第70話 決して胸の誘惑に負けた訳ではない


 ボロボロとなったローブがパラパラと揺れる。

 邪魔で仕方ないが、それを脱ぎ去る余裕すらもない。

 というか、この年配メイドは何者なのだろうか。


 いつの間にか右手にランスを構え、左手に盾を持ったメイドは、まるで風のように間合いへと入ると、恐ろしい速度で攻撃を繰り出してくる。

 周囲にいる仲間達も加勢に入ろうとするが、あまりの速さに手をさせない状態となっているようだ。


「変態の癖にはやりますね」


「変態、変態、うるさいんだよ!俺も好きでこんな格好をしてるわけじゃね~!ボケっ!」


 攻撃を躱されると、奴は冷静な表情を変えないまま、罵声を浴びせてくる。

 その内容が、これまた癇に障る内容なので、思わず暴言で叩き返す。

 しかし、奴はニヤリとすると、更に連続突き攻撃を浴びせてくる。


「あらあら、もう躱せなくなってきたのですか?」


「ちっ!」


 奴が放つ嘲りを舌打ちで返しながら、この後の対応について考える。

 戦いの始めに、一張羅のローブをズタズタとされた事から頭に血が上っていたのだが、防戦一方となったことで、一気に血の気が下がってきたのだ。


「ダンニャ様に何するニャ~の!」


 奴の攻撃を上手く躱せなくなってきた処に、ニアが奴へと襲い掛かる。

 どうやら、俺の動きが鈍った事で、手助けし易くなったのだろう。

 そんなニアは、黒猫手袋と黒猫レッグウォーマーを装備した手足を使って、高速の攻撃を繰り出す。

 しかし、年配メイドはそれを事も無く躱すと、余裕の笑みを零す。


「あら、子猫ちゃんの割にはやるみたいですね」


「悔しいニャ~よ!許さないニャ~の!」


 奴の余裕の言葉を聞いたニアが、発狂し始める!

 ここで、俺は思い出した。そう、額の宝石の力を使う時だと。

 そう判断した俺は、即座にその行動に移る。


『ミイ、エル、少し時間を稼いでくれ。ニア、宝石合体だ!』


 しかし、ここで予想外の物言いが入る。


『如何してニアなんだ!』


『そうよ。私でもいいじゃない!』


 この緊急時に憤慨するエルとミイが、ちょっと待ったを掛けてくる。

 ニアを選んだ理由は簡単だ。以前、試した時に一番効果を発揮したからだ。

 因みに、その次がサクラ、マルカと続くのだが、この二人は感情でしかモノが言えないのだろうか......


『二人とも、悪いがここは効果を優先させてくれ。別に愛情の順番という訳じゃないからな』


 そう言うと、二人は渋々ながらも納得してくれた。


「ちぇっ!全部おばさんの所為よ!」


 少し不機嫌なミイが暴言を吐きながら矢を射る。

 てか、ミイはエルフだから若く見えるが、きっと、年齢的にはエルの方が遙に上だと思うのだが......


「そうだぞ!齢を考えろ!」


 かなり憤慨しているエルが酷い台詞を吐くのだが、エル達は自分も齢を取ることを考えていないのだろうか。


 そんな若さにものを言わせた二人が、年配メイドに襲い掛かる。

 しかし、奴はその暴言をサラリと聞き流し、エルに対して反撃に出る。


「小娘が、偉そうに......死になさい!」


 いや、表情が和やかだったので分らなかったが、心中は穏やかでは無いらしい......

 それを証明するかのように、先程よりも苛烈な攻撃がエルへと繰り出されるが、その隙を突いて、マルカのハルバートが奴に襲い掛かる。


「連携はなかなかのようね」


 マルカに続き、サクラが切り込んだ処で、奴は捨て台詞を吐きながら少し距離を置くように飛び退る。


『今だ。ニア!こい!』


『はいニャ~の!』


 俺の呼び声に、ニアはとても嬉しそうな表情で抱き付いてくる。


「がったーーーいニャ~よ!」


 そんなニアを受け止めてやると、彼女は嬉しそうに意味不明の言葉を発して額の宝石に触れる。

 次の瞬間、彼女は霞となって消えたかと思うと、俺の中で溢れんばかりの力が漲ってくる。


 これならイケるぜ!


 自信満々に、奴へと襲い掛かったのだが、奴は金属バットの攻撃を盾で躱すと、何食わぬ顔で宙に舞った。


「なにっ!?」


 奴が宙を舞った事で、空を飛べるなんて考えてもいなかった俺は、慌てて下がりつつも、驚愕を露わにしてしまう。

 そんな俺を嘲笑うかのように、宙に静止した年配メイドが口上を宣う。


「流石に変態と言えども、それはインチキじゃないですか?」


「やかましい!変態、変態、うるさいって言ってんだろ!ババアーー!」


 奴の言葉に怒り心頭となり、罵声を浴びせ掛けたのだが、どうやら地雷を踏んでしまったらしい。


「言ってはならない言葉を発しましたね。これがあなたの終わりだと思いなさい。エボリューション!」


 これまで和やかな表情を保っていた年配メイドだったが、俺の一言で般若の形相となり、ニアよりも恥ずかしい掛け声を上げた。


 てか、エボリューションって進化するのか? いや、どちらにしてもハズい......

 俺なら死んでも言わないぞ。というか、このビキニパンツよりも恥ずかしいかもしれない。


 思わず奴の台詞についての感想を抱いたのだが、変身した奴の姿を見た途端、そんなことはぶっ飛んでしまった。

 だって、宙に留まっていた年配メイドの姿が、天使に変わってしまったからだ。


 それを見た時、この世界は何でもありなんだな~。という気持ちが込み上げてくると共に、俺の格好だってこの世界ならアリなんじゃないかと思い始めるのだった。







 宙には白い鳥の様な翼を生やした二十歳くらいの女性が、銀のランスと盾を構えた状態で踏ん反り返っていた。

 その様相はといえば、白い衣装に銀の鎧を纏っており、まさにヴァルキリアと言っても過言でない程の姿だった。


「これがわたくしの本来の姿です。これでもババアと言うのなら、そのいらしい五体をミンチにして差し上げます」


 いらしいは余計だ! ボケッ!


 思わず見惚れていたのだが、奴の言葉で目が覚めた。


 てか、とても気にしていたんだな......

 いやいや、そんな事は如何でも良いのだ。

 それよりも、奴が纏っているオーラだ。流石に桁違いの威圧感を受けてしまう。


「拙いわ。あれはかなりヤバいかも!」


 焦った表情で、ミイが傍に遣って来ると、反対側にエルが立ち、少し顔を赤らめている。


「わ、わ、妾達も合体するしかあるまい」


 何で赤くなっているのかと思えば、合体するのを恥ずかしがっているのか...... さっきまで自分が合体するとか喚いていた癖に。


「しゃ~ね~。こっちも出し惜しみは無しだ......でも、俺は絶対に叫ばないからな!」


 ミイやエルにそう答えると、二人は嬉しそうに俺の両サイドから抱き付き、額の宝石に触れる。


「「がっ~~たい!」」


 すると、一瞬で二人の姿が消え、俺の力が更に増す。だが、これで終わりでは無い。


「お兄ぃ、あたしもいくよ~~!がった~~~~い!」


 マルカが吸収された事で、一気に力が膨れ上がる。


 だが、まだまだ~~~~~~!


「フュ~~~~~~ジョン!」


 某アニメからパクってきた台詞を吐いたのは、誰だか言わずとも解るだろう。

 そう、天然素材のサクラだ。

 彼女は言葉だけでは無く、そのポーズまでパクりやがった。


「パクリは止めなさい。怒られるから!」


 サクラの言動にツッコミを入れていると、宙にある天使がゴミでも見るかのような視線を送ってくる。


「真昼間っから、合体、合体、節操のない若者達ですね。この世は完全に乱れているようです。わたくしが粛清しましょう」


 奴は、合体により最高潮に膨れ上がった俺の気を感じても平然としている。

 だから、俺は倍率ドン! と、ばかりに力を上乗せする。


「うっせ~。まだまだこれからだ!キララ、頼む」


「分ったの。ママ!カプッ!」


 そう、俺は全員を吸収した上に、キララと同調することで竜装化をも発動させたのだ。

 その溢れんばかりの力は、これまでに想像した事も無い程のものであり、この力で大規模魔法なんて発動しようものなら、王都の一つや二つなんて一瞬で消し飛ぶだろう。


 きたぜ~~~~! これが全開状態の俺だ! って、恐ろしくチートだが......


 燃え上がるような力を感じながら、抜け殻となったキララをナナミへと渡す。


「悪いが、キララの身体を頼む」


「カシコまりました。ごシュジンサマ」


 一言、ナナミに声を掛けると、彼女は恭しくキララの身体を受け取ると、安全な後方へと移動する。


「竜装衣!邪竜剣!」


 ナナミが離れたのを確認して、漲る力を放出しつつ装備の具現化を行う。

 そう、この時ばかりは、変態衣装では無くなるのだ。

 だが、これで終わりでは無い。


「竜翼!」


 俺が叫ぶと背中から竜の翼が生え、それと同時に高速で宙に舞い上がり、余裕の笑みで天使に宣言する。


「クククッ!じゃ~、行くぜ!天使さんよ!」


「うぐっ、変態の癖に......これは予想外かも......」


 流石に、マックス状態の俺を前にした天使が怯んでいる。


「喰らいな!」


 そう呟いた時、俺は奴の側面にいた。

 その速さには、流石の天使も面食らったようだ。


「くっ、は、速過ぎるわ。何よこれ!」


「変態、変態、連呼しやがって!後悔しろ!」


 怯む奴に向けて、遠慮なく邪竜剣を叩き込む。

 すると、奴は左の盾でそれを受け、目にも止まらぬ速度でランスを突き出してくる。

 しかし、今の俺からすると、その攻撃は完全に目にも止まる状態だ。


 そんな奴のランスを躱すと、即座に後ろへと回り込む。

 こうなると、完全に追いつないのが見て取れる。

 その隙を逃す筈も無く、透かさず邪竜剣を叩き込むと、奴はその攻撃を感で察知したのか、慌てて上空に飛び上がるのだが......


「パンツくらい穿けよ!」


 そう、奴は短いスカートの癖して、ノーパンだったのだ。


「み、み、み、見たわね~~~~~!絶対に許しません!」


「いやいや、お前が勝手に見せたんだろ!てか、下着を買う金もないのか?」


 激高する天使に思わず、本音を吐いたのが拙かった。

 そう、彼女は怒りの所為で、身体に纏うオーラを更に増したのだ!

 しかし、それに驚く事も無い。

 何故なら、宝石の中が大変な事態となり始めたからだ。


『ソウタ、これ以上女を増やしたら許さないわ』


『そうだとも!もう女は不要だ!』


 まずはミイとエルが苦言を述べてくる。

 すると、それに続いてマルカが騒ぎ始める。


『他から女を掻き集めるくらいなら、あたしを嫁にして欲しいんだけど』


『あの~、私もその中に入れてくれるかな?』


 マルカの宣言を聞いた途端、サクラまでもが嫁になりたいと言い始め、更にはそれを聞いたミイとエルが発狂し始める。


『おい。戦闘中だぞ!いい加減にしろ!てか、ニアを見習え』


 静かにしているニアを引き合いに出し、四人の女を諫めるのだが、そこでミイからのツッコミが入れてくる。


『大人しくって、ニアは寝てるだけだし......』


 そう、何故かニアは宝石に入ると寝てしまうのだ。まあ、俺としては、頭の中が静かになって丁度良いのだが。


「隙あり!」


 ノーパン姿を見られた天使が、一瞬の隙を突いて後ろから攻撃してくるが、今の俺に取ってはその攻撃を躱すなど児戯にも等しい。


「甘いな!」


 背後から攻撃してきたノーパン天使の更に後ろに回り込み、邪竜剣を突き込む。

 すると、必死で避けながら振りむこうとしたノーパン天使の胸鎧に攻撃が当り、その衝撃で鎧が吹き飛んでしまったのだが、何故か衣服の胸の部分まで千切れ飛んでしまった。


「きゃ!」


 彼女はその結果を知り、悲鳴を上げながら盾を手離して胸を隠す。

 更には、真っ赤な顔で怒りの表情を作ったかと思うと、張り裂けんばかりの怒号で罵り始める。


「み、み、み、見たわね~~~~!この変態!スケベ!」


 そう、見えた...... それもエルと互角か、それよりも豊かな胸を。

 彼女の豊満な胸を思い出しながら、何て答えるべきかと考えていると、宝石の中から念話が届く。


『さあ、やっておしまい!あの胸をサクッと切り落とすのよ!さあ、さあ、さあ~!』


 誰の台詞かなんて、考えなくても分かる。

 怒り心頭となったミイの発言だ。


 しかし、そこで俺は邪竜剣を仕舞う。

 邪竜剣は霧散するように消えてなくなり、俺は無手の状態となる。


『何してるのよ!ソウタ!早くあの女の胸を削ってよ!まさか、あの乳の魔力の虜になった訳じゃないでしょうね!』


 いやいや、あの胸に魔力がある訳じゃないから......


 俺の行動を見て激高するミイの言葉に、心中で突っ込みを入れながら地上に降りて戦闘態勢を解く。


「如何いうつもりですか!まさか、わたくしに情けを掛けるつもりですか!」


 俺の行動が気に入らなかったのか、奴は慌てて追いかけてくると、キャンキャンと苦言を述べてくる。

 だから、戦闘を止めた理由を教えてやる事にした。


「なんでお前には殺気がないんだ?別に俺達を殺すつもりじゃないだろ?」


「そ、そ、それは......」


 これまでに感じた事をそのまま言葉にすると、彼女は押し黙ってしまった。


「それにな、これ以上やると爺さんが襲ってきそうだったからな」


 そう言いつつ、爺さんに視線を向けると、両手を力強く握り締め、額を汗で濡らしているダルガン爺さんが立っていた。


「フォフォフォフォ、な、何の事ですかな」


「ふんっ!言いなくないなら、それでもいいさ。じゃ、終わり!終わり!」


 焦る爺さんとノーパン天使を交互に見遣り、それでも押し黙る二人から視線を切ると、戦闘終了の宣言を行う。


「あっ!」


 しかし、それが気に入らなかったのか、ノーパン天使が声を発するが、相手をする事無くキララを抱くナナミの下へと歩みを進める。

 すると、暫く歩いた処で、ノーパン天使から声が掛かった。


「分りました。今回は負けを認めます。変態といった事も詫びましょう。ですから、わたくしの主と会って貰えないでしょうか」


 彼女は片腕で豊かな胸を隠したまま、そう言って頭を下げてくる。

 そんな彼女を見遣り、次にダルガン爺さんへと視線を向けると、爺さんは黙って頷き返してくる。


 それを見た俺は溜息を吐きながら、またトラブルに巻き込まれる予感を抱きつつも、彼女の願いを聞き入れる事にするのだった。



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