第63話 ニューパワー
何処からか賑やかな声が聞こえてくる。いや、それは誤りだな。
言い換えよう。何処からか騒がしい声が俺を覚醒させる。
ああ、覚醒させると言っても、暴走する訳でも、時が見えるようになる訳でもない。
一般的な表現で言うのなら、目が覚めただけだ。
「ちょっと、エル、そろそろ交代だからね」
それは透き通るように美しい声色だったが、その美声が綴ったのは、世間一般で催促と呼ばれる忌み嫌われた言葉だと言えるだろう。
そんな美声で苦言を述べた神秘的なエルフのミイに、猛々しい声が異議ありと告げる。
「な、何を言う。まだ代わったばかりではないか」
そう、俺の瞳にたわわな実を映している豊乳のエルことエルローシャ姫だ。
一見、何が目に映ったのかと戸惑ったが、その膨よかなブツを思い出し、安堵する事になる。
その状況から、豊かな胸で顔を拝むことは出来ないが、恐らくはエルに膝枕をして貰っているのだろう。
後頭部の感触も合わせてそこに思い至った矢先に、舌足らずな少女の声が己の要求を述べてくる。
「今度はにゃ~の番ニャ~よ」
少し視線を動かすと、見上げる視界となっている現状では可愛い猫耳を眺める事は出来ないが、尻尾をクネクネと動かし、お昼寝しているキララを抱っこしたニアの姿が目に映る。
それを見た俺がそろそろ起きようとした処で、今度はとても控えめな声が聞こえてくる。
「あの~、私もそのローテーションに入れて欲しいんだけど」
声のする方に視線を動かすと、少しモジモジとしたサクラが恥ずかしそうに訴えかけているのが見える。
本来であれば、お色気タップリな大人の女性である筈なのだが、その様はまるで女子高生を思わせるような雰囲気を醸し出している。
その場の雰囲気から、恐らくは誰が膝枕をするかで揉めているのだろう。いや、彼女達の会話を聞く限りでは順番は決めてあるようだ。
俺の意識が無い状態なら、どれだけ揉めて貰っても構わないのだが、目が覚めたからには見過ごすことは出来ない。
「もう起きたぞ。それよりも俺は如何したんだ?」
寝起きの台詞としては最悪の内容だろう。
清く正しい寝起きであれば、良く寝たという台詞が良く似合うだろう。しかし、全く以て残念ながら、のんびりと安眠を貪っていた訳では無い実感がある。
俺の記憶からすると、誰かは知らぬが、後ろから頭をガツンと遣られたとう印象が残っているのだ。
勿論、仲間を疑ったりはしない。
何故ならば、頭を殴られた時には、全員が俺の視界の中に居たからだ。
「あっ!目覚めたのね」
「ちっ」
目を覚ました事をミイが嬉しそうな表情で喜んでいるのだが、途中で膝枕タイムの終了となったエルが舌打ちをしていた。
「大丈夫ニャ~の?突然倒れたニャ~よ」
「そうなのよ。お兄ぃ、大丈夫?」
ミイとは反対側に立っていたニアとマルカが、跪いて俺の質問に答えてくる。
その表情はとても心配していた事を物語っており、彼女達からの信頼を感じることになる。
「そうですな。あのまま逝ってしまっては、美味しい料理が食べられなくなりますからな」
「わたしもごハンがタべられなくなるとコマるです~」
ニアとマルカの態度で、少し胸を熱くしていたのだが、空気を読まないダルガンとナナミがオチを付けやがった。
「そんなことないわよ。ご飯よりもソウタ自身が心配だもの」
如何いう訳か、デレ期が遣って来たかのようなサクラが、身体をクネクネさせながらフォローしてくるのだが、その動きは些か気持ちが悪いかもしれない......
『それよりも、何があったんだい?』
少しフラワーロックを思い起こさせるようなサクラの隣に座っているカオルが、クネクネと踊るサクラを冷たい眼差しでねめつけながら問い掛けてくる。
どうやら、彼女達から見ても何が何やら解らない状態だったようだ。
「俺は後ろから殴り付けられたような記憶があるんだが、怪しい奴は居なかったんだな?」
怪訝に思いつつも、彼女達に問い掛けると、全員が頷きで返してきた。
となると、見えない存在に遣られたことになるのだが、不思議な事に後ろ頭が痛む様子も無い。
それらの事から在り得る原因を思い浮かべようとしたのだが、未だに膝枕状態で居る俺の頭をエルが優しく撫でてくる。
その様は、普段の男勝りなものと違い、とても優雅で奥床しい聖母のような印象を受けてしまう。
しかし、そんな事を感じている途中で、エルが訝し気な表情となり、不思議そうな声を発した。
「ソータ、この額の宝石はなんだ?」
その言葉に反応して、即座に己の額を手で確かめると、そこにはぼっこりと何かが付着している感触がある。
そう、額には、大きさがビー玉サイズで、厚みが五ミリ程度の何かが付着しているのだ。
俺の額に付着物なんて、今更ながらの話なのだが、仲間の娘達がその事に気付かなかったのは、伸び放題となっている髪の所為だろう。
そんな額の宝石をエルが怪訝な表情で触っていたのだが、次の瞬間、俺の後頭部の下にあった柔らかな感触が無くなり、堅い床に打ち付けられた。
戸惑ったのは俺だけでは無いようで、こちらに視線を向けていた全ての者が、その光景に唖然としているようだった。
「あっ、エル?あれ?」
それを証明するかのようにミイが驚きの顔で周囲を見回している。
俺は身体を起し、エルの様子を伺ってみたのだが、何処にもその美しい女性の姿は見当たらなかった。
「エルは何処に行ったんだ?」
首を傾げ、疑問を口にしてみたのだが、他の者達も首を傾げるか、横に振るばかりで答えは無い。
すると、突然、念話が届いてきた。
『こ、ここは、何処なのだ?あ、あれ、なにゆえ妾は裸なのだ?』
慌てふためく念話が届いたのだが、それは間違いなくエルの声だった。
『エル、何処にいるんだ?』
彼女の発言を聞いて、生存と話せる状況に安堵しつつ、念話を彼女に送ってみる。
だが、それとは別に、俺は自分自身に起こっている異変に首を傾げる。
そう、理由は解らないが力が漲って来るのだ。
それも、恐ろしく強烈な力が身体の中を駆け巡っている。
その事を不思議に感じていると、再びエルからの念話が届く。
『そ、それが解らないのだ。そちらの状況は見えるのだが、どうもこれはソータの視界のようにも思えるぞ』
彼女の言葉を聞き、その後も色々と確認する事になるが、それにより驚きの事実が発覚する事になるだった。
改めて神殿を眺めると、ここに居たであろう者の崇高な精神を感じる事が出来る。
その作りは美麗にして簡素であり、美しさと謙虚さを兼ね備えた建造物だと言えるだろう。
ただ、現在の俺としては、その美しさよりも糞神の目が届かない場所だということの方が有り難いと思える。
一時はこの場を騒然とさせたエルだが、今は俺の前に立っている。
だが、現在は俺の視界からニアの姿が消えている。
『凄いニャ~よ。でも、なんか水に浸かっているようで気持ち悪いニャ~ね』
そんな彼女が念話を発してくるのだが、凄いのはこちらの方だ。
「凄すぎるぞ。今なら誰と戦っても勝てるような気がする」
全身に漲る力を感じて、ついつい驚きの声を漏らしてしまう。
「要は、仲間をその額の宝石に取り込む事が出来るということ?」
そう、サクラが尋ねてきた通りなのだ。
幾度かの試験を行い、額に付着した宝石の機能を確認すしたところ、宝石の中に誰かを吸収する事で、俺に大きな力が付与される仕組みのようだ。
そのトリガは、この額の宝石を触る事のようで、触った者が中に取り込まれるようだ。
実際に、中に入ったエル、ミイ、ニアの話では、中に入ると水溶液に付けられているような感覚らしい。
勿論、呼吸が出来なくなるなんてことは起こらないようだ。
また、中に居る時は衣服を全く身に着けていないらしく、外に出たエルが慌てて自分の姿を確認していたのは、その所為だろう。
ただ、俺の感覚からすると、中に納まる者により漲る力の度合いが変わる。
ミイとエルは同じくらいだが、ニアが入っている現在では、尋常では無い程の力を得たように感じている。
『それよりも、何故急にそんな物が颯太の額に出来たかだよね』
力が漲る事で興奮気味となっている俺に、カオルが冷静な声色で疑問を投掛けてくる。
そうだ。力が向上した事で少し舞い上がっていたが、カオルの言う通りなんだ。
一体、誰がこんな力を俺に授けてくれたのだろうか。
確か、意識が飛ぶ前に、誰かが美しい声色で話し掛けてきたように思う。
しかし、その言葉がどんなものだったのかを思い起こすことが出来ないのが悔やまれる。
「神殿なんだから、神様じゃないの?」
カオルの念話を聞いて頭を悩まし始めた俺に、ミイが話し掛けてくる。
ミイの意見は、ごく当たり前のものなのだが、この世界が糞ゲーワールドである事を思うと、なかなかそうは思えないのだ。
しかし、この場合は、女神像の前だし、内容は思い出せずとも、美しき女性の声が聞こえてきた事から考えると、それしか答えが無いように思う。
「まあ、誰の贈り物かは解らないが、それほど害のありそうな物ではないし、必要があれば遣わせれ貰うさ」
『そうだね。ただ、十分に気を付けてくれよ。間違って変な者を入れたりしないように』
それはこちらが願い下げだ。それこそ、臭い男とかを額に入れる事を考えただけで身震いが起きてしまう。
両腕で身体を抱いて寒気を抑えていると、ニアからの念話が聞えてくる。
『ダンニャ様~、にゃ~やトイレに行きたいニャ~よ』
おいおい、俺の額の中で用を足すのは止めてくれよ!
ニアを声を聞き、即座に吸収合体の解除を行う。
すると、眼前にはニアが元の姿で現れる。
そう、エルの時には色々と悩んだが、今では解除方法も確立した。
とは言っても、俺が『目の前に現れろ』と念ずるだけだが。
実はエルが居なくなった時に、元に戻れなくなることを心配し始めた俺が、エルの復帰を望んだ事でそれが発現したのだ。
だが、ちょっと恥ずかしいので、その事はみんなに隠してある。
そんな俺が静かに眠るキララを抱っこしながら、こっそりとエルの様子を伺っていると、トイレを使うためにテントを出し終わったサクラがこちらに遣ってきた。
「それはそうと、いつまでここに居るの?」
「あたし的には、ここをあたし達の拠点にしたいよね。糞神の目が届かないし」
サクラの問い掛けに便乗して、マルカが己の意見を申し立ててくる。
確かに、マルカの意見は尤もだが、この海底神殿は東の果てだからな。
何かを隠したり保管するのには良いかもしれないが、拠点にするには遠すぎる。それに、抑々が俺達に拠点が必要だと思えない。
「まあ、そのうち拠点が必要になったら考えるさ。てか、今日はもう遅いから、今夜はここに泊まって、明日の朝出発する事にしよう」
この中で時間を正確に把握できるのは俺とサクラだけだ。何せ空間ディスプレーで表示できるからな。
その言葉に全員が頷き、数人の者が早くも涎を流し始める。
何故か、キララまでもがパチリと瞼を上げて話し掛けてくる。
「ママ~ごはん?」
「こら、寝起きの挨拶は?」
「あぅ、おはよ」
「よし。ご飯はもうちょいしたら作り始めるぞ」
「やった~~!」
俺の天使がご飯と聞いて喜ぶ。
それを幸せな気分で眺めているのだが、周囲からは呆れた眼差しで溜息を吐かれる事になっている。
そんな俺的の和やかだと思える空気を壊したのは、やはりサクラだった。
「人によって吸収できる力が違うのなら、ダルガンさんを吸収したら凄く強くなれるんじゃないの?」
可愛く首を傾げたサクラが珍しく真面な事を口にしたのだが、俺的にはダルガンの爺さんが額に入るなんて、とても気持ちの悪い感じがする。
しかし、それを口にするのは失礼だと思い、敢えて何も言わずに居ると、ダルガンの爺さんが表情ひとつ変えずに告げてきた。
「お断りしますな。気持ち悪いですな」
この糞爺~~~~! 俺が遠慮してるっていうのに、ズケズケと!
カチンと来た俺は、透かさず爺さんに伝家の宝刀を抜く。
「爺さん、晩飯はサラダでいいか?」
すると、身震いした爺さんが頭を下げてきた。
「大変失礼したのですな。この通りお詫びしますな」
くそっ、結局はこいつも食いものかよ!
そんな事を心中で呟きながら、俺はみんなの晩飯の用意を始めることにする。
そして、糞神の目が届かないという恰好の機会なので、食事の後にお互いの情報交換をするべきだと考えるのだった。
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