第56話 新たな同行者
城内は、てんやわんやの大騒ぎだった。
火災の発生した城内を消火しようとしている者。怪我人の救助にあたる者。大声で指示を出している者。その内容は様々だが、逃げ出そうとする者は居ない様だった。更に、何故か王様を気遣う者も目に付く事が無い。
それを横目に見ながら、俺とサクラは颯爽と城内を駆け降りる。
そんな俺達を足止めする者は現れず、思いのほか簡単に進むことが出来る。
その理由として、俺達の速さの所為もあるのだろうが、恐らく衛兵達も侵入者の対応をしている場合では無いのだろう。
最早、王様は居ないのだし...... いや、王室で転がっている者の全てが消し炭となってる現状を考えると、彼等が現時点でそれを知る事はないだろう。
故に、彼等の忠誠心が王様では無く、国に向いている事が見て取れる光景だった。
もしかしたら、現在の狂信的に神を崇める王様は、彼等からしても懐疑的に映っていたのかも知れない。
まあ、そんな事は如何でも良い。いや、全く興味が無い。
そう、それよりも、もっと大きな問題が直ぐ隣で走っているのだから。
サクラ...... いや、さくらかな?
恐らく、俺を討つために糞神から召喚された女性。
それに同情しないでもないけど...... てか、思いっきり同情したけど......
ルックスもスタイルも抜群で、オマケに現在の恰好も相俟って、とても魅惑的な女性だと思える。
そんな彼女は、常に腹ペコな処と少し天然な処を除けば、凡そ欠点のない女性だと言えるかも知れない。
ああ、料理が出来ないんだったな。それはかなりのマイナス要素だ。
まあ、それはいい。それよりも問題なのは、俺を討つ筈の糞神の使いが再び現れたことだ。
そう、彼女は俺の名前を知っていた。誰も口にしなかった俺の名前をだ。
そこから導き出される答えは、彼女の標的が俺であるという証だろう。
それなのに、一体、何を考えて王城にまで遣って来たのだろうか。
城門を抜け、街に入った処で俺は脚を止めた。
それに気付いたサクラも慌てて脚を止める。
そんな彼女の視線は、敵を見るものでは無く、その表情は足を止めたことに不審を感じたという風だった。
「如何したの?」
首を傾げて尋ねてくる彼女の仕草は、本来の年齢よりも幾分か幼く感じさせられる。
いや、それも今は如何でも良いのだ。
脚を止めたのは、このまま彼女を仲間の所まで連れて行くことが出来ないからだ。
そんな事は想像しなくても解る事だし、考えただけで身の毛がよだつ行為だと言えるだろう。
故に、俺は仲間の処に戻る前に、サクラの件を片付ける事にした。
ああ、片付けると言っても、別に始末するという意味ではない。
いつまでも物言わずに考え込んでいる俺に、サクラが訝し気な表情となっている。
そんな彼女の手を取って、おずおずと念話で話し始める。
『サクラ。お前の目的は俺を倒すことではないのか?』
手を握られて少し恥ずかしそうにしていたサクラは、その言葉を聞いて表情を曇らせる。
だが、反論しない処をみると、肯定とみて間違いないだろう。
サクラの表情や態度から、勝手に読み取っていると、彼女の念話が返ってきた。
『そうだけど、それに従う気はないの......』
この女は何を言っているのだろうか。
サクラの言葉を聞いて、彼女が俺を倒すことで得る成功報酬が気になってくる。
それを聞くべきか如何か悩んでいると、彼女は念話を続けてきた。
『私はこの世界がゲームだと教えられたわ。そして、その終焉は魔王討伐。それが完遂したら日本に戻れるの』
『その魔王が俺と言う訳か』
サクラがおずおずと告げてきた内容を補足すると、彼女はゆっくりと頷く。
だが、それを達成しないと、彼女は日本に帰れないのに、何故それを拒否するんだ?
いや、あの糞神の事だ。達成しても帰れる保証何て何処にも無いか......
『なんで従う気が無いんだ?』
彼女が糞神の行動を予測したとは思えないが、従う気がないというのが気になる。
『だって、別に日本が恋しい訳じゃないし......』
がーーーーーーん! 予想外の答えが返ってきた。
この女、日本でよっぽど嫌な目に遭ってたんだろうな。
その答えに驚いていると、サクラは更に続けて話掛けてくる。
『あんな世界よりも、こっちの方が楽しいわ。それにソウタも居るし......』
えっ!? その最後の俺も居るしっていうのは如何いう意味だ?
まさか、この短期間で惚れたとか言わないよな?
『あっ、勘違いしないでね。別にソウタに惚れたとかじゃないからね。ただ、ソウタの料理が美味しくて......日本に帰れないのは良いのだけど、食べ物だけは満足できないからなのよ。あっ、ツンデレとかでもないからね』
なるほど、この料理が出来ない女は、俺を専属コックに仕立て上げたいらしい。
いやいやいや、それもおかしいだろ!
『じゃ、何か?俺はお前の料理番という訳か?』
すると、彼女は首を横に振る。
『そ、そうじゃないの。でも、でも......一緒にいてもいい?』
いや、もう女が増えるのは、正直言って勘弁だ。
それに、何時おかしなクエストが来るか分ったものでは無い。
例えば、サクラを倒せとか...... って、あれ? だったら、他の面子も同じか......
そう言えば、如何してそういったクエストが発行されないのだろうか。
思わず、思考が明後日の方向へと進んでいると、返事を待っていたサクラの表情が歪んでいく。
その瞳には大量の涙が溜まり、今にも流れ出さん勢いだ。
『ダメなの?』
ヤバイ。このままだと大変な事態になりそうだ。
『いや、ダメという事はないんだけど......』
サクラの悲しそうな表情に負けて、拒否できないでいると、それを許可と判断した彼女の表情が一気に晴れる。
『じゃ、いいのね?』
ううううう...... あっ、俺は良くても、嫁達の問題があるからな。よし、そうしよう。
『いや、うちの女達に聞かないと、返事が出来ない』
『え!?ソウタってやっぱり尻に敷かれてるの?』
ちが~~~~~う! 決して尻になど敷かれてな~~~~い!
心中で絶叫しながら、俺はサクラと共に仲間の待つ丘へと向かうのだった。
険悪。そう、険悪とはこういう状況を言うのだろう。
居場所が無い。そう、それは現在の俺の為にある言葉だ。
穴が在ったら入りたい。そう、まさに今がそれだ。
ごめんなさい。もう許してください。
美しき嫁であるエルローシャ姫が、腕を組んで怒りの形相を向けてくる。
その視線に耐えられず、胸に抱くキララを見詰める事にする。
そんな俺に、エルフだけに神秘的な雰囲気を持つ愛人ミーシャルが、両手を腰に当てて冷たい視線を浴びせてくる。
これもキララの可愛い寝顔を見る事でスルーする事を試みる。
だが、可愛い魔人族の少女マルカが呆れた顔で嘆息し、マルカに抱かれた自称第一夫人である黒猫カオルは、何時もよりも黒く見える程に威圧感を全開にしている。
更には、俺と猫耳ペアルックのニアが、サクラに向けて敵意を丸出しにしている。だから、同化で疲れてスヤスヤと眠っているキララを心の拠り所にする。
「で、その女を新たな嫁にするというのか?」
どこから出しているのか不思議な程にドスの利いた声を発してきたのは、今にも暴れそうなエルだ。
「えっ!?えっ!?えっ!?嫁!?いいの?本当に?いいの?本当に娶って貰うわよ?」
エルの言葉を聞いて混乱するサクラなのだが、そこは是非とも否定して欲しい。
可愛いキララから視線を上げて、エルとサクラの様子を見た俺が、即座に否定する。
「いや、嫁に取るとか、そんな話じゃないんだ」
「じゃ~如何いうことなのかしら」
慌ててエルの言葉を否定すると、今度はミイが問い質してくる。
「ダンニャ様、その女は駄目ニャ~よ。それに行き遅れの年増ニャ~の」
「は~~ぁ!誰が行き遅れの年増なのよ!このニャンコ!」
うぐっ、ニアとサクラは相性が悪いのか、一発触発の状況だ。
そんな二人を宥めつつ、俺は皆に念話で話し始める。
『すまない。これには色々と事情があるんだ。彼女も糞神の策略で召喚された被害者なんだ』
流石に、これは糞神に聞かれたくないので念話で伝える。
そうなると、当然ながら念話を聞くことが出来ないサクラの手を取る訳だが、そこでエル達が一気に戦闘状態となった。
そう、俺の争奪戦が始まるのだ......
「理由なんて如何でもいい!妾と勝負しろ!」
いや、理由も無いのに勝負するのか?
「そうニャ~の。後から来てダンニャ様を奪おうなんて、以ての外ニャ~よ」
いやいや、お前がいう事ではないだろう。
「私の欲求不満を......いえ、私の矢を喰らいなさい」
ちょっと待て!欲求不満なのが原因なのか!?
エルは何処からか大剣を出して構え、ニアは黒猫装備で今にも襲い掛からんとしている。更に、何故か欲求不満を射ち放とうとして、エルが弓に矢を番えている。
それを見たサクラも慌てて大剣を取り出して構えているが、彼女の方が戦闘意思がないようだ。どちらかと言うと、混乱しているのかも知れない。
「こら、やめろ!止めないか!」
そんな状況で、俺が間に入り必死に止めるが、マルカがボソリと溢す。
「お兄ぃ、自業自得なの」
いやいや、俺は別に新しい嫁を連れて来たわけじゃないからな。
なんで、みんな解ってくれないんだ......
絶望的な状況に頭を悩ませている俺は、こういう時こそ彼女に頼むべきだと黒猫カオルを眺めたのだが、彼女は地に座ってまるで他人事のように顔を洗っていた。
カオルーーーーーーーーー!
当てにならないカオルから視線を切ると、俺は最終奥義を発動する事にした。
「お前等!止めないと、毎日野菜炒めだからな!」
「ソウタ、私は何もしていないわ」
「ソータ、そ、それは、それだけは」
「ダンニャ様~ごめんニャさいニャ~~の」
その途端、ミイは弓を仕舞い、エルは狼狽え始める。ニアなんて泣いて縋ってきた。
やはり、最終奥義の破壊力は半端ないぜ。フフフ。
『ちっ』
だが、何故か念話で舌打ちが聞えてきた。
視線をカオルに向けると、とても不機嫌そうにそっぽを向いている。
どうやら、一悶着が片付いたのが面白くないらしい。
何て奴だ! お前、それでも第一夫人か!?
カオルの態度に心中で苦言を漏らしながら、全員に視線を向ける。
「別にサクラを嫁にするために連れて来たわけないからな。悪いがみんな仲良くしてくれ」
「えっ!?残念......」
いつの間にか便乗で娶って貰おうと思っていたのか、サクラがションボリと肩を落とす。
おいおい、マジで俺の嫁になる気か? いやいや、もう勘弁してくれ。現時点で嫁と愛人を合わせて四人も居るんだぞ。
なんとか事を収めた俺は、頭をもたげながらこれからの事について話し合うのだった。
馬車を引くミラローズとキロロアは今日も険悪だ。
だが、馬車の中も険悪だ。
もう、女は要らないと言った端から、新たな女が加わった。
これがマーフィーの法則という奴だろうか......
まあいい。取り敢えずは何とか収まったのだ。今更、蒸し返すのは止めよう。
結局、新たな嫁で無い事を理由に、嫁達には納得して貰ったのだが、どうもニアはサクラの事を嫌いらしく、ずっと毛を逆立てた状態だ。
ただ気になるは、争いに参加しなかったカオルが、何か考えがあるのか特に反対する事も無かったことだ。
それを訝しく思ったりもしたが、今更カオルに聞いて教えてくれるとも思えなかったので、触らぬ神に祟りなしということで、俺もそれ以上問い掛ける事はしなかった。
「お兄ぃ、もう女の人とは口を利かない方がいいよ」
「なんでだ?」
御者台に座り、馬車を走らせていると、いつの間にか隣に遣って来たマルカから助言めいた言葉が飛んでくる。
その言葉の意味が解らず、思わず問い返したのだが、彼女は溜息を吐きつつその理由を口にした。
「だって、女の人と関わる度に取り巻きを増やしてるよ?」
いやいや、お前が言うな! お前もその一人だろうが。
マルカに対して苦言を申し立てようと思ったのだが、ここで口を開くとまた後ろが騒ぎそうなので止める事にした。
『カオル。さっき話が出来なかったのだけど、クトアで王城の事を知らせたら、当初の目的地に向かうで問題ないんだよな?』
それよりも、今後の行動について確認する事にした。というのも、さっきの話し合いの内容は全てサクラについての事だったから、この先の行動については全く話題にもならなかったのだ。
『そうだね。それで大丈夫だよ。それよりも颯太、彼女を如何するつもりなんだい?さっきの話し合いでは口を出さなかったけど。君は彼女をずっと連れて行くつもりなのかい?』
カオルは思いっきり話を蒸し返してきた。
その事に拙いと感じながらも、俺は思った事をそのまま口にする。
『だって、放置しても必ず付いてくると思うぞ?それなら目の届く処に居た方がいいだろ?』
『確かにそうだろうけどね。ずっと一緒にいると情に絆されるよ?まあ、颯太の女癖の悪さには、もう匙をなげたから諦めてるけど。程々にして欲しいな』
いやいや、全く女癖なんて悪くないぞ? それは完全に誤解だろ!
でも、反論すると大変な事になりそうなので止めとくか......
ここ最近、寡黙な男と化してきた俺は、黙る事で嵐が過ぎ去るのを待つことにしたのだが、そこでクエストの事を思い出す。
『そういえば、クエストの件なんだが』
『クエストが如何したんだい?』
カオルは俺の言葉に軽い調子で応えてくる。
『例えば、俺のクエストでエルやミイ、カオルを始末しろなんてものが発行されたらどうなるんだ?』
『ああ、そんなこと?それは大丈夫だよ。そんなクエストは発行できないから』
カオルから返ってきた言葉は、驚くものだった。
何故ならば、クエストは糞神の好き放題な内容を発行できると思っていたからだ。
『なんで発行できないんだ?』
『クエストの発行プログラムにそういうものは無いんだよ。恐らくだけど、プログラムを作った者が最低限のモラルを組み込んだんだろうね』
カオルのいう事の半分以上は意味不明だった。抑々、プログラムってなんだ?
いや、それは良いとして。プログラムなら変更が出来るんじゃないのか?
『プロテクトが掛かってるみたいだよ』
俺の思考を先読みしたカオルが、尋ねる前に答えを伝えてくる。
この女、実は俺の心を全て読めるんじゃないのか?
彼女の回答よりも、その洞察力に驚いてしまう。
『フフフ。僕に取って君の心を感じ取るくらい簡単なことさ』
駄目だ。この女には敵いそうにない......
『あと、サクラと遣ったらチョン切るからね』
ぐあっ! 別にそんな下心は無かったが、そこまで釘を刺されると流石に落ち込んでしまう。
改めてカオルの恐ろしさを心に刻みながら、俺達は王城を落とした事をクルドアに報告し、一路リアルア王国へと進路を向けるのだった。
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