第67話 厄介そうな敵
あばら家とも言えそうな家々が燃えている。
寧ろ、燃えていると言うより炎上していると表現した方が良さそうだ。
それは突然の事だった。
視線の先にキョウキと思わしき存在が現れた途端、奴は腕を振った。
それが何を意味するのが解らず、訝しんだ時だった。
予想もしていなかった爆発で、俺は吹き飛ばされて宙を舞ったのだ。
身体を翻して着地する事に成功すると、慌てて仲間を探したのだが、その姿が見当たらない。
俺自身もそうだが、かなりの距離を吹き飛ばされたようだ。
己の身体状況を確認し、恐らく彼女達なら大丈夫だろうと判断したのだが、俺の心は仲間が心配だと訴えかけてくる。
「みんな、大丈夫か!?」
声を張り上げてみるが、全く反応がない。
その事に焦りを感じながらも、仲間の捜索に意識を集中する。
すると、視線の先に一人の男が現れた。
それは、キョウキと呼ばれる男では無く、金髪の優男だった。
右手には大剣を持ち、ゆっくりとこちらに向かって来ている。
それを確認した俺は、即座に戦闘態勢を取るのだが、相手は予想以上の速さで俺の側面へと回り込むと、大剣を振り下ろしてくる。
それを金属バットで打ち払い、即座に攻撃を加えようとしたところで、いつの間にか眠りから覚めたキララが声を上げる。
「ママ、何をしてるの?それエルママだよ?」
彼女の言葉で振り下ろしていた金属バットが止まる。
しかし、キララのいう事を疑うつもりは無いけど、如何見てもエルには見えない。
「どういうことだ?」
思わず疑問の声を上げたのだが、その途端に、今度は俺達に向かって矢が飛来する。
その攻撃は正確で、舌を巻く程のものだったが、風きり音を聞き付けて、なんとか回避することができた。
しかし、そこに別方向からハルバートの攻撃が加わる。
「ちっ」
舌打ちをしながらも、その攻撃を躱すとハルバートを持つやや小柄な男が声を漏らす。
「ゴミなのに速い!」
キララのいう事が本当ならば、矢の攻撃はミイであり、これはマルカだという事だろうか。
それにしても、俺をゴミ扱いとは...... 少し心が病みそうだ......
そんな事を考えたのが拙かった。
「喰らえ!」
背後から襲ってきた日本男児風の男の攻撃を喰らってしまう。
「ぐっ!」
これは、サクラか...... なにが喰らえだ。絶対に晩飯は喰らわせて遣らね~。
悪態を吐きつつも、避けきる事が出来ずに切り飛ばされた右腕を拾って回避する。
ハッキリ言って糞痛い。泣き叫びたくなる程に痛い。
それでも、その痛みを堪え、即座に切断面に切り落とされた右腕を当て、回復魔法を発動させる。
すると、あっという間に腕は接合されるのだが、痛みはそう簡単に消えてはくれない。
これが、この糞ゲーワールドの悪いところだ。
とは言っても、普通なら腕がくっ付く事すら有り得ないだろう。
そう考えると、この場合は糞ゲー云々と言っても仕方のない話だと言える。
「くそっ、倒しきれなかった」
天然サクラとは思えない程の冷静さで、俺を取り逃がした事を悔やんでいる様子だ。
いやいや、俺を倒したらお前の食事事情が大変な事になるんだぞ?
後で、泣いても知らないからな! バカちん!
いや、そんなことよりも、この調子でいくと、最悪なパターンが待ってるぞ。
「死ぬニャ~~!」
そう、そこに現れたのは、猫耳男だ。
だが、俺と違って、何故かカッコイイ......
その事に悔しさを感じながら、一旦はこの場から引く事を考えるが、ニアの速さがそれを許してくれない。
くそっ! 如何すればいいんだ?
こうなったら、キララに頼んで竜装化して、みんなを大人しくさせるしかないか。
「ちょこまかと、逃げるニャ~~」
いやいや、ちょこまかとしているのはお前だろ! バカ猫!
「ちっ、今晩の飯は抜きだからな。覚悟しとけよ!」
ニアの凶悪な攻撃を躱しながら罵声を浴びせる。
すると、その瞬間、ニアの動きが止まってしまった。
更に、ブツブツと何かを言っているようだ。
その言葉に耳を澄ませると、どうやら飯を気にしている様子だった。
「ご飯抜きは嫌にゃ~の。ご飯食べたいにゃ~よ。駄目ニャ~よ。ご飯は駄目ニャ~の」
その呟きがやたらと可愛いのだが、現在の見た目がオス猫だけあって、やたらと気持ち悪い。
だが、その事で俺は閃いた。これこそが、まさしく究極奥義と呼べるだろう。
「お前等、今夜は野菜炒めと野菜サラダの晩餐だからな。肉なんて一ミリも入れて遣らね~からな。覚えてろよ!ああ、サクラは飯抜きだ!」
その声が轟いた途端、その男達は戦闘を止めてしまった。
「えっ!?もしかして、お兄ぃなの?なんで?」
野菜と聞いた途端に、凍り付いたミイ、エル、ニアとは違い、普段から野菜も食べるマルカはその言葉で、自分が戦っているのが俺ではないかと気付いたようだ。
「もしかしなくても俺だが、お前達にはどう見えてるんだ?」
「そ、それは......」
マルカに俺の姿の見え方を尋ねてみると、物凄く言い難そうにしていたが、そのまま押し黙ってしまった。
「ソウタ、許せないわ。ソウタのバカ!」
しかし、後方から近付いてきたミイが冷たくも怒りの篭った声を張り上げた。
一体、何が許せないのだろうか。
その事を疑問に思いながらエルであろう男へと視線を向けると、何故かミイの憤慨する姿を見てニヤリとしている。
すると、俺の眼前に居るニアが悲しそうな表情となって、己の心情を訴えかけてくる。
「ダンニャ様~、それは困るニャ~よ。にゃ~は子供が欲しいニャ~の」
その言葉を聞いても、一体何が如何なっているのかさっぱり解らないのだが......
その事を誰か教えて欲しいと思った時に、身体にぶつかる者があった。
「ソウタ、ソウタなの?ご飯抜きだけは許して。お願いします。あなたが淫靡な胸の大きなメス猫になっても我慢するけど、ご飯抜きだけは許して欲しいの」
天然サクラの命乞いかのような飯乞いで、やっとミイの不機嫌さを理解した。
てか、淫靡な巨乳猫娘かよ! 本当に腐ってるな!
それよりも、これまでの内容を整理すると、どうやらこれは幻覚攻撃のようだな。
「ちっ、つまんね~!もう気付いたのか」
やっとの事で、現在の状況を把握した時、俺達の耳へそんな台詞が飛び込んでくるのだった。
その男は見るからに悪鬼という印象を植え付けてきた。
その悪辣な顔付といい、嫌らしい笑みといい、如何見ても真面には見えない。
しかし、驚きの事実は、奴の人相よりも左手に抱かれた存在だった。
「ナナミ!」
視界に入ったナナミは、何故か何時もの姿だった。
しかも、その首には奴の左腕が回され、完全に人質として捕らえられている状態だ。
「な、なんて卑怯な!」
ナナミを人質に取った男を罵倒する声に視線を向けると、数瞬前まで優男だった存在が、何時ものエルの姿に早変わりしていた。
それを見た俺は、場違いとは知りつつも、嫁の膨よかな胸が無くならなくて良かったと安堵する。
そんな俺達に向けて、奴は嘲りの表情を残したまま、右手の短剣をナナミに突き付け、不愉快極まりない声を発した。
「おお、それはお褒めの言葉だな。クククッ」
すると、その不快な言葉を耳にしたニアが、怒りの形相で声を発する。
「懲らしめるニャ~よ。あんな奴、にゃ~が捻り潰して遣るニャ~ね」
ニアは唸るような声で罵声を浴びせるが、奴はその声を聞いて、更に笑みを大きくする。
「クククッ、いいね~そのセリフ。ぐっとくるぜ。だが、動くとブスッといくからな」
奴は薄汚い笑いを隠す事無く見せつけると、そう宣ったのだが、次の瞬間には空高く舞い上げられていた。
「ワタシをブスだとイッタのです~。ユルさないのです~」
そう、怒りの形相を浮かべたナナミが、奴を空中へと投げ飛ばしたのだ。
その事から考えるに、恐らく戦闘に不向きだというナナミの主張は、彼女個人の見解であって、実はとても強いのではないかと思えた。
挙句は、どこから持ち出したのかは知らないが、いつの間にかバズーカ砲の様な物を構えている。
「クソはコナゴナになるのです~」
彼女はそう言うと、躊躇する事無く空中に居る奴に向けて引き金を引く。
すると、即座にロケット弾が奴へと放たれる。
その驚愕の光景に、俺達は戦う事すら忘れ、ただただ茫然とその結果を眺める。
しかし、奴は空中であるのにも拘らず、そのロケット弾を躱してしまう。
「うひょ~!見た目通りじゃないってことか」
地上に着地した奴はそう口にするが、その笑みは未だに崩れていない。
恐らくは、全く動じる事の無い程の力を有しているのだろう。
そう感じた俺は、即座に臨戦態勢を執り、奴との戦闘に集中する。
そんな俺を余所に、奴はニヤけた表情のまま言葉をバラ撒く。
「いいね~!いいね~!そうでなきゃ面白くねえ。折角、異世界に来たんだ。とんでもない戦いを味わいたいね~」
その事から、奴が戦闘狂である事を窺い知る。
糞神のアルファルドから話は聞いていたが、これは余程の変人を連れて来たようだ。
そんな事を考えていると、ニアが一気に奴へと向かって行った。
その速度は、俺の目でも追うのがやっとなのだが、奴はニアが繰り出した蹴りを避け、彼女に右手の短剣を振るってくる。
しかし、そのタイミングで放たれた矢が奴を襲う。
ナイスだ! ミイ!
最高のタイミングで矢を放ったミイを褒め、奴にその矢が当たる事を期待した。
「ちっ!」
奴は舌打ちしながらもその正確な攻撃を避ける。
「そこニャ~よ!」
その隙を見逃す事無く、ニアが黒猫手袋の右手を撃ち込むが、あっという間に距離を開けられてしまった。
「くっ、速いわ」
思わずミイが愚痴を溢すが、それだけの敵だという事が解っただけでも収穫だと言えるだろう。
しかし、奴を倒す方法が全く浮かばないのは紛れも無い事実だ。
恐らく、俺が突撃しても奴を倒すことは困難だろう。
あの速度からすると、全員で掛かっても勝てるとは限らない。
そんな事を思案していると、奴は嘲りの笑みを崩さずに戦闘態勢を解くと、徐に笑い始めた。
「あはははは!最高だぜ!神様よ~~!良くぞオレをこの世界に呼んでくれたぜ。楽しくて仕方ね~ぞ!あはははは!だが、悪いな!今日はここまでだ。全員を相手にするのは厄介そうだしな。特に、後ろの爺さんがいけね~。あれは化け物だろ!?それじゃ、またな!」
その言葉に反応して後ろを振り向くと、いつの間にかダルガン爺さんが何時もの落ち着いた様相で立っていた。
「この場面で後ろに視線を向けるのは、隙になるのですな」
ダルガン爺さんからの痛い指摘を喰らって視線を奴に戻すと、奴は笑い声だけを残して、既に姿を消した後だった。
そんな屋敷の前では、奥から兵士がゾロゾロと遣って来る。
「さあ、雑魚が湧きましたな」
まるで台所の悪魔のようにゾロゾロと現れる兵士を眺めながら、ダルガン爺さんが告げてくる。
そうだな。取り敢えず、厄介そうな奴は消えてくれたから、さっさと目的を遂行させよう。
しかし、そう思った途端に、更なる問題が発生する。
「街で暴れ回っている奴等とはお前た......」
そう、後ろから現れたのは、洗脳勇者の御一行だった。
くっ、厄介な時に、厄介な奴が現れる......
舌打ちしたい気持ちを抑えて、奴等に視線を向ける。
だが、奴等もかなり動揺しているようだ。
さて、如何したものかと悩んでいると、突然、ダルガン爺さんが洗脳勇者達に話し掛けた。
「どちら様かは存じ上げませんが、わたくしめ達が暴れているのには理由が在りますな。故に、邪魔はしないで頂けますかな」
ダルガン爺さんの冷静沈着だがハッキリした物言いに、洗脳勇者達が怯んでいるように見える。
「し、しかし、無抵抗な者を襲うなど許せん」
だが、洗脳勇者も必死に食い下がるのだが、その言葉に思わずカチンときてしまう。
「だったら、お前はこの街を見てどう思うんだ?この街に住んで居る者が虐げられている様に見えないのか?いや、いい、お前の考えなんて如何でもいいんだ。俺は俺の思った通りにやるから、邪魔する奴等は潰すだけだ」
黙っていようと思ったのだが、気が付くと怒鳴ってしまっていた。
俺も馬鹿だ。別に構う必要なない。無視して自分達の遣るべき事を済ませればいいのに......
怒鳴った事を後悔しながら、洗脳勇者から視線を外し、仲間に声を掛ける。
「さっさと片付けて、捕まってる者達を解放するぞ」
すると、家族とも呼べる仲間達が一斉に応の返事を返してくる。
それを確認して、屋敷の門前に現れた兵士達を蹴散らしに突撃するのだった。
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