第46話 メカ竜退治


 その部屋はこれまでと違って、驚く程の広さだった。

 恐らく、東京ドームくらいの広さがあるだろう。

 だが、ここで行われるのは、多くの観客がペンライトを振るアイドルのコンサートでも無ければ、多くの観客が腕でバッテンマークを作ってジャンプする訳でもない。

 それでも、ここが後楽園だったらどれほど幸せだろうか。

 何故ならば、後楽園でれば仮に巨大な竜の造り物があっても、決して人を襲ったりはしないからだ。

 結局、何が言いたいのかと申し上げると、現実逃避に向けて全力で疾走したいだけなのだ。


『カオル、流石にこれは止めないか』


 二十メートルはあろうかという機械の竜が居座る巨大な部屋の入口から、こっそりと中を覗きながらカオルへと泣きを入れる。

 だが、カオルは何故か無言だ。いや、放心状態だと表現した方が良いかもしれない。

 まさかと思うが、さっき俺が怒鳴った所為なのか?

 もしかして、脳内嫁のエルや脳内愛人のミイが無言なのもその所為なのか?


「お兄ぃ、さっきの攻撃が三人を凍らせたままだよ?」


 俺と同じように三人の言葉を聞く事の出来るマルカが、困った表情で左手に持つミイが宿った綺麗な弓の弦を引く。

 すると、本来ならピンと張っている筈の弦が、今やだら~~んと垂れ下がったままとなっている。


 どんな弓だよ、それ!


 どうやら、ミイは完全にお陀仏になっているようだ。

 ミイはそんな状態なのだが、エルが宿っている大剣の方は一応戦闘に支障が無い程度には使えている。

 ただ、いつもの様に騒いだりしない処を見ると、恐らく放心状態なのだろう。

 右手の大剣を見遣りながら、そんな事を考える。

 だが、今はそれ処では無いのだ。そう自分に言い聞かせ、あの巨大なメカ竜をどうやって倒すかに思考を向ける。


「にゃ~がバラバラにするニャ~よ」


 ニアは元気に腕を振っているが、反射の能力とか持ってたら完全にお手上げだ。


「お兄ぃ、水を掛けて雷撃は?」


 確かに、現状だとその作戦しかないような気がするが、それが通用しなかった場合にどうするかだ。

 なんて思案している内に、何やら不穏な声が響き渡る。


「バラバラになるニャ~よ!」


 ぐあっ、あの腹ペコ猫娘、ダメだって言ったのに突撃しやがった。

 俺は焦ってキララをカオルの隣に降ろすと、ニアを追って走り出す。


「んぎゃ!んぎゃ!あんぎゃ~~~!(ママ!ママ!ママ~~~!)」


 後ろからは、キララが泣き叫ぶ声が聞こえてくるが、流石にこんなヤバイ戦闘に連れて行く訳にはいかない。


「マックスヒート!加速!」


 最大加速でニアを追う俺が横をチラリと見遣ると、少し距離を取って魔人化したマルカが走っている。

 てか、いつ見ても、あのビキニアーマーはエッチな格好だ。


 いかんいかん、戦闘に集中せねば。


 少し伸びた鼻の下を元に戻し、視線をニアに向けると、彼女は既にメカ竜の足に蹴りを入れていた。

 俺の角度から見で、その蹴りは見事にメカ竜を捉えたような気がしたが、ニアは即座に後ろに下がる。

 次の瞬間、竜の尻尾が彼女を襲うが、それを上手く避けて再び襲い掛かっている。


 どうやら、反射の攻撃はないようだな。


 その事に安堵しながら、俺も右手に持つ大剣でメカ竜を斬り付ける。

 だが、そこで違和感が生まれた。

 大剣が奴に当たっていない様な気がするのだ。

 俺はメカ竜の攻撃を躱し、再び奴に大剣を振るうが、やはり奴の手前で止まっているようだ。

 まるで、奴の身体を透明な膜が保護しているかのようだった。


 その事を知った俺は即座に奴と距離を取る。

 すると、違う方向から攻撃していたマルカも俺の近くにやってくるなり、愚痴を溢し始めた。


「攻撃が全く届かないんだけど......」


 どうやら、マルカの攻撃も俺と同じ結果となったようだ。

 恐らく、ニアの攻撃も同じだろう。

 必死に攻撃を繰り返しているが、彼女の表情からは焦りを感じ取ることが出来る。


「ニア、戻れ!魔法を撃つぞ!」


 メカ竜の攻撃を避けながら、繰り返し攻め立てるニアに向けて叫ぶと、彼女は物凄い速度でこちらに戻って来る。


「水よ!」


 彼女が戻って来るのを察した俺は、即座に水の魔法攻撃で奴をずぶ濡れにし、そこへ全力の雷撃を叩き込む。

 すると、殆ど移動しない奴に向かって、巨大な稲妻が鼓膜が割れんばかりの音を立てて炸裂する。

 その攻撃で視界はホワイトアウトし、マルカとニアは何度も瞬きを繰り返している。

 俺はと言うと、サングラスのお蔭で、殆ど影響がないと言っても良いだろう。

 そんな俺が直ぐに異変に気付いて声を上げる。


「飛べ!」


 近くに居たマルカとニアが、その言葉で反射的にジャンプする。

 そう、雷撃を喰らった筈のメカ竜が一瞬で近付いて尻尾の攻撃を喰らわせてきたのだ。

 二人は勿論、俺も一緒にジャンプしていたので、その攻撃を喰らう事はなかったが、流石に驚愕した。

 何故なら、鈍足だと思っていた奴の移動速度が異常に速かったからだ。

 抑々、魔法攻撃に関しては、もしかしたら通用しないかも知れないと考えていたので、それほど驚く事は無かったのだが、あの巨体が一瞬にして移動するとは思いもしなかったのだ。


「これって拙いんじゃないの?」


 マルカが思わず声に出すが、そんなことは言わずとも決まっているではないか。


「逃げるぞ!」


 俺はマルカの問いに答える事無く撤退の指示を出すが、そこで唖然とすることになる。

 だって、入口が無くなっているのだ。


 入口に居た筈のキララは泣きながらこっちにヨチヨチと歩いて来てるし、カオルはそんな彼女の服を銜えて引っ張ろうとしているが、逆に引き摺られている状態だ。そして、その後方にあった筈の入口は、今や鉄の壁と化していた。


「最悪じゃない。どうするの、お兄ぃ」


 如何するって、逃げ道がないのなら戦うしかないじゃないか。

 てか、カオルの目当ての物だけ盗んで逃げ出せないよな...... 入口が無くなったんだもんな......

 もう完全に俺の頭はパニックとなっている。


「取り敢えず、この部屋は広いんだ。奴と距離を取ろう」


 そんな事を口にした矢先だった。

 奴は俺達の眼前に瞬間移動して来た。


「マズ!」


「逃げられないニャ~の」


「マルカ!ニア!加速!」


 マルカとニアが危機感を口にした途端、俺達は奴の尻尾で吹き飛ばされたのだった。







 メカ竜の一撃を喰らった俺は、物凄い痛みに意識を取り戻す。

 身体を動かそうにも、全く身動きできない。

 俺の視線に映るHPは赤くなり、残りのゲージが微々たるものとなっている。

 それから解る事は、俺は既に瀕死だという事だ。


「回復!回復!」


 俺のHPは二回の回復で満タンになるが、身体を修復する痛みが消える事は無い。

 これがこの糞ゲーワールドの最悪な処だ。

 それでも痛みに耐えながら、マルカとニアの様子を見ると、かなり酷い状態だったが命に別状は無さそうだった。

 奴の尻尾攻撃を喰らう瞬間、俺は加速で二人を抱き寄せていたのだ。

 だから、最大のダメージを受けているのは俺だと思う。

 それでも、二人が酷い怪我をしているのは確かだ。


 俺は痛みはするが、多少動くようになった腕でホフク前進して、二人の転がる場所まで移動すると、即座に回復魔法を放つ。

 これで二人の怪我は瞬く間に治る筈だ。

 だが、そこで俺はある疑問に辿り着く。

 何故、メカ竜は俺達に止めを刺しに来ないのだろうか。

 そう、俺達が生きている事に対する疑問だ。

 その時、聞き慣れた声が俺の耳に届く。


「ソータは遣らせん!」


「そうよ。私達がソウタを守るんだから」


 そう、暫くの間、ずっと脳内で、怒り、喜び、叫び、喚いていた声だった。

 視線を声のする方向へと向けると、ドレスアーマーを着た美女が必死にメカ竜と戦っている。

 更に、その後方では、長い耳をした美しい女性が、立て続けに矢を放っている。


「エル、ミイ、復活したのか!」


『そうだね。そろそろだと思ってたけど、でも、急がないと彼女達ではあのボスには勝てないよ』


 いつの間にか、俺の傍にカオルが居た。更にその後ろからヨチヨチ歩きのキララが近寄って来る。

 オマケに、その顔は既に涙と鼻水で最悪の状態となっている。


「あんぎゃ~~~~~~~~~~!(ママ~~~~~~~~~!)」


 キララは、俺の傍にくるなり抱き付いて号泣し続ける。

 そんな彼女を痛む身体で優しく抱きしめ、その小さな背中をゆっくりと撫でながら、カオルに問い掛ける。


『カオル、直ぐに助太刀には行くが、アレの弱点とかないのか?』


 すると、彼女は首を横に振りながら念話で伝えてくる。


『弱点はないよ。ただ、魔法を放つと奴のエネルギー補給になるから、絶対に禁止だよ』


 そうだったのか。動きの鈍かったメカ竜が雷撃を受けた途端に速くなったのはその所為だったのか。

 俺は態々奴に力を与えてやった訳だ......


『じゃ、ひたすら物理攻撃を続けるしかないんだな』


 その言葉にカオルが頷くが、俺はメカ竜のシールドについて思い出す。

 そう、どれだけ物理攻撃を喰らわせても、奴の身体には届かないのだ。

 それを如何するかと悩んでいると、俺の耳が悲鳴を拾う。

 即座に振り向くと、エルが吹き飛ばされている処だった。


 マズイ、呑気に考えている場合じゃなかった。


 そう思い、未だに痛む身体に鞭を入れ、即座に立ち上がろうとした時だ。

 なんと、キララが俺の首筋に噛みつきやがった。


 おいおいおいおい! このタイミングで初期化なんて最悪だぞ!


 驚愕と恐怖を一度に感じている俺は愕然としたのだが、キララの様子がおかしい事に気付く。

 いや、自分の身体もおかしい事に気付く。

 それは初期化による脱力感では無い。それ処か、全身に力が漲ってくる。

 キララを見ると、意識が無くなりぐったりとしている。

 少し揺さぶってみるが、彼女は全く反応が無いのだが、次の瞬間、俺の脳内で声が響き渡る。


『ママ、ウチが一緒に戦うんよ』


 その言葉は、とても一歳半の幼女のものとは思えなかった。

 でも、その声色でそれがキララである事は直ぐに理解できた。


『ママ、ウチの身体はカオルニャンに任せておけばええんよ。それよりも急がないとエルママとミイママがマズいんよ』


 そうだ。今はエルの事が心配だ。


 俺はキララの抜け殻をカオルに預けると、力強く立ち上がる。

 まるで、己の身体が羽になったように軽い。


「ハイヒート!加速!」


 ステータス上昇スキルと速度上昇能力を発動し、エルの下へ向うと周囲の景色が消えたような気がした。そして、次の瞬間にはエルの前に立っている。

 驚く心を無理矢理に抑えつけ、眼前のエルを確認すると、致命的な怪我は負っていない様だったが、かなり傷ついていた。


「回復!」


 そんなエルに向けて即座に回復魔法を発動させる。

 その魔法でエルが癒されるのを確認する事無く、視線をメカ竜に向けると、マルカとニアも復帰したようで、奴を引き付けてくれている。

 すると、横たわるエルから彼女に似合わないか細い声が聞こえてくる。


「ソータ、妾は......」


「話は後だ!こいつを倒すぞ!」


 申し訳なさそうな表情でおずおずと話し掛けてくるエルに向けて、ニヤリと笑みを零しながら後回しだと伝える。

 すると、彼女も一気に嬉しそうな表情となる。


「そうだな。先にこいつを倒すぞ!」


 泣いたカラスのように、直ぐに笑い始めたエルが、即座に立ち上がって剣を構える。しかし、それを見た俺はある事に気付く。


 そう言えば、エルが復帰したから武器が金属バットしかない......


 魔法は厳禁だと言うことで、物理攻撃しかないのだが、エルが戻ったお蔭で攻撃オプショションが限られてしまった。

 オマケに、鈍器攻撃スキルを取ってないというオチ......

 そんな時にキララが話し掛けてくる。


『大丈夫なんよ。ウチがママを強化するんよ。変~~~身~~~~!』


 何故か嬉しそうな声色でキララが変身と叫ぶと、俺の身体が光に包まれる。

 その光が収まると、俺の身体は歪な鎧に覆われていた。


 いや、カッコイイかも......


『邪竜剣!』


 自分の格好に惚れ惚れしていると、キララは更に脳内で叫び声を上げる。

 その途端、俺の右手に巨大な剣が生まれる。

 それも、歪な形はしているが、物凄くカッコイイ剣だ。

 思わず歳の事も忘れて厨二になりそうだった。


『ママ、これで最強なんよ!』


「ああ、ありがとう。キララ!」


 キララの言葉に、透かさず礼を言う。


『当然なんよ。ママはいつもウチを大切にしてくれるから』


「それこそ当り前だ。お前は俺の可愛い娘だからな。じゃ、行くぞ!」


『うん!』


 喜ぶキララの返事を聞き終えると、俺は巨大な剣を片手に持ち、その場からダッシュする。


「ハイヒート!加速!」


 それはもう、訳の解らない速さだった。

 自分でも理解できない程の速度でメカ竜の目の前へと躍り出ると、即座にキララが邪竜剣と呼んでいた大剣を叩き付ける。

 その瞬間、奴を覆っていた透明の膜が弾け飛んだような気がした。いや、恐らく弾け飛んだのだろう。側面から攻撃していたニアの蹴りが見事に奴の足を砕いたのだ。


「やったニャ~よ!やっと攻撃が当たったニャ~の」


 嬉しそうに喜ぶニアを一瞬だけ見遣ってから全員に告げる。


「さあ、これからぶっ潰すぞ!」


 すると、俺の声に呼応するようにエルが叫ぶ。


「ああ、これまでの鬱憤を全てこいつにブチ噛ますぞ!」


 更に、少し離れた場所から放たれたミイの声が俺の耳に届く。


「ここからは、私のターンなんだから!」


 そんな二人を呆れたような表情で見遣った後、視線をメカ竜に移したマルカが吠えた。


「さっきは痛かったのよ。屑鉄にしてやるからね!」


 オマケに、脳内ではキララが元気よく「おー!」とか叫んでいる。


 こうして全員が一丸となってメカ竜へと突撃したのだが、竜装化した俺の力が半端ないこともあって、あっという間にメカ竜を屑鉄に変える事となったのだった。







 折角、全員の意思を一つにして、強敵に立ち向かったのだが、それが終わると俺に氷河期が訪れた。

 いや、俗に言う修羅場という奴なのかもしれない。


「妾がソータの本妻だからなニア。お前の献身は認めるが、まだお前をソータの妻として認めた訳じゃないからな」


「そうよ。私はソウタの愛人なんだから、あなたはその次なのよ」


 大きな胸を張るエル。

 綺麗な瞳でひと睨みするミイ。

 そんな二人に威圧されたニアが、耳をペタンと伏せて項垂れている。

 だが、一番物言いを入れそうなカオルがここに居ない。

 視線を巡らせると、広大な室内の片隅にある棺の上でションボリとしている。

 いつもそうだ。彼女は棺の前にくると元気がなくなる。

 そんなカオルを確認した俺は、サラリとミイとエルに告げる。


「おい。その話はまた後だ」


 そう言って、俺はキララを抱き上げてカオルが待つ棺へと足を向ける。


「あ、そ、ソータ!でも......」


「ソウタ、待ってよ~~」


「にゃ~も行くニャ~よ」


 エル、ミイ、ニアの声が後ろから聞こえてくるが、俺は構わず足を進める。

 そんな俺の横では、マルカが難しい表情をしたまま歩いている。


「如何したんだ?」


 思わず気になって尋ねてみたのだが、彼女は黙って首を横に振るだけだった。

 彼女の雰囲気から、それ以上追及も答えてくれそうも無いので、その話を切り上げて胸に抱くキララに視線を向ける。

 現在の彼女は力を使いすぎた所為か、スヤスヤと眠っている。


 棺の前に辿り着くと、寝ているキララをニヤに渡し、俺は棺の蓋を抱えて開ける。

 後ろでは、キララをニアに任せた事で、ブツブツと呪詛を唱える者が二人ほど居たが、それは完全にスルーだ。


 棺の中には、やはり人骨があり、今回は足の骨だった。

 これで、足の骨は両方とも入手した事になる。

 俺の予想が当たっているのならば、後は腕、胴体、頭の三点なのだが、残りの目的地が四カ所の筈だから、胴体が半分に分かれてるかもしれない。


 カオルは何時もの様に、右前足を翳してその骨を吸収したようだった。

 彼女は吸収し終えた後も、棺を見詰めていたが、暫くすると頭を上げて皆に宣言する。


『ニアを颯太の嫁として認めるよ』


 その言葉に、マルカは手を叩いて応え、エルとミイが驚愕の表情で固まる。

 唯一、カオルの声が聞えないニアだけが首を傾げている。

 こうして俺の家族は六人となり、嫁が三人、愛人が一人、妹が一人、娘が一人という女系家族となるのだった。

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