第69話 お調子者の執事


 糞領主の街からリアルア王国の王都リロまでの距離は大したものではなく、一週間程度で辿り着く事が出来た。

 その道中は、特に何も起きることなく、あるのは食事の時に起こる骨肉の争い……いや、焼肉の争いくらいだろう。

 それに比べると、野菜炒めやサラダに関しては、完全に過疎っていると言える。

 故に、ここ最近の俺の食事は、完全にベジタブルな状況だ。


 お前等、いつかお肌が! なんて泣いても知らないからな!


 それ以外に何かあったとすれば、俺の断髪式ぐらいだろう。

 まあ、伸びに伸びまくっていて、まるで鬼太郎状態だったので、少し切る事にしたのだ。

 それも、我こそはというミイやエルを払い退け、ナナミにお願いしたので、何事も無く終わらせることが出来た。

 ミイとエルにやらせなかったのは、奴等に任せると間違いなく俺の猫耳を切り落とすと考えたからだ。


 さて、それくらいしか語る事のなかった道中だが、あっという間に王都リロを視認できる所まで来たので、さっさと先に進むことにした。


「ねえ、ソウタ~!今回はどんな入り方をするかしら?」


 う~む、全く考えてなかった……

 これまでの展開といえば、夜中にこっそり潜り込む。

 その他だと、門で舐められ、暴れて、毒を吐きながら入る。といった具合だが、決して、揉んで、舐めて、暴れて、入れる。ではないので、誤解のないように。


「如何しようか? どうせ、大金を払えとか、女を寄こせとか、変態だとか言われるんだよな?」


「お兄ぃ、それは被害妄想が過ぎるような気がするけど……でも、あたしが初めて会った時も確か燃やしてたか……」


 マルカは自分の発言を己で否定してしまう。しかし、そんな場面で空気の読めないサクラが不要な事を口走る。


「だって、その恰好だと、誰でも変態だと思うわよ?」


 だからお前が言うなって言ってるだろ! 年増レイヤーの癖しやがって!


 なんて思わなくもないが、それを口にすると地雷を踏むことになるので、心中から一ミリも漏れないようにしっかりと押し留める。


「いっそ、初めから爆破するってのは如何だ?」


「それ、面白そうニャ~よ!」


 俺の過激な発言に、ニアは楽しそうに賛同してくる。


「駄目だ! 駄目だ! 駄目だ! 妾の出番が無くなるではないか」


 ここにも暴れる事を前提とした輩が居た。そう、元王女であり、嫁でもあるエルなのだが、彼女の意見は暴れる事は前提であり、魔法か物理攻撃かの差でしかない。


「これは、クジで決めるしかなさそうね」


 何故そこでクジが出てくるのかは解らないが、決められない時はクジが一番だとミイが言い張る。


 てか、エルフの世界にクジがあった事の方が驚きだが……


 なんて、考えていると、ミイがサクサクと棒クジを作り始めた。


「私、クジを作るのは得意なんだよね」


 嬉しそうにミイが話しているが、思わず浮かんできた疑問を声にしてしまう。


「ボッチだったのに、なんでクジを作ってたんだ?」


 そう、エルフの里で友達も仲間も居なかった筈だ。だから、クジなんて作る必要性があるとは思えないのだが。

 しかし、どうやらその台詞は拙かったようだ。

 それまで楽しそうにクジを作っていたミイが、その言葉を聞いた途端に項垂れたかと思うと、そのまま地面に座り込んでしまった。


「お兄ぃ、空気を読まないと!」


 まるで三年ほど放置した生ゴミのようになってしまったミイ。

 そんな姿を見たマルカが、俺の背中を叩きつつ、小声で窘めてきた。


 確かに、全く空気を読んで無かった。これらは少し気を付ける事にしよう。

 てか、既に鬱が発動しているので手遅れだが……

 

 少し後悔しながら、どうやってミイを復帰させるかと悩んでいると、更に追い打ちを掛けるような声が上がる。


「何を遣ってるんだミイ!さっさとクジを作れ!唯でさえ胸が薄いのに……」


 しかし、ここにもっと空気の読めない女が居た。そう、言わずと知れたエルだ。

 というか、この場合、胸の大きさなんて全く以て関係ない。


 それよりも、ヤバイ! 生ゴミ状態だったミイが、完全に焼却済みの灰のようになってる……


「こら!エル。少しは空気を読め!」


 それを見て、慌ててエルを叱責するが、周囲からは俺に冷たい視線が投掛けられる。


 いや、この視線は俺に何とかしろと言っているのだな……


「ミイ、ミイ、大丈夫だ。俺もボッチだったし」


 思わず口から出まかせを言ってみたのだが、産業廃棄物のように如何ともし難い状況となったままだ。

 そんな俺は閃く。こいつらは奥義で何とかなる筈だ。

 そう思い、即座にそれを発動させる。


「ミイ、今夜はタンを沢山焼いてやるぞ」


 すると、土から小さな芽が出るように、灰がムクりと動き始める。


「オマケに、食後のデザートはメロンだ!」


 ムクりと起き上がった灰が、ジワジワと色を取り戻してきた。

 更に、灰から生ゴミレベルまで復活したミイが、ボソりと言葉を発した。


「今夜、添い寝してくれる?」


 か細い声が、寝屋を共にしてくれと伝えてくるのだが、その途端、エルが発狂し始めた。


「ず、ズルいぞ!ミイ!それは卑怯というものだ!」


 騒ぎ立てるエルをチラリと見遣るが、ここで乱入されると収まるものも収まらない。

 故に、マルカとニアに視線を向け、左手で合図を送る。

 それを見たマルカとニアは力強く頷くと、二人でエルの両脇を取り、声の届かない所まで連れていく。


「こ、こら!こら、放せ!ミイ!ズルいぞ~~~~」


 遠くから微かに聞こえてくるエルの声に耳を塞ぎ、復活しつつあるミイに話し掛ける。


「ああ、カオルとキララが居るが、それでもいいなら」


「……」


 どうやら、二人きりが望みの様だが、カオルはまだしもキララを追いやるのは絶対に無理だろう。

 ゆっくりと、俺の背中を温めているキララに視線を向けたのだが、黙ったまま首を横に振っている。


 おら、うちのお嬢様は駄目だと言ってるぞ。


 そんな気持ちで視線をミイに戻すと、彼女は思いっきり膨れっ面だった。


「最近のソウタはキララばっかり」


 どうやら、ミイもエルと同様に、キララばかりを可愛がる俺に思う処があるのだろう。

 しかし……


「俺がキララと寝ないと、みんな寝られなくなるぞ?」


 そう、俺が居なくなると、恐ろしい程の声で泣き始めるのだ。

 その鳴き声の凄さといえば、まさに、人間……竜人拡声器と呼ぶのも吝かでは無い。


「分ったわ。仕方ないわね。その代わりお肉は山盛りにしてね」


「ああ、分った。山盛りの牛タンだな」


 流石に、キララを追いやるのは無理だと判断したのか、ミイは肉の山盛りという条件で鬱から復帰したのだが、想定外の問題が発生するのはこの後の事だった。







 なんとかミイを宥めたと思いきや、今度はエルが頬を膨らませている。


「ミイはズルい!妾も一緒に寝たいのに」


 何時までも、俺の隣でエルがブツブツと文句を垂れているのだが、それを見兼ねたミイが口を挟んできた。


「エルはいつもお姫様抱っこされてるじゃない」


「うぐっ……」


 不貞腐れていたエルだが、クジを作っているミイの発したツッコミで押し黙る。


「よし、出来たわよ」


 棒クジを握った手を掲げるミイが、嬉しそうに叫び声をあげる。


「一がソウタの魔法。ニが全員で殴り込み。三がナナミのバズーカ。四がダルガン爺の竜攻撃」


「おい!なんか余計なものが二つ混ざってたぞ」


 三と四の内容を知らされてなかった俺が、思わずミイを問い質したのだが、彼女はサラリと返してきた。


「だって、二人が退屈だから自分達も入れろって言うんだもの」


 その言葉を聞いてチラリと奴等に視線を向けると、ダルガン爺さんとナナミはそっぽを向いている。


 ちっ、まあいいか。別に俺自身が戦いたい訳でもないし。


「分った。じゃ、誰が引くんだ?」


 そう尋ねた時だった。何故か俺の背中を這い上がって来たキララが、ミイの掲げた手からクジを引いた。


「「「「「「「あっーーーーーーーーーー!」」」」」」」


 それを見た全員が、思わず驚きの声を上げる。


「これって三なの?」


 棒クジを右手にしっかりと握ったキララが、不思議そうに三本の印の入った棒を見ている。


「ヤりましたです~。ワタシのデバンです~。じゃ、オモいっきりヤらせてモラいます~ぅ」


 全く嬉しそうではない表情のナナミが、嬉しそうな言葉遣いで声をあげたかと思うと、何処からともなくバズーカ砲を取り出した。

 しかし、その時、全く違う方向から静止の声が掛かる。


「お止め下さい。行き成り門を攻撃するなんて、噂以上の変態ですね」


「なんだと!」


 変態扱いされた事で、思わずカチンときた俺が振り返ると、そこには四十代くらいの女性が立っていた。

 その様相は、見るからにメイドといった雰囲気だが、ナナミと違って本来の実用に特化したメイド服といった感じだった。

 ああ、今更ながらだが、ナナミのメイド服はどちらかとコスプレっぽい様相なのだ。

 そんな年配のメイドが俺達を更に窘めてくる。


「行き成り門破りなど、常識のある者の行為だとは思えません」


 すると、何を考えたのか、ダルガン爺さんがずずずいっと前に出てきたかと思うと、姿勢を正した状態で物申し始めた。


「そうですな。わたくしめは止めろと進言したのですが、この者達ときたら」


 こらこらこら! お前は何も言っていないだろ!

 いや、ミイに言ってクジに参加してたよな! なに、自分だけいい子ぶってんだよ!


 そんな気持ちを込めた視線をダルガン爺さんに送ってみたのだが、奴は全く気にする事無く、メイドの手を取った。


 おいおい! 今度はセクハラかよ! この糞ジジイ!


「わたくしめは、ダルガンと申します。お見知りおきを」


 爺さんは、メイドの手の甲に軽く口づけをすると、恭しく挨拶をしている。


 くそっ、とんだセクハラジジイだぜ!


 しかし、メイドの女性も満更では無いようで、少し嬉しそうな表情をしたかと思うと、爺さんに話しかけてきた。


「お互い、愚かな主に使えると大変ですわね」


「左様ですな」


 爺さんはメイドの言葉を聞くと、頷きを返しながら肯定する。

 そんな爺さんとメイドは、全く周囲が見えないのか、完全に二人で見詰め合っている。


 おいおいおい! なに二人の世界を作ってるんだ! 俺達を無視するな!

 てか、爺さん! こんな所で色ボケか!?

 抑々、その女性が誰かすらも解らないんだ。勝手に擦り寄ってんじゃね~よ。


 仲間達が唖然とする中、自分達の世界に浸る執事と年配メイドを見ながら、心中で悪態を吐くと、透かさず口を誰何の声を上げる。


「ところで、あんたは誰なんだ?」


 不機嫌な声を丸出しにして尋ねてみると、ハッとしたメイドがこちらに冷たい視線を向けてくる。

 その視線は、まるで、人の恋路を邪魔するのもは、馬に蹴られて死んでしまえといった視線だ。

 そんな視線を一身に浴びせ掛けられて、思わず舌打ちしそうになったが、年配メイドが話し始めるのを辛抱強くまっていると、彼女は溜息を一つ吐いた後に話し始めた。


「わたくしは、主の命で貴方をお迎えに参りまし……ね!」


「おい!今、最後に死ねって言ったよな?さり気なく死ねって言ったよな?」


「聞き間違いでは御座いませんかし……ね?」


「また行ったよな?今のは間違いなく死ねって言ったよな?」


 氷の様な視線を向けられているが、俺は構わずに突っ込む。しかし、何故かおかしな処から彼女の援護が入る。


「ソウタ殿、少し耳がおかしいのではないですかな。彼女は死ねなどと申しておりませんな」


 くそっ! 恋は盲目とはこの事だな。このジジイ、完全にこの年配メイドにイカレてやがる。


「もういい。で、お前の主が俺になんの用なんだ?」


 かなり機嫌の悪くなってきた俺は、もはや遠慮などせずに、その女に問い掛けるのだが、更に険悪な視線を向けられると共に、苦言を申し立てられる。


「本当に、変態とは粗暴ですね」


「そうですな。いつも、諫めているのですが、全く治りませんな」


 おい! ジジイ! お前はどっちの味方だ!?

 てか、変態を否定しろよ! こんにゃろ~!


 そんな感じで臨界点に到達しようかという俺に、年配メイドは追い打ちを掛けてきた。


 「変態とは聞いていましたが、これ程の変態とは……」


 蔑むような視線と共に発せられた言葉に、とうとう俺は完全にキレる。


「ふざけんな~~~~~~~~~~~~~~~!火炎石メテオ


 そう、俺は怒りの余りに凶悪な魔法を炸裂させたのだ。

 すると、大空から炎の岩が雨のように降ってくる。

 それを見ても全く後悔しない程に、俺の怒りは絶頂だった。


「拙いわよ。これって、この辺りも巻き込まれるわ。早く逃げないと」


「おい!ソータ。少しは考えて行動しろ!」


 空を見上げたミイが慌てて撤退を進言してくると、エルはいつもの自分を完全に棚上げして叱責してくる。


「ヤバいわ。これじゃ、街も相当な被害になるわよ」


「凄い!どうやったらその魔法を覚えられるの?」


 火炎石が落下してくるのを確認したマルカが焦っていると、サクラが場違いな問い掛けをしてくる。

 更に、サクラに追随するようにナナミが声をあげる。


「ワタシもあれくらいのタイホウつくるのです~」


 その台詞からすると、どうやら大量破壊兵器を造るつもりらしい。

 だが、そんな過激なナナミにも負けない程に場違いな存在がいた。


「ダンニャ様~。とっても綺麗ニャ~よ」


「きゃは!花火なの!」


 そう、流れ星のように落ちてくる炎の岩を見て、ニアとキララが大喜びしていたのだ。


 しかしながら、そんな光景に慌てる事無く、苦言を申し立てる者がいた。


「はぁ~、まったく。最近の若者はどこでも大魔法を撃ち放って!本当に行儀が悪い」


 そう、冷静な態度を全く崩さないメイドが、溜息を吐きながら小言を口にすると、徐に己の右手を天に向ける。

 すると、次の瞬間、彼女の手から打ち出された光が辺り一帯を囲んでしまったのだ。


 その光景は圧巻であり、まさに最強の障壁に見えた。

 なんたって、火炎石を喰らっても全く壊れる事が無いどころか、まるで俺の魔法が児戯であるかの如く、簡単に防いでみせたのだ。


 彼女は周囲を見渡し、被害が無い事を確認すると、再び俺に視線を向けて溜息混じりに告げてくる。


「おいたが過ぎる子供には、少しばかり躾の必要がありますね」


 それは、まるで母親が暴れん坊な子供に向けるような態度だった。

 だが、俺はその態度よりも、あれ程の力を持つ年配メイドに慄いていた。


「おい!お前は何者だ?」


 俺からの誰何の声に、彼女は平然と答える。


「口の利き方から教育し直した方が良さそうですね」


 そう言って、彼女はニコリと笑むと、物凄い速度で襲い掛かってくる。


 それを見ただけでも、途轍もない力を有しているのが解る。

 そんな年配メイドに戦慄を覚えつつも、透かさず戦闘態勢を執る。

 次の瞬間、彼女の手刀が俺を襲うが、間一髪のところでそれを避け、奴との距離を取る。しかし、気が付くと一張羅ともいえるローブがズタズタとなった。

 それを見た途端、俺の心が烈火の如く燃え上がる。


「お、お、お、俺のローブを!よくも~~~~~~!」


 完全に激高した俺は、己が理性をも失った状態で、誰とも解らぬ年配メイドとの死闘を繰り広げる事となるのだった。


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