第68話 黒々とした心


 屋敷の中は絢爛豪華という言葉を具現化したかのような調度だと言える。

 それは唖然とする程の物で、どれをとっても高価な物だと言えるだろう。

 しかし、それの所有者は、その光景と打って変わって最悪を具現化したような男だった。


「わ、儂を誰だと思っている!」


 欲に肥えた男が怒鳴り声を上げる。

 その言葉で、始めてこの男が誰であるかも知らない事に気付く。


「誰だっけ?」


 思わず、エルに尋ねてみた。

 すると、彼女は首を横に振る事で綺麗な髪を揺らす。

 そんなエルの隣に立つミイが、マルカ達の方へと視線を向け、誰に聞くともなく問い掛ける。


「誰なのかしら?」


 その声を聞いたニアが、ご丁寧にも答えにならない返答を寄こす。


「知らないニャ~よ?」


 更に、その声を聞いたマルカもポツリと溢す。


「誰なんだっけ?」


 最終的には、天然素材...... 失敬。サクラが締め括る。


「誰でもいいんじゃないの?それでなにも問題はないよね?」


 確かにその通りだ。

 俺達に取って、この男が誰であろうと関係ない。

 しかし、何とか収まったと思いきや、後ろから声が上がった。


「いえ、ゴミですな。ナナミ殿、掃除の時間ですな」


 折角、締め括ったのに、執事服をバリっと着こなすダルガン爺さんが話を蒸し返す。

 結局、引き合いに出されたナナミが、再び締め括る事になる。


「ゴミは、モやすのです~」


 全く表情を変える事無のないナナミが結論を出すと、目の前の男は唾を飛ばしながら騒ぎ始める。


「儂はこのリアルア王国の侯爵だぞ!」


 踏ん反り返ったその男が大声で叫ぶが、それこそ俺達には全く関係のない話だ。

 故に、思った事がそのまま口を衝いて出た。


「だから、何なんだ?」


「なんだと!」


 俺の言葉に反応して、その男はまなじりを更に吊り上げるが、ニアがさくりと解決する。


「うるさいニャ~よ。大人しくするニャ~ね」


 そう、目にも止まらぬ速さで移動したと思うと、その男を殴り飛ばしたのだ。

 間違いなく、その打撃は手を抜いたものであったが、その男はそれであっという間に意識を手離すのは間違いない。


「てか、それって如何するの?」


 床に転がっているその男を見て、ミイが尋ねてくるのだが、この男の結末については俺も知らない。

 というのも、この男に関してはアルファルドに引き渡して終わりとなるからだ。

 抑々、俺達とは全く関係ない存在だし、俺達に如何こうする気持ちも無いのだ。

 随って、後の処理はアルファルドに全て任せる事にしてある。


 これでひと段落したと思った処で、騒ぎ立てる者が現れる。


「この男が何をしたというのだ!」


 あ~ウザい。本当にウザい。誰か何とかしてくれ~。てか、抑々、なんでも俺達に付いてくるんだ?


 心中でぼやいたのには理由がある。

 それは、その言葉を発した者の存在だ。

 これまで、散々と戦ってきた相手であり、糞神に洗脳されて物事の善悪すら判断できない男だ。

 そう、洗脳勇者御一行だ。


 余りに面倒なので、ダルガン爺さんをチラリと見遣ったのだが、彼も相手をする気は無いらしく、ゆっくりと首を横に振っている。

 それでも諦める事無く仲間達を見遣ったのだが、誰もが知らぬ振りをしている。

 故に、渋々と俺が相手をする事になるのだ。


「こいつは、無理な重税を課して、払えなかった村から女子供を無理矢理に徴収したんだよ。以上」


 簡単に纏めて話してやると、洗脳勇者は苦い表情をしたまま押し黙ってしまった。


 まあ、どう思われようと関係ないし、黙っていてくれるのが一番だ。


 そう、何故、敵である洗脳勇者がここに居るかというと、無視していたら黙って付いてきたのだ。

 今回に関しては、別に飯を食わせた訳でもない。

 勝手に付いてきて、時折、いちゃもんを付けてくるのだ。

 本当に、とんだクレーマーだと言わざるを得ない。



 それはさて置き、そんな感じでこの街の領主を捕縛し、敷地にある建物に向かう。

 何故なら、捕らえられた村人がそこに居るらしいからだ。

 まあ、その情報は、とっても痛い目に遭った兵士から教えて貰った。


「まだ付いて来てくるぞ!?」


 後ろを振り返ったエルが、ボソボソと話し掛けてくる。

 どうやら、エルは後ろから突いてくる洗脳勇者一行の事が気になるようだ。


 気になるなら見なきゃいいのに......

 初めから居ない者だと判断して無視すれば、少しは気にならなくなるのに。


 なんて考えながら足を進めると、そこには大きな建物があり、その扉を開くと沢山の女子供が座っていた。


「な、なんだ!なんだこれは!」


 一々煩い奴だ。


 洗脳勇者の声に、心中で悪態を吐きながら、怯えた表情でこちらを見る女子供に話し掛ける。


「おい。お前等を元の村へ返して遣る」


 すると、座り込んでいた女達が不思議そうな顔でこちらを見ている。

 だが、誰も動こうとしない。


 えっ!? なんで喜ばないの?


 その様子があまりにも以外で、もう一度、告げる事にする。


「お前等を解放しに来た」


 すると、今度はまるで爆発か何かのように喝采の声が一気に膨れ上がる。

 どうやら、一度目の言葉は信じれないという思いで凍っていたようだ。

 だが、それが本当だと解ると、これまでの不安が一気に消し飛んだのだろう。

 親子や姉妹、顔見知りや友人といった関係の者達が、抱き合って喜んでいる。


「ほ、本当ですか。本当に帰れるのですか」


「ああ、神よ。あなたは私達を見捨てなかった」


「あ、有難う。有難う」


「有難う御座います。なんて感謝したら良いか......」


 女達は思い思いの言葉を発し、更には、俺達に感謝の言葉を述べてきた。

 まあ、俺には関係ない者達とはいえ、感謝の言葉を告げられると心が温かくなるのもだ。

 そんな事を考えていたのだが、一瞬にして俺の面前にミイとエルが立ちはだかる。


「ごめんなさい。助けるのは良いのだけど、この人には近寄らないでね」


 ミイがまるで危険人物に近付くなと言うかの如く、集まる女性達を押し留めようとする。

 その横では、エルも仁王立ちで、ある事ない事を口走っている。


「この男は変態だから近寄ると病気になるぞ」


 すると、俺に群がっていた若い女達が、怪しい者を見る表情で、潮が引くように離れていく。


 ちょっとまて~~~! 誰が変態だ! 何が病気だ!


 思わず叫びそうになったが、何とか心中に押し留めていると、隣にサクラが寄って来て、納得の表情で呟いた。


「確かに、そのローブの下は変態の格好だわ。二―ソックスとビキニパンツなんて在り得ないし」


「うっせ~!お前が言うなよ!ビキニアーマーの癖しやがって!」


「あぅ......」


 流石に、心中に収める事が出来なくなり、思わずサクラに言い返してしまうと、彼女はションボリと俯く。いや、膝を抱えて座り込んでしまった。


「いい歳して、恥ずかしい奴だとか思ってるのよね?イケてないレイヤーだとか思ってるのよね?いいもん。いいもん」


 そして、俺は知った。これが天然素材サクラの地雷なのだと、気付いた時には既に手遅れだと。


 もう、その後は大変だった。サクラがイジケてしまい、復帰させるのにどれだけ宥めすかしたことか。

 オマケに、最終的に機嫌を直した切っ掛けが、飯だった事にガックリとする思いだった。


 さて、そんな事は置いておいて、囚われていた女子供を助けたのは良いが、この後が大変なのだ。

 何と言っても、元の村へと送り返す必要があるからな。

 そこで、暫く如何するかと思案したのだが、俺は閃いた。

 そう、こういう時こそ勇者の出番だろう。

 その事を思い付いた俺は、即座に女子供達に向けて声を上げた。


「さあ、お前達、喜ぶのは良いがこれから村へと帰らなければならない。だが、心配する事は無い。ここに居るのは勇者だ。勇者がお前達を村まで護衛してくれるぞ」


 そう言って、俺はまるで紹介するかのように、洗脳勇者へと手を向ける。

 すると、女達から、特に若い女から黄色い声が上がる。


「勇者様だって」


「カッコいいわ」


「あんな彼氏が欲しい」


「一晩だけでも」


「私も夫の事を忘れて......」


 流石は勇者だ。若い女が続々と集まって奴を取り囲んでいる。

 それを見て、先程の俺に対する反応との違いに顔が引き攣る。


 いいさ...... そう、奴は色男出しな。俺はどうせ変態だし......


 別に女性にちやほやして欲しい訳では無いのだが、何故か黒々とした何かが胸の中で蠢く。

 すると、 不機嫌な様子を悟ったミイが、俺に苦言を述べてくる。


「なに嫉妬してるのよ。こんなに女を連れておいて!」


 更に、それを聞いたエルが俺の腕にその大きな胸を押し当てて、良く解らない慰めの言葉を告げてくる。


「妾さえ居れば、他は何も要らぬであろう?」


 いやいや、そんな事は全くないから。キララは絶対に必須だからな。


 エルの言葉を聞いて、そんな事を思うが、それが声になると大変な惨事となるので、心中に収める事にする。


 それでも二人の言葉で、多少は心が和らいだのだが、それでもこのままでは終わらせないという気持ちがメラメラと燃え上がる。

 結局は、奴に後事を全て任せるという事で、その燃え滾る心の炎を沈静化させた。

 そして、慌てる洗脳勇者に、この屋敷で奪った金貨の入った袋を渡して告げる。


「こういう時こそ。善を行うのが勇者じゃないのか?この金は迷惑料だ。囚われていた者達へ均等に配ってくれ」


「し、しかし......」


 俺の言葉に逡巡する勇者の方を叩き、更に付け加える。


「弱き者を救うんじゃないのか?」


「も、勿論だ!お前に言われるまでも無い」


 洗脳勇者は、俺を睨み付けて言い放つ。


「そうか。ならばあとは任せた」


「あっ!」


「「「「「アベルト!」」」」」


「あぅ」


 俺の誘いに、まんまと乗ってしまった事を仲間から怒られて、ションボリとする勇者だったが、案外良い奴なのかもしれない。

 まあ、知恵が足らないだけかもしれないが、それでも悪い奴には見えなかった。

 だから、後の始末は全て奴に押し付けても大丈夫だろうと判断し、俺達は屋敷を後にするのだった。







 あれから暴れ回った街を速やかに出奔し、街道をいつもの調子で突き進んだ。

 まあ、俺達からすれば、あの程度の戦闘など軽い運動と変わらないので、何時もの通りに移動を始め、暗くなった処で野宿をする事になった。


 ただ、軽い運動とは言っても、お腹の方はかなり消耗したようで、夕食の時間はいつも以上の戦乱となったが、それも何とか終息させた。

 そんな作業をひと段落させた俺は、何時ものように夜風を浴びに外に出る。


「戦闘よりも奴等の飯の用意の方がどれだけ大変か......」


 思わず独り言で愚痴を溢しながら星空を眺めていると、俺の耳に念話が届いた。

 一瞬、糞神アルファルドかと思ったが、その声はカオルのものだった。


『面倒な奴等が来たかと思ったけど、美味い具合に使う事が出来てよかったよ』


 どうやら、勇者達を上手く使った行動を褒めているらしい。


 何とも素直じゃない奴だな。


 なんて思いながら、傍に来たカオルを抱き上げてやる。

 すると、黒猫姿のカオルは目を細めて嬉しそうにしていた。

 更に、頭を撫でてやり、喉をコロコロとしてやるが、流石に本物の猫ではないので、ゴロゴロと喉を鳴らせたりはしなかった。

 それでも、とても喜んでいるのが解ったので、俺も思わず嬉しくなってくる。


『やあ。作戦は成功したみたいだね』


 カオルとのスキンシップを楽しんでいると、突然、別の念話が届いた。

 今度は、声からして間違いなくアルファルドからのものだ。


『ああ、後事は勇者に任せたけどな』


 途中で、遣るべき事を丸投げしたのだが、奴はそれを気にした風では無かった。


『構わないよ。それにあの領主についても、こちらで片を付けるよ』


 これで、奴の望みを叶えた訳だ。

 というか、俺の勘繰りは全くの取り越し苦労で、奴の願いが純粋なものと解ったのだが、奴は一体何を考えているのだろうか。

 それとも、あの行動がこれから何かに響いてくるのだろうか。いや、そんな事を考え始めたら何も出来なくなるな。


『さあ、何が欲しい?君は僕の望みを叶えた訳だし、僕で可能な事なら何でも君の望みを叶えるよ。僕の命であろうとね。ただ、神々を殺すことはできないけど』


 その言葉で、新たなる疑問を持ってしまった。

 だから、速攻でその事を問う。


『何故、神々を殺せないんだ?』


『ああ、簡単な事だよ。僕達は神同士で殺し合いが出来ないようになってるんだ』


 その話の雰囲気からして、アルファルドは包み隠さず話してくれている様だった。


 そんな奴の話を聞いた処で、神を殺すという場面を想像する。

 当然、目の前に居れば戦う事は出来る。

 しかし、奴等は降臨という現象を起こしていた。それにカオルの話では、神はこの世界に直接的に手を下せないと言っていた。

 そうだとすると、俺はどうやったら神と戦えるのだ?


『じゃ、神と戦うには如何すればいいんだ?』


 そう、それは今更ながらの疑問だった。


『神の住む白い世界に君が来るしかないね。ただ、そこに辿り着けさえすれば、僕達を倒すことは簡単だよ。君に僕達を倒す力があればね。だって、僕達は死を望んでいるのだから』


 何故、奴等が死にたがっているのかは理解できないが、それよりも、カオルはその白い部屋で神と戦ったのだろうか。

 そんな事を考えながらカオルに視線を向けるのだが、彼女は目を瞑ったまま俺の腕の中で気持ち良さそうにしている。

 だから、俺はアルファルドに尋ねる事にする。


『白い部屋へ俺達が行く方法はあるのか?』


『僕は知らないけど、あるんじゃないかな?だって、君の抱いている死神は白い世界で大暴れしたんだから』


 やはり、カオルは白い部屋に行ったことがあるようだ。

 自分の話題が出たことで、カオルはパチリと瞼を上げる。


『そんな事より、如何するんだい?颯太』


 そんな事を俺に振られても、想像も使いないのだが......

 ただ、現時点でアルファルドに死んで貰うのは、こちらとしても都合が悪い。

 暫くは、スパイとして働いて貰った方が良さそうだと思う。


『この先、情報を俺達に流してくれないか?出来れば、他の糞神が遣ってることを止めて欲しいが、それは無理なんだよな?』


『そうだね。奴等は僕のいう事なんて聞かないだろうね。でもいいのかい?僕を殺さなくて』


『てか、現時点で白い部屋に行けないんだから、殺しようが無いだろ?』


『あははは。確かにそうだった。分かったよ。君の念願が叶うまで、僕は君の密偵となろう』


 余りにも美味い話なのだが、本当に大丈夫だろうか。


 そんな事を考えていると、それが顔に出ていたのか、アルファルドは笑いながら話し掛けてくる。


『あははは。大丈夫だよ。これでも一応は神だからね。嘘を言ったりはしないよ』


 そうはいっても、本当に信じられるのか怪しいものだと思いつつ、カオルに視線を送ると彼女は黙って頷いてくる。

 どうやら、奴の言っている事は本当らしい。


 こうして俺は糞神の一人を密偵として引き込むことになるのだった。


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