第62話 行き着く先は
海底神殿の通路とは打って変わって、暗く歪な洞窟の道を進む。
何故か先頭には、この場に全くマッチしない人物が歩いている。
そう、執事とメイドが歩いているのだ。
その二人だけを見ると、とても洞窟の中だと思えない。
それこそ、何処かの屋敷でお茶でもしたくなるような雰囲気だ。
さて、そんな光景なのだが、この事に誰もが疑問を感じると思う。
そう、
それを話し始めると、頭が痛くなるのだが止むを得ないだろう。
では、ダルガンという水竜爺さんの話を少しだけ思い起こす事にしよう。
目を覚ましてテントから出ると、気持ちの良い朝が迎えてくれた訳では無かった。
まあ、当然と言えば当然の事だが、そこは朝であるにも関わらず、真っ暗な世界が広がっていたらだ。
というのも、サクラのバカちんがやっちまった所為で、何処かも解らぬ巨大洞窟に落とされた状態なのだから。
それでも、そこの番人とも言える水竜との戦闘を回避できたのは幸いだと言えるだろう。
結局、何だかんだとあったが、昨晩は水竜の爺さんとの話も片付けて、やっと、元の路線に戻ることが出来るのだ。
『颯太、朝ご飯はまだかな?』
真っ暗な洞窟を眺めていると、ここ最近はめっきり影の薄くなったカオルが朝食の催促をしてきた。
その事に、俺は料理人ではないと苦言を申し立てたいのだが、それを口にすることが出来ずに、粛々とキッチンへと向かう。
まあ、朝食と言っても野菜を食うのは、マルカとサクラくらいだし、残りの奴等は完全な肉食系女子なので、昨夜下味を付けておいた肉を焼くだけだ。
そんな訳で、朝から肉の美味しそうな匂いを漂わせていると、匂いに敏感なニアがキララを抱っこした状態で現れる。
「おはようニャ~よ。イイ匂いニャ~ね」
「ママ、おなか空いた~~」
鼻をクンクンとさせるニアと既に涎を垂らし始めたキララが朝の挨拶をしてくる。
いや、キララに限っては、全く挨拶になっていない。そろそろ、きちんと躾ける必要があるかも知れない。
そんな事を思い悩みながら、焼けた肉を大皿に盛って食卓へと並べる。
「ナナミ、みんなを起してくれないか?」
食事を摂る必要のないメイド姿のナナミには、朝から回復魔法をたんと食わせた。
それで気を良くしたナナミは、朝から上機嫌で働いてくれる。
このメイドについては、まだまだ不明な処も多いが、それ以前に性格や性質も理解できていないので、こっそりと観察していく必要があるだろう。
それは良いとして、ナナミに起されたミイ、エル、マルカが眠そうな目を擦りながら食卓へと遣って来た。
それをチラリと横目にしたあと、再び肉の焼けるフライパンへと視線を戻したのだが、唐突に絶叫の声が上がった。
「なんでよーーーーーー!」
「それは妾のーーーーー!」
その声に驚き、視線をフライパンから彼女達に向けると、驚きといよりも怒りの表情を作ったミイとエルが憤慨しているようだった。
「フォフォフォ、早起きは三ゴルドの得というものですな。モシャモシャ」
「ジイはうるさいの。それはウチの肉なの」
そこにはいつの間にか現れた水竜の爺さんが座っており、大皿に盛られた肉をガツガツと食っていたのだ。
そんな爺さんに向けて、キララまでもが怒りの形相を向けているが、爺さんは全く気にする事無く食事を進めている。
という訳で、朝から食卓が戦場へと変わり、仁義なき戦いが繰り広げられたのだが、俺としては予想可能な範囲だったので驚く事は無かった。
しかし、予測していなかった問題はその後に起こったのだ。
「抜け道なら知っておりますな」
その言葉を聞いた時には、タダ飯を食わした甲斐があったと思ったのだが、その後がイケて無かった。
「わたくしめがお連れしますな」
いや、爺さんは要らないから。
思わず、心中で答えてみたのだが、爺さんにギロリと睨まれた。
もしかして、この爺さんって心が読めるのだろうか......
「しかし、そこまでして貰う訳にはいかないし、場所さえ教えて貰えれば......」
「そうですかな。では、参りますかな」
その言葉を聞いた爺さんは、一つ頷くと納得した表情で付いて来いと言う。
それに反対する必要もないので、大人しく付いて行ったのだが......
「ここなの?」
天然素材が...... いや、サクラがその岩を眺めつつ、不思議そうな声を上げる。
彼女がそう言いたくなるもの解る。
そこには大きな岩...... そう、全長が二十メートルくらいの岩があるだけだった。
「左様ですな。ここですな」
全員が首を傾げる中、水竜の爺さんがまるでその岩を紹介するかのように、腕をそちらに向ける。
その優雅なポーズは、些か格好良いと言わざるを得ないが、そこに道など在りはしない。
誰もが口を噤んだ状態で呆けている処で、仕方なく俺が爺さんの言わんとする処を尋ねる事にした。
「まさか、この岩の向こう側だとか言わないよな?」
何となくそんな予感を持ちながらも、一応は尋ねてみたのだが、爺さんはゆっくりと頷いたかと思うとニヤリと笑って答えてくる。
「その向こう側ですな」
「それって、どうやって行くのよ」
爺さんの返事を聞いて憤慨し始めたのは、昨晩、この爺さんから胸が軽いと言われたミイだ。
それもあって、この爺さんに良い印象を持っていないのだろう。見るからに敵対意識がムンムンと放たれている。
しかし、爺さんはミイの態度を全く気にする事無く、穏やかな表情でその方法を伝えてくる。
「この岩を割れば良いのですな」
誰もが「はぁ?」といった感じで沈黙するのだが、そこに勇者が登場する。
そう、我等の勇者といえば、猫耳と尻尾が可愛いニアの登場だ。
「分かったニャ~よ。にゃ~がこの岩を砕くニャ~ね」
景気良く前に出たニアが、黒猫手袋と黒猫レッグウォーマーを装着して、猛然と巨大な岩に向かって行く。
だが、そこで爺さんがポツリと溢す。
「止めた方が良いのですな。あの岩にはわたくしめが超硬化の竜魔法を掛けておりますからな」
その言葉を聞いて、慌ててニアを止めようとしたのだが、その時には既に飛び蹴りを喰らわせている最中だった。
その言葉を聞いて、目を背けたくなる気持ちで見守る中、ニアは物凄い音を立てて巨大な岩を蹴り付けた。
そして、地に降り立った後、静かに足を引き摺りながら戻ってくる。
いや、どうやらシクシクと泣いているようだ。
「ぐすんっ、ダンニャ様~、足が痛いニャ~の」
ニアはポロポロと涙を溢しながら縋り付いてくる。
恐らく、足がかなり痛むのだろう。
「大丈夫だ。ニア。直ぐに治してやるから。回復!」
とても申し訳ないが、泣き付いてきたニアをとても可愛いと感じながら、回復魔法を掛けて遣る。
すると、思ったよりも怪我が酷くなかったのか、直ぐに痛みが引いたようだ。
「ダンニャ様~。ありがとうニャ~の。やっぱり、ダンニャ様は最高ニャ~よ」
彼女は礼の言葉を口にしながら、俺の胸に抱き付く。
それを見たミイとエルが
大人しく引き下がった二人から視線を外すと、抱き付くニアをゆっくりと離し、爺さんに尋ねる。
「要は、この岩を動かせるのは爺さんだけで、そうして欲しければ自分も連れて行けということか」
その言葉に爺さんはニヤリと笑う。
「なかなか、頭の回る御仁のようですな」
爺さんからすれば、してやったりという事なのであろうが、こちらからすれば、どんどん面子が増えてきて、身動きの取り辛い状況に頭を抱える。
更には、毎食時の戦争だ。それこそ、百害あって一利なしと思えるのだが、マルカに抱かれるカオルに視線を向けると、全く関心が無いかのようにしている。
それを見た俺は、溜息を吐きながら爺さんの同行を認めるのであった。
色々と爺さんの策に嵌った様な気がしたが、それでも受け入れる事を承諾すると、爺さんは自己紹介をしてくれた。
と言っても、ダルガンという名前とキララとの繋がりを教えて貰っただけだ。
まあ、繋がりといっても、キララが幼少の頃から仕えている爺さんというだけで、取り立てて真新しい事実はなかった。
「ここですな」
そんな爺さんが迷路のような洞窟を案内してくれて、何事も無く目的地へと辿り着いたのだが、またもや行き止まりというオチだった。
ただ、今度は岩がある訳でもなく、唯の行き止まりのように見える。
「ダルガン。また超硬化なんて言わないわよね」
自慢げに辿り着いたというダルガン爺さんに、ミイが半眼で問い掛ける。
その様子からして、よっぽど胸の事を根に持っているのだろう。
「勿論ですな」
ミイ対して軽く返事をすると、指を鳴らす。
その仕草が、異様にキマッていて少し嫉妬を覚えるのだが、それよりも眼前を塞いでいた壁が消失した事に驚く。
しかし、ダルガンは何事も無かったかのように出口に手を翳すと、まるで執事のように告げてくる。
「さあ、どうぞですな」
爺さんの仕草と言葉に感服しつつも、言われるがままに洞窟から抜け出ると、そこはとても綺麗な空間だった。
更に、頭上を仰ぎ見て誰もが驚くことになる。
「凄いな、これは一体どうなってるんだ?」
その美しさに感嘆する俺は、思わず声を漏らしてしまった。
というのも、そこは青い光で満たされた巨大な空間だったからだ。
そこが何処かは知らないが、天井は巨大なガラスのドームで囲ったような作りで、その外には時々蠢く様な動きを見る事ができた。
そんな天井を見詰めて、呆然としていたサクラが口を開く。
「あの向こうって、もしかしたら海かしら」
すると、意外な処からその返事が返ってくる。
「はい。あそこはウミです。ここはカイテイシンデンのサイカソウになります」
サクラの質問に答えたのは、ここを一番よく知るメイドのナナミだった。
彼女の答えからすると、どうやら俺達は二つ目の扉をしくじったお蔭で、大きくショートカットをしたようだ。
というか、カオルはこの経路を知らなかったのだろうか。
ふと、そんな疑問に駆られたのだが、視線を向けても彼女はそっぽを向いたままだ。それは何も話す気はないと宣言しているようで、とても尋ねる気にはなれなかった。
「もしかして、私のお蔭?」
いやいやいや、お前の天然は何処まで突き進むんだ。
心中で、天然力を爆発させるサクラにツッコミを入れながら、俺は脚を進める事にする。
というのも、奴に関わると必ずオチが付いて回るのだ。
「ね~、なんで、みんな何も言ってくれないのよ」
どうやら、全員が俺と同じ感想を持っているようで、誰もサクラの発言に耳を貸すことは無く、黙々と俺の後を追って来る。
「あ、ねぇ、ちょっと、置いて行かないでよ~~」
すると、取り残されたサクラが慌てて追いかけてくるのだが、慌てた所為で思いっきりコケていた。
その様を見ると、糞神どもはアレを使って如何いう風に俺を陥れるつもりだったのかと不思議に感じてしまう。
もしかして、奴等すら手に余す程の天然なのだろうか。いや、今はそんな事を考えている場合では無いな。
彼女の事を頭から追いやり、まるで古代ギリシャの神殿を思い起こすような建物の中へと入っていく。
予めナナミに聞いていたので、侵入者を排除するシステムが無いのを知って入たが、それでも用心しながら中へ進むと、その先には巨大な像が聳え立っていた。
その像は女性を模したものであり、その表情は万人に優しさを与えるかのような微笑みを湛えている。
その様子は、恰も俺達を歓迎しているかのようにも感じ、心温まるような気がしてくる。
誰もがうっとりとそれを見詰めていると、ダルガンがポツリと言葉を漏らす。
「原初の女神ですな」
その言葉で、全員の視線が一気にダルガンへと向かう。
すると、彼は咳払いと共に、前置きをしつつ説明を始めた。
「わたくしめも、それほど詳しくは知らないのですな。ただ、現在の神を造った存在だと言われているのですな」
「じゃ、今の神は何者なのですか?」
ダルガンの言葉に、珍しく真剣な表情でサクラが尋ねる。
その言葉に、ダルガンは顔を顰めると、厳しい口調で言葉を発した。
「糞ゴミですな」
どうやら、この水竜の爺さんも俺達と同様に神を快く思っていないようだ。
まあ、それは仕方のないことだろう。何といっても糞神だからな。
ダルガンの言葉に納得したかどうかは分らないが、サクラはそれ以上の事を聞く事をせず、沈黙することを選択したようだ。
その姿を見て少し不憫にも感じたが、俺はやるべき事を優先させる事にする。
『カオル。あの像の前にあるのか?』
そう、ここに来た理由は、『クエストキャンセラー』なるちょっとカッコイイ名前のアイテムを手にするためなのだ。
それを得ずして、ここに来た意味は皆無なのである。
『恐らく、そうだと思うよ。さあ、さっさとそれを得て、当初の目的に戻る事にしよう』
俺の問いにカオルは頷きながら、さっさと終わらせろと伝えてくる。
まあ、それについては同感なので、そそくさと像の前まで進み、そこに置かれた指輪を手に取る。
すぐさま鑑定に掛けてみたのだが、解析不能と表示された。
どうやら、カオルがくれた経験値倍増の指輪と同じような物らしい。
そう判断して、その指輪を一旦アイテムボックスへと仕舞う。
これで事が終わったとばかりに、戻ろうと体の向きを変えた時だった。
何処からか、厳かな声が聞えてきた。
その声は、如何聴いても女性の声であり、とても美しく心安らぐ声だった。
『罪なき者よ。哀れな者よ。巻き込まれし者よ。其方の行方に幸あらんことを』
何処からか聞こえた声に、慌てて周囲を見回すが、次の瞬間には頭をぶん殴られた様な衝撃を受ける。
その猛烈な一撃は、俺の意識をもぶっ飛ばすものであり、速やかに意識を刈り取るには十分な威力を持っていたと、己の身を以て証明する事になるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます