第66話 驚愕の事実
虫たちが囁くような声を上げ、星たちが自己主張するかのように煌く。
そんな夜を薄黄色い月が、暖かく見守るかのように照らしている。
しかし、俺の心は太陽のように燃え盛っている。
そう、怨んでも怨み切れない程の怨讐と言える糞神からの声が届いたからだ。
「どこだ!何処にいる!」
その声が糞神のものであると感じた俺は、即座にアイテムボックスから金属バットを取り出すと、周囲に視線を巡らせる。
しかし、全く人の気配を感じない。
いや、奴は糞神だ。今現在、俺の隣に立っていてもおかしくはない。
そう思いつつ、虫の一匹すら逃さぬ思いで、月明かりが照らす周囲を警戒する。
『ああ、僕の気配を探ろうとしても無理だよ。だって、僕の方も細心の注意を払っているからね。てか、君と接触している処を見られる訳にはいかないんだ。だから、出来れば知らぬ素振りで聞いて欲しい』
俺は奴の言葉を信用していない。しかし、奴が発した言葉が、敵意どころか嘲笑すらも感じさせない事に疑問を抱いていた。
すると、その糞神は無言の状態を肯定と受け止めたのか、そそくさと話を続けてきた。
『正直言って、僕は後悔している。君にした事をでは無く、何もかもを後悔している。今更、言い訳をするつもりも無いし、許して欲しいとも思っていない』
この糞神は一体に何しに来たんだ? 己の懺悔をするためか? いや、そんな筈はない。そう簡単に己の非を認める筈がない。
しかし、糞神は粛々と話を進めていく。
『ただ、自分の遣ってきた事が誤りだったというのは、今更ながらに認識しているよ。そこで、君にお願いがあるんだ』
「何を今更!俺は絶対にお前達を許さない!」
調子の良い物言いに、思わず大声を張り上げてしまった。
だが、糞神はその事に腹を立てる訳でもなく、淡々と答えてくる。
『君の言い分は尤もだと思う。だから、タダでとは言わない。君の願いを何でも聞こう。それが例え僕の死であろうともね』
これは、俺を担ぐための演技では無いのだろうか。
これまで散々と悪ふざけをしてきた糞神が、幾らなんでも、こんなに殊勝になるとは思えない。
『あはは。今の僕がこんな事を言っても信じれないだろうね。でも、残念ながら本心なんだよ。だから、君がそれを受け入れてくれるかどうかは、話を聞いてからにして貰えないかな』
『解ったよ。その話を聞こうか』
『カオル!』
糞神の言葉を訝しんでいると、いつの間にか隣に遣って来たカオルが、俺に変わって答えてしまう。
その返事の内容よりも、糞神に話し掛けたカオルの行動に驚愕してしまう。
もしかして、この糞神がカオルの情報源なのか?
思わずそんな考えが浮かんだのだが、それを裏切るかのような会話が続く。
そう、念話で話しかけてきた黒猫を訝しく感じたのだろう。糞神は透かさずカオルに問い掛ける。
『へ~、君は誰だい?まさかと思うけど、死神じゃないよね』
『そのまさかだとしたら如何するんだい?』
何を考えたのか、カオルは素直に自分の正体を認めてしまう。
それを聞いた俺は、最悪の事態を想定してみたのだが、糞神はそれを無駄骨と言うかの如く、笑い始めてしまった。
『あははははは。そうだったのか。おかしいとは思っていたんだよ。ソウタの強さといい、行動といい、どれも不自然だと感じてたからね。君が裏で糸を引いていたんだね。それなら話が早い。僕達の命と引き換えに、願いを叶えてくれないか』
色々と混乱する思考を整理する時間も無いままに、結局は糞神の話を聞く破目となるのだった。
奴の話は、俺に取って信じられないものだった。
糞神である奴が己の命と引き換えに、たかが小さな村の女子供を助けて欲しいとのものだったからだ。
その話を聞いて、直ぐに何かの罠が仕掛けられているではないかと疑ってみたが、奴は己の持つ情報を全て曝け出しているようだった。
その話で解ったか事は、全部で七人の神が存在し、その一人は死神との戦いの後に眠りに就いているという。
更に、七人の神を生んだ存在は、既にこの世に無く、何処にいるかも解らないとらしい。
『これで全てだよ。僕の願いも、神々の情報もだ。こんな事を言える義理では無いけど......お願いだ。村の女子供を助けてやって欲しい。その為なら僕は何でもするよ。仲間の神々を裏切っても良い。況してや、僕の命なら安い物さ。いや、出来るなら殺して欲しい。もう、こんな生など要らないんだ』
俺は糞神の言葉を聞いて衝撃を受けていた。
それは、糞神の殊勝な態度にでは無い。
その言葉を聞いた俺の心にだ。
そう、俺は思ってしまったのだ。
こんな奴なんて如何でも良い。殺す価値すらないと。
あれだけ憎んでいた筈なのに、如何いう訳か、俺の心はこの糞神を殺したいとは思わなくなっていたのだ。
現時点の俺は、奴に答える以前に、自分の心を疑う気持ちでいっぱいだった。
何故だ? 何故、奴を殺すほどの事も無いと感じてしまった?
何時からだ? あれ程に沸き立っていた怨讐が冷めて行ったのは。
解らない。何故なんだ?
己の気持ちが解らずに、糞神やカオルの事すら忘れて、ひたすら己に問い掛ける。
そんな時だった。馬車から一人の幼女が歩いてきた。
いや、随分と歩くのが上手になったとはいえ、まだまだヨチヨチ歩きだといえるだろう。
そう、そんな人物は一人しか居ない。
「ママ~。お風呂~~」
「キララ、にゃ~と入るニャ~よ」
どうやら、ニアも一緒に居るようだ。
それを見た時に、理解してしまった。
俺は幸せになっていたんだと、自分でも気付かない内に、幸せを手に入れていたんだと。
それはキララの存在だけでは無い。
ニアもそうだし、ミイやエル、マルカ、サクラ、そんな面子が近くに集まった事で、想像以上に幸せな毎日を送っていたのだ。
「どうしたの、ママ?」
俺の足にしがみ付いたキララが不思議そうな顔で尋ねてくる。
「何でもないんだ。直ぐに行くからニアと部屋で大人しく待っててくれ。ニア、頼む」
「了解ニャ~よ。キララ、行くニャ~の」
俺の言葉を聞いたニアが、キララを抱き上げて返事をしてくる。
「ママ、直ぐにきてね~」
「ああ、直ぐに行く」
ニアに抱かれたキララが念を押すように声を掛けてくる。
それに答えると、キララは嬉しそうに手を振っていた。
『それで、如何するんだい?』
キララとニアを見送っていると、傍に座っているカオルからの念話が届く。
そう、どうするかだ。
ここで奴の願いを聞く必要はない。
だが、奴の願いが罠でないのなら、無辜の民が酷い目に遭うのだが、それは俺に関係ない事だと言い切る事もできる。
何故なら、世の中の弱者を全て助ける事なんて出来ないのだから。
『悩んでるみたいだね。だったら僕が助言しようか?』
押し黙ったままの俺に、カオルが続けて話し掛けてくる。
『どんな助言だ?』
答えを出せない俺は、思わず聞き返してしまう。
彼女は、そんな俺に呆れる事無く己の考えを伝えてくる。
『悩むくらいなら、聞いてやればいい。そして、奴にこちらのいう事を聞いて貰う。もし逆らったら、助けた村の女子供を始末すると脅せばいい』
その助言は恐ろしく悪辣なものだった。
糞神が改心したかと思ったら、死神が本領を発揮し始めた。
何といっても、死神だからな。
最終的に、己の考えが定まらないことから、カオルの助言を受け入れてしまったのだが、本当にこれで良かったのかと悩むことになるのだった。
その街は王都リロに近い街だったが、恐ろしく荒んだ街だという話だった。
実は、その辺りの事情もアルファルドという糞神から聞いている。
奴の話では、ここの領主は最悪らしい。いや、この国が最悪だという事だった。
ひたすら、民から税を毟り取り、夜逃げでもしようとすれば、即座に全てを剥ぎ取るような恐怖政治を敷いているらしい。
という訳で、今回の作戦はこの国をぶっ潰せというスローガンが立ってしまった。
というのも、俺の第二夫人様はこの国が大っ嫌いらしく、何かあれば潰して遣りたいと考えていたらしい。
う~む、何とも恐ろしい嫁だ。俺も夜中にちょん切られないように警戒すべきかもしれない。
そんなエルの言動に身震いしながら街へと入る処で、行き成りの揉め事が起こった。
「通行料は一人金貨二枚だ。もしくは女を置いて行くんだな」
街に入るための手続きをしようとした処で、下種な笑みを浮かべた兵士が告げてきた。
だから、金貨二枚分の治療費が掛かるくらいには痛めつけて遣ったのだ。
すると、勿論、仲間の兵士がゾロゾロと集まって来る。
しかし、そんな事は承知の上なのだ。
というか、この街の兵士と領主を残さず痛めつけて追い出すのが、今回の作戦なのだ。
「ぞろぞろ出て来たぞ~っと。飛んでけ~!」
金属バットを振り回しながら仲間に告げると、何故か喜々として兵士を倒している。
エルなんて愛剣デストロイを振り回しているのだ。恐らく、兵士達は酷い怪我で済めば儲けものだろう。
「ふむ。門を守る兵士だし、あっという間に終わったな。じゃ~景気良く暴れますか!」
「おお~~~。ワクワクするぞ!」
俺が景気付けをすると、エルが嬉しそうに燥いでいる。
その横では、ミイが呆れた顔で眺めているが、エルは全く気にしていない様子だった。
「お兄ぃ、いっそ、ダルガンのお爺ちゃんが竜の姿で暴れた方が早くない?」
マルカが助言してくるが、その言葉をダルガン爺さんが拒否してくる。
「このゴミ共にわたくしめの力を使うなど、以ての外ですな」
そんな返事をしながらも、若い娘にちょっかいを掛けていたムサイ筋肉男を殴り飛ばしていた。
そう、この街は話に聞いた通り荒んでいるのだ。
見るからに人相の悪いゴロツキが、其処彼処で屯っているのだ。
そんな不快な奴等の面前を若い女が歩くなど、狼の前のウサギに等しい。
しかし、そんな狼たちの脳は、恐らく蟻ほども無いのだろう。
愚かな事に、ムサイ男がニアに近寄ってきた。
「お~可愛いねえグボッ!」
「臭いニャ~よ。飛んでいくニャ~ね」
その男は最後まで喋らせて貰う事すら出来ずに殴り飛ばされた。
こうなったら、ゴロツキ達も大人しくしていない。
まあ、奴等が暴れても、たかが知れている。どれだけ頑張っても呻き声を上げる程度の事しか出来ないのだから。
あっという間に、ゴロツキをぶっ飛ばして先に進む。
すると、今度は騒ぎに気付いた兵士が現れ、俺達に向けて誰何の声を上げてきた。
「お前達は何者だ」
「面倒だな。お前は戻って仲間を掻き集めて待ってろ。今から領主を討伐するからな」
正体を告げないのは当然だが、チマチマと片付けるのも面倒なので、領主強襲の宣言を行って前に進む。
無論、邪魔する者は殴り飛ばす。
更に、脅しておくのを忘れたりしない。
「弱者を甚振るような事を続けるなら、次は無いぞ?今回は大サービスで命までは奪わないでおいてやる」
「ソウタ、多分、誰も聞いてないと思うよ?」
ミイの言葉で、周囲に視線を巡らせるのだが......
折角、カッコ良く告げてみたものの、兵士達は既に殴り飛ばされた後で、殆ど残っておらず、周辺に少しばかり残っている兵士は、既に意識を手離しているようだった。
そのことに少しガックリしながらも、脚を止める事無く領主の屋敷へと向かう。
因みに、ナナミは戦闘に不向きだと言うので、ミイの隣を歩いているだけで、戦闘には全く加わっていない。
「ダンニャ様~、あれが屋敷じゃニャ~の?」
ニアの視線を追って、その対象に目を向けると、確かにそこらの民家とはケタ違いの建物が在った。
それは、ハッキリ言ってこの街の景観に全くマッチしておらず、その城の様な屋敷だけが異様に豪華な装いに彩られていた。
それを見た俺は、思わずカチンとくる。
それも当然の事だろう。だって、あの屋敷と比べると、周囲の家々がまるでバラック小屋かと感じる程に貧しそうだったからだ。
「許せん。ここは
「駄目だ!」
即座に火炎石をぶち込もうとした俺の腕をエルが膨よかな胸で抱き止める。
その感触がちょっとだけ気持ち良くて、思わず魔法の発動を止めてしまう。
「なんで止めるんだ?」
エルの制止を疑問に思い、気持ち良いと感じる心を抑えつつ質問を投げかけた。
すると、エルが慌てた様子で理由を告げてくる。
「だって、ソータが魔法を撃つと、妾の楽しみが無くなるではないか」
「ちょっ、違うでしょ!」
エルの理由を聞いたミイが慌てて否定する。
「そんな大魔法を使ったら、救助の対象まで死んでしまうわ」
そう言えば確かにそうだった。
いつの間にか、目的を違えていたようだ。
この街を襲った目的は、領主や兵士を潰すことでは無く、村人を助けることだった。
どうも、最近は暴れ癖がついて、何でも力で解決しようとしてしまう。
悪い癖だな。そろそろ、俺達の行動パターンに付いて見直しが必要かもしれない。
そんな風に己を戒めながら足を進めていると、気が付くとその豪華な屋敷の前へと辿り着いていた。
「じゃ~、雷撃なら大丈夫だだろ?」
「駄目だ!」
大魔法のランクを下げてみたのだが、エルに即答でダメ出しされる。
「てか、お兄ぃ、少し行動パターンを見直した方がいいよ?」
更には、マルカから先程考えたばかりの事を指摘されてしまう。
ぐはっ、もしかして、俺が元凶なのか?
「というか、ソウタって破壊者のイメージしかないんだけど......」
落ち込む俺に、剣を片手にしたサクラまで追撃して来やがった。
なんて失礼な奴だ。料理も作ってるだろうが!
というか、サクラ、お前こそ食っちゃ寝の姿しか思い浮かばないぞ。
『颯太、なんかヤバそうなのが出て来たよ。あれがキョウキなじゃいかな?』
心中で悪態を吐いていると、カオルからの念話が届く。
そう、キョウキの事はアルファルドから聞いている。
俺を始末する為に、態々犯罪者を召喚したらしい。
「何でもいいさ。ぶっ飛ばすだけだ。みんなも気を付けろよ」
視線の先で怪しい笑みを浮かべている男を確認して、警戒の声を上げたのだが、次の瞬間、俺達は吹き飛ばされる事になった。
そう、これがキョウキとの邂逅であり、これから続く苛烈な戦いの幕開けとなるのだった。
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