第45話 ハーレムなんて絶対に要らない
狭い部屋に破砕音が響き渡る。
更に、それを上書きするような歓喜も響き渡る。
だが、俺の脳内には呪詛が響き渡る。
「にゃ~~~!潰れるニャ~~の!
夫婦ニャンターとは、もしかして夫婦ハンターのことか?
絶好調の腹ペコ猫娘ニアが、疾風となって動物型ロボットを粉砕する。
『なによ!あの猫娘!図々しにも程があるわ!』
『猫如きに~~~、遅れを取るな!ソータ!あいつを嫁になんて許さんぞ!』
『僕の許可なしで嫁とか許さないからね!颯太。当然解ってるよね!颯太!』
絶好調のニアと相反して、発狂する脳内愛人のミイ、激怒する脳内嫁のエル、二回も俺の名前を入れて念を押してくる自称第一夫人のカオル、そんな三人の罵声が俺を粉砕する。
てか、エル、猫如きって、今は俺も猫なんだが......
結局、健気なニアの行動に感入って嫁にするなんて言ってしまった俺は、今更それを否定する事も出来ず、三人の女性から罵声を浴びることになっている。
ニアには、ミイ、エル、カオルの三人について説明したのだが、当の本人達が指輪×2と黒猫という状況もあって、全く気にしていない様子だ。
「黒猫とか指輪よりも、生の娘の方が絶対にいいはずニャ~の」
いやいや、お前も猫娘だろ! というツッコミを入れたかったが、ニコニコ顔のニアを見ていると、とてもそんな事を言える雰囲気では無かった。
という訳で、ニアと三人の女達は未だに疎通が取れない状態なのだが、それが逆に、ミイ、エル、カオルの不満を募らせる結果となり、全ての呪詛を俺が受ける事になってしまっている。
とは言っても、三人の呪詛はマルカも聞こえているので、彼女も常に頭痛でもするかのような表情でいる。
「お兄ぃ、ちょっと何とかできないのかな?」
「俺に言うなよ」
『マルカ、何か文句でもあるの?』
『そうだぞ。妹分の癖して生意気だ』
『マルカは黙っていようね。八つ当たりされたくないよね?』
「あう~~」
藪蛇となったマルカは、首を窄めながら退散していく。
どうやら、ミイ、エル、カオルの三人は俺に変わってネガティブモードに突入したようだ。
という流れで、このメンバーで元気なのはニアとキララだけだ。
「あ~んぎゃ?(なんかいった?)」
いやいや、キララ、俺の心を読まなくてもいいから、元気に騒いでいろよ。
ただ、ニアが復帰したどころか、絶好調になって戻って来たお蔭で、俺達の進行速度は飛躍的に向上した。
という訳で、現在、地下十階まで来ている。
オマケに、この迷宮での取得経験値がとても良くて、俺のレベルも上がったのだ。
――――――――――――――――――
LV:47
HP:16399/16399
MP:3645/3645
――――――――――――――――――
STR:1024/4090/99
VIT:846/2610/74
AGI:923/3960/77
DEX:964/2350/146
INT:428/1600/47
LUK:20/1200/57
――――――――――――――――――
EX:224,657,334/677,796,473,278
――――――――――――――――――
PT:0
SP:127
――――――――――――――――――
まあ、一レベルしか上がってないので、それほど変わる事はないのだが、今回は速度負けしているからAGIを上げた。
そのお蔭もあって、今では何とか支障のない程度には戦えるようになったのだが、この先の事を考えると、今の戦闘力では不安だらけだ。
とてもでは無いが、地下二十階のボスと戦える気がしない。
ただ、現状の取得経験値のペースだと、地下二十階までにもう一レベルは上がるかも知れない。
恐らく、それでも焼け石に水だろうとは思うが、上がらないよりはマシだろう。
「ダンニャ~~~、お腹空いたニャ~~~よ」
サクッと戦闘を終わらせたニアが、空腹を訴えてくる。
てか、お前の旦那は飯係か!
『地下十階か~。今日はここまでにしようか』
カオルの声で、宿泊の準備を始めるとニアが喜び勇んで燥ぎ始める。
「やったニャ~よ。ごはんニャ~よ」
そんなニアを見たキララが、一緒になって燥ぎ回る。
「あんぎゃ!あんぎゃ!(ごはん!ごはん!)」
キララのそんな姿はとても可愛らしく、こんな子供なら何人でも欲しいと思ってしまう。
「ニア、悪いけどキララを見ていてくれるか」
「解ったニャ~よ。にゃ~達の子供だニャ~し。にゃ~もちゃんと育てるニャ~よ!」
何時からキララが俺とニアの子供になったのかは知らないが、ニアはそれでも良いのだろうか?
てか、そんなことよりも、ニアの言葉を素直に受け取れない者も居るようだ。
『キイーーーーーーー!』
『ぬぬぬぬぬ~~~~!』
ニアの言葉にミイが発狂し、エルが地響きのような唸り声を上げている。
それを聞いた俺が視線をマルカへと向けると、彼女は耳を塞いでしゃがみ込んでいる。
きっと、この事はマルカに取ってトラウマになるに違いない。
そんな修羅場が続く中、俺は粛々と料理を...... 焼肉を作り、みんなに食わせる。
この瞬間だけが、誰もが黙る一時となるのだ。
そう、最早、平和な時間は飯時しかないのだ。
というのも、風呂も就寝もニアが俺に抱き付いてくるので、約三名が発狂し捲るのだ。
何処のどいつが、ハーレムは男の夢だとかロマンだとが言ったんだっけ?
今回の一件で、嫁が沢山いても碌な事にはならないと、つくづく思い知るのだった。
二度と女は増やさないと心に誓って、地下十一階へと足を進めた。
ここまでのロボットは昆虫型と動物型だったのだが、地下十一階からは人間型になったらしい。
それはロボットと言うより、最早アンドロイドと表現した方が良いだろう。
てか、そのロボットを見て、現代日本より技術が発達しているのに驚きだ。
とは言っても、抑々がロボットというより、魔法を使ったゴーレムだと思うので、先端技術とは別次元の物だと言えるだろう。
さて、その人型ロボットだが、見た目は人間の様な形をしているが、その頭部に当たる部分には顔や髪はなく、卵型の球体が首から上に付いているだけだ。
それを考えると、頭なんて必要ないのではないかと思ってしまう。
まあ、頭の事は良いとして、それよりも問題は奴等が持っている武器だ。
現在、俺達の目の前に居るロボットは、左右の手にカタールの様な武器を持っており、その鋭い切っ先は恐ろしい程に輝いている。
きっと、何でもサクサクと斬れるに違いない。
「ニャにが来ようとも関係ないニャ~よ!」
ロボットを前にしたニアが、意気込んで向かっていく。
「こ、こら、無暗に飛び込むな!」
思わず静止の声を上げるが、ニアは全く気にする事無く突撃していく。
「大丈夫ニャ~~~!バラバラするニャ~~~よ!」
叫び声を上げながら、高速でロボットの後ろに回り込んだニアが、黒猫手袋を付けた右腕を振り下ろす。
俺の目には、そのニアの攻撃が完全に敵を捉えたかのように見えた。
だが、次の瞬間、ロボットはその場から消え、俺の側面まで移動していた。
「ぐあっ!マズッ!ハイヒート!加速!」
即座に、スキルを発動させて瞬時に移動を始めるが、奴の追って来るスピードの方が速い。
だが、戦闘は早さだけでは無いのだ。
今回の迷宮探索で色々と考えさせられた俺は、自分よりも速い相手との戦いについて考えた。
その試行錯誤の末に編み出したのが、コレだ!
「水よ!」
奴の攻撃を大剣で往なすと、即座に水の魔法を放つ。
それも敵の本隊にでは無く、その足元にだ。
奴等は自分への攻撃だと解ると素早く反応するが、自分以外への攻撃だと判断すると全く反応しないのだ。
その魔法で放った水が床を濡らすと、奴の攻撃速度が低下するのみならず、バランスを崩して倒れるのだ。
特に、二足歩行する人型ロボットなら尚更だろう。
床は鉄であり、ロボットも鉄製だ。その接点に水を撒けば、奴等は容易にバランスを崩すのだ。
「今度こそ、切り裂くニャ~よ」
そこへ、バランス感覚の優れた猫娘が襲い掛かる。
必死にもがいて立ち上がろうとするロボットだが、まさにツルツルの床で慌てた猫が暴れるような姿だ。
最早、その時点で勝敗は見えている。
高速で振り下ろす黒猫手袋付きの手が、見事にロボットを切り裂く。
その攻撃でバラバラにされたロボットは唯の鉄屑となり、ニアは満足げに微笑む。
ただ、この方法では、ニアが頑張れば頑張るほど、俺に経験値が入らなくなるので、それが唯一の問題点だと言える。
「ニア、今度から俺が先に水を撒くから、その後で攻撃に移った方がいい」
「解ったニャ~~よ!流石はにゃ~のダンニャ様にゃ~ね。頭がいいニャ~よ」
俺の助言に素直に応じるニアだが、その一言多いところが俺に災いをもたらすのを理解して欲しい。
『何勝手に旦那様とか言ってるのよ!泥棒猫!ダメだからね!ソウタ!』
『妾は認めてないからな!ソータ!』
『颯太、とてもムカつくんだけど、この不満は何処に吐き出せばいいのかな?』
ミイ、エル、カオルの順で苦情を浴びせてくるが、さり気なく視線をマルカに向けると、やはり両耳を手で塞いで蹲っている。
『あのさ~、いい加減、俺に当たるのは止めてくれないか?マルカも苦痛になってるぞ?』
だが、それは火に油を注ぐ行為であり、三人から元凶はお前だと延々と説教されたのは言うまでもないだろう。
すっかり立場の弱くなった俺は、その鬱憤を敵に向けて晴らすことになる。
敵が現れると、即座に部屋中を水浸しにして、奴等の動きを封じると、ニアと俺でサクサクと倒していく。
この戦法が思いの外に当りとなって、進行速度が飛躍的に進んだのだった。
世の中とは無情だ。
何時までもあると思うな親と金。
という訳で、地下十五階に到達したのだが、今度の敵は「水、なにそれ?」って感じのロボットだった。
と言うのも、転がり様のない形状をした人型ロボットだったのだ。
脚、みじか! てか、お前、耳をネズミに齧られたのか?
なんて言いたくなるロボットだった。
更に、身体の周りに、沢山の盾を備えていて、攻撃すると全てその盾で防がれてしまうのだ。
じゃ、攻撃もできないのでは? と思う筈だ。実は俺もそう思った。
ところが、奴は受けた衝撃を全て反射してくるのだ。
その所為で、ニアなんて既にボロボロとなっている。
「これじゃ、攻撃できないニャ~よ」
流石のニアもこれには参ったのだろう。悲しそうな表情で泣きを入れ始める。
「ニア、一旦引くぞ。作戦の練り直しだ」
「了解ニャ~よ!」
拙い時には即時撤退だ。
それはチュートリアルで身に付いたものであり、俺の戦闘における鉄則だと言っても過言では無い。
こうして俺達は十四階へと撤収する事となった。
「痛いニャ~よ」
敵の居ない場所まで戻ると、今にも泣きそうな表情をしたニアが声を漏らす。
その言葉で彼女の様子を確認すると、至る所に切り傷ができていて、未だにそこから血が滴っている。
「回復!」
それを見た俺が即座に回復魔法をかけると、彼女の傷がたちどころに治って行く。
「ダンニャ様、最高ニャ~の!」
『ちっ、いちいちダンニャ、ダンニャ、煩いのよ』
『ぬお~、もう勘弁ならん』
『颯太、チュートリアルに戻るかい?』
治癒して貰ったニアが喜んで俺に抱き付くと、早くも罵声攻撃が始まる。
視線をマルカに向けると、両手で耳を塞いで横たわっている。
ダメだ。マルカはもう限界だ......
『もう、いい加減にしろ!そんなにギャアギャア騒ぐなら、毎日野菜の食事にするぞ』
流石の俺も堪忍袋の緒が切れる。
だって、カオルは別としても、ミイやエルもニアと似たようなものじゃないか。
『あう......ソウタ、それは酷い......』
『ソータ、だって、だってな~』
『うぐっ』
三人が俺の言葉を聞いて押し黙る。
と言うか、そんなに野菜が嫌いなのだろうか...... とても健康的だと思うのだが......
一気に落ち込む三人の様子を悟って、流石に可哀想だと思ってしまう。
これが俺の甘い処なのかもしれないと思いつつ、フォローを入れる事にする。
『心配しなくても、お前達の事も大切に想ってるから、そんなにニアを嫌うなよ。俺を守ろうとして健気じゃないか。彼女の姿はお前達と同じだと思うけどな』
俺からすると、ここに居る全員が大切な仲間であり家族だと思ってる。
それはマルカもキララも含めた全員だ。
彼女達からすれば、虫のいい話だと思うかもしれないが、俺に取っては全員が掛け替えのない家族なのだ。
だから、それを解って欲しくて言ってみたのだが、やはり上手く説明できない。
結局、三人は押し黙ったまま何も言わなくなってしまった。
だが、今更、あれこれ言っても仕方ないので、俺は頭を切り替えてあの厄介なロボット対策について考える事にした。
「ニア、マルカ、戦っていて何か気付いた事はないか?何でもいいんだ」
俺は己も思案しつつ、ニアとマルカに尋ねる。
すると、二人も腕を組み、難しい表情で考え込む。
暫くして、マルカが一つ頷いてから話し始める。
「あの敵って、自分から全く攻撃してこなかったよ?」
そう言われると、そうだったような気がする。
マルカの台詞に納得していると、今度はニアが口を開く。
「あの敵は、足が異常に遅いニャ~よ」
うむ。足が遅いと言うより、俺達が逃げる時も全く動かなかったように思う。
その事を思い起こしていると、再びマルカが話し掛けてくる。
「あと、お兄ぃの魔法は反射しなかったかな?」
そう言えば、部屋中に水を放ったが、奴はそれを反射してこなかった。
もしかしたら、反射できるのは物理攻撃だけなのかもしれない。
そんな事を考えていると、更にマルカが頭を捻りながら口を開く。
「足が遅くて、攻撃してこないのなら、もしかして、戦わずに横を走り抜けていけばいいんじゃない?」
まさか! 幾らなんでもそんな間抜けな敵なんて居ないだろ。
とは言いつつも、試してみる価値はあるのだが、それを実行するには保険が欲しいよな。
結局、色々と思案したが、他の案が思い付かなかった事から、通り抜け作戦を実行すべく、地下十五階へと向かう事となった。
ニアが先頭を走り、カオルを抱いたマルカが二番手、三番手に俺が走り抜けたのだが、やはり世の中はそんなに甘くなかった。
ニア、カオルと走り抜けて、俺達に戦う意思が無い事を知ると、敵はロケット弾のように飛んできたのだ。
「ちっ、水よ!」
ただ、ロケット弾として飛んでくる敵は、二足歩行していた人型ロボットよりも、速度的にかなり遅かった。
その所為で、俺の水魔法をモロに喰らって吹き飛ぶ。
更に、そこへ追い打ちを掛ける。
「雷よ!」
そう、ずぶ濡れの奴に雷魔法をブチ噛ましたのだ。
自分達が感電するかと少し不安だったが、敵は水攻撃で吹き飛んでおり、距離的にかなりの間隔があったので、俺達には何の被害も無く敵だけに雷を喰らわすことが出来た。
それに、どうやらマルカの予想が当たったみたいだ。
奴は反射する事無く雷を喰らって煙を上げていた。
どうやら、今の攻撃で倒せたようだ。
という訳で、このフロアの敵に関しては遠距離から水魔法と雷魔法で駆逐し、スイスイと進むことが出来たのだった。
なんて色々あったが、あれから四日の日々が過ぎ、俺達は最下層まで降りて来ることが出来た。
オマケに俺のレベルも上がり、現在ではレベル四十八になったのだが、これは本当に焼け石に水かも知れない。
何故なら、最下層のボスは竜型のロボットだったからだ。
それを見た時、どうやって倒すかなんて考えもしなかった。
ただただ頭に浮かんだのは、もう帰りたいな~という切実な想いだけだった。
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