第71話 やはり恐ろしい女だ
その屋敷は、絢爛豪華だとは口が裂けても言えない装いだったが、しっかりとした造りであり、重圧感のある立派なものだった。
ノーパン天使...... 失礼、戦闘後に彼女からクーナルという自己紹介を受けたのだった。
という訳で、クーナルとの戦闘を終え、彼女の願いを聞き届ける事となった俺達は、珍しく何事も無く王都を守る門をすんなりと抜け、案内されるままに彼女の主が居るという屋敷に辿り着いたのだ。
ただ、今の処、どんな用があって面会を申し込まれたのかは不明だ。
「凄いわね」
どっしりとした造りの屋敷を見上げて、ミイが感嘆の声を上げると、その隣に立つエルも感想を口にする。
「これなら、攻められても暫くは耐えられるな」
おい! お前の脳内は戦いしかないのか!
思わず、ツッコミを入れたくなるのだが、そうすると話が長くなるのを知っているので、敢えて口にしたりはしない。
しかし、折角、口を噤んだのに話は続きそうだ。
「まるで中世ヨーロッパみたいよね」
確かにそうなのだが、それを口にすると説明が面倒だから、なるべく話さないようにしているのを理解して欲しい。いや、天然素材であるサクラにそんな芸当は無理か......
「お兄ぃ、中世ヨーロッパってなに?」
ほらきた! さ~く~ら~~~~~!
サクラの台詞のお蔭で、マルカに説明する破目となる。
その事で、サクラに白い視線を投げかけるのだが、完全に無視されてしまった。
多分、怒られる事を恐れて目と耳を塞いでいるのだろう。
本来なら責任もってサクラに説明をして貰いたいのだが、本人が完全に知らぬ顔をしているので、致し方なく俺が説明する事になったのだが......
「サクラ、今日の夕食は肉無し野菜い炒めだからな」
「ぎゃふ!」
流石に飯抜きだと可哀想なので、ベジタブルな食事にして遣る事にした。
しかし、その言葉を耳にしたニアが声を上げる。
「ダンニャ様~、にゃ~はお腹空いたニャ~よ」
ご飯の話を出したのが失敗だった。というのも、ウトウトしていた筈のキララが、ニアの台詞を聞いてパチリと目を覚ます。
「ママ、ごはんなの!?」
「ああ、も、もうちょっとだけ待ってくれ」
「ママ、お腹空いたの!」
俺は慌ててアイテムボックスからお菓子を出してキララに与える。
「もう少しだけ我慢してくれ。それまではこれでも食べてろ」
「やった~~~!がまんするの」
お菓子に瞳を輝かせたキララが、頷きながら俺の手からお菓子を受け取る。
「ああ~~~!キララだけニャ~~~の!ズルいニャ~~~よ」
何故か俺の取り合いには無関心なニアだが、食べ物になると自己主張してくる。
「てか、もう屋敷に入るぞ!」
結局、いい加減に話が長くなってきたので、ニアにお菓子を渡して話を打ち切る事にした。
全ての原因はサクラなのだが、視線を向けると本人は無言で佇んでいる。しかし、彼女のお腹がぐ~ぐ~と自己主張していたのを、俺の猫耳が聞き逃す事は無かったが、ここは敢えて知らん振りを決め込む事にしたのだった。
屋敷の中に入ると、ここも質素でありながら気品を感じさせる調度で彩られ、更には隅々まで清潔さを保たれているのが見て取れた。
「こちらでお待ち頂けますか」
クーナルに案内された部屋は応接間だったが、そこも美しいというよりは、殺風景という言葉が似つかわしい部屋だったが、気品や清潔さといった点では、屋敷に入った時と同じ感想を抱く事になった。
恐らくは、この屋敷の主が持つ品性がそうさせているのだろう。
クーナルは俺達を応接間に案内すると、付いてきた侍女にお茶の用意を申し付け、本人はどこかへ行ってしまう。
多分、彼女の主とやらを呼びに行ったのだろう。
落ち着かない気持ちで、キララをソファーに座らせ、その横に腰を下ろす。
すると、キララと彼女の隣に座ったニアが、テーブルに出されたお菓子を競い合うように食べ始めた。
そんな二人の姿を見て頭を痛めていたのだが、当の主とやらはそれほど待つことなく現れる事となった。
扉がノックの音を伝えてくると、ゆっくりと開かれた入口から十代半ばと思わしき少女が、後ろにクーナルを連れて中に入ってくる。
これが、クーナルの主という奴か。
如何見ても唯の少女に見えるのだが......
一体、俺に何の用があって、ここまで連れて来たのだろうか
そんな事を考えながら、訝し気な視線をその少女へと向けていたのだが、仲間の女達は俺と違った印象を持ったようだ。
それを表すかのように、「何としても、新しい女は阻止だ!」とか、「死守よ!死守!」というヒソヒソ話が聞えてくる。
ただ、幸運にもその話は、入ってきた主という人物には聞こえていないようで、彼女はこちらに向いて挨拶を始めたのだが......
「ようこ......きゃーーーー!凄いわ!マジ!?マジ!?なにその衣装!最高だわ!」
その少女は挨拶をするために頭を下げようとしていたのだが、俺の恰好を確認した途端に騒ぎ始める。
「テルナ様、テルナ様、落ち着いて下さい」
そんな主の名前を呼びながら、必死でクーナルが宥めているが、全く効果がないようだ。
「クーナ、クーナ、見てよ!あれこそがセクシースタイルなのよ!あなたのノーパンなんて邪道だわ!」
彼女がクーナルのノーパンを指摘した途端だった。驚くほどの破裂音が鳴り響く。
その瞬間を見ていた俺ですら何が起きたのか把握できなかったのだが、テルナと呼ばれていた少女は、紫の絨毯の上に俯せ状態で倒れていた。
「テルナ様。それはあなた様が遣らせている事です」
けたたましい音の後に、眦を吊り上げたクーナルが俯せとなっている少女に苦言を述べたのだが、そのワナワナと震える右手にはハリセンが握られていた。
どうやら、あの破裂音はハリセンが炸裂した際に発した音のようだ。
てか、なんでハリセンがこの世界にあるんだ?
いや、それよりも、この少女が称賛したのは俺の恰好か?
クーナルが握るハリセンもだが、俯せたままピクリとも動かない少女の言動に首を傾げていると、少女はまるで時が戻ったかのように一瞬で起き上がった。かと思うと、瞬時に詰めより、俺の手を取って立ち上がらせる。更に勢いよく透かさず抱き付いてきた。
「「「「あっ!」」」」
俺に抱き付く少女を見て、ミイ、エル、マルカ、サクラが声を上げる。
ニアとキララは、未だにお菓子を夢中で頬張っている。
「お、おい!」
「あなたの様なセンスの持ち主をお待ちしておりました」
「いやいやいや、これは俺のセンスじゃね~!それどころか、今直ぐでも脱ぎたいくらいだ!」
「そうなのですか?てか、脱ぐならここでは無くベッドで......」
「何を勘違いしてるんだ!よく聞けよ。これには深い訳があって、この服しか着る事が出来ない状態なんだ」
抱き付いている少女に、好きで着ている訳ではないと説明すると、彼女はがっくりと肩を落とし、フラフラと移動し始めたかと思うと、向かいの席に座ってしまった。
てか、一体、これは何の騒ぎで、何のために招待されたんだ?
疑問だらけの状態を何とかするために、取り敢えず俺から話を進める事にしたのだった。
対面のソファーに座る少女は、未だに復帰する様子が無いようだが、何時までもこうしては居られないので、勝手に彼女に向けて話し始める。
「俺達に何の用があって呼び寄せたんだ?」
「......」
「どこで俺達の事を知ったんだ?」
「......」
「よし、じゃ、帰るぞ!」
「......」
「お、お待ちください。て、テルナ様!いい加減に復帰してください。わたくしがどんな恥ずかしい想いをしてお連れしたと思ってるのですか!」
何を言っても反応しない少女に向けて、痺れを切らせた俺が撤収宣言を告げると、クーナルが慌てて、少女を揺さぶるりつつ苦言をぶつける。
確かに、俺達を連れてくるためにノーパンを見られ、豊満な胸を見られ、これで俺達が帰ったら、彼女は踏んだり蹴ったりというものだろう。
そんな彼女は、苦言を申し立てながら、屍となっている少女をガクガクと揺さぶる。
「だ、だって......折角、斬新なスタイルの極意を教えて貰えると思ってたのに......」
ふむ。良く解らないが、彼女の望みは俺の格好に関わっているようだ。
それなら、もはや俺に用はないという事だな。
「じゃ、俺達は帰るから」
そう言って立ち上がった途端、彼女の視線はサクラに釘付けとなった。
恐らくは、彼女のビキニアーマーに惹き付けられたのだろう。
「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってください。そちらの女性の衣装は!」
かなり慌てた様子で、サクラの格好に付いて尋ねてくるのだが、サクラはサクラで俺と同じ答えを返した。
「すみません。これも私の好みでは無くて、理由があって着せられているのです」
それを聞いた途端、少女は再び糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「じゃ、もういいよな」
落ち込む少女から視線を外すと、クーナルにそう告げて部屋を出て行こうとしたのだが、クーナルが慌ててその前に立ち塞がる。
「すみません。少しだけ待って頂けませんか。湯殿や食事の用意をしておりますので、今夜はこの屋敷で泊まってください」
その言葉を聞いた俺は、仲間達に視線を向ける。
すると、何故かダルガン爺さんを除く全員が首を横に振っている。
おい! 爺さん! お前、まさか夜這いなんて考えてないだろうな。
やや鼻の下を伸ばし気味のダルガン爺さんに気付いて、声にする事も出来ずに心中で罵倒するのだが、奴は俺に懇願の眼差しを向けてくる。
どうやら、奴はどうしても泊まりたいらしい......
爺さんの願いを叶えて遣りたいのは山々だが、仲間の女達に視線を向けると黙って首を横に振っている。
特に、エルとミイは千切れんばかりの勢いだ。
それ故に、爺さんに向けて黙って首を横に振るしかない。
だが、次の瞬間、爺さんは瞬時に土下座状態に移行した。
「この通りですな。何卒、聞き入れて欲しいのですな」
だが、爺さんに冷たいミイが、バッサリと撫で切りにする。
「私に何て言ったか覚えてるのかしら」
「わたくしめが間違えておりましたのですな。立派な胸をお持ちですな」
「ふんっ!今更遅いのよ」
爺さんは必死に弁解するが、ミイは許す気は無いようだ。
しかし、こんな所に鶴が現れる。と言っても、別に恩返しをする訳では無い。
そう、鶴の一声という奴だ。これまで沈黙を守っていたカオルが一声発したのだ。
『いいじゃないか。今夜はここに泊まる事にしよう』
その一声で、女衆が愕然とする。
俺的には、彼女が何を考えているかの方が気になる処だ。
『如何いうつもりだ?』
『偶にはベッドで寝るのもいいじゃないか』
思わず彼女に尋ねたのだが、その回答はどうも要領を得ない。
しかし、それを疑問に思ってしつこく聞いても、きっと答えてくれないだろう。
結局、俺は溜息を吐きつつ、クーナルに了解の返事をする事になるのだった。
流石に招待しただけあって、料理はとても美味しい物がふんだんに出されたが、うちの女衆が肉ばかりを食べていたというのは、今更以て説明の必要も無い事だろう。
風呂や食事を終わらせた俺達は、各部屋に分かれる事になったのだが、俺と同室に誰が寝るかで揉める事となった。
しかし、そこもカオルの一声で決着がつく。
そう、俺は一人部屋でカオルとキララと共に寝る事になったのだ。
その事に、ミイやエルが不満そうな表情をしていたが、何故か、カオルに向けて苦情を吐き出す事はしなかった。
という訳で、ベッドに入った俺はカオルとキララから挟まれているじょうたいなのだが、どうにも落ち着かない。
いや、この状態が落ち着かないという訳では無い。
この並びは何時もの事だし、キララは早くもスヤスヤと眠りに就いている。
落ち着かない理由は、ハッキリとは解らないが、第六感というやつが働いている所為かもしれない。
故に、俺は今回の件についてカオルに尋ねる事にしてみた。
『なあ、あの天使は何者なんだ?人間じゃないよな?』
『ああ、あれは翼人族だよ。天使みたいだけど、全く違う存在さ』
どうやら、カオルはあのクーナルという人物の人種を知っているようだ。
しかし、俺に取っては初耳だし、少し教えて貰う事にする。
『それってこの世界に普通にいる人種なのか?』
『いや、もう殆ど絶滅してるんじゃないかな。そうい意味ではキララやマルカと同じような境遇とも言えるだろうね』
彼女の話では、翼人族も糞神の戯れに遭って、既に絶滅危惧種となっているとの事だった。
それは良いとして...... まあ、良くも無いのだが、俺としてはあまり関係の無い話なので、それには深く介入するつもりもない。
それよりも、気になるのは俺達を呼び寄せた理由だ。
俺の恰好の極意なんて言っていたが、そんな理由で呼び寄せるなんて、全く理解できないのだ。だから、きっと他の理由がある筈だと思うだが。
『奴等が俺達を招待した理由ってなんなんだろうな』
『それかい?簡単だよ。颯太達から力を吸い取るためさ』
気軽に答えてくるカオルの言葉を聞いて、思わず身体を跳ね起す。
『それって如何いう事だ?』
『どうも、こうも、奴等は奴等で糞神を倒そうと必死なんだよ。だから、颯太から力を吸い取るつもりなのさ』
その答えは、驚愕よりも疑問の方が大きく膨れ上がった。
『だったら、なんで泊まるなんて言い出したんだ?』
『ん~、吸い取らせてあげようと思ったからかな?』
『えっ!?』
いよいよ、カオルの考えが解らなくなってくる。
力を吸い取られたら、俺達が困るじゃないか。
それなのに、彼女は一体何を考えているのだろうか。
『カオル、お前は何を考えているんだ?』
真剣な表情で彼女を見詰めると、彼女はクスクスと笑い始めた。
『クククッ。大丈夫だよ。僕の説明の仕方が悪かったね。彼女達は力を吸い取っても、君達は何の被害もないよ。ちょっとお腹が空く程度かな』
その言葉で一安心するのだが、それでも態々奴等に力を吸わせて遣る理由が解らない。
『あはは。そんなに怖い顔をしなくても、悪いようにはしないよ。彼女達には糞神と戦う時の力になって貰うつもりでいるんだ。だから、少し力を付けて貰おうと思ってね』
『カオルは奴等の事を知っていたのか?』
『ああ、知って入るよ。と言っても、僕が知っているだけであって、彼女達は僕の事を知らないけどね。恐らく、ダルガンも知っていたんじゃないかな』
どうやら、カオルは彼女達を利用するための条件として、奴等に力を与えるつもりでいるようだ。
それに、彼女の話しっぷりからすると、ダルガン爺さんもこの事を理解しているようだ。
そんな話をしていると、部屋の扉が静かに開く。
次の瞬間、テルナと呼ばれていた少女が静々と入ってくる。
しかし、彼女は直ぐに足を止めた。
『遅かったね』
そう、カオルがテルナに念話で話し掛けたからだ。
「えっ!?あなたは......」
『悪いけど、念話で喋って貰えないかな。君達なら使えるよね?』
彼女が声を発した処で、カオルが釘を刺す。
すると、彼女は直ぐに念話で話しかけてきた。
『あ、あなたは誰ですか?』
『僕は死神であり、糞神を討つものだよ』
『えっ!?あ、あなたがあの神話にある死神なのですか?』
カオルの言葉に、テルナは驚きを隠せない様だった。
いや、それよりも神話というのが気になる。
くそっ、こんな事ならティファからくすねてきた本をちゃんと読むんだった......
今更ながらに後悔している俺だが、カオルとテルナの話は続いている。
『そう。僕がその死神だよ。そんな事よりも、君は颯太から力を分けて貰うために来たんじゃないのかい?』
『ど、如何してそれを......』
彼女は驚きの連続で、既に氷の彫刻のように固まっている。
『そんな事は、死神の僕にとってはお見通しさ。てか、今回は君達に力を分けてあげようと思って、颯太達に泊まる事を進言したんだけど。それには条件があるんだ』
『ど、どんな条件ですか......』
彼女は硬直が解けたかと思うと、今度はガクガクと震え始める。
だが、そんな彼女の様子を気にすると無く、カオルは話を続ける。
『僕が糞神を倒す手伝いをして欲しいんだ。別にあくどい事を考えている訳じゃないから心配しなくてもいいよ。それに君達も復讐の機会を探っているんだろ?』
『......』
テルナは、カオルの話に手も足も出ず、合意というよりも、なし崩し的にカオルの手中に落ちる事になるのだった。
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