまだ幼年なので仕方ないだろう。
しかし、仕方ないでは済まされない奴等が多過ぎる......
「お前等、千年の恋も冷めるぞ!」
少し脅しを掛けてみたのだが、誰一人として聞く耳を持つ者は居なかった。
そうなのだ。ミイ、エル、マルカ、ニアの四人もまるで頬袋を持つハムスターの様な状況になっている。てか、あの冷静沈着なカオルまでが頬袋状態だ。
「まあいいか。美味いものを食う時に声が出ないのは仕方ないよな」
頑張った自分を褒めつつ、最高に美味いラミ丼を食べるのだった。
食事を終えると、全員が満足そうな顔で転がっていた。
ニアはソファーの上に転がり、その上にはキララが転がっているし、向かいのソファーではミイとエルが食べ過ぎた所為かぐったりとしているし、カオルも丸くなっている。
サクラなんて食卓で大きくなったお腹を擦っていた。てか、ビキニアーマーなんで、腹が出てるのが丸分りだ......
そんな至福の時を過ごしている面々を眺めながら、俺は外の片づけをするためにテントから出ると、そこは燻る炭が香ばしいタレの残り香を漂わせていた。
その至福の時を作り上げた立役者たちを、感謝の気持ちを持ちつつ片付けていく。
すると、何時もの如く唐突に念話が届く。
『やあ、元気にしてるかい』
そう、糞神であるにも拘わらず、俺達の密偵となったアルファルドからの念話だ。
『まあ、元気といえば元気だが......少し厄介な事になってる』
『厄介とは、一体どうしたんだい?』
アルファルドが軽い口調で尋ねてくるので、ここに閉じ込められてしまった事を簡単に説明した。
すると、その話を聞いたアルファルドは、何が可笑しかったのか急に笑い始めた。
『あはははは。そんなことかい。それなら、きっと何とでもなるよ。それよりも、あまり時間がないから、手短に話すね』
そう言って、アルファルドは、他の糞神達が俺の行動を怪しく思い始めている事を教えてくれた。
更に、糞神達は何かの手を打とうとしているようだと言っていた。それについては、分りしだい連絡するとの事だった。
そこまで話した処で、アルファルドは少し真剣な声色で話しかけてきた。
『最後に、少し聞きたいんだけど、君は死神の目的を知ってるのかい?』
それは、カオルの目的についての問い掛けだった。
だが、それに関して、どう答えるのが良いのか悩んでしまう。
というのも、一応は協力関係と成ってはいるが、アルファルドの事を完全に信用している訳ではないからだ。
故に、曖昧な返事でその場を濁すことにした。
『あまり良く知らないんだ。神と戦うつもりはあるようだけどな』
『ふ~~ん。そうなんだ。それなら、一度、死神とその辺りの話をした方がいいと思うよ』
俺の返答を聞いたアルファルドは、意味ありげな言葉を返してくる。
それが気になって、つい尋ねてしまった。
『お前は何か知っているのか?』
すると、アルファルドは笑い声を上げながら答えてくる。
『あははは。僕は死神の死闘を生で見たんだよ。彼女が何を求めていたのかなんて、全て本人の口から聞かされたさ』
そうか、そういえば、カオルが死神として神と戦った時に、こいつらは既に居たんだった。だったら、序に尋ねるのもありだな。
そう思った俺は、即座に奴に問い掛けてみる。
『彼女は何て言ってたんだ?』
『ああ、彼女はね『何をやってるのかな?』』
俺の問いにアルファルドが話し出そうとした時、カオルの念話が割って入ってきた。
どうやら、いつの間にか、テントから出ていたようだ。
『おっと、連絡事項は以上だ。また何かあったら伝えにくるよ。では、アディオス!』
バツが悪かったのか、そう言ってアルファルドは念話を閉ざしてしまった。
てか、残された俺の方が、異常に居心地が悪いのだが......
別に悪い事はしていないのだが、やたらと後ろめたさが圧し掛かる。
そんな俺に向けて、カオルは静かに話し始める。
『僕の望みは君に話した通りさ。だから、僕を信じて欲しい。これじゃ駄目かな?』
彼女はどこか悲し気な表情でそう告げてくる。
それを見ていると、己の胸が締め付けられそうになって来る。それは、俺の心の中でカオルという存在が大きくなっている証拠だろう。
『何を言ってるんだ?俺は初めからお前の事を信じてるぞ?』
『そうか......それならいいんだ。僕も信じてるからね。颯太!』
彼女はそう伝えてくると、俺の胸に飛び込んでくる。
慌ててそれを受け止め、両腕で抱いてやると、嬉しそうに目を細めて身体を丸くする。
しかし、嬉しそうにはしているが、カオルが何を考えているかは全く解らない。
そんな彼女の身体を優しく撫でている俺は、アルファルドの言った台詞が脳裏から離れなくなり、殺風景な墓地を眺め続けながら、その事に頭を悩ますのだった。
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