第64話 下界は最高か?

 今回は糞神のお話です。

 主人公が全く登場しませんが、ストーリー的にどうしても書く必要があると考えました。

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 この世界は素晴らしいと思った。

 この世界こそが生あるものだと感じた。

 白い空間なんて糞ゴミだと言い切る事が出来た。


「素晴らしい」


 そう、僕は今、生有る世界へと舞い降りている。

 いつも巨大なスクリーンで眺めていただけだった世界だ。

 緑は活き活きとし、木々は青々と葉を付けている。

 沢山の鳥が飛び交い、愛を奏でるように囀り合っている。


「これこそが生だ。あの白い世界なんて不要だ。この世界こそが生ある者が営む場所だ」


 僕は今、白い世界を飛び立ち、下界へと降りてきている。

 ことの発端は色々とあるけど、僕が白い世界に飽き飽きしていたというのが一番の原因だろう。

 兼ねてから開発に取り組んでいた降臨システムが完成したとティモレスから聞かされたときは、飛び上がらんばかりに喜んだものさ。

 故に、試験を行うというティモレスを抑え、僕が率先して降臨したという訳さ。


「確かに、ティモレスが話してくれた通り、力は殆ど使えないようだね」


 自分の憑依した人物の身体を確認しながら、思わず声にしてしまう。


 この身体は、普通の人間のものであり、決して運動能力が長けていたり、戦闘能力が高かったりするものでは無かったが、下界の新鮮さに心躍らせる僕にとっては十分だと言えた。


 そういえば、ティモレスが言っていたな。


「アルファルド、飽く迄も試験だからね。直ぐに戻ってくるんだよ。その降臨する者は唯の村人だからね。確か、爺さんと母親の三人暮らしの真面目な少年の筈だから、暴れちゃダメだよ」


 ティモレスは焦った表情で説明してくれていたが、彼のことだ。特に心配している訳では無いだろう。


 さて、ここは街から離れた森の中だ。さっさと村に戻る事にしよう。

 キノコや山菜の入った籠を左手に持ち、山を下りる事にする。

 様々な知識や記憶に関しては、憑依対象の者から引き出すことが出来るので、山道とはいえ迷うことなく村に戻ることが出来る。


 暫く山道を歩くと、鬱蒼とした草やひしめき合う木々を抜け、小高い丘へと辿り着く。

 そこからは長閑な風景が見渡すことができた。それは映像では知っていた筈の景色ではあるが、直に目の当たりにすると、今更ながらに心が洗われるような気分になってくる。


「何度も思うけど、本当に素晴らしい世界だ。本当に最高だ」


 胸いっぱいに空気を吸い込み、その美しき景色と共に自然の香りを楽しむ。

 そして、思わず愚痴を溢してしまう。


「やはり、あんな世界に居るのが間違いなんだ。あそこは存在する者の精神を狂わす。僕達も大地に降りるべきなんだ」


 丘の上から小さな村を眺めつつ、白い世界の異常性を真剣に考え直す。

 しかし、何時までもここに立ち止まっている訳にもいかない。

 そう感じた僕は、心做しか暗くなった気持ちを払拭しつつ、地面を踏みしめる事を楽しく感じながら丘を下っていくのだった。







 見るからにひ弱そうな垣根が村の周りを囲っている。

 これが何かの役に立つとは思えないが、この村ではこれ以上の障壁を作る事が叶わないのだろう。

 そんな村の様子を眺めながら、門すらない集落へと入っていく。

 村に入ると木や木皮、枯れ草を使った家々が立ち並び、様々な知識を有する僕にとっては、ここがとても貧しい村だと言い切る事ができる。

 しかし、そこで働く者、行き交う者の表情は幸せそうであり、活き活きとした様子を僕の瞳に映し出す。

 そんな光景を見て感じた事は、貧しく寂れた村という印象では無く、決して豊かではないが、幸せに暮らせる環境なのだという印象だ。


 そんな村の中を自分の家に向かって闊歩する。

 すると、後ろから声を掛けられる。

 しかし、振り向いてみれど誰もいない。

 そこで、己が下半身に何かの感触が伝わってくる。


「クストお兄ちゃ~ん、マユラとあそんで~」


 その感触に驚きながらも声の発生源に視線を向けると、そこには四、五歳の少女が縋り付いていた。

 クストというのは、僕が憑依している少年の名前であり、正しくはクストルという名だ。齢は確か十五歳だと言っていたと思う。

 そう考えながら、ティモレスの言葉と憑依対象の記憶を照らし合わせてみる。


 それはそうと、初めて人間と直接的に接触した事で少し驚きいたのだが、その少女の笑顔を見ていると心が温かくなるのが解った。

 身形も粗末で、碌に風呂すら入って無いと思える程に汚れているが、不思議な事に、不潔だといって跳ね除けてしまう気すら起こらず、気が付くといつの間にか抱き上げていた。


「そうか。じゃ、一緒に遊ぶか。マユラは何がしたいんだい?」


 別にクストルに成り切ってる訳では無いのだが、思わずマユラの笑顔の釣られて優しい気分になってしまった。

 これに関しては、自分でも驚いている。演技ならまだしも、自分からそんな事を口にするとは思ってもみなかったのだ。


「ん~、マユラね~、おままごとがした~い」


 僕が了解すると、マユラは更に幸せそうな笑顔で答えてくる。

 その表情が堪らなく心に突き刺さり、僕を幸せな気分にさせてくれた。

 故に、彼女の言うがままに足を進めるのだが、そこで新たな人物から声が掛かる。


「マユラ、ダメでしょ。邪魔をしちゃ。クストは忙しいんだから」


「え~~~、だって、レーヤお姉ちゃん、ちっともあそんでくれないし......」


 背後から聞こえてきたその声の持ち主は、飛び切りとはいえないけれど、間違いなく可愛いらしい少女であり、好ましい女性だと表現することができる。


 マユラからレーヤと呼ばれた少女は、つかつかと歩み寄って来ると、マユラの頭を撫でながら彼女に言い聞かすが、彼女の方は誰も遊んでくれないとご立腹だ。

 しかし、そんなマユラを尻目に、レーヤは僕に視線を向けてくる。

 彼女について記憶を探ってみると、この憑依者の恋人という訳では無いが、幼い時から一緒に育ったこともあり、お互い憎からず思っている仲のようだ。


「ごめんね。クスト。忙しい所に妹が我儘いっちゃって。村長が探してたわよ?」


「爺ちゃんが?」


 彼女はマユラの件を謝りつつも、村長である爺さんが僕を探していた事を伝えてくれた。

 正直言って、爺さんの話は、僕に取って興味が無い事なのだけど、知らん振りも出来ないので急いで戻る事にする。


 マユラが悲しそうな視線を向けてくるのが心に突き刺さったが、無情にもレーヤが抱き上げて連れて行ってしまった。

 それを眺めた後に、時間のある時に遊んでやろうと心に決め、急ぎ足で己の家へと向かう。

 まあ、家と言ってもバラック小屋のようなものだけど、それでもあの白い世界よりは遙にマシだと思える。

 そんなバラック小屋とも表現できる家の戸を開くと、母親の姿があった。


「お帰り、山菜はどうだった?」


「まあ、普通かな」


 僕の歳の子供が居るとは思えない程に、とても若く見える母親から声を掛けられ、別段慌てる事も無く、キノコや山菜の入った籠を差し出しながら適当に答える。

 それを見た母親は、籠の中を確認して頷いている。


「結構いい収穫じゃない」


 思わず嬉しそうに表情を綻ばす母親だが、それを遮るように爺さんの声が聞こえてくる。


「クストは帰ったのか?なら少し話がある。こっちに来い」


 奥の部屋から声だけが僕を促すのだけど、その雰囲気から普通の事ではなさそうだと感じ取る。

 故に、呼ばれる声にいざなわれて奥の部屋へと入ると、普段は見せない険しい表情を作った爺さんが座っていた。

 声でも感じたが、その雰囲気からして余程の事があったのだろう。

 とは言っても、僕にはあまり関係がないけどね


「おお、来たか。少し長くなるかも知れん、そこに座れ」


 僕の姿を見て、多少は和やかになったが、やはり深刻な問題でも抱えているか、直ぐに優れない表情に戻ってしまう。

 そんな爺さんが溜息を吐きつつ話し始めた。


「実はのう。先程、役人がきてのう。今年の年貢を告げて帰ったのじゃ」


 爺さんとは言っても、まだまだ働き盛りの男に見えるのだが、そんな爺さんが一気に老け込んだような様子でそう口にすると、再び大きな溜息を吐いて肩を落とす。


「爺ちゃん、そんなに多かったの?」


 ガックリと肩を落としている爺さんに、恐らく桁違いの徴収が来たのだろうと考えつつ尋ねてみる。


「多いどころの話ではないのじゃ、全ての収穫を差し出しても足るまい」


 いや、それは流石におかしいだろ。それは死ねと同義だぞ。

 いやいや、それは僕達が作り上げてしまった環境なのだな。

 その事がチクリ胸を突き刺すが、今更以て如何にもならない話だ。

 それでも...... 白い世界に戻って、この王国を潰すか。でも、それがなんの効果も発揮しない事は、この世界を長年眺めてきた僕達が一番良く知っている。


 結局は、爺さんの話を聞くだけで、何も出来ない自分に多少の腹立たしさを感じつつも、仕方ないのだと己に言い聞かす事で、この話を終わりとするのだった。







 あれから一カ月の時が経ち、何事も無く普通の生活を送った。

 降臨当時は新鮮に思えた風景も、今やただ当り前の事として受け入れている。


 昼間は農作業の手伝いを行ったり、山へ山菜を取りに行ったりと、あの世界では体験できない様々なことを興味津々で熟した。

 それは、慣れれば慣れる程に退屈な作業だったが、それでもあの世界でゴロゴロしているよりは、何百倍も面白いと思えた。

 更に、空いた時間にはレーヤが遣って来て、手作りのお菓子を振る舞ってくれることもあった。


 本来、食べ物を摂取する必要ない僕達だが、食べる事は可能だし、その味を知る事も出来る。

 過去には、退屈な時に色んな所で奉納させて、色んな食べ物の味比べをした事もある。

 だから、食べ物に対する味覚や嗅覚を持ってないなんて事は無いし、食べる事を苦痛だと感じたりもしない。


 そんな僕が口にした彼女の手作りお菓子は、質素ではあれ、とても美味しいものだと思えた。

 いや、彼女の手作りだから余計にそう思えたのかも知れない。

 そう、この頃には、僕は彼女に特別な感情を抱いていた。

 それが愛や恋などと呼ばれるものだとは知らずに、ただただ彼女の事が気になって堪らなかった。

 そんな彼女は、時折、膝枕をしてくれた。

 正直いって、これが幸せという気分なのかと、しみじみと感じ入ったりもしていた。


 そんなある日の事だ。

 農作業を手伝っていると、数十人の兵士が村へと押し寄せてきた。

 更には、偉そうな男が前に立ち、好き放題な言葉を並べる。


「この村は年貢をきちんと収める事が出来なかった。故に不足分を徴収しにきた」


 いやいや、抑々が無理難題なんだろ。

 そんな事を思うが、当然ながら口にすることが出来ない。


 そうやって兵士達が何を始めるのかと訝しんでいると、彼等は勝手に村人の家の中へと入り込み、女子供を連れ出し始めた。

 当然、そこにはレーヤやマユラの姿もあり、ハラハラしながらその状況を見遣っていると、兵士達は引いてきた馬車に連れ出した者達を乗せようとする。


「お、お待ちくだされ」


 そんな処に登場したのはうちの爺さんだ。

 偉そうな隊長風の兵士に縋りつき、必死になって、女子供を返してくれと懇願している。


「うるせ~!年貢を納めきれないお前達が悪いんだろうが」


 その兵士は決まりだというように告げると、縋りつく爺さんを蹴飛ばすが、爺さんも必死になって抵抗している。

 正直、倒れながらも何度も縋りつく爺さんの姿に、僕の心中が熱くなってくる。

 それ以上に、レーヤを連れて行くなんて、絶対に許せないと思ってしまう。

 彼女も涙ぐんでこちらを見ているし、マユラに至っては嫌だ嫌だと泣き声を上げている。

 流石に、この行為を看過する気にはなれず、自分達が遣って来たツケだとは知りつつも、爺さんを何度も蹴り付ける兵士に向かって走り出す。


「何だお前は!グボッ!」


 隊長風の兵士が近付く僕に誰何の声を上げるが、それを無視して殴り飛ばす。

 すると、兵士達の視線の全てが、僕へと向く。

 しかし、それに構う事無く、兵士達を次々と殴り飛ばしていく。


 すると、そんな僕の突拍子もない行動に驚いたレーヤが叫び声を上げるのが聞こえてくるが、今はそれを気にしている場合では無いので、視線をチラリと向けるだけで、彼女に返事をしたりはしない。


 ティモレスの言う通り、確かにあまり神力を込める事は出来ないが、このくらいの兵士のレベルなら問題なく倒すことが出来る。

 それを実感しながら兵士を殴り飛ばしていくのだが、そこで殴り飛ばした兵士から声が上がった。


「くそっ、調子に乗りおって、キョウキ、出番だぞ」


 偉そうな兵士が口から零れ出る血を腕で拭いながら、誰かを呼ぶ叫び声を上げた。

 すると、そこに登場したのは、対ソウタ用にこの世界へと連れてきたキョウキだった。


 くそっ。何でこんな所に居るんだ? いや、なんでこの国の兵士とつるんでいるのだ?


 怪訝に思いつつも、心中で罵声を吐き捨てながら向かい合う。


 てか、この状態では絶対に勝てないだろう。さて、如何したものだろうか。


 奴との戦いをどう凌ぐかを考えていたのだけど、そんな事を考える暇さえ与えてくれるつもりは無いようだ。その証拠に、奴は有無も言わさず襲い掛かってくる。

 憑依状態の僕ではその攻撃を躱すのが精一杯だ。とてもでは無いけど、攻撃する余裕なんて全く無い。

 だけど、奴は容赦なく襲ってくる。それでも何とか躱していたのだけど、最終的には無様に地面へと転がる事となる。

 そうなると、最早、手も足も出ない。

 集まってきた兵士達の手で袋叩きにされ、挙句の果ては止めだとばかりに、隊長風の兵士が剣で切りつけてきた。

 しかし、そこで現れたのが爺さんだ。

 爺さんは迷うことなく、僕を庇うように上に覆い被さってくる。


「ぐおっ」


 次の瞬間には、爺さんが呻き声を上げ、僕の顔に吐血する。

 だけど、不思議な事に、それが汚いなんて感じることすら無かった。

 ただただ、爺さんの事が心配になり、胸の鼓動が早くなる。

 そんな僕を余所に隊長風の兵士が捨て台詞を吐いている。


「ちっ、今度逆らったらそのジジイみたいに殺してやるからな」


 冷静さを欠いた現在の僕でも、奴が爺さんの血を見た事で動揺しているのが解った。それを見て、所詮は小心者の下っ端なのだと理解する。


 いや、そんな事よりも、爺さんの容態の方が心配だ。

 

 しかし、僕が爺さんに視線を戻した時、既に何も動く処の無い息絶えた屍となっていた。

 それを見た時、僕は絶叫した。更には絶対に許さないと心に誓った。

 こんな世界を作り上げた己を棚上げして、絶対に仕返しをしてやると誓った。

 結局、僕は下界で得たものを何もかも失って、白い世界へと戻る。

 そう、何とかしてレーヤ達を救い出すのだ。


 さあ、如何すればいい。向こうにはあのキョウキが居る。

 こんな事になるなんて全く思いもしなかったから、様々なチートを授けてしまった。

 恐らく、奴を倒さねば、レーヤ達を救う事は出来ないだろう。

 しかし、その力が今の僕には無い。

 仮に新しい人間を召喚しようにも時間がない。

 さあ、如何する。


 僕は白い世界へと戻ると、レーヤの状況をモニターしながら、彼女を助ける方法を必死で考えるのだった。


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