第60話 お願いだから喋らないで
視線の先には、綺麗に掃除された地下道が続く。
その先頭を歩いているのは、案内役のナナミと言う名のメイド嬢だ。
ひょんな事から...... というか、サクラが無暗に壁を触ったことが要因で、メイド嬢を連れて歩くことになったのだ。
随って、サクラには「何処にも触れるな」と、厳命したのだが、周りからは俺がメイドに触れたのが悪いと言われている。
故に、二度と女に触れるなと厳命されてしまった。
ああ、メイドの名前だが、抑々名前なんて無かったのだ。だから命名する事になったのだが、全く思いつかなかったことから、彼女の番号が七十三号だというので、ナナミと命名した。
それを決めたのも俺なのだが、周りからはセンスがないと散々に
「それはそうと、随分歩いてるけど、何時になったら次扉に辿り着くの?」
かなり退屈になってきたのだろう。サクラが痺れを切らせて口を開く。
この娘が何かすると、必ず何かが起きるので、出来るなら口を閉じていて欲しい。いや、拘束具で全身を固めた方が良いかもしれない。
「もうスグです~」
サクラの問いに、ナナミは気の抜けた調子で答えてくる。
その言葉と同様に、軽い足取りで前を進むナナミを眺めて、俺はある事を思い付いた。
そう、ナナミに答えを出して貰うという案だ。
というのも、彼女の存在について尋ねたところ、彼女達は生体アンドロイドだという答えが返ってきた。
更に、彼女はお掃除隊に配属になっていたが、本来は発明担当だったらしい。
故に、実は彼女が賢いのではないのかと考えたのだ。
「なあ、ナナミが問題を解くとかありなのか?」
「はいです~。問題ありませんです~~」
おお~~~、これは期待できるかもしれない。
彼女の返事で少しだけ見えてきた希望に夢を膨らませながら、俺達は第二の門へと辿り着いたのだった。
その扉は、始めの時と同様の作りだったが、真ん中に描かれている動物が違っていた。
第一の扉はライオンだったのだが、ここには猿の顔が描かれている。
「今度は猿みたいね」
「うむ。ミイによく似ているな」
黙っていればいいのに、ミイが目にしたものを口にしたばかりに、エルとの戦いが始まる。
「私のどこが猿なのよ!」
「そのキイキイ煩い所がそっくりだぞ」
「なによ!エルなんてイノシシの癖して!」
「なんだとーーーーー!」
「イノシシじゃないならゴリラよ!」
「もう許さんぞ!」
この二人は本当に如何でも良い事で口喧嘩を始めるのだ。
もしかしたら、とても相性が良いのかも知れないな。だって、これだけ喧嘩していても、戦いになると助け合うのだから、本当はお互いを嫌っている訳では無いのだろう。
彼女達の関係に付いて考えながら、このままだと先に進めなくなるので、奥義を発動させる。
「うるさいから肉抜きな」
伝家の宝刀が炸裂すると、キイキイフガフガやっていた二人が一瞬で沈黙する。
そうやって、二人に意識を向けていたのが拙かった。
『よかろう。ではお主を回答者とする』
いつの間にか話が進み、いつの間にかサクラが回答者となっていた。
「おいおいおいおい!何やってるんだ!」
慌てて俺が吠えると、ニアが困った顔で伝えてくる。
「サクラが勝手に扉に触れたニャ~よ」
「サクラーーーーーー!如何いう事だ!触るなと言ってあっただろ!」
俺の怒りが炸裂すると、サクラはテヘペロで誤魔化そうとしているが、二十四の女の遣る事ではない。
「サクラ、今晩の飯は抜きだ!」
「ダメーーーー!それだけはダメーーーーーー!」
彼女は沙汰を申し付けられると、走り寄って俺に縋り付く。
「お願いだから、それだけは勘弁してください。何でもしますから」
「いや、お前は何もするな!何処にも触れるな!」
「あぅ」
俺に縋り付くサクラを無視して、彼女を引き摺るように前へと進み、お猿さんに回答者の変更を申し入れる。
『ダメだ。回答者はその娘だ。故に、他の者が答えをその娘に口伝えする事もならん』
なんだとーーーーーーーーーーーー!
答えすら教えるなというのか!
終わった...... 全て終わった...... 灰燼に帰すとはこの事だ......
扉に描かれたお猿さんの言葉を聞いた俺が燃え尽きる。
流石に、如何してこんな事になるんだと嘆いてしまいそうだ。
てか、教えるのも無しとか在り得ないだろ。グループ参加だぞ。グループ!
『では問題を出すぞ』
「いやいや、ちょっと待てや~~~!」
まだ何の準備も済ませていないのに、行き成り問題を出すとかないだろ。
そう考えた俺がストップを掛けたのだが、お猿はとんでもない事を口にする。
『何を迷う。容易い事だぞ?生きるか死ぬだけだ』
「どこが容易いんだ!ボケ猿!毛を毟るぞ!」
あまりの傍若無人な台詞に耐え切れず、思わず暴言を吐いてしまう。
すると、壁に書かれた猿の顔がムッとする。
『では、難しい問題でいくか』
どうやら、暴言でご立腹となったお猿さんは、難問を出すつもりらしい。
それに焦っていると、周囲から白い視線が俺に集中する。
仲間達の顔を見ると、誰もが半眼で俺を見詰めている。
「あっ、ごめんなさい。お猿様、そのお顔はとてもカッコいいですね。超絶イカしてますよ」
結局、全員から白い眼を向けられながら、お猿さんに平謝りすることになった。
そんなこんなで、何とかお猿を宥めて、問題の開始を少し遅らせて貰うことに成功するのだった。
静まり返る扉の前で、サクラに耳打ちする。
ああ、当然ながら答えでは無い。まだ問題が出される前だ。だから、何を伝えようと何の問題も無い。
「サクラ、俺が念話で伝えるから、その通りに答えるんだ」
その言葉を聞いたサクラが黙って頷くが、突然、扉の猿から声を掛けられた。
『念話を使っても我には解るぞ』
がーーーーーーーん! どんだけインチキなんだよ。この糞猿が!
じゃ、次の手を伝える事にする。
「俺がお前の手に文字を書くからな。それを答えるんだ」
しかし、今度はお猿からの警告が発せられる事は無かった。
よし、これなら何とかなる。
そう確信したおれは、お猿に問題を始めて良いと伝える。
すると、お猿は厳かな声を響かせながら、出題してきた。
『では参るぞ。甘いものが嫌いな大人の男でも、とても喜ぶパイはなんだ?』
やば~~~~~い!
そう、俺に答えが解った訳では無い。ただ、サクラの思考が辿り着きそうな答えを思い付いたのだ。
そう考えた途端、サクラがキャッキャと喜び始めた。
「はい!はい!は~~い!解った!解ったわ!これは間違いないわ!」
いや、絶対に間違えている筈だ。この天然下ネタ女の思考が行き着く先は解っている。
そう思いながら、後ろの仲間を振り向くと、全員が解った様な顔をしていた。
いや、あいつ等も絶対に間違えている筈だ。
「答えていい?いいでしょ?解ったもの」
「いや、お前は絶対に間違えている。俺が千パーセント保証して遣る」
「え~~~~!」
絶対に己が正しいと思っているサクラが、反論する俺に不服そうな顔を向けてくる。
そんな顔をしてもダメだ。だって、絶対に間違えているのだ。俺には解るのだ。
「兎に角、少し待て!今答えを考えるから」
だが、奴は俺の想像を遙に超える天然だった。
そう、必死に考える俺の後ろで、サクラの声が響き渡ったのだ。
「オッパイでしょ!?」
もう勘弁してくれ。誰が勝手に答えろと言った? このバカちんがーーーーーー!
絶対にその答えを口にすると思ったんだ。だから嫌だったんだ。
『誤りだ』
ほらみろ! だから言わんこっちゃない......
てか、なんでお前は必ず下ネタなんだよ~~~。
悲痛な叫び声を心中に止め、俺達は奈落の底へと落ちて行くのだった。
真っ暗な闇を落下しながら俺は考える。
サクラを何処で捨てようかと...... どうやって捨てようかと......
もう、手に負えないのだ。いや、これが糞神の策略なのかもしれない。
そうこう考えている内に、俺は冷たい水面へと叩き付けられた。
それでも、これまで身体を鍛えた成果が表れているのか、水面にぶつかる衝撃はそれ程でもなかった。
だが、結構な高さから落ちた所為か、かなり深く沈んでしまう。
それでも、急いで泳ぐことであっという間に水面へと辿り着く。というのも、俺は問題ないのだが、背中のキララが心配なのだ。
慌てて水面まで泳ぎ着くと、キララの安否を確認する。
「キララ、大丈夫か?」
「ゴフッ!ケホッ!ケホッ!ゲフッ!うん......ハックション!さむいよ......ママ」
どうやら、怪我などは無いようだが、ビショビショになった所為で寒いらしい。
という訳で、早くこの水の中から脱出する必要がある。
それが例え、親バカだと言われようともだ。キララが風邪なんて引いたら大変だからな。
キララの無事を確認した処で、直ぐに周囲を見回して仲間の安否を確認しようとするのだが、真っ暗なので何も見えない。
ただ、ザブザブという水の音は聞こえてくる。
そこで、取り敢えず、声を掛けてみる事にした。
「お~い!みんな無事か~~!」
すると、思ったよりも近くから返事があった。
「あっぷ。あっぷ。ニャ~は泳げないニャ~よ」
その台詞から猫人族は泳ぎが苦手のようだと判断する。恐らく、近くでザブザブと音を立てていたのはニアだろう。
そんな彼女に手を差し出してやると、それを握った彼女は、バタバタと暴れるのを止めて大人しくなる。
というか、そんなニアを見てカオルの事が心配になってくる。
『カオル、大丈夫か?』
すぐさま念話を飛ばしてみると、彼女から返事があった。
『颯太、君が責任を持ってサクラを教育して欲しいな』
いや、生存の返事ではなく、それは苦言だった。
「お兄ぃ、カオル姉様はあたしが抱いているから大丈夫よ」
カオルの苦言に顔を顰めていると、少し離れた処からマルカの声が届いた。
どうやら、カオルの苦言はサクラ以外の全員に聞こえているようだ。
ああ、サクラは未だに指輪を用意していないので、念話が届かないのだ。
「あとは、ミイ、エル、サクラの三人だな」
そんな事を考えていた処にミイの声が聞こえてくる。しかし、どうやらミイは水面ではないようだ。
「私は直ぐに飛行魔法を発動させたから大丈夫よ。それにエルも抱えてるから、彼女も大丈夫だけど......重いのよね......」
「な、な、な、なにおーーーーーー!」
「こらこら、喧嘩は後にしろ」
またまた喧嘩を始めようとした二人に釘を刺し、残りのサクラを探そうと思ったのだが、もう一体の存在に気付く。
「ごシュジンサマ、サクラはワタシがオんぶしてます。どうやら、キをウシナわれているようです」
どうも、ことの元凶は落下の勢いで気を失ったようだ。
まあいい。それよりも早く脱出したいのだが、真っ暗で何も見えないのが厄介だ。
「なあ、ミイ。この暗いのを何とかできないか」
そんな手段を持っていない俺は、精霊魔法の使い手であるミイに尋ねてみるのだが、彼女は直ぐに答えてくれなかった。
「ん~~、どうしようかしら~~~、今夜はお肉が食べたいな~~~~」
何を言ってるんだ。今夜は、ではなく、毎晩のように肉を食ってるじゃないか!
彼女としては、お肉を沢山食べたいというアピールなのだろうが、俺としては何時もと何の変りも無いような気がする。
「分った、分った。好きなだけ食わしてやるから」
「やった~~~~!じゃ、光の精霊さんお願いね。ライト~~~~!」
彼女が光の精霊にお願いすると、直ぐに辺りが明るくなる。
すると、視線の先には岸が見え、その事を確認できて安堵する。
よし、これなら何とかなるぞ。さあ、岸まで泳ごう。
行く先のハッキリした処で、沈んでいた心を軽くしたのだが、ニアの震える声が耳に届く。
「ダダダ、ダンニャ様~、にゃにゃにゃ、にゃ~はまだ食べられたくにゃいニャ~の」
この海底神殿に入る時のように、怯えた声を上げるニアに驚き、彼女の視線を追って後方を確認すると、そこには巨大な物体が蠢いていた。
何となく、その存在が何であるか解ってしまったのだが、己の目を信じたくないばかりに、思わず声を上げてしまう。
「ミイ、あれが何か解るか?」
「あう、あう、あう、わ、私には何も見えないわ」
取り敢えず、一番自由の利くミイに尋ねてみたのだが、彼女は見て見ぬ振りで押し通すつもりらしい。
仕方ないので、常に男気を発揮するエルに尋ねる事にした。
「なあ、エル......」
「ミイ、早く岸まで飛ぶんだ!」
彼女は全く俺の言葉に耳を貸さず、ミイに岸へ向かえと催促している。
くそっ、何て奴等だ。こっちは背中にキララ、右手にニアを抱えているんだぞ。
少しは気を使ってくれよ。
そんな心の声が届いたのか、忠実では無いしもべが説明してくれた。
「あれはスイリュウです~。なんでもタベるです~。シバラくダレもキてないので、きっとハラぺこです~~」
態々、ご丁寧な説明、本当に有難う御座います。
本来なら、そんな感じで頭を下げる処だが、今はそれ処では無い。
「おい!岸に急げ!ミイとエルは敵を引き付けてくれ」
「え~~~~」
「なんだと~~~」
だって、お前等は空中にいるから自由が利くだろ。俺達は泳ぐ必要があるだぞ!
そんな心中の気持ちを己の瞳に込めて、鋭い眼光で二人を突き刺す。
「でも~~」
「しかし、あれは......」
どうやら、俺の眼光は全く役に立たないようだ。
だったら、これだ! 究極奥義を喰らえ!
「俺が死んだら、肉が喰えなくなるな~~~」
「分ったわ遣るわ」
「ソータ。それは一大事だぞ」
今のは、俺が大事だという事だよな? 肉が大事だという事じゃないよな?
やや、心配になりつつも、視線を後ろにやると水竜とやらが鋭い視線を向けてきた。どうやら、餌が降ってきた事に気が付いたようだ。
それはそれで、鈍い竜だと思うのだが、それに相反して水上での奴の動きは恐ろしく速かった。
「やべえ!急ぐぞ!」
そうやって暫く泳ぎ捲ったお蔭で、誰も欠ける事無く岸に辿り着く事が出来たのだが、空を飛んでいるミイが這う這うの体で戻ってくる。
しかし、それに釣られて水竜が付いてくる。
おいおい、その巨大な竜を連れてくんなよ~~!
なんて愚痴るが、これは仕方ないだろう。
そう考えつつ即座に金属バットを取り出す。
隣を見ると、水の無い所なら掛かって来いとばかりに、黒猫手袋と黒猫レッグウォーマーを装着したニアが戦闘の構えてを取っている。
それを心強く感じながら反対側に視線を向けると、マルカもハルバートを構え、いつでも戦える体勢を取っている。
ただ、後方をチラリと見遣ると、サクラを解放しているナナミと身体を振りながら水を飛ばしているカオルの姿が目に映るが、それは放置する事にした。
そうこうしていると、ミイとエルが戻ってくる。
当然ながら、水竜も漏れなく付いてくる。まるで、お菓子のオマケのような感じだが、とてもオマケで済ませられる相手ではなさそうだ。
どちらかというと、日本的な蛇のような身体をした竜に、幾分か恐怖を感じながらも、それを押し止めて戦いの場へと足を進めるのだった。
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