第53話 ミラルダ王城戦(上)


 絢爛豪華とはこういう光景を言うのだろう。

 床には金と赤で彩られた絨毯が敷かれ、壁には大きな絵が飾られている。

 一見、何の変哲も無いように見える柱にさえ、細かな彫刻が施され、天井からは豪華なシャンデリアが吊るされている。

 まさに豪奢と言えるその光景は、農民出身のオレからみると、ただただ贅沢の限りを尽くしただけであり、それが国民の血税で造られていることに疑念を抱いている。


 ハッキリ言って、ここが敵地ではないかと思えるこの光景を眺めながら、豪華なソファーに腰を下ろしているのだが、本当にこれで良いのだろうかと考えさせられてしまう。

 現在のオレは、ミラルダ王国の王都テンダロスにある王城のサロンで、終わりなき葛藤に悩まされている。

 こんな不信感しか抱けない処に居る理由は、シルルこと修道女のシルエールが神託を受けたからだ。

 その神託では、ミラルダ王国の王城にこの世界を滅ぼす存在が現れるというものであり、その魔の手からミラルダ王国を守れとの事だった。

 しかし、この国民の敵とも言える程に贅沢を凝らしている王族を守る価値があるのだろうか。

 そんな想いに延々と苛まされているのだ。


「アベルト、まだ気にしているのですか?」


 シルルが思い悩む俺に声を掛けてくる。

 恐らく、物言わずに悩み続ける俺を気遣ってくれているのだろう。

 彼女を心配させて申し訳ないとは思いつつも、どうしてもこの不条理な世の中に憤りを感じてしまう。いや、それだけではない。こんな世界を放置している神々に疑念を感じている。


「え~、まだ悩んでるの?そんな事、悩んでも如何にもならないでしょ」


 さっぱりとした。というか、大雑把な性格をしているメルラが、オレの悩みをいとも簡単に打ち崩してくる。


「いや、ワシには解るぞ。アベルトが悩むのも当然だ」


 実直剛健という言葉が良く似合うデュークは、メルラと違って同情的な意見を述べてくるのだが......


「だったら、ここの王様を潰せばいいじゃない」


 最終的に、盗賊のリリアンが自由奔放な性格を露わにすることで締め括る。


 確かに、リリアンの言う通りだと思う。

 だけど、そうしたからといって国民の生活が良くなるとも思えないのだ。

 だから、オレがここで真剣に悩んでも、正直言って何も解決する事は無い。

 故に、悩むことがバカバカしい筈なのだが、どうしても考えてしまうのだ。


「それよりも、神託だとそろそろ来るんじゃない?恐怖の大魔王」


「そうですね。恐らく、今夜か、明日の夜くらいでしょうか」


 リリアンの質問にシルルが答えるが、横からメルラが割り込んでくる。


「それよりも、この前みたいな化け物だったらどうする?」


「やめろ!あんな化け物がそうそういる訳がない」


 メルラの言葉に、奴から腕を切り落とされたデュークが、右腕を擦りながら顔を顰めて吠える。

 しかし、彼の腕は既に元通りとなっている。

 そう、シルルの回復魔法で治癒したのだ。

 それでも、デュークは痛む筈の無い腕をああやって時々擦っている。あの件は彼に取って余程の事だったのだろう。

 そう感じたオレは、励ますつもりで声を掛ける。


「大丈夫だよ、デューク。オレ達はあれから強くなったじゃないか。それに全員が神器を持っているんだ。仮に奴等が襲って来ても今なら勝てるさ」


 その言葉で気を取り直したのか、デュークの表情が和らぐのが分った。

 すると、彼は急に立ち上がってアイテム袋から大きな斧を取り出し、その素晴らしさを確かめるように構える。


「これは最高だぜ。次に会った時は、この前の借りを絶対に返して遣る」


「その意気だよ!」


 リリアンは飛び上がると、意気込むデュークの背中を景気良く叩いて叫ぶと、己の黒いダガーを取り出す。

 そう、それも神器だ。確か攻撃速度が増すのと、刃が見えなくなる能力を持っている筈だ。


「あたいも全く手出しが出来なかったからね。次は目に物を見せてやるわ」


 だが、景気付けする二人を前にして、杖を振ったメリルが茶々を入れる。


「何言ってるの。次はウチの魔法で終わりよ。あんた達の出る幕はないわ」


 歪な形をした杖を掲げるメリルの瞳はギラギラと輝いている。

 そんな仲間達を見ながら、シルルが柔らかい物言いで告げてくる。


「そうね。意気込むのは解るけど、恐らく戦闘は夜になるから、それまでは英気を養いましょう」


 こうして俺達は各自の部屋に戻り、夜に備えて休むことになるのだが、本当にあの化け物たちと再会するとは、全く以て思いもしていなかったのだった。







 夜とはいえ、流石は王城だ。

 これ程までに衛兵が待機しているとは思わなかった。

 倒せど倒せど、次から次へと奴等は現れる。

 それでも、出て来る衛兵を皆殺しにするのなら、それ程に問題があるとは思えない。

 しかし、クルドアのおっさんとの約束があるので、なるべく殺さないようにしていると、流石に戦闘に支障が出そうだ。


 そんな俺達は、現在、ミラルダ王国の王城の二階を突き進んでいる。

 というのも、途中で痛い目に遭わせた衛兵から、王様の部屋が四階にあると聞いたからだ。

 もし嘘だったら、お前の何もかもを台無しにしてやると言うと、何故か股間を抑えて怯えていたので、恐らく嘘を吐いている事は無いだろう。

 いや、何故、股間を庇ったかの理由の方が気になったが、それを追求する時間が無かったのが惜しまれる。


『みんな、手加減しろよ』


 敢えて全員に伝えているが、一番気にして欲しいのは、大剣を容赦なく振り回しているエルローシャ。お前だ!

 しかし、彼女は全く気にする事無く、ガンガンと大剣を振り捲っている。

 恐らくは、手加減してくれているとは思っているが、心做し不安な要素がある。

 それは奴に月物がきちゃったからだ......


『おら!温いぞ!お前達!』


 我が嫁ながら、ちょっと引いてしまう。てか、男前過ぎるだろ。

 お願いだから、もう少し女らしくなってくれよ~。

 ルックスもスタイルも抜群なのに...... あの性格は何とかならないものだろうか......


 己の嫁の男勝りな性格に残念な想いを募らせながら、出て来る衛兵を殴り飛ばしていく。


「うあ~、また増えたよ!限がないよ。これ」


 曲がり角から、ぞろぞろと現れる衛兵を見たマルカが、嫌そうな顔で愚痴を溢してくる。

 だが、ここで止める訳にもいかないのだよ。


『やばっ、矢の予備が無くなってきた』


 おいおい、戦う前に確認しとけよ。


 ミイの念話を聞いた俺は、悪態を吐きつつもアイテムボックスから、予備の矢を出して後ろに放る。

 当然、その間もボカボカと衛兵を殴り飛ばしているのだが、全く疲れを感じない。

 因みに、始めはきゃっきゃと喜んでいたキララは、どうやら戦闘にも飽きたらしく、今では俺の背中でスヤスヤと眠っている。


 そんなキララとは打って変わって、ここには元気な少女も居たりする。


「吹き飛ぶニャ~よ。お前もニャ~の!お前もニャ~よ!」


 まるでブルトーザーを見ているようだ。

 目の前に居る衛兵を次々と跳ね飛ばすかように殴り飛ばしている。

 というか、お前が喋るとモロ分りだから、覆面の意味がね~~。


 結局、色々と愚痴を溢したが、順調に三階へと辿り着く。


 そこは、如何いう理由でそうしたのかは知らないが、かなりの大広間になっており、その奥に四階に上がる階段があった。

 だが、ここで想定外...... いや、想定はしていたのだ。


『お~い、洗脳勇者が現れたぞ~』


 全員に気の抜けた警告を飛ばす。

 すると、血気盛んなうちの嫁が大剣を片手にズイッと前に出る。


『今回は妾が相手をするぞ』


 いやいや、お前じゃ勝てないだろ......


『エルは、斧を持った奴の相手をしてくれ』


『ぬううううう、しかし......』


『しかしもなにも、俺が借りを返したいんだ』


『うぐっ、それなら仕方ない』


 いつまでもゴネるエルを納得させて、戦闘開始となったのだが......


 おいおい、行き成り大魔法かよ。


「結界!」


 そう、こういう時の為に、SPを全て使い果たして『結界』のスキルを取得したのだ。

 そのお蔭もあって、向こうが放った炎の魔法は結界に遮られて飛び散ってしまう。


 しかし、こんな所で炎の魔法を使うかね......


 そんな俺の感想を具現化するように、飛び散った炎が周囲に居た衛兵達を焼いている。


「メルラ!ここはダンジョンじゃないんだぞ!」


 オマケに仲間から叱責を喰らっている始末だ。

 あの魔法使いの女は、どうやら魔法は使えても、頭は使えないようだな。


「じゃ、お返しといくか!雷よ!」


 すると、俺の放った雷が結界の外で暴れ回る。


「結界!」


 ぬぬっ、どうやら向こうにも結界を使える者が居るようだ。

 洗脳勇者達の周りだけは、俺の雷撃が遮られてしまった。

 ちょっとだけ、悔しいかも......


 それはそうと、当たり前にぶつかるのは美味しくないな。

 何処かで戦力差を付けたいな。

 偶には頭も使ってみる事にした俺は、敵の穴を突く事にする。


『ニア、魔法使いを頼む。マルカは盗賊な。相手は一人だけ防御系だ。だからミイは隙をついて矢を放ってくれ』


『分ったニャ~よ』


『りょ~か~い!』


『分ったわ』


 全員に指示を出して、俺達は突撃する事にしたのだった。







 奴の大剣と金属バットがぶつかり合い、周囲に激しい剣戟を響かせる。

 俺は怯む事無く、奴の懐に張り込むと、金属バットの柄を鋭く撃ち込む。

 しかし、奴はその攻撃を躱して上段から大剣を振り下ろしてくる。


 ちっ、この前よりも動きが速くなってるじゃね~か。


 愚痴を溢しながらも奴の攻撃を躱すが、お土産は忘れない。


「炎よ!」


 奴から離れつつ、炎の魔法を撃ち込む。

 流石に、このタイミングでは避けられないのか、奴はその攻撃をモロに喰らっている。

 しかし、ダメージがあったかといえば、全く無いに等しいだろう。

 どうやら、奴の鎧は魔法を弾くようだ。


 厄介な装備を着てやがる。てか、糞神の贈り物だろ! 叩き潰して遣る。


 確かに洗脳勇者の力はかなり向上していた。だが、今なら俺の方がまだまだ上のようだ。だから、今のうちにさっさと片付けたいと思っている。

 そんな事を考えながら戦う余裕のある俺は、チラリとエルの様子を伺うと、どうやら互角の闘いとなっているようだ。


 拙いな。嫁を遣らせる訳にはいかないし......


『ミイ、エルのフォローを頼む』


『分ったわ』


 これで、エルの方は大丈夫だろう。おっと、あぶね~~~。

 ちょっと、余所見をし過ぎたかな。


 エルの事を気にしていると、俺の眼前を奴の剣が通り過ぎる。

 だが、そう簡単に遣られる訳にはいかない。

 そんな事を考える俺に、奴が怒りの表情で怒鳴りつけてくる。


「なんだその武器は!オレの事を舐めているのか!」


 いやいや、これが本来あるべき俺の武器なんだが......

 この前の大剣は、お前の仲間と戦ってるんだよ!

 俺としては、慣れ合うつもりはないので、奴に返事をすることない。

 だが、その事が奴に火を点けたのだろう。


「無視か!ならば、無視できない様にしてやる」


 いやいや、無視するなら、態々お前達と戦ったりしね~つ~の。


 そんな俺の主張を表に出すこともない。

 それ故に、奴が更に燃え上がる。


「喰らえ!」


 奴が高速の突きを放ってくる。それはかなりの速度で俺に向かって来るが、あのロボット達と比べると幾分か遅いように感じる。

 それ故に、俺が焦る事は無いし、余裕をもってそれを躱す。それが奴の神経を逆なでる行為だとは知らずに......

 しかし、奴が逆上する前に、別方向から声が上がる。


「きゃ~!」


 女の悲鳴に視線だけを向けると、黒猫装備のニアが魔法使いを吹き飛ばしていた。

 だが、どうやら魔法使いはまだ生きているようだ。

 あの装備をしたニアの攻撃で生きているということは、恐らく守りの魔法が掛かっていたのだろう。


「メルラ!」


 俺としては、未だ余裕のある状況だったが、洗脳勇者は違ったらしい。

 魔法使いが吹っ飛ばされると、即座に助けに向かおうとする。

 しかし、そんな隙を俺が見逃したりはしない。

 透かさず、俺の金属バットが炸裂する。


「ぐあっ」


 その一撃で、洗脳勇者が呻き声と共に吹き飛んで行く。

 だが、恐らく致命傷にはなっていないだろう。何といっても、あの防具は桁外れの性能を持っているようだから。

 だが、奴が吹き飛んだことで、一気にこちらが有利な状況となる。


 魔法使いに続き、洗脳勇者が遣られた事で動揺した斧戦士が、エルの一撃を喰らってぶっ倒れる。

 更に、魔法使いに癒しを与えようとしていた聖職者にミイの矢が突き立つ。

 それを気にした盗賊ぽい娘がマルカのハルバートでぶっ飛ばされている。


『よし、この隙にさっさと進むぞ』


 全員に念話を飛ばして移動を開始すると、疑問の声が上がる。


『始末しないのか?』


 恐ろしく顔を紅潮させたエルが、不満の声を上げたのだ。

 彼女の気持ちは解るのだが、俺の感が奴等を追い詰めるなと言っている。

 それに、俺達の目的は洗脳勇者達を倒すことでは無い。


『目的を違えるなよ』


 ムキになっているエルにそう一言だけ伝えると、彼女も理解できたらしい。


『済まない。少し気分が高揚し過ぎていたようだ』


『別に構わん。分かってくれたのならそれでいいし、嫁の我儘を聞くのも旦那の務めだからな』


 少し恥じらうような仕草をするエルに、俺の素直な気持ちを伝えると、彼女も嬉しそうに頷いている。


『それよりも、急ぐぞ』


 こうして俺達は四階へと進み、目的を果たすことになるのだった。







 口の中で感じる血の味が、嫌な思いと一緒に混ざってくる。

 覆面を付けていたが、間違いなくあいつ等だった。

 何よりも、あの猫耳と変態的な格好は忘れられないからな。

 しかし、偶然にも奴等と再会し、前回の雪辱を晴らすために挑んだ戦いだったが、簡単に蹴散らされてしまった。


 何故だ! オレ達は強くなったはずなのに......


「大丈夫ですか?」


 シルルがオレの身体を気遣って来るが、身体の痛みは全く問題ない。寧ろ、もっと痛め付けて欲しいくらいだ。

 それ程に、精神面で打ちのめされてしまったのだ。


「くそっ、奴等は強過ぎるぞ。いや、いつの間にか悪魔の手先も仲間に加わっているし、人数も増えているじゃないか」


 俺の傍まで遣って来たデュークが愚痴を溢している。


「でも、絶対に許さない。ウチの魔法で丸焼きにしてやるわ」


「そうだね。次はあたいのダガーで切り裂いてやる」


 血気盛んなメルラの言葉に、リリアンまでもが怒りの形相で想いをぶちまけている。


「そうです。私達はまだ負けた訳では無いのです」


 普段は至って冷静なシルルが、紅潮させた顔色で強く言い放つ。


「そうだな。オレ達はまだ遣れる。みんな、再戦するぞ!」


「勿論だぜ!このままでは夜も眠れなくなるぞ」


 再戦の宣言をすると、すぐさまデュークが乗ってくる。


「愚問よ。次はウエルダンにしてやるわ」


「じゃ、あたいが切り分けてやるわよ」


「二人とも、下品ですよ」


 メルラとリリアンの言葉に、シルルが苦笑しているが、彼女の表情は和やかだ。

 その雰囲気からすると、完全にやる気になっているようだ。


「よし、じゃ奴等を追うぞ!」


 意気込む俺達は、この後の戦いがとんでもない事態を引き起こすなんて、全く以て知る由も無かったのだ。


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