第50話 クトア平原の乱


 クトアの街は人口四万人程度で、周囲は広大な麦畑が広がり、その先は平原となっている。

 遠くには山々も見えるが、ぱっと見た感じだと、徒歩で数日は掛かりそうな程に離れている。

 そんな長閑な場所に存在する街である所為か、外敵から守るための障壁も一応は存在するのだが、それほど役に立つとは思えない代物だった。

 その事を踏まえてクルドアと相談した結果、俺達は平原で戦うつもりでいたのだが、思いのほか敵の動きの方が早く、先に平原を抑えられてしまった。


「おっさん、この場合、如何するんだ?」


 俺の声に、メイファスがピクリと眦を吊り上げる。

 どうも、こいつは俺の態度が気に入らないらしい。

 だが、抑々がこの世界の人間でない俺は、この世界での支配階級に媚びるつもりは無いし、いや、それ処か反抗的な態度を取ってしまう傾向がある。

 その理由は、敢えて口にしないでおこう。

 ただ、尊敬できる者であれば、当然ながら敬意を持って接するのは吝かでは無い。


「向こうの数は約五千で、こちらは全ての兵を駆り出しても二千という処だ。だから、迂回して挟撃しようにも人が足らん」


 そう、この街はだだっ広い平原のど真ん中にあるので、街道が四方に伸びているのだ。だから、遠回りをすれば相手を挟み撃ちにすることが出来る。

 ただし、如何せん人手が足りてないのが問題だ。

 てか、本来なら俺が火炎石メテオをブチ噛ませば、あっさりと終わる筈なのだが、きっと魔法の発動後は見るも無残な土地になるだろう

 その事を考えて、敢えて大魔法は使わない事にしたのだが、更におっさんからの注文があり、出来るだけ兵を殺すなという。

 というのも、彼等も国に命じられて出張って来ているだけで、別にこの街を滅ぼしたいと考えている訳では無いのだという。

 では、如何するのかと尋ねたのだが、おっさんが言うには、兵を引き連れているお偉い方を捕らえれば、簡単に終わるとのことだ。


「わかった。じゃ、俺達だけでちょっくら行って来るわ」


 おっさんの話を聞いて、二進も三進もいかないと感じ、俺は軽い調子で告げた。

 ところが、それを聞いたおっさんはぶっ魂消ている。


 まあ、それが普通なんだろうけど......


「何を言う。お主達だけなんて死ぬために行くようなものだ」


 俺達の実力を知らないおっさんからすると、間違いなくそう思うわな。


「心配すんなよ。死ぬような事はしないし、出来ない事を口にしたりもしないから」


「しかし、幾らお主達が飛び抜けた力を持っているとしても、それは無謀な事ではないのか?」


「いや、それほど難しい事では無いぞ。ただ、誰を捕まえれば良いのかが分んね~」


 驚くおっさんに、俺の考える問題点を伝えるのだが、その返事がまたぶっ飛んでいた。


「そんな事か!それなら問題ない。ワシが一緒に行く!」


「いいのか?こっちを指揮する者が居なくなるんじゃないのか?」


「それはメイファス様にお任せするので大丈夫だ」


 いやいや、その方が心配なんだが......


 遠慮なく訝し気な視線をメイファスに向ける俺が、不安を隠しきれないでいると、おっさんが気にするなと告げてくる。


「メイファス様はこう見えても戦術的なことには長けておるのだ。な~に心配はいらん」


 おっさんの言葉で一気に自慢げな態度に変わったメイファスを見ていると、更なる不安が募ってくる。


「おい、誰か残るか?」


「ソウタ、私を置いていくつもり?」


「ソータ、妾は絶対について行くぞ!」


「にゃ~を置いて行かないでニャ~の」


「お兄ぃ、その言葉は失敗だと思うよ」


「ママ、ウチもいく」


 不安を解消する為に口にしてみたのだが、誰一人としてその言葉に乗る者は居なかった。

 溜息を吐きながら、足元にいるカオルへと視線を向けるが、彼女も何も言わず首を横に振るだけだった。







 あれから半日が過ぎて現在は周囲も暗い。

 まあ、所謂、夜という奴だ。

 早速とばかりに星々や月が登場しているが、今日に限っては現れなくても良いものを。

 どちらにしても遣る事は同じなのだが、出来れば暗ければ暗い方が俺としては遣り易い。

 と言うのも、俺にはサングラスがあるから、夜でも全く支障なく行動できる。

 更に、第三夫人であるニアも夜目が利くらしく、最悪、二人で事足りるのではないかと思っている。


「じゃ、ミイとマルカは遠距離攻撃で頼む。俺とニアが斬り込むんで、エルはクルドアのおっさんの護衛を頼むわ」


「任しといて!」


 俺の指示にミイが元気よく腕を上げる。


「了解~~!魔法をぶち込めばいいんだよね?」


「ああ、ただし、殺さないようにな。出来るだけ広範囲で威力が低い魔方がいい」


 マルカの返事に追加の注文を入れる。


「にゃ~はダンニャ様と一緒にゃ~よ」


 これから戦闘だと言うのに、ニアはとても嬉しそうだ。


「今回は仕方ない。妾がクルドアを守ろう」


 エルはかなり不服そうだが、渋々といった様子で頷いてくれた。


「しかし、本当にこのメンバでいくのか?」


 未だに信じられないと言った様子でクルドアのおっさんが尋ねてくるが、もう答えるのも面倒になったきた。

 ということで、おっさんの相手はエルに任せて、俺達は周囲を警戒しながらさっさと進む事にする。

 とは言っても、ただ街道を東向きに歩いているだけだ。別に畑の中を隠れながら進んだりしている訳では無い。いや、こんな戦いで畑を荒らすなんてとんでもない行為だ。


 そんな呑気な行動で、敵との距離を二百メートルくらいまで詰めた処で、俺がニアにゴーサインを出す。

 それに合わせて、俺もスキルを発動させて走り出すが、当然ながら背中にはキララがおぶさっている。


「キララ、声を出すなよ」


「うん」


 走りながらキララに告げると、彼女は頷きながら答えてくる。

 ここ最近は知能の発達も著しく、大抵の事は理解できるようになったのだ。

 だが、未だに空気を読む事は出来ないようで、時折、俺を困らせたり悲しませたりする。


「だ、誰だ!」


 俺達を見付けた見張りの者が誰何の声をあげるが、当然ながら答える筈がない。いや、ニアが猫パンチで答えていた。


「ぐはっ」


 見張りの者が呻き声を上げて倒れるが、どうやら見張りの声を聞き付けた者が多数いるようだ。

 出合え、出合え。とばかりに装備も儘ならない兵士達が剣や槍だけを持って出て来るが、次々と悲鳴を上げて倒れる。

 それを見る事無くミイの弓による攻撃だと理解する。だから、全く気にせずに出て来る相手を殴り飛ばしていく。


 てか、俺も素手で殴ると猫パンチになるのか......


 自分が猫男になった事を思い出し、少し鬱になりながらも、現れる敵をひたすら殴り飛ばす。

 そう言えば、金属バットを使わない理由だが、エルが復帰したことにより、打撃攻撃スキルを取ってしまったのだ。故に、金属バットで殴り飛ばすと、この兵士達がかなりの高確率で死亡に逝きつくだろう。

 当然ながら、ニアも黒猫手袋は装着していないのだが、手を痛めると可哀想だと思って街で革手袋を買って遣った。ただ、それを貰った途端に、ニアは感激のあまり号泣を始めてしまった。それを見た俺は、早く指輪を用意して遣ろうと思うのだった。


 確か、敵の数は五千だった筈だが、夜中の襲撃という事もあって、出て来る兵は疎らであり、全く統率が取れていないので、俺達は簡単に撃破していく。


「あの大きなテントに向かうのだ」


 現れる兵達を一瞬にして殴り飛ばしていると、後ろからクルドアの声が聞こえてくる。

 その声に、クルドアのおっさんの様子を伺うと、隣のエルがとても暇そうにしていた。いや、その陰鬱な表情は、お前等ばっかりが暴れ回りやがってと訴えかけているかの様だった。

 俺はそんな不満そうなエルなんて見なかった事にして、視線をおっさんの言うテントへと向ける。

 それは距離にして二十メートルくらい先にあるテントだ。あそこまで突き進むのなんて、現状のペースから考えればあっという間だろう。


「ニア、あのテントに向かうぞ」


「了解ニャ~よ」


 最高の笑顔でニアが返してくるが、その両手は目にも止まらぬ速さで兵士達を殴り飛ばしている。

 それを見た俺は、何故か沸々と闘志が燃え上がる。自分では気にしていないつもりだが、やはり負けられないという気持ちが強いのだろう。


 ニアの戦闘に感化された俺は、加速スキルを使いながら更に殴り飛ばすペースを上げていく。

 もしかしたら、大将を捕らえなくても事が済むのではないかと思える程だ。

 更に、後方からは魔法による破壊音まで聞こえてくる。


「これって、相手が全滅するんじゃね?」


 思わず独り言を口にしたのだが、いつの間にか直ぐ後ろに来ていたエルの癇に障ったのかも知れない。


「ソーター!ソーター!ズルいぞー!ソーター!ソーター!つまらんぞー!」


 ヤバイ、とうとう呪詛を唱え始めたぞ。


 後ろから恨めしい声が聞こえてくるが、当然ながら、それを聞いていない振りをして突き進む。

 すると、丁度、おっさんの言っていたテントの前に、偉そうな年配の男が出てきた処だった。


「彼奴だ!彼奴を捕らえるのだ」


 俺がその年配の男を視認するのとほぼ同時に、呪詛を唱える嫁の隣に居るおっさんが叫ぶ。


「ニア、あれを捕獲するぞ」


「了解ニャ~よ」


 俺の指示を聞いたニアが、喜び勇んでその男を捕らえに向かう。しかし、彼女は男を捕まえる寸前にその場から飛び退る。

 その行動を不審に思ったのだが、その理由は直ぐに明らかとなる。

 何故なら、一人の敵が、その男の前に立ちはだかったからだ。

 だが、俺はその敵の存在に驚く...... いや、失敗しだと叫びたくなる。


「腹ペコ女ニャ~よ」


 そう、そこに現れたのは、ロルアロの近くで出会った飢えた娘だったのだ。


 てか、ニア、お前が腹ペコ女って言うなよ!


 ニアにツッコミを入れつつ、この作戦は失敗したと判断するのだった。







 その姿は如何見ても、あの腹ペコ女だった。

 肉を乗せたフライパンを凝視して、涎をタラタラと溢していた女だった。

 俺から受け取った木皿に盛った肉をガツガツと食っていた女だった。

 黒髪で、やや美人で、乳がデカく、ちょっとエロい服を着た女だった。

 あの女が何故こんな所に居るのだろうか。

 恐らく、あの女は糞神の回し者だと思う。だから、近寄りたくないナンバーワンの女なのに......

 だが、向こうは向うで驚いている様子だ。


「如何して、如何してあなた達がこんな所に居るの?」


 腹ペコ女が尋ねてくるが、何と返そうかと悩んだ処でニアが叫んだ。


「腹ペコ女は恩知らずニャ~よ。飯だけ貰って敵に回るとか、猫にも劣るニャ~よ」


 いやいや、猫って...... お前が猫だろ......


 しかし、ニアの言葉は奴にグサリと突き刺さったようだ。

 てか、リアクションでかいよ。それ、演技か?


 その腹ペコ女はニアの台詞でダメージを喰らって片膝を突いている。

 まさか、お腹が空いて立てない訳ではないと思うので、その動作からかなりの演技派であると考えられる。

 てか、何時までも腹ペコ女の分析なんてしている訳にはいかないのだ。


「おい、なんでお前がここに居るんだ?」


 俺は面倒臭いのが嫌いだ。だから、サクッと本題に入る。


「お、お金がなくて......傭兵?」


 この女はバカだな......


 俺は腹ペコ女からの返事を聞いて、即座にバカ認定する。

 更に、相手がバカなら、こちらも対応が簡単だとばかりに対策を講じる。


「じゃ、金やるから引いてくれないか?金貨十枚でどうだ?」


「き、き、き、金貨、じゅ、じゅ、じゅ~~」


 おい、金貨を焼いているのか?


 俺の言葉に、腹ペコ女が動揺している。もしかしたら、このまま解決するかもしれない。

 だが、世の中とはそれほど甘くないらしい。


「な、何を言っておる。儂が金貨百枚出すぞ!早くそいつ等を倒せ!」


 ちっ、後ろの偉そうなオヤジが金額を吊り上げやがった。


「ごめんなさい。私のご飯のタネになって下さい」


 どうやら、金に目が眩んだらしい。こういう女が往々にして結婚に失敗するんだな。


 懐柔作戦に失敗した俺が、全く戦闘に関係ない事を考えていると、金で転がった腹ペコ女に向けてニアが襲い掛かる。

 だが、彼女は俺の想像を絶する速さでそれを躱す。


 なんだ、今の速さは! あの洗脳勇者よりも速いぞ!


 腹ペコ女の動きに驚いていると、それを追い掛けるニアが苦言を浴びせる。


「ちょこまかするニャ~の」


 いや、だからお前が言うなって!


 まあいい。あいつはニアに任せて俺は、そこのオヤジを取っ捕まえよう。

 という訳で、颯爽とオヤジに詰め寄るのだが、慌てたオヤジが大剣を振り回す。

 しかし、それを右の親指と人差し指で摘んで止め、オヤジを平手打ちする。

 その一撃で、オヤジは夢の世界へと落ちて行く。


 よし! 後は回収するだけだ。さっさと、とんずらするぞ!


「ニア、程々にしろよ!戻るぞ!」


 腹ペコ同士で遣り合っているニアに、撤収の宣言を行うと俺はオヤジを脇に抱えて走り始める。

 すると、俺の言葉を聞いた見たニアが、もう一人の腹ペコ女に捨て台詞を吐いてるのが聞こえてくる。


「ちっ、次は倒すニャ~よ!腹ペコ女~!」


「ちょっ、何よ!その呼び名!てか、あなたの方が年下でしょ!あれ?あれ?駄目~~~!それはご飯のタネなのよ~~~!」


 ニアの捨て台詞に憤慨していた腹ペコ女だが、俺がオヤジを連れ去るのを見て、慌てて叫んでいる。

 だが、この距離ならもう追いつけないだろう。


 つ~か、飯のタネって...... どんだけ貧しい生活をしてるんだ?

 抑々、チュートリアルを抜けて来たのなら、ある程度は食べ物が手に入っただろうに。


 そんな事を考えながら逃走していると、隣にニアが走り寄って来る。


「奴はどうなった?」


「にゃーーー!追い掛けて来てるニャ~よ!」


「な、なんだと!それは拙いぞ!」


 ニアに腹ペコ女の様子を聞くと、振り向いたニアが嫌な顔で伝えてきた。

 更に、彼女は追い掛けてくる腹ペコ女の様子を解説してくれる。


「飯のタネーーー!って叫んでるニャ~よ」


 ちっ、どんだけ腹ペコなんだよ! てか、飯を食わせてやれば大人しくなるかな?

 だけど、あまり関わりたくないんだよな~。


 なんて思いつつも、俺の願いとは裏腹に、腹ペコ女は街まで付いて来るのだった。



 黙々と食事を摂る女がいる。

 いや、ガツガツと言った方が相応しいかも...... 折角、美人なのに何もかもが台無しだ。


『ところで、如何するんだい?この腹ペコ女』


 両手で肉を持って齧っているカオルが、冷たい視線で話し掛けてくる。

 というか、街には沢山の食堂が存在するのに、なんで俺がみんなの飯を作っているのかが疑問だ。

 いやいや、今はカオルの問いに答えないと引っ掻かれそうだ。


『飯を食わせて、今後の食費を与えやれば居なくなると思うが』


 だが、カオルはそう思わなかったのだろう。まるで溜息を吐くかのような態度を取った後、首を横に振りながら念話を飛ばしてきた。


『君は本当に甘いね。まあいいよ。そのうち解るさ』


 その意味深な物言いが気になるが、お代わりお代わりと煩いニアの木皿に焼けた肉を乗せてやりながら、ガツガツと食い捲る腹ペコ女を眺めるのだった。



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