第58話 海底神殿?
恐ろしく退屈なんだ。
いや、退屈だという言葉で締め括る事では無いと思う。
この世界には何も無い。そう、無なのだ。
それに比べたら下界なんて最高じゃないか。
生があり、死がある。
違うな。死があるから生があるのだ。
死の無い世界での生は、もはや生とは呼べないのだと思う。
だって、僕に取っては永遠に続く地獄と等しい。
だから、羨ましいのだ。死ぬとか、生きるとか、美味しいとか、不味いとか、失敗とか、成功とか、そんな喜びや悲しみのある世界が輝いて見えるのだ。
ここは地獄だ。牢屋だ。監獄だ。僕を繋ぎ止める為の何も無い世界。
この苦痛が理解できるのなら、僕等の遣っている事も許してくれるだろう。
いや、許して欲しくないのだ。誰か僕を殺して欲しいのだ。
同じ無の中に生きるのなら、自分も無になりたいのだ。
もう、無の中で有であるのはウンザリだ。
「あれ?アルファルド、今日も鬱なの?」
そう、毎日の様に狂っている僕に、ニヤニヤと声を掛けて来たのは、僕と同様に壊れてしまった仲間。
「ティモレスか......鬱にもなるさ。僕達、一体何年こんな事を遣ってるんだ?」
「はぁ~、またそれ?もう考えるだけ無駄だから止めなよ」
彼はとっくの昔に諦めたらしい。確か千七百年前くらいだったかな?
いや、もう時なんて如何でもいいや。
そんな彼は、僕が憂鬱になると現れる事が多い。
恐らく、気を使って...... いや、ここにそんな存在は既に居ないよな。
「ティモレス、ところで奴等は何処まで移動した?もうリアルア王国の王都に入ったか?」
そう、あのおもちゃにクエストを出して遣ろうと思って待ち構えてるのさ。
今から、その時の奴のリアクションが楽しみで仕方ないんだ。
しかし、ティモレスは訝し気な表情で返事をしてくる。
「あいつ等、進路を変えちゃったんだよね」
「えっ!なんだって?」
ティモレスの台詞は、僕を失望させるに値する程のものだった。
ここ数日は、それだけが楽しみだったからだ。
「くそっ!なんでだ?こっちの事が解る筈はないし。それで何処に向かってるんだ?」
「東に向かってるよ。あそこって確か、神殿があったんじゃなかったかな?」
神殿か...... 何しに行くのだろう。でも、確か神殿は俺達の目が届かない場所だ。
ちっ! 勇者達はポンコツだし、あのメスは裏切りやがるし、もう最悪だよ。
「なあ、あのサクラにクエストプログラムって組み込めないのか?」
「今からじゃ無理だね。だから初めから組み込もうって言ったのに」
いや、あの時は急いでいたからな......
「てか、今度の召喚者は大丈夫だろうな」
「大丈夫。大丈夫。今度は殺人者を召喚したから。思いっきり暴れてくれるよ」
「そうか。それならいい」
折角、楽しみにしていたのに、ガッカリだ。
でも、どうもあいつ等の成長や行動っておかしいんだよな。
何か、おかしなプログラムでも動いているのかもしれない。
「なあ、あいつのプログラムって確認できるのか?」
「それは無理だね。起動したプログラムを覗けるのはレプルスだけだよ」
ちっ、またあいつか。ちょっと先に生まれたからって兄貴面してるのが気に入らないんだよな。
「分った。じゃ、新しい召喚者で楽しむとしようか」
「そうだね。あいつの方は何処かの都市に近付いたら、新しいクエストを発動させるから。それ待ちで」
これで話が終わったと思ったのだが、以前から手掛けていたプログラムの事を思い出してしまう。
「ああ、それと使徒プログラムの変更はどうなってる?」
「ん?あ~、僕等が憑依しても壊れない奴ね。あれは進めてるけど、憑依者を壊さないようにすると、あまり強くなれないんだよね」
「構わんぞ。ここで腐っているより、外を遊び回りたいじゃないか」
「確かに、あいつ等との戦闘を考えなければ、問題ないからね。分かったよ。そっちも急ぐとしよう」
「ああ、頼む」
そう。兎に角、ここから出たいのだ。力なんかなくてもいいから、ここから出て色々な事をしてみたいのだ。
僕は下界を闊歩する日の事を夢見ながら、再び自分の殻の中に閉じ篭るのだった。
突然の進路変更を言い渡されて、現在は東へと馬車を走らせているのだが、その理由が全く理解できないものだった。
というのも、とあるアイテムが必要になったと言うのだ。
まあ、そのアイテムが海底神殿という場所にあるのは良い。
問題はその海底神殿が凶悪だという話だ。
ここにきて、更に凶悪なダンジョンに向かう理由が俺には解らない。
『なあ、カオル。神殿って、本来は神が居る場所じゃないのか?』
現在は進路変更して一日目の夜であり、既に戦いが終わった後である。
故に、誰もが満腹になり、新たに睡魔という敵と戦い始めたところだろう。
視線の先にいるカオルも例外では無いようで、ぽやんとした表情で転がっている。
『そうだよ。あれ?話さなかったっけ?今の糞神を作った神々が居たんだよ。確か、颯太はその物語の本を持ってるよね?』
えっ!? カオルに言われた事が全く意味不明だ。
神々が居た!? その本を持っている?
『確かティファのパンツを荒らしている時に見付けた筈だよ?』
がーーーーん! そう言えばそんな本をアイテムボックスに入れたわ。
てか、人聞きが悪いから、パンツを荒らしたなんて言うな。
それはそうと、あの本なのだが...... 三ページも読んだら眠くなるのだ......
誰かに代わって読んで貰う事も考えたのだが、よくよく考えるとウチの面子って頭脳派が一人もいないんだよな......
草食とは言わないから、せめて頭脳派の仲間が欲しいものだ。
『神の話はいいや。難しそうだし......それよりも神殿に出る魔物って凄いのか?』
『えっ!?何を言ってるんだい?神殿に魔物なんて出ないよ?』
『あれ?だって、ヤバイって言ってたじゃないか』
『勿論、超絶ヤバイよ?』
『じゃ、何がヤバいんだ?』
『神殿に居るのは沢山の門番なんだけど。彼等は肉体系ではなく頭脳系なんだ。だから彼等からの出される問題を解かないと次に進めないのさ』
いやいやいや、それは俺達にとって一番拙いパターンだろ。
でも、肉体系じゃないなら、危険は少ないかもしれないな。
『もしかして、颯太は身の危険が少ないとか考えてないかい?それは大甘だよ。間違えると天罰が下るからね』
いやいや、問題を間違えただけで天罰はあんまりだろ......
『なあ、行くの止めないか?絶対に勝ち目がないぞ?』
リビングで気怠そうにしている仲間達を見回しながら、海底神殿に行く事を拒否してみたのだが、カオルは首を横に振るだけだった。
いやいや、それは自殺行為だからね。
このメンバーを見ろよ。誰が難問...... いや、どんなに易しい問題ですら解けそうにない。
『そこに何があるんだ?』
勝てないと解っている勝負に出向く訳だ。
きっと余程の物があるのだろう。
だから、それが何かを聞いてみる事にした。
すると、カオルの事だから教えてくれないと思っていたのだが、珍しくすんなりと教えてくれた。
『クエストキャンセラだよ』
何か、凄く格好いい名前だけど、それってもしかして......
『そう、クエストを無視できる』
それは何がなんでも必要だな。
それさえあれば、糞神の無理な要求を無視できるのだから、絶対に手に入れたい逸品だ。
しかし、絶対に勝てない気がする......
『誰か、助っ人を呼ぶか?』
藁にも縋る思いで口にしてみたのだが、カオルから完全否定されてしまう。
『呼べるような人が居るのかい?てか、君は女性と話するの禁止だよ』
挙句は藪蛇となって返ってくる。
なんと、俺には女性と会話禁止命令が発令されている。
嫁達が言うには、俺が話すと女が寄ってくる傾向があるらしい。
という訳で、俺以外の全員一致で可決されたのだ。
その後も、色々とカオルを宥めすかしたのだが、全く歯が立たずに敗北宣言をするこになり、已む無く海底神殿に行くことになるのだった。
あれから一カ月を掛けて、遣って来ました海底神殿。
そして、その違和感に全員が脱力中だ。
何故かというと、そこには大きな門がありデカデカと意外な言葉が刻まれていた。
『海底神殿へようこそ!』
まるで、何かのアトラクションか水族館のようだ。
「これって全く海底じゃなくない?」
そう、JKのような発言をするミイの言う通り、全く海など見えない処に石造りの入口があった。
「なんだか、公衆トイレみたいなんだけど......」
サクラがそう言うのも仕方ない。まさに、どこかの公園にある公衆トイレの様な雰囲気だ。
「まあ、どんな敵が来ても妾が倒してやるぞ」
エルの気合がやたらと入っているのだが、我が嫁かと思うと少し恥ずかしい。
お願いだから、もう少しだけお淑やかにして欲しい...... って、お前はお姫様だろ! 如何してこうなった!? 全部あの父親が悪いんだな。
エルの男勝りな処を嘆いていると、ニアがビクビクしながら発言してきた。
「にゃ~は、何か嫌な予感がするニャ~よ」
何故か、彼女はここに来た時からこんな調子なのだ。
きっと、野生の本能が危険だと知らせているのだろうな。
「悩んでても仕方ないし、さっさと入ろうよ」
痺れを切らせたマルカが皆を即してくる。
まあ、彼女の言う通りだな。
「じゃ、行くぞ!」
俺がそう言うと、ニアが俺の左腕に飛び付いてきた。
「こら!ニア、なにドサクサに紛れてソータの腕を抱いてるんだ!」
「そうよ!じゃ、私は右腕に」
「あっ!ミイ、ズルいぞ!」
行き成り、入る前から揉め事が始まる。
そんな女達を見遣りながら、俺は溜息を吐きつつ順番だと言って事を鎮め、改めて出発する事にした。
公衆トイレのような入口から中へ入ると、下に降りる階段があり、周囲は発光石と呼ばれる光る石で明るさが保たれていた。
「でも、神殿ってこんなにも簡単に入れて良いのかな?」
階段を降りながら、マルカが俺の考えていた事を口にする。
「絶対に、中がヤバいニャ~よ。きっと、誰も帰ってこれなくなるニャ~の」
「ニア、怯え過ぎだぞ!」
珍しく怖気づいているニアに対して、エルが勝ち誇ったように胸を張っているが、エルがニアに勝っているのは胸の大きさだけだ。
これに関しては、別にニアの胸が小さい訳ではないのだが、エルの胸が素晴らし過ぎるのだ。
まあ、胸の話は如何でも良いのだが、怯えるニアを見ると、完全に尻尾が股の間に入っている。
そんな事を考えながら進むこと一時間。
「あれは何かしら」
それに気付いて一番初めに声を上げたのは、視力の良いミイだった。
「どうやら、門のようだな」
そう、視線の先には大きな門があり、その門にはライオンの顔が描かれていた。
「これって、ライオンが出てくるのかな?」
その門の目の前に辿り着いた処で、サクラが感想を述べてきたのだが、その瞬間に門に描かれたライオンの目が輝く。
すると、何処からか腹から響く様な声が聞こえてくる。
『良くぞ参った。ここは海底神殿の入口。資格ある者のみが通る事が許される場所。故に、この先に進みたくば、我が出す問題を解くが良いぞ』
その声に、ニアが驚いて俺の腕でに飛び付いてくる。
「怖いニャ~よ」
「というか、問題に答えられなかったら、どうなるのかしら」
そう、それが一番怖いのだ。
カオルがヤバいと言うのだ。きっと恐ろしい事になる筈だ。
『では、そなた達はどうする。先に進むのか否か』
壁のライオンは目を輝かせたまま、厳かな声で俺達の進退を尋ねてくる。
そうは言われても、進むしかないのだ。
「進むぞ!」
誰もが押し黙る中、俺が進む事を宣言する。
すると、門に描かれたライオンがニタリと笑ったような気がした。
それに寒気を覚えながらも、ライオンの問題を待っていると、その厳かな声は再び話し掛けてきた。
『では、参るぞ。貝は貝でもお風呂にある貝はなんだ』
って、おい! なぞなぞかよ!
真剣な面持ちで、ライオンの問題を待ち構えていた仲間達がズッコケる。
それはそうと、俺は気になる事がってライオンに尋ねてみる。
「答えは何回まで許されるんだ?」
『この門は一回の回答しか許されていない』
ちっ、なんてケチなんだ。
ここは慎重にやるしかあるまい。
そんな事を考えていると、サクラが声を上げた。
「分ったわ」
マジか! 流石は元サラリーマンだ。知識が豊富らしい。
天然だとばかり思っていたのだが、今日ばかりはサクラの事を見直すことにした。
尊敬の眼差しを向けてサクラの思い付いた答えを尋ねてみる。
「サクラ、答えは何だ?」
すると、サクラは少しモジモジしながら、恥ずかしそうにしている。
その行動で、何を恥ずかしがるのかと考えていると、彼女がボソリと答えた。
「ハマグリ......」
おい! それは女が入った時だけだろ! バカちん!
思わずツッコミを入れようとしたのだが、次の瞬間、何処からともなく大量の水が俺達に降り注いだ。
いや、これは降り注ぐというより、水に飲まれたと言った方が適切だろう。
『はずれだ。出直すが良いぞ』
「うっぷ!ま、まて!うっぷ!まだ正式な回答じゃなかっただろ!うっぷ」
完全に深いプール状態となった中で、俺がライオンにクレームを入れる。
『うむ。ならば、回答者を決めるが良いぞ』
どうやら、俺のクレームは受け入れられたようだ。
すると、速やかに水が引いて行き、いつの間にか元通りの門前となる。
いや、俺達がずぶ濡れなので、元通りとは言えないが......
「おい、サクラ、真面目に考えろ!ここで下ネタを披露しても誰も喜ばないぞ」
「あぅ」
俺のツッコミに落ち込むサクラだが、一瞬にして何かが閃いたようだ。
ションボリとしていた顔が、一気に明るくなる。
「今度こそ間違いないわ」
俺はジト目を向けながら、サクラの答えを聞く事にした。
なにせ、サクラの株はさっきの解答で急暴落したからな。
「一応、聞いてやる。言ってみろ」
「アワビ?」
思わず、サクラの頭を叩いてしまった。
「おい!社会人の女はそんなのばっかりか!」
「えっ!?間違ってるのかな?」
真剣に、間違っている事に気付かないサクラ。
もういい、こいつの答えを聞くのは止そう。
「誰か、答えの解った奴はいるか?」
そう言って仲間を見遣るが、エルは腕を組んでいるミイの陰にコソコソと隠れて居るし、マルカも頭を傾げたまま唸っている。
ニアに至っては、身体を振って水を飛ばしている最中だ。
やはり、こいつ等に頭を使う戦いは無理なようだ。
絶望的な展開で、俺が頭を悩ましていると、キララがくしゃみをしたかと思うと、苦言を口にし始めた。
「ママ~、寒いよ。温かいお風呂に入りたい」
その言葉を聞いた途端、俺はピンときた。そう、これだ!
「流石は俺の娘だ。キララ!今夜は美味しい肉を沢山食べさせてやるからな」
「やった~~~~~!」
俺の言葉に、キララは大喜びをしている。
そんな愛娘を優しく撫でながら、俺はライオンに答える。
「答えは、『温かい』だ」
『ぬぬぬぬぬぬぬぬ』
答えを聞いたライオンが、何故か唸り始めた。
もしかして、間違いだったのだろうか。
だが、次の瞬間、ライオンの顔が真っ二つに割れ始める。
『正解だ。通るが良いぞ』
そう、扉が開いたが故にライオンの顔が割れたのだった。
その重そうな扉が、ギシギシと鈍い音を立てて開くのを見ながら、これからの問題をどうやって潜り抜ければ良いのか、頭を悩ますのだった。
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