第57話 憑依


 長閑な風景が続く。

 街道の左右には緑が生い茂り、遠くには青々とした山も見える。

 紅葉よりも新緑の好きな俺に取っては、青々としている風景は最高の気分に浸れる状況だ。


 ミラルド王国の問題を片付けた俺達は、その知らせを待っていたクルドアに伝えて、ミラルド王国の北にあるリアルア王国へと馬車を走らせている。

 ああ、俺も馬車の隣を走っているのは、もはや仕様と言えるだろう。

 そんな俺の隣をエルが走っているのも同様だ。

 ここ最近の問題となっているサクラに関しては、これまで通りに食っちゃ寝の生活を送っているので、いつか体重が増えた時に後悔する事だろう。


「キツイなら馬車で休めよ」


「ま、ま、まだ、まだまだ」


 かなり辛そうなのだが、エルは意地っ張りなので自分から戻る事は無いだろう。

 仕方ないので、エルをお姫様抱っこして馬車の中に放り込もうとしたのだが、彼女が慌てているのが面白かったので、少しだけその様子を楽しむ。

 てか、エルの本来の姿はエルローシャ姫なので、本当の意味でもお姫様抱っこだったりする。


「あ、あ、あう、あうな、だ、大丈夫なのだ。ほんとに......でも、少しだけこのままが良いかも......」


 その仕草がやたらと可愛いのだが、そこにクレームが入る。


「エルママは馬車に乗るの」


 その声は俺の背中から発せられたものであり、血は繋がっていないけど、俺が愛して止まない娘。そう、愛娘キララがブスけた表情で口にした言葉だ。


「ぬぬ。キララ、いつもお前ばかりズルいぞ」


「こらこら、子供相手に真剣になるなよ」


「だって、最近のソータはキララばかりを可愛がるじゃないか」


「分った。分かった。じゃ、今度二人でのんびりしよう」


「ホントか?絶対だぞ!約束を破ったら許さないからな」


「ああ、分ってるって」


 キララに苦言を申し立てるエルを宥めながら馬車へと乗せると、今度はミイがブスッとした表情で文句を言ってくる。


「エルばかり、ズルいわ」


「な、何を言う」


「だって、抱っこまでして貰って」


「い、いや、それはな......」


 早速、二人で揉め事を始めてしまうのだが、いい加減に仲良く居られないものだろうか。

 言い合いを始めた二人を見ながら頭を悩ますのだが、当の本人達は全く気にする事はないようだ。

 というか、馬車で転がっているサクラが、両手で耳を塞いでいるのが印象的だ。

 それに比べて、マルカとニアの仲良しコンビは、一緒に御者台に座ってあれこれと話している。


「ニア、いつお兄ぃとエッチするの?」


「にゃ~はいつでもばっちこいニャ~の。でも、ダンニャ様がニャ~~~」


 ヤバイヤバイ、横目でアピールされてる。ここは知らん振りして走り込もう。


 こんな感じで前途多難な俺の未来なのだが...... いやいや、特に問題なく目的地に向かって進んでいるのだ。


 さて、話は変わって俺達の目的地だが、今度は王家の墓地らしい。

 それを聞いたニアが嫌そうな顔をしていたのが印象的だったが、やはり猫だから臭い場所が苦手なのだろう。

 それは良いとして、その墓地というのが、どうやら外では無くて王城の地下にあるらしいのだ。

 だから、これまでのようにさっさと潜って暴れ回る。なんて訳にもいかないのだ。


 その事を考えながら走っていると、カオルからの念話が届いた。


『今回はちょっと厄介だよ。覚悟しておいてね』


 いやいやいや、これまで厄介じゃないかった事があったか?

 それなのに、カオルからの忠告があるという事は、かなり拙い状態に陥るのだろ?


『ちょっとまて、先に聞きたい事がある。今の戦力でどうにかなるのか?』


『ん~、無理かも?いや、運しだいかな?』


 こらこらこら! いい加減にせんか!


『だったら、他を先に回って実力を付けてからにしようぜ』


 真っ当な話をしてみたのだが、彼女は少し黙った後に念話で伝えてきた。


『他の場所の方が危険だけどいいのかな?』


 おいおいおい! ちょっと待てよ。だったら少し修行してからだろ!


『いっそ、少し鍛錬できる処で実力をつけないか?』


 このままでは、目標を達成させる前に、俺達は死んでしまうぞ!

 そんな危機感に襲われた俺は、殆ど泣き落としの様に頼んでみたのだが......


『そんな都合の良い場所が無いじゃないか。だから、鍛錬するつもりで、難度の低い場所から回ってるのに』


 その答えは衝撃的だった。これまで大ピンチだったダンジョンの難度が低いとか言いやがった。

 じゃ、残る四カ所はどれだけ異常なんだ?

 もはや、チュートリアルを超える難易度に思えてきたぞ。


 カオルの言葉に頭を抱えながら、俺は何処で何を間違えたのかと、必死で考え始めるのだった。







 さあ、嵐の時が遣ってきた。


「飯だぞ~~~!」


 1LDKというゴージャスなテントから外へ出ると、大きな声を上げる。

 すると、疾風のようにニアが遣ってきた。

 まあ、普段から異様にすばしっこい娘だが、ご飯の時は格別だ。


「ダンニャ様~~~、にゃ~はお腹ペコペコニャ~よ」


 この耳をペタンとした状態も少し可愛い。

 そんなニアの頭を撫でていると、サクラが遅れること僅差で現れる。

 彼女には耳や尻尾は無いが、まるでニアと同じような雰囲気なのだ。

 でも、待遇が違う事に不満があるらしい。


「どうしてニアだけ頭を撫でてるの?」


「にゃ~は、ダンニャ様の妻ニャ~よ」


 自慢げにニアがそう言うと、サクラが頬を膨らませる。

 良い齢をした女性のする事ではないのだが、その表情が二十六歳とは思えないほど可愛いところに驚かされる。


「さあ、二人とも喧嘩してると飯が冷めるぞ」


「ご飯ニャ~よ」


「お腹ペコペコなのよ」


 睨み合っていた二人は、まるで何も無かったかのように、テントの中へと入っていく。

 テントの中では、既にカオルとキララが食事を始めていたりする。


「くそっ!出遅れたぞ!全部ミイが悪いんだ」


「何言ってるのよ。エルがしつこくマルカと模擬戦をしているからでしょ」


「二人ともいい加減にしてよ。姉様たちの所為であたしの夕食も遅くなったんだからね」


「「......」」


 ギャアギャアと騒ぎながらエル、ミイ、マルカが遣ってくる。


「それよりも、さっさと飯を食え」


「「「そうだった!!!」」」


 三人は慌てた様子でテントへ入っていく。

 そんな三人が入った処で、俺もテントの中に入ったのだが、そこは戦場だった。


「ニア、食べ過ぎだぞ!」


 ガッツリと自分の皿に肉を乗せるニアに向かってエルが叫ぶ。


「あ~!キララ何してるの!タンは私のなのに~~」


 キララからタンを取られてミイがブー垂れている。


「サクラ、にゃ~の皿から取ってたら駄目ニャ~の」


「いいじゃない。沢山あるんだから」


「駄目ニャ~よ!しっし!」


 肉が山盛りになったニアの皿から、こっそりと肉を横取りしようとしていたサクラが怒られている。だが、サクラも負けてない。右手を高速で動かして掠め取っている。


 そう、サクラが増えた事で、順番に料理を作るのを止めたのだ。

 そうしないと、最後の人間の食事が異常に遅くなるからだ。

 だって、ニアとキララのお代わり速度が半端ないのだ。

 だから、始めに大量に作ってみんなで食事をする事にしたのだが、カオルとキララの分は確保しておかないと後が怖いので、彼女達だけは別に作っている。

 まあ、カオルの食べる分はそれほど多くないので問題ないのだが、キララの食欲は半端ないので、お代わりが出来るまでみんなの分を横取りしてしまうのだ。


 てか、どう転んでも俺は真面に飯が食えない訳ね......

 それに、この肉食系女子の集まりは異常だろ!?

 これが異世界の仕様か? いや、糞ゲーワールドの仕様か?

 俺が料理を作ってるのに、飯に有り付けないのも糞ゲーの所為か?


 溜息を吐きつつ、お代わりの肉を焼く準備を始めたのだが、これでこの嫁達との間に子供が生まれようものなら、まさに奴隷のような生活になるのではないだろうかと考え込んでしまう。

 そんな不安に身震いしながら、大型のフライパンに肉を乗せていくのだった。



 まさに戦場を駆け抜けるような状態で飯を喰らい。

 後片付けを女性陣に任せ、風呂の用意をする。と言っても、まるっきり日本の風呂と変わりがないので簡単なものだ。

 風呂の準備が出来ると、一番にカオルを洗って遣り、タライで気持ち良さそうにしている彼女を余所に、キララの身体を洗って遣る。

 何といっても、カオルは当然ながら、キララもやたらと手を使って食べるので、二人とも油でギトギトになっているのだ。


「キララ、そろそろホークをちゃんと使おうな」


「むーーー!やだ!」


 ここ最近は、周りの女性陣を見て、悪い方向に育っている気がする。


「駄目だぞ!メッ!」


「あう、あう、わ~~~ん!」


 うちの女達の様な我儘な娘に育って欲しくないので、可哀想だと思いつつも少しきつく怒ると、こうやって直ぐに泣き始めるのだ。


「ほら、泣くな。泣くな。あとで果物を剥いてやるから」


「ぐすっ、ほんと?おやつ?」


「ああ、ほんとだぞ」


「やった!」


『バカ親だよ。まったく......』


 キララのご機嫌を取っていると、念話でボソリと聞こえてくるが、それは完全に聞かなかった事にする。

 しかし、後ろから遣って来たミイに叱られる事になる。


「ソウタはキララに甘過ぎよ。それじゃ教育にならないわ」


 その言葉に相乗って来たのはエルだ。


「ソータ、少し厳しく育てないとミイの様な我儘な女になるぞ」


「は~~~ぁ!?何言ってるのよ。このままいくと脳筋エルのようになるのよ」


「誰が脳筋だ!」


「誰が我儘なのよ!」


 いや、如何でもいいけど、風呂場まで戦場にするのは止めてくれ。


「てか、寒いから閉めてくれよ。キララが風邪を引いたらどうするんだ?」


「ソウタのバカ!」「ソータの馬鹿!」『ほんとに馬鹿だね』


 結局、ミイ、エル、カオルから馬鹿認定されて終了となった。



 全員が風呂に入り、俺の寝床である六畳間のしょぼいテントへ戻ると、何故か全員が付いてくる。

 サクラなんて、自分の1LDKテントをアイテムボックスへと仕舞っている。

 この誰もが不思議に思う行動が、今や当たり前の事となっているのだ。

 そう、何故か全員が俺のテントの中で寝るのだ。

 初めのうちはその異常さに苦言を述べたのだが、誰一人として耳を貸す者は居なかった。

 故に、カオルとキララを抱く俺の両隣はミイとエルが占拠し、上方ではマルカとニアが並んでいるのだが、そこにサクラが加わる事になった。

 てか、カオルとキララは良いとして、大人六人で六畳間は窮屈で仕方ないのだが......

 今度、サクラに1LDKで寝させて貰うようにお願いしよう。

 そんな事を考えながら、こんな異常な一日...... 毎日を終えるのだった。







 目を覚ますと、そこには数人の女性と一人の男が寝ている。

 それを見た私は身体を動かそうとしたのだが、どうにも上手くいかない。

 仕方がないので、身体をそのままにして、カオルに念話を送る。


『カオル、起きているかい?』


『あっ、レプルス、こんな時間に如何したんだい?それもサクラの身体に降りてきたりして。バレたら大変だよ?』


『ああ、彼等は愚か者だから気が付いたりしないさ』


『それならいいんだけどね』


 彼女は颯太に抱かれた状態で顔だけを此方に向けてくる。


『もしかして、その女を送り込んだのはレプルスなのかい?』


『いや、あの愚か者達さ。でも、彼等の思惑通りに進まなかったようだね。だから、また新しいのを用意するつもりのようだよ』


『懲りない奴等だね。それで今日は如何したんだい。態々サクラの身体を使って降りて来るとは。彼女の負担もかなりのものだよ?』


 そうだな。カオルの言う通り、私も神威をかなり抑えているが、きっと彼女には大きな負担になっているだろう。

 だから、早く済ませて戻らないと拙いかな。


『カオル、次はリアルア王国へ行くつもりなんだろ?』


『そうだけど、何かあるのかい?』


『うん。あまりお勧めできないよ。あの国の王都に入った途端、彼等はクエストを発行するつもりのようだ』


『そのクエストは問題ありなのかな?』


『そうだね。私達には大した影響はないけど、人間達は大ピンチだろうね』


 そうとも、無差別虐殺を行うクエストだからね。彼...... 颯太の精神が壊れてしまうかも知れないね。


『何かは解らないけど、余程の事のようだね。でも、それは他の国に行けば起こらないのかい?』


 大ピンチと聞いたカオルが、訝し気な声で尋ねてくる。

 流石は、死神として長い年月を過ごしただけの事はあるね。

 その洞察力は私達をも凌ぐ程だよ。

 それに対抗できるのは、唯一、今は眠りに就いている彼女くらいだね。


『答えてくれないのかい?レプルス』


『ああ、済まない。少し考え事をしていてね。他の国に行っても同じだろうね』


『じゃ、どうすればいいのさ』


 あらあら、カオルが不機嫌になっちゃったよ。


『私が海底神殿に神器を用意した。それを手に入れたらクエストを無効化できるよ』


 その言葉に、カオルが顔を顰める。その理由も理解してるので、私は特に動揺する事も無い。


『どうして、海底神殿なんだい?あそこはかなり辛い場所だよ。きっと、今の颯太ではクリアできないと思う』


 そうかもしれない。でも......


『彼等の目を眩ますには、あそこでないとダメなんだよ』


 そう、海底神殿は不思議と私達の目が届かないのだ。故にあそこに神器を用意するプログラムを組むのも大変だったんだよ。


『それを無視してリアルア王国へ行ったらどうなるんだい?いや、どんなクエストが発行されるのかな?』


 まあ、教える事は問題ないからね。いいよ。教えてあげよう。


『リアルア王国王都リロの全住民虐殺だよ』


『......』


 その内容は、流石のカオルも沈黙だよね。

 そんな彼女が暫くして、震える声で念話を飛ばしてきた。


『早く逝かせて遣りたいよ』


『そうだね。早くそうしてくれないかな。私もそれを心から願っているよ』


『解ったよ。出来るだけ早く逝かせてあげるから、もう少しだけ待ってて貰えるかな』


『ああ、勿論だ。君にしか出来ない事だからね』


 さあ、とっても嫌だけど、あの白い世界へと戻る事にしよう。

 頑張ってくれよ。カオル、颯太。それじゃ、また会おう。その時は、二人が私達を始末してくれることを祈っているよ。


 では、また。


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