第47話 料理は人生最大の敵


 目が覚めると、そこは小高い丘だった。

 処どころに木々が生い茂るただ草原が広がる丘。

 これが日本なら、あっという間に住宅地に変わるでしょう。

 周囲に視線を巡らせると、遠くには森が見える。更にその先には高い山があった。

 今度は、それとは逆方向へと視線を向ける。

 すると、川や畑が目に留まる。

 それは金色の絨毯と呼ぶに相応しい景色であり、都会生まれの都会育ちだった私に取って、とても新鮮な光景だと言える。


「綺麗な景色。あの金色の畑は麦かな?それにその先に障壁で囲まれた街が見えるわ」


 しかし、美しき景色に感動している私をあざ笑うかのように、己の存在を主張する者が居る。


「ぐぅ~~~~~~」


 どうやら、私のお腹は美しき景色では満たされないようだわ。

 それも当然か。なんて今更ながらに考えると、今度は近くに視線を巡らせて、程好い平地を探し当てる。


「ここで良いかな」


 いつの間にか身に付いてしまった独り言を発動させながら、アイテムボックスからテントを取り出す。

 と言っても、これから組み立てる訳では無く、既に組み上がった状態なので、見た目はテントだけど、携帯ハウスと言った方がしっくりくるかもしれない。


 そんなテントの入口から中に入ると、更にテントという言葉が似つかわしく無くなる。

 そう、そこは1LDKの広いリビングなのだから。


「というか、これは何度見ても凄いわね。電化製品がないだけで、日本の調度と変わりないわ。これを世田谷区辺りで借りたら、月に幾らの家賃が取られる事やら」


 両手を腰に当てながら感心するのだけど、これを始めて見た当初は東京に持って帰りたいと真剣に考えたものだわ。

 何と言っても、水洗トイレと給湯器付きの広い風呂があるのがいい。

 その原理は不明だけど、使用感は日本にある物と全く変わらない。

 このテントの事を知るまでは、トイレの度に嫌な思いをしていたのだが、開けてビックリ玉手箱とは、本当にこの事だと思う。


「さあ、気合を入れて料理しましょうか」


 全く自信が無いのだけど、綺麗なシステムキッチンへと移動すると、オークを倒して手に入れた豚肉をアイテムボックスからとりだし、キッチンに常備されているまな板の上に置く。


「えっと~~、何をすればいいのかな?」


 肉を取り出したところで固まる私。


「た、たしか、包丁の裏で叩いて肉を柔らかくするのよね?」


 そんな事を呟きながら、ステーキ大の豚肉をまな板と同様にキッチンに具備されている包丁の背で叩く。


「お~ぅ、マイガッ!」


 そう、私の筋力は異常に発達してしまったのだ。それを未だに理解していない事を露呈させてしまった。

 とは言っても、誰かが見ている訳では無いし、直ぐに気を取り直して二つに引き千切れた豚肉に塩コショウを振りかける。


「あうちっ」


 やはり、この戦闘能力の高さは一般生活に向いていないらしい。

 眼前にある豚肉が塩コショウ塗れになってしまった。

 それを見て、首を横に振りながら溜息を吐く。

 しかし、ずっとそうして居られる訳も無く、仕方なく豚肉を摘み上げて、過剰に降り掛かった塩コショウを払い落す。


「後は焼けばいいのよね。料理なんてお腹に入れば同じだわ」


 ガサツな女だと思わないで! これは自分を慰めてるだけで、本当は美味しいものが好きなのよ!


 誰にともなく言い訳をしながら、フライパンをコンロに乗せて、その上にやや黒っぽくなった豚肉を乗せる。

 すると、肉の焼ける音と共に、香ばしい匂いが漂って来る。

 それを感じた私は気を良くする。


「ざっとこんなものよ。料理なんて簡単だわ」


 これまでの流れが全く料理になって無い事を理解していない私は、誰に言って聞かせる訳でもなくそんな事を口にする。

 しかし、これが良くなかったのだろう。


「確か、豚肉はしっかりと火を通す必要があるのよね」


 うる憶えの知識を披露しながら、フライパンの上で焼ける肉を裏返す。

 それを何度か続けるうちに、肉の焼ける小気味よい音が激しいものと変化していく。

 更に、肉の焼ける香ばしい匂いが、次第に焦げるような臭いへと変わっていく。


「少し黒いけど、これってコショウの所為よね?」


 いや、きっと私の頭の所為だと思うのだけど、この時の私には理解できかった。


「よし、これでOK」


 こんがりと...... しっかりと...... 少し過剰に? 黒く焼けた...... まさか、焦げては無いよね?


 そんな感想を持ってしまう物体を更に盛り付け、ホークとナイフを持ってダイニングテーブルへと移動する。


「さて、実食!」


 ホークとナイフで上手に切り分けた豚のステーキを口に放り込むと、私は即座にトイレへと飛び込んだ。


「ダメだわ。私には無理。そう私は駄目な女のよ。ううう」


 やや自暴自棄になった私は、黒い物体が乗った皿を見遣って頭を抱える。

 そのまま、リビングのソファーへと倒れ込むと、自分の愚かさを呪う呪詛を唱え始める。

 暫くそんな時を過ごし、いい加減に己を罵倒する言葉が尽きた頃、私はのそりと起き上がり、黒い物体と化した豚肉を草原に投げ捨て、料理と言えるのか疑問な行為に使った調理具や皿などを洗い始める。


「いいの、私は料理の上手な男を旦那にするんだから。いえ、沢山お金を儲けて外食三昧よ」


 己が会社を辞めたいと思っていた事を棚に上げて、金持ちになる気でいる。


 我ながら、素晴らしい性格だと思うけど、仕方ないじゃない。こんな性格なんだから......


 結局、洗い物を済ませた私は、空腹なままリビングのソファーに転がる。

 色々と頑張ったつもりだけど、最終的には労力を浪費しただけの結果となり、その所為で余計に疲れが増してきた。


「良く考えたら、転移で意識を失っていたけど、全く寝てなかったんだわ」


 今や当たり前のように独り言を呟きながら、高そうなソファーで転がったまま瞼を閉じる。

 そして、目を開けたら日本に帰ってますようにと、お祈りしようかと思ったのけど、あまり帰りたいとも思えなくて、そのまま寝入ってしまうのだった。







 どれくらい眠っていたのだろうか。

 目を覚ますと、部屋の中が暗かった。

 流石に自動で照明が点いたりする仕組みは無いようだ。

 てか、窓が無いのだけど、室内に昼夜の明暗がある事が信じられない。


「なんか、久しぶりにゆっくり寝た気がする」


 それはそうだろう。だって、チュートリアルに転移させられたのも、仕事が終わって家に帰り、コンビニで買って来た弁当を食べ、風呂から上がった処だったのだから。


 私は部屋の灯りを点け、これからの事を考える。

 すると、結局、満たされなかったお腹ちゃんが、まるで猛獣の様な唸り声を上げる。

 そのお腹ちゃんのひと吠えで、これからの行動の第一が食事であることを認識する。


「だって、腹が減っては戦はできぬって言うしね」


 だったら、料理くらいちゃんと作れるようになれよって話なのだけど、それとこれとは別問題という事にさせて貰いましょう。


 誰にともなく言い訳がましい事を呟きながら、テントの外へ出ると、真っ暗な世界が広がってきた。

 別に、この世界が破滅した訳では無いのは、空を埋める程の星々を見れば分かる。

 そう、少し仮眠を取ったつもりが、すっかり寝入ってしまったようで、既に夜となっている。

 だけど、それよりも気になった事がある。

 それが何かというと、何処からか漂って来る美味しそうな匂い。

 お腹が更に悲鳴を上げるような匂いが漂っているのよ。


 私は必死に周囲に視線を巡らし、その匂いの元を探そうとするのだけど、顔を振る度に涎が飛び散っているのは内緒にして欲しい。

 それはそうと、私が細心の注意を払って周囲を確認した結果、空に上がる一筋の煙を見付ける。

 どう考えても、焚火か何かの煙だろう。


 色々と考えたが、危険よりも空腹の方がウエイトが重く、匂いに釣られるように煙の方向へと歩き出す。


「私の鼻はそう簡単に誤魔化せないわよ」


 まるで犬の様に匂いを嗅ぎながら訳の解らない事を呟く。

 だけど、歩くにつれ美味しそうな匂いが強くなっていくのが分る。


「こっちで間違いないようね」


 いえ、私は間違いだらけなのだけど......

 抑々、匂いの先に行って食べ物に有り付ける保証も無いのだ。

 というか、普通に考えると食べ物を分けてくれたりはしないだろう。

 それでも、希望の光を信じながら突き進む。


 そこは草原の片隅で、少し木々が生えた処だった。

 煙を上げていたのは、予想通り焚火なのだけど、料理は焚火で行われているものでは無かった。

 てか、空腹の所為か、どんな人が何人いるのかも認識できない。

 ただ解るのは、美味しそうな肉がフライパンの上で程好く焼けて居る事だけ。


 そのフライパンの上の肉に視線が合わさった時、私は思わず人目を気にする事無く走り寄ってしまった。

 すると、当然ながらそこに居た者達が驚いて声を上げる。


「また、野良猫?」


 金髪で耳の長い美人が冷たい声を発するけど、私の耳には入らない。


「野良猫なら間に合ってるぞ?」


 金髪美人の隣に座るこれまた美人が、私の突然の訪問を訝し気にしているけど、私の意識は肉に向いたままだ。


「にゃ~の分はあげないニャ~。猫はにゃ~だけでいいのニャ~~」


 更に、美人の隣に座る猫耳の少女が冷たい事を言って来るけど、完全に聞かない振りをする。

 どうやら、他にも少女や幼女がいるけど、今はそれ処では無いのよ。


「あ、あ、あの、あの......」


 そう、言うのよ。今は勇気を出して食べ物を分けてくれと言うの。

 だけど、何故かその一言が出てこない。

 そんな挙動不審な私の事を、フライパンを持つ猫耳男が訝し気な表情で見ている。


「ぐぅ~~~~~~~~~~~」


 でも、私の代わりにお腹ちゃんが発言してくれた。

 いえ、言葉にはなってないのだけど......


 それでも猫耳男は私の心情を悟ったようだった。

 フライパンで焼けた肉を木皿に盛ると私に差し出してくる。

 だけど、その途端、二人の美女が騒ぎ始める。


「おい!それは妾のだぞ!」


「そうよ。私達の分じゃない」


 食べ物の力は偉大だ。逆に、食べ物の恨みは恐ろしい。

 そう思える程の憤怒で訴えかける美女二人だったけど、猫耳男は涼しい顔で一蹴する。


「お前等、今のは三回目のお代わりだぞ?空腹な者を優先して遣るくらいの優しさを持てよ」


 その言葉で二人の美女が大人しくなるが、猫耳男の隣に座る幼女が騒ぎ始める。


「あんぎゃ!あんぎゃ!あんぎゃ~~!(ママ!ママ!ウチのお代わり~~~)」


「すまん、すまん。キララも少し待ってくれ」


 幼女が何を言ってるのかは解らないけど、猫耳男は幼女の頭を優しく撫でて言い諭す。

 そんな猫耳男に、私はおずおずと話し掛ける。


「いいんですか?」


 その言葉に猫耳男は黙って頷く。


 それを見た私は、差し出された木皿とホークを受け取り、猛然と食べ始めた。

 肉ばかりだから、ごはんや野菜が欲しいけど...... 贅沢は言えないわ。

 しかし、男は何処からか、ごはんを取り出したかと思うと、私に差し出してくる。


「肉ばかりでは辛いだろ。野菜も食うか?」


 ぐっ、なんていい男なの。近年稀にみる気の利く男だわ。


 ゆっくりと頷いて、彼からごはんを受け取ると、彼は何処からか野菜を取り出して、下ごしらえを始めた。

 その手慣れた手付きは、熟練の技に見えた。

 いえ、今食べている肉も最高に美味しい。

 もしかして、料理の達人なのかな?


 空腹の所為で、食べ物が異常に美味しく感じる事に思い至らない私は、ガツガツと貰った焼肉を食べながら、彼の料理する姿に感動している。


 やはり、夫にするならこんな男よね。

 優しいし、料理が上手だし、気が利くし。


 だけど、お腹が少し満たされてきたところで、彼等の異常な雰囲気に気付く。

 私より少し若いくらいの女性が二人。

 結構年下の女性が二人。

 かなり年下......というか、自分の子供でもおかしくないくらいの幼女が一人。

 えっ! ね、猫が両手で肉を持って食べてる......

 ちょっ、ちょっ、ちょっ、なに、この猫らしくない猫は!


「ほら!」


 黒猫の異様な姿に驚いていると、彼が焼けた野菜の入った木皿を渡してきた。


「あ、あ、ありがとう」


 今更ながらに礼を言うと、彼は黙って頷く。

 ルックスは普通だけど、その落ち着きと鋭い眼光はカッコいいと思える。


 差し出された木皿を受け取り、驚きを抑えつけて再び食事に集中する。

 だけど、お腹が満たされれば満たされるほど、私の疑念は大きく膨らむ。

 だって、普通ならこんな怪しい女が突然現れたらパニックになるでしょ?

 恐らく、食事を分け与える処の話ではないと思う。

 でも、彼等は怪訝な視線を向ける事はあっても、全く騒ぐことなく、剰え《あまつさ》食事を分けてくれた。

 いえ、それよりも、始めてゲーム内の人間に会ったのだけど、これが本当にNPCなのかしら、完全に自分達の意思で行動しているわ。


 結局、彼等は何も言わず、というか、全く私の事を気にする風も無く、食事を済ませてしまった。


「ありがとうございます。でも、今、お金とか無くて......」


 改めて彼に例を述べると、眠そうにする幼女を抱いた彼は首を横に振って告げてきた。


「別に何もいらないぞ。気にするな」


 その言葉に安堵するけど、それよりも彼と子供と女性の関係が気になってしまった。でも、踏み込んで尋ねる訳にもいかず、私は頭を下げてから自分のテントへと戻る。


 そんな私がテントへと戻る間に巡らせた考えは、あんな料理が上手な旦那が居たらな~という妄想だったのは内緒の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る