第49話 クルドアの願い


 激しい剣戟が響き渡る。

 視線の先では大剣を持ったエルと槍を持ったクルドアが激しい戦いを繰り広げている。

 といっても、模擬戦なので全く気にしていない。

 それよりも、俺にはさっぱり解らない事がある。それが何かというと、激しい剣戟も、激しい戦いも、どちらもさっぱり意味不明なのだ。

 と言うのも、今のエルの力なら、それこそ剣戟など打ち鳴らす事無く終わらせる事が出来るだろう。

 それなのに、態々激しい戦いを繰り広げているのだ。


「はっ!」


 疑問だらけの俺が見ている前で、クルドアが突きを繰り出す。恐らくは鋭い突きなのだろう。だが、今の俺から見たらカタツムリが飛び乗る程に温い突きだと思える。

 しかし、エルは恰も必死にといった感じで躱し、クルドアの首元へと大剣を振り下ろしたかと思うと、その切っ先が肌に触れる寸前の処で止める。

 全く戦う必要性を感じない模擬戦だ。こんな事をやって何の意味があるのだろうか。


「参った!」


 クルドアが降参の声を上げると、観戦していた騎士達からどよめきの声が上がる。

 そんな彼等の視線は、エルから全く離れない。まるで最新鋭の誘導システムのようだ。

 しかし、当のエルと言えば、そんな視線を気にする事無くこちらに戻って来る。

 すると、マルカが用意してあったタオルを渡す。


「ありがとう。マルカ」


 珍しくエルが素直に話しているのを聞いたような気がした。

 マルカの方も嬉しいと言うより、少し驚いている様子だ。

 懐かしい者と会って心境の変化でもあったのだろうか。


 エルから聞いた話では、クルドアはこの近辺では有名な騎士であり、隣のアルドランダ王国でも有名らしく、彼女がまだ幼い頃に客人として来ていた彼に剣などを教えて貰ったとのことだ。

 それに加えて、メイファスなんてエルに縁談を申し込んでいたらしいが、彼女の野望に沿う男では無い事から、断っていたとの話だ。


 エルの言動に疑問を感じていると、後ろから俺を呼ぶ声がする。

 これがキララなら最高なのだが......


「おい!私と勝負しろ」


 行き成り、勝負勝負と煩いのがこのミラルダ王国第二王子であるメイファスなのだ。

 しかし、戦う事の意味が見い出せず、相手にしていないのが現状だ。


「卑怯者、なぜ私との勝負を受けない」


 俺が冷やかな視線のみを返し、溜息を吐いていると、更に血気盛んとなったメイファスが怒鳴り声を上げる。

 仕方がないので、渋々といった感じでメイファスに告げる。


「お前と戦っても意味がない」


 その言葉にカチンと来たのだろう。奴は躍起になって吠える。


「そんなものは戦ってみなければ分らないだろ!」


「戦わなくても解るんだ。いや、それが解らないのなら、尚更に戦う価値は全くない」


 そう、奴は相手の実力を測る事が出来ない程に未熟なのだ。

 それも解らずに、戦ってみなければ分らないと言うのは、子供の我儘よりも酷い話だ。

 それ故に、俺はその言葉を最後にその場を後にする。

 後ろでは、メイファスがギャアギャアと騒いでいるが、完全にスルーだ。


 煩い男を無視して、先に進むと綺麗な中庭でニアとキララが遊んでいる。

 それはとても良く手入れされた綺麗な庭で、綺麗な芝生も張ってあり、キララが楽しそうにゴロゴロと転がっている。

 その姿はまさに天使だ。そんな彼女の姿を見て逆立った心を癒す。


 現在の俺達はミラルダ王都の西に位置するクトアと呼ばれる街に居る。

 更に付け加えるなら、そこの領主であるクルドアの屋敷に厄介になっているのだ。

 とっても、俺としては全く関わり合いになりたくなかったのだが、エルの悲しそうな視線に負けてここに居る訳だ。


 因みに、ここはミラルダ王国の最西端の領土となるので、ここらもう少し西に行くとアルドランダ王国、もとい、ソータ王国がある。まかり間違って立ち入るとティファに何を言われるか解ったものではないので、極力近寄りたくない。


「ママ~!ママ~!」


 俺に気付いたキララが声を上げる。

 一気に幸せな気分になり、キララの隣に腰を下ろすと、彼女がパタパタと歩いて来て抱き付く。

 今は成長期らしく、日に日に運動能力が向上しているのだが、俺との融合があってからは、飛躍的に成長し始めた。


 こいつは、マジで俺の天使だ!


 キララをあやしながら最高の気分になっていると、後ろから声を掛けられる。

 声の主が誰かなんて振り向かなくても解るのだが、それでは可哀想なので視線を後ろから来たエルに向ける。


「なあ、ソータは何で勝負して遣らないんだ?」


 彼女は、俺がメイファスと勝負をしない事が気になったのだろう。


「それって、勝負すると何か良い事があるのか?」


「いや、良い事って......」


 俺の言葉にエルが口籠る。

 だが、俺は更に戦わない理由をエルに伝える。


「何か得るものがあれば戦うが、奴と戦うのは論外だ。初めから勝負にならない」


「た、確かに、メイフィスとソータの勝負だと、一秒も掛からずに終わるだろうな」


 エルが納得した処で、俺は彼女の逆に尋ねる。


「エルこそなんで手を抜いて戦うんだ?」


「......」


「相手に恥をかかさないためか?てか、そんな模擬戦に意味があるのか?」


 ちょっとキツイ口調になってしまったが、俺の考えを告げる。

 ただ、別に否定されても構わない。飽く迄も俺の考えだから。

 しかし、エルの答えは全く違うのもだった。


「だったら、ソータが模擬戦の相手をして欲しい。妾も鍛錬の相手が必要なのだ」


 どうやら、戦う相手が居ないのが原因のようだ。


「俺は構わないが、ニアでもいいじゃないか」


「ニアは......負けると悔しいからダメだ」


 ぐはっ! なんて負けん気の強い...... てか、嫁同士の確執というやつか?

 まあ、俺も鍛錬の相手は必要だからな。


「じゃ、今度からは俺と模擬戦をやるか」


「ホントか?う、嬉しいぞ、ソータ!」


 彼女に快く返事をしてやると、俺の背中に抱き付いてくる。


「エルマ~マだめ~~~」


 すると、何故かキララがエルを突き離そうとする。

 別に仲が悪い訳では無いのだが、もしかしたら、キララはヤキモチを焼いているのも知れない。


「ぬ~、キララばかりズルいぞ」


「おい、なに子供と張り合ってるんだよ」


「だって~、このところキララばかり構ってるじゃないか」


 ぬぐっ、そんなつもりは無いのだが、キララの愛らしさに負けて、そうなってるかもしれない。


「あ~~~、エル、抜け駆け何てズルいわ」


 だが、今度は俺の背中に抱き付くエルの姿を見たミイが発狂し始める。

 更に、その後ろでは騎士連中が怒りの視線を俺に向けてくる。


 そんな状況に、俺は本当にこんな所に来なきゃ良かったと、しみじみ感じ入るのだった。







 実は、ここに厄介になっているが、呼ばれた理由は全く知らない。

 ただ手助けして欲しいと頼まれて、それを拒否しようと思った処でエルが縋り付く様な視線を投げ掛けてきた所為で、こんな所まで来ている。

 その事にカオルが文句を言うかと思ったが、全く何の苦言も述べなかったのが不思議だった。


 それはそうと、現在はクルドアが本題に付いて話をしたいという事で、会議室のような部屋に俺と仲間が集まっている。

 という訳で、退屈しそうなキララには、お菓子をふんだんに与えている。


「ママ~おいち~~!」


「そうかそうか」


 和やかな表情で、喜ぶキララに答えているのだが、周りからの視線は冷ややかだ。

 俺の猫耳で微かに聞き取れる言葉は、親バカとかキララに甘いとかそんな台詞ばかりだが、全く気にしない。


 そんな俺がキララを膝の上に座らせて和んでいると、クルドアとメイファスが部屋に入ってきた。

 クルドアに関しては、至って普通なのだが、メイファスはと言うとまるで親の仇の様に俺を睨んでいる。

 よっぽど、エルに未練があるのだろう。

 まあ、ぶっちゃけ、男勝りな部分を除けば、エルは最高級の女だからな。


 メイファスの視線を受け流し、しれっとした表情で話を待っていると、クルドアが挨拶から始めたので、面倒になってきた俺が口を挟む。


「申し訳ないが、本題に入ってくれ。それと簡潔に話して欲しい。俺達は抑々がこの国に関係ない人間だ。細かな事を話されても解らないからな」


「それは済まない。では、簡潔に話すとしよう」


 俺の言葉にメイファスは立ち上がりかけたが、全く動じた様子の無いクルドアが押し止める。


「実を言うと、ミラルダ王国の現王、メイファス様の御父君が先日身罷られたのだ。そこで王位継承を順位通りに行ったのだが、新たな王となったメイファス様の兄君が、何を考えたのかメイファス様を亡き者にしようとされたのだ」


 エルは少し驚いた様子だったが、他の者は全く動じていない。というか、全く関係ない話だからな。

 てか、それで襲われていたという事か、だったら、こんな所に居たらあっという間に遣られるんじゃないのか?


 俺の疑問は誰もが考え付く事のようで、クルドアがそれについて話を続ける。


「それで、現在は王都で出兵の準備をしているらしい。そこでお主らに頼みたい事があるのだ」


 おいおい、まさか王都から来る兵と戦えと言うんじゃないだろうな。


 だが、そんな俺の読みは外れたようだ。


「心配せずとも、お主達に戦えとは言わぬ。お主達への願いは、こちらのメイファス様をアルドランダ王国......いや、ソータ王国へお連れして欲しいのだ」


 要は亡命という訳か...... だが、その答えはノーだ。

 ソータ王国に行くなんて、ミラルダ王国軍と戦う方がマシだ。

 それよりも気になる事があるのだ。


「クルドアさん、仮にメイファスをソータ王国へ連れて行くとして、あんたは如何するんだ?」


 すると、呼び捨てにされたメイフィスが俺を睨んでくるが、クルドアは押し黙る。

 だが、おっさんは暫くすると、クククと笑い出した。


「気にするな。この老骨は己の信念を通すだけだ」


 恐らく戦って死ぬ気なのだろう。

 俺からすると、こんなゴミ王子より、このおっさんの命の方が大切なように思える。

 だから、余計な事だと思いつつも口を挟む。


「メイフィス、あんたは、それで如何するんだ?」


「さっきから、お前は無礼だぞ!」


 俺の言葉にメイフィスが切れる。だが、逆にその口振りにカチンとくる。


「何故、無礼なんだ?お前が王子だからか?高が王家に生まれただけだろ?お前が王族としてこの国の為に何を遣って来たんだ?」


 すると、メイファスは剣を抜いて怒鳴り散らす。


「手打ちにしてくれる!そこに直れ」


「お前は何様なんだ?お前から王子の肩書を取ったら何が残るんだ?」


「うるさい!」


 怒鳴り声を上げるメイファスは眼前のテーブルを蹴飛ばし、俺に向かって剣を振り下ろす。

 しかし、次の瞬間、メイファスは吹き飛んで行く。

 俺が右腕でキララを抱っこしたまま、左腕で襲い掛かって来るメイファスを殴り飛ばしのだ。そして、俺はクルドアに告げる。


「おっさん、悪いけど答えはノーだ。こんな糞ゴミを助けてやるために、おっさんが死ぬ事はない」


 すると、クルドアのおっさんは、行き成り俺の面前に出たかと思うと土下座を始めた。


「申し訳ない。だが、メイファス様だけでも逃がして差し上げたいのだ。どの道、この国はもう終わりだ。新たな王は神のお告げだと言い重鎮の拘束も始めた。その上、屈強な勇者まで取り込んでいる。最早、我らが敵う相手では無いのだ」


 何か、嫌な単語が沢山並んだぞ!


 そんな事を考えた時だ。カオルの念話が脳内に届く。


『いいじゃないか。手伝ってあげなよ。ああ、そのアホ男をソータ王国へ連れて行くという話ではないよ。ミラルダ王国の新国王をぎゃふんと言わせてやろうよ』


 何を考えたのか、糞神ネタが出た途端、カオルがヤル気全開になっている。

 こうなると、俺に拒否権が無いのだが......

 まあいいか、あの病的な勇者には腹に穴を空けられたツケもあったし、ここで晴らしとくのも悪くない。


「おっさん。分かった。じゃ~こうしようぜ。俺達はメイファスをソータ王国に連れていかね~。その代わり、ミラルダ王国の新国王を叩き潰して遣る。だが、その後は知らない。おっさん達の好きなようにしな」


 俺の言葉に、クルドアのおっさんが驚愕の表情となる。オマケに声すら出ないようだ。

 だが、俺の不敵な笑みは最高に決まってる筈だ。


「ママ~、変な顔してどうしたの?気分が悪いの~?」


 がーーーーーん! キララに言われるとは...... ショックで立ち直れないかも......


「何笑ってるんだよ!」


 俺の後ろで、エルやミイ、マルカがクスクスと笑っている。


「お兄ぃ、笑ってないよ?気のせいだから、クスクス」


「ぷぷっ、ソウタ、笑ってないププッ」


「ゆるせ......ソータ。ツボに嵌った。クククッ」


 唯一笑っていないニアを見ると、椅子に座ったまま爆睡していた。


『まあ、誰にでも黒歴史くらいはあるものだよ』


 更に、カオルからは全く慰めにならないお言葉を頂き、ションボリとしながら今後について話し合うのだった。







 まあ大きな口を叩いた訳だが、ぶっちゃけ戦の事なんて全くしない俺は、クルドアのおっさんに、色々と教えて貰った。それで知った事は、そろそろ軍がこの街に攻めてくる頃だろうという事だった。

 初めは、俺達から速攻で乗り込もうかと思ったのだが、その間にここが落とされては意味がないので、ここに攻めてくる敵を片付けてから王都へと向かう事にする。


「くっ!やぁ!」


 エルの大剣が空を切る。だが、すぐさま切り返しの一撃を振り切る。しかし、それも空を切る。すると、今度はエルの残身を狙って俺の金属バットが叩き込まれるが、エルは全く躱すことが出来ない。

 仕方なく、寸止めで終わらせる。


「うぐっ、妾は......」


 簡単に遣られたエルは、悔しそうに歯を食い縛る。

 だが、俺から見たら、以前よりも格段に強くなっている。いや、驚異的に強くなっていると言っても過言でない。


 訓練場で模擬戦を行っている事から、周りには沢山の騎士達が訓練をしているのだが、自分達の訓練をそっちのけで見ていた騎士達は、顎が外れたのかと思う程にあんぐりと口を開けて固まっている。恐らく、俺とエルの戦いが彼等の想像を遙に超えたものだったのだろう。


 騎士達の驚愕を余所に、エルの成長具合に驚いていると、今度はニアが颯爽と現れた。そして、身体をくねらせながら声を掛けてくる。


「ダンニャ様~、にゃ~とも模擬戦やるニャ~よ」


「ああ、いいぞ」


 こうしてニアとの模擬戦を始めたのだが、流石にニアの速度は半端ない。

 しかし、俺も負けてはいられないのだ。俺の目標は当然ながら糞神だからな。これくらいで負けたりしていられない。

 だが、残念ながら、俺とニアの戦いは途中で中断される事となった。


「敵の軍がこの街まで三キロの場所に集結しているそうだ。全員直ぐに集合しろということだ」


 一人の騎士が鍛錬を行っている者達に伝達して回っている。

 すると、俺達の処へクルドアのおっさんが遣って来た。


「どうだ。調子は」


 おっさんはニヤニヤしながら問い掛けてくるが、俺は何時でも絶好調だ。って、嘘だけど......


「まあまあかな。ああ、普通の兵士相手なら何の問題も無い。それよりも勇者くんは来てるか?」


「いや、来てないらしい」


 取り敢えず、一番気になる勇者に付いて尋ねてみただが、どうやら来ていないらしい。それなら、敵は一般兵ばかりだし、その対応は簡単だ。


「そうか、それなら簡単に事が終わるな」


 俺が軽く言うと、おっさんは信じられないといった表情で話し掛けてくる。


「本当に大丈夫なのか?」


「ああ、全く問題ない。だが、戦術については解らないから、タイミングは教えてくれよ」


「ああ、勿論だ」


 クルドアのおっさんと戦いに付いて軽く話し合いながら、エルとニアを連れて会議室へと向かうのだった。


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