第59話 触らぬが吉
その地下道は、洞窟と呼ぶには綺麗に整い過ぎていた。
周囲を四角く綺麗な石の壁で覆い、細かな彫刻が施されている。
更に、壁と同じように石の敷き詰められた床も埃一つ無いように見える。
それ故に、その光景はとても綺麗であるのは事実なのだが、どこか異様な雰囲気を醸し出している。
「だれも居ない洞窟の割には、異常に綺麗過ぎないかしら」
その異様さを目の当たりにしたミイが、誰にともなく感想を口にする。
「そうね。まるで毎日磨いているみたい」
壁をそっと触りながら、サクラがミイの発言を肯定する。
「こら、触るな!何が起こるか解らないぞ」
無暗に壁を触るサクラを叱責するのだが、彼女は全く堪えていないようで、頬をぷくっと膨らませる。
それは本来なら幼女少女の行いなのだが、彼女がやると何処か可愛らしく感じてしまう。
しかし、ここで起こる事を振り返って考えてみれば、彼女には自分の行為を反省して欲しいと、真剣に願う事となるに違いない。
そう、サクラが壁に触れると、綺麗な壁が行き成り動き始めたのだ。
「えっ!壁が動いてる......」
「だから触るなって言っただろうが!」
自分が原因なのに、まるで他人事のような表情で驚いているサクラに向けて苦言を投げつける。
「なに、これ......壁が飛び出てきたよ」
「ニャ~ン!危ないニャ~よ」
「サクラの所為で、壁の石に潰される処だったぞ」
マルカが飛び出た壁に驚いていると、それにぶつかりそうになったニアとエルが慌てて移動しながら、サクラに向けて苦情を述べる。
「えっ!?私の所為?」
それを聞いたサクラが驚いているのだが、やはりこいつは天然で間違いないようだ。
そうだよ。お前の所為だよ!
そんな事よりも、無数に飛び出た壁の石だが、まるでシステムロッカーが飛び出してくるかのようだった。いや、まさにこれはロッカーなのかも知れない。
そう、この後にそれを証明するような事態が発生する。
「ぎゃ、石の中から人間が出てきた!」
ミイが驚きの声を上げたように、飛び出した石は人を収めた引き出しだったのだ。
その中からメイド服を着た人間が現れたのだが、引き出しとなっている石の箱が無数に及ぶ事から、現れる人間の数も半端ない。
「いや、人間じゃないみたいよ」
戦闘態勢をとりながら、マルカがそのメイド服姿の人間らしき者を観察した結果を口にする。
そんなマルカの感想に対して、サクラが付け加えるかのように感じた事を述べる。
「あれって武器じゃないわよね。如何見ても箒と塵取りに見えるんだけど」
そうなのだ。如何も見てもお掃除メイドなのだ。
それから思い付く事は、この綺麗な環境は彼女達のお蔭であり、彼女達が役割を全うした結果、ここが違和感バリバリの地下通路となった訳だ。
まあ、それも驚くべき事なのだが、それよりもメイドたちの雰囲気が気になる。
というのも、一見して人間と同じように見えるのだが、その表情や血色をみると、人間では有り得ないと思えてしまうのだ。いや、こんな石の箱に入っているのだから、間違いなく人間である筈がない。
しかし、それが人間ではないとしたら、最早アンドロイドと呼ぶしかない程に人間と酷似している。
オマケに、全員が女性型で胸まで大きく膨らんでいるのだ。
「ソウタ、何処を見てるのかしら?」
そんなお掃除メイドを見ていると、何故かお冠のミイがツッコミを入れてきた。
「どこって、メイドだが?」
彼女の問いに、素直に答えたのが拙かったのかも知れない。いや、きっと今の彼女に何を言っても無駄だっただろう。
「メイドの胸にばかり視線が向いていたわ」
どうやら、ミイは胸に敏感な女になってしまったようだ。
その要因はサクラとニアにあるのだが、その話は割愛しよう。
「フフフ。胸の無い女は、余裕も無いのだな」
何故か勝ち誇っているエルが、自慢げに口を挟んでくる。
揉め事が始まるから、黙っていて欲しいのだが......
そんな俺の願いを余所に、早くも女の争いが始まってしまう。
「なによ!ちょっと胸が大きいからって威張らないでよね」
ムキになって好戦的な態度を剥き出しにするミイに対して、エルは嘲笑うかのように含み笑いを続けている。
「キィーーーーーーーーー!」
それを見たミイが、悔しさの余りに発狂し始める。
「まあまあ、ミイも無い訳じゃないし、そんなにムキにならなくても......」
発狂するミイに向けて、天然サクラが油をジャブジャブと注いて行く。
その横では、ニアが己の胸とミイの胸を見比べながら、満足そうにニンマリとしている。それが、更なる促進剤となってミイに降り掛かる。
こうなると、もう手に負えない状態なのだ。
助けを求めてマルカに視線をやるが、彼女もお手上げだとばかりに両手をヒラヒラとさせながら首を横に振っている。
そんな状況に、内輪揉めなんてしている場合ではないと、俺は頭を悩ませているのだが、そこに救世主が登場する。
「ソウジのジャマなので、キエえてください」
全員が声の発生源に視線を向けると、一体のお掃除メイドが箒を片手に持ち、今まさに取っ組み合いを始めそうなミイとエルの後ろに立っていた。
それを見たエルが慌てて飛び退いて剣を構えるが、お掃除メイドはそんな彼女を気にする事無く、彼女達の靴から落ちた泥を掃除している。
「こんなにドロだらけにして、ソウジがタイヘン。はやくキエてください」
どうやら、俺達が来たことで、地下道が汚れてしまったことを嘆いているようだった。
そんな彼女達は愚痴を溢しながらも、せっせと掃除を進めていく。
恐らく、彼女達は掃除専用であり、侵入者に危害を加えたりはしないのだろう。
その事に安心しつつも、俺達が死体になっても、愚痴を溢しながらああやって掃除してしまうのではないかと考え、思わず身震いをしてしまう。
ただ、彼女の登場で内輪揉めが沈静化したことは喜ぶべき事だと言えるだろう。
「さあ、行くぞ」
何とか
しかし、そこでマルカがある事に気付く。
「ねえ、あの箱だけ元に戻ってないのは何でかな?」
そう、お掃除メイドが出動すると、彼女達を収納していた石の箱は壁に戻った筈なのだが、一つだけ残っている石箱があった。
その事に気付いたマルカが、ゆっくりと近付こうとしていたのだが、そこで他のお掃除メイドの苦言が聞えてきた。
「またあのポンコツがシゴトをさぼってるわ」
「シカタないのよ。あれはケッカンヒンだから」
「はぁ、なんであんなのがオナじゲンバなのかしら」
彼女達は、愚痴を溢しながらも掃除の手を止めない。
それは素晴らしい事であり、うちの女共に見習って欲しい程なのだが、やはり仲間外れのような感じがして、あまり良さそうな職場では無いと感じてしまった。
いやいや、こんな職場がどうこうなんて、俺には如何でも良いのだ。
そんな事を考えながら、マルカが覗いている石箱に手を掛け、中の様子を伺ってみると、そこにはメイド服少女が目を瞑った状態で、体育座りをしていた。
その姿が、どこか虐められっ子のように見えて、少し悲しくなってしまう。
そう感じた途端、思わずその少女の頭を撫でてしまった。
すると、これまで大人しくマルカに抱かれていたカオルから警告が発せられる。
『あっ!ダメだよ!颯太は女性と接触禁止だからね』
そう言えば、女性との会話だけで無く、接触も禁止されていたのだった。
だが、これは人間ではないし、オマケにスリープ状態のようだから、なんの問題もあるまい。
しかし、そんな軽い気持ちは一瞬で吹き飛ばされる事になる。そう、その行動が虐められっ子のように座っていたメイドを呼び起こす原因となったからだ。
だが、そうとは知らない俺は、直ぐに石箱から離れて先へと足を進めるのだった。
お掃除メイドがテキパキと掃除を進める中、俺達は何事も無かったかのように、先へと足を進めた。
そう、進めた途端だった。後ろから再びお掃除メイドの声が聞こえてくる。
恐らく、その声を拾えるのは、猫耳を持つ俺かニアくらいのものだろう。
「ケッカンヒンがオキタわ」
「なんでイマゴロになってオキタのかしら」
「ドウデモいいけど、ジャマはしないでホシイ」
「ダメイドなんて、イマサラいらないわ」
聞こえてきた内容からすると、どうやら、眠っていたメイドが起きたようだ。
まあ、俺達には関係ないし、気にする事無く足を進めたのだが、何かが近寄ってくる気配を感じた。
それを不審に思い、即座に戦闘態勢を取った状態で振り向くと、さっきまで石箱の中で膝を抱えて座っていた筈のメイドが、行き成り飛び掛かって来たのだ。
そのメイドの存在にも驚いたが、その速度が半端ないことに泡を吹く。もしかしたら、俺の全速よりも速いかもしれない。
その事に慄きながらも、なんとかそのメイドの攻撃を躱すと、メイドはべタンという音と共に床にダイブしてしまった。
「いった~い!なんでヨケるんですか~!」
床に腹這い状態となっているメイドを眺めていると、そんな苦言を漏らしいる。
いや、攻撃かと思って避けただけなんだが、どうやら違ったのかもしれない。
身体を起し、鼻を擦りながら、そのメイドがこちらに視線を向けると、涙こそ流していないが、かなり辛そうな表情をしていたので、思わず回復魔法を掛けてしまう。
「あ~~~ん!おいちい!おいちい!おいちいです~」
何が如何なっているのか、さっぱり解らないのだが、彼女は回復魔法を食べているかのように口をモグモグとさせている。
更には、口の中の物を嚥下する仕草までしている。
その事から導かれるのは、やはり回復魔法を食べているとしか思えないという事だ。
それを証明するかのように、そのメイドは俺に向けて要求してくる。
「ごシュジンサマ、おカワわりをショモウします~」
「はぁ~~~~~~~~!ご主人様~~~~~!?」
「何を勝手に!ソータは妾の夫だぞ!」
そんなメイドの要求に含まれた言葉を聞いて、敏感に反応したのは愛人ミイと第二夫人エルの二人だった。
まあ、二人が驚くのも無理はないだろう。だって、俺も驚いているのだから。
いや、それよりも、最も気になるはご主人様という言葉だ。
そんな事を考えつつも、物欲しそうにしているメイドを無視できず、再び回復魔法を掛けて遣ると、やはり、彼女は美味しそうにモグモグとしている。
すると、それを見たニアが俺に飛び付いて来たかと思うと、透かさず諫言してくる。
「ダンニャ様~、餌を与えちゃ~ダメニャ~よ。また付いてくるニャ~の」
あぅ。確かにその通りだった...... いや、お前が言うなって!
いやいや、それよりも、ご主人様について聞かなければ。
「なあ、今、ご主人様って言ったよな?」
「はいです~」
取り敢えず尋ねてみると、バラ色の表情で元気よく肯定してくる。
その態度に思わず怯んでしまったのだが、ここで弱気になると後が大変なのだ。
「なんで俺がご主人様なんだ?」
「だって、ごシュジンサマが、ワタシをキドウさせたのです~」
『だから、触れるなと言ったのに......』
そのメイドの言葉から、起動について思い当たる節を探ろうとしたのだが、それよりも先にカオルからの指摘を喰らう。
どうも、頭を撫でたのが失敗だったらしい......
てか、そんな起動方法なんて聞いたことがないわ!
まあいい。この場合の対処は簡単だ。俺が主なのだから、俺からの命令は絶対な筈だ。故に、石箱に戻って寝ろと言えば完了だ。
そう考えた俺は、即座にメイドへと指令を与える。
「俺が主という事は、俺の命令を聞くんだよな?」
「あう~、ザンネンながらそれはデキマせんです~」
なんだとーーーーーーーー!
じゃ、ご主人様ってなんだんだよ~!
内心で悪態を吐きつつも、何とか心を鎮めてその理由を尋ねる事にする。
「じゃ、ご主人様の定義を教えてくれ」
「はいです~~。飼い主です~~~」
そのまんまじゃね~か! だったら命令をきけやーーー!
「じゃ、なんで命令をきかないんだ?」
「タトエえばネコをカっても、ネコがごシュジンサマのメイレイをきいたりしませんです~」
ぐはっ! 確かにその通りだ......
となると、このメイドを石箱に戻す方法はないのか? いや、このメイドはこれから如何するつもりだ?
「なら、お前はこれから如何するつもりだ?」
「モチロン、ごシュジンサマとごイッショします~」
いやいやいや、来なくていいから、間に合ってるから、もう要らないから......
てか、これは糞神の嫌がらせだろ!? 間違いないよな?
「駄目だ!妾は許さんぞ!」
「そうよ!これ以上女なんて要らないわよ」
そうだ! もっとやれ! もっと言え!
思わず、エルとミイを応援してしまったのだが、メイドを連れる事に賛成する者が現れた。それも最悪な事に、その賛同者はこのメンバの中で一番の発言力を有する存在だった。
『いいんじゃないかな。一緒に連れて行こうよ』
何を考えているのかは知らないが、カオルのその一言で、そのメイドを仲間に加える事になったのであった。
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