第39話 猫がいました


 久々に見る青空は、どこまでも続く青い世界だった。

 この透き通るような青い空が俺の心を癒してくれる。

 そう、俺の心を、この荒んだ心を...... 誰か癒してくれ~~~~~~~~~!


 突然の発狂で申し訳ない。

 だが、この発狂には、深い深い事情があるのだ。

 偶には俺の愚痴から開始でも問題ないよな?

 大変恐縮だが、否と言う方は暫しの間だけ目を瞑って頂きたい。

 と言っても、特にグロくも無ければエロくも無い。更に命に関わる問題でもない。

 いや、俺の精神に関わる問題なので、命よりもの大切なものかもしれない。


 さて、彼是二カ月近くもダンジョンに篭り、やっと出てきたのだが、まず始めに遣った事が何かというと買い物だ。

 速攻で洋服屋へと直行した。

 その理由は言わずと知れている筈だ。

 そう、あのボス牛から頂いた一張羅のローブが、ズタズタになった上に完全燃焼してしまったのだ。

 その半分は、俺の所為でもあるが、全てはあのゴ○ブリ野郎が悪いという事にしておこう。

 という訳で、奇異の視線を浴びながら、キララを負ぶったままスキルと装備能力を使って超高速で洋服屋に駆け込んだのだ。


『諦めて無かったんだね』


 そんな俺にカオルは冷たい念話を発射した。

 まあ、素っ裸で大陸制覇したカオルの事を考えると、彼女のやっかみも理解できなくはない。


「あんぎゃ~~~!(うちのも~~~!)」


「ああ、分った分かった。キララの服も買おうな。オシメも必要だしな」


 服を欲しがるキララに返事をしながら、まずはズボンを探す。

 ん? その単語は俺の脳から存在が消えた筈? いやいや、そんな昔の話は忘れてくれ。

 まずはズボンだ!ズボンだ!ズボンだ~~~!


「お兄ぃ、これなんてどう?」


 気の利くマルカは、ズボンを幾つか持ってくる。


「色がな~~~、これは形が......」


『ソウタ、選べる立場なの?』


『そうだぞ。さっさと選んで飯にするのだ』


 うるさい! うるさい! うるさい!

 ミイとエルは少し黙ってろ~~~! 今は大切な時間なんだ。


 よし、まずはマルカが持ってきてくれたズボンだ。


『装備不可!』


 まあ、偶にはそう言う衣類もあるよな。

 さあ、次だ。次はこっちの黒い奴だ。黒なら大丈夫だろ。


『装備不可!』


 いや、まだだ。次はこのゆったりした奴だ。


『装備不可!』


 ええ~~い。これじゃ~~! 次は、コレ! あれ! それ! その汚い奴!


『装備不可!』『装備不可!』『装備不可!』『装備不可!』『装備不可!』


 なんだとーーーーーー! 呪いは解けたんじゃないのか~~~~! 全滅なんて、意味分んね~~~~~~!


『クスクス』


 くそっ、ミイの奴、笑いやがって~~~~、今晩の飯は野菜ばっか食って遣る。


『諦めろと言いたいが、夫がその恰好なのは流石に妾も辛い。虱潰しに確認してみろ』


 おお、流石は俺の嫁だ。俺にはお前しか居ないぜ。

 脳内嫁エルに励まされ、次から次へと鑑定するが、全く装備できるズボンがない。

 その時点で、俺の心は大波を喰らった砂山のように朽ちていく。


『颯太、これにしな』


 絶望のどん底に落ちた俺にカオルが黒い布を銜えてきた。

 チラリと店の主人を見ると、すげ~~~嫌そうな顔をしている。


 てか、お前が銜えたら買うしかね~じゃね~か!


 店の主人を横目に見ながら、カオルから黒いローブを受け取って鑑定する。


『装備可。製錬不可。効果:なし』


 おおおおおおおお、何故だ。何故なんだ。実はカオルが操作してるだろコレ! 絶対にそうに決まってる。

 疑心暗鬼となった俺は、思わず、犯人はお前だ~~~! というような視線をカオルに向けてしまう。


『なんだい、その訝し気な視線は。僕は何もしてないよ?』


 本当か? 本当か? 本当か? 本当に何もしてないのか?


『そんな目で見るなら、そのローブを燃やすよ?』


『す、すまん。俺が悪かった。何でもないんだ。気にしないでくれ』


 カオルに平謝りしつつ、俺は有り難くもローブを手に入れた。

 だが、その後は全敗だった。

 何着の洋服を手に取って鑑定しただろうか。

 恐らく、二百着処の話ではないだろう。

 結局、俺が得た物は黒いローブと負んぶ紐だけだった......

 その後、思いっきり落ち込んだ俺は、キララやマルカの服を購入して店を後にしたのだった。







 星の輝く夜空。

 その綺麗な星達は、綺麗な心で観賞すれば美しき夜の舞踏会に見えるかもしれない。だが、沈んだ心で観賞すると己を嘲笑うかのような煌きに見える。

 何かを見た時の感じ方とは、己の心によって左右されるものなのだと、否が応にも思い知らされてしまう。


 俺達は既に迷宮国メールガルアを出発し、更に東へと向かっている。

 と言うのも、抑々がダンジョンに用があっただけで、あの国に長居しても仕方ないからだ。

 オマケに街に居ると奇異の視線で見られるだけだし、さっさと移動した方が有意義だと言える。

 ということで、既に食事や入浴を済ませた後なのだが、俺は少し考える事があって未だ床に就いていない。


『如何したんだい?ぼんやりして』


 輝く夜空を見上げた俺に、カオルがトコトコと傍にやってくると、気軽なノリで尋ねてくる。

 そんなカオルを抱き上げて、考えていた事を伝える。

 一つ目は、クエストに関してだ。

 彼是、何カ月もクエストが発行されていない。

 そろそろ、何かを遣らかしてくるのでは? と考えているのだ。


『そうだね。ダンジョンに入ってると、期限の制約やらなんやらで、クエストを与え難いからね。もしかしたら、そろそろ何かを仕掛けて来るかもしれないね。ただ、僕が思うには今の処は大丈夫じゃないかと思ってる』


 カオルが大丈夫だという根拠が全く分からず、その事について尋ねてみるが、彼女は感だとだけ言い、それ以上は教えてくれなかった。

 まあ、その事に不満も感じるが、彼女の事を信じているので、これ以上は深堀しないことにして、次の懸案事項に移る。


『あの病的な勇者だけど、これからも絡んでくるのかな?』


『ああ、あれね。暫くは大丈夫じゃないかな。颯太の力が尋常で無い事を知ったようだし、直ぐには手を出してこないと思うよ。ただ、あれが力を付けるとかなり厄介だね。特にあの剣が拙い。あれは恐らく神剣だよ』


 神剣...... って、なに?

 そんな疑問を口に出来ず、首を傾げていると、胡坐の上に居るカオルが俺の顔を見上げてくる。


『まあ、知らなくても仕方ないよ。普通じゃ在り得ない物だからね。神剣と言っても何てことは無いさ。唯の洗脳の道具だよ。あの糞神達が遠隔で力を注ぎ込めるから、使う本人が耐えられるだけ鍛えれば、異常に強くなるけどね。多分、能力以上に神の力を受けたらアボンだね』


 なんとも凶悪な武器だな。てか、完全に操り人形だな。

 オマケに神剣と言うより、呪われた武器みたいな感じがするぞ。


『それって、完全に呪われてるじゃね?』


『そうだね。ある意味、呪われた武器と言っても過言ではないかもね』


 どうやら、俺の感じた事は間違っていなさそうだ。

 そこで、ふと思ってしまった。そう、エルが使っていた大剣のことだ。

 まあ、今は俺が使っているが...... あの大剣だが普通の剣とは思えないんだよな。


『なあ、カオル。もしかして、エルが宿っている大剣も神剣なんてオチは無いよな?』


 すると、何が面白いのかは知らないが、彼女はクスクスと笑いながら話し始めた。


『あれ、あれはね。僕が作ったんだ。大昔だけどね。あの糞神と戦う為に作ったんだけど、どうにも僕には剣のセンスが無くてね。それであの剣は要らないから、ある人にあげたんだよ。それが巡り巡ってエルの元に辿り着いたって訳さ』


 カオルからすれば面白い話なのかも知れないが、俺からするとぶっ魂消るような話だ。

 ただ、カオルはこの世界で千年以上も生きている訳だし、そんな事があってもおかしくはないのか......


 しんみりと、カオルが辿った年数を想像してみたが、全く思い浮かばなくて、考えるのを止めてしまった。

 まあ、それよりも重大な話が残ってるしな。

 そして、一番最後に最大の懸案事項について尋ねる事にしたのだった。







 長閑な景色だ。

 前方も、右も、左も、後ろは...... まあいいか。そう見渡す限りの草原が続く。

 そんな草原に長く伸びる街道を俺は走り続けている。

 その隣には、すっかり俺達と共に移動する存在となった栗毛色の馬が走っている。

 彼女は...... ああ、栗毛色の馬はメスなのだ。その彼女は、この度、マルカから名前を付けて貰っていた。


「うきゃ~~この子超かわいい。名前は何て言うの?えっ?ないの?だったらあたしが名付けてもいいよね?ん~、じゃ~、ミラローズで!よし、ミラローズで決まりね!」


 という訳で、この栗毛色の馬はミラローズと命名されたのだった。


 さて、話を戻すが、その名付け親はというと、黒猫カオルを抱っこして、ミラローズに跨っている。

 もう一人の連れ、いや、それでは可哀想だな。

 俺の義娘のキララは、当然の如く俺が背負っている。

 そんな俺は、只今、ミラローズと競うように全力疾走している。

 これも基礎値向上の為なので、俺に取っては必要な鍛錬なのだ。


『気合が入ってるね』


 必死になって走り続ける俺に、カオルが念話で話し掛けてくる。

 実を言うと、俺は気合が張っているどころか、少し落ち込んでいるのだ。

 と言うのも、昨夜の話が余りにも衝撃的だったからだ。

 そう、それは俺が気にしている最大の問題について、カオルから聞かせて貰った事に起因する。


『本当に糞神と戦える力を持てるかだよね?』


 最大の懸念事項をカオルに伝えると、彼女はそう聞き返してきた。

 そうなのだ。俺の最大の懸念事項はこの調子で続けていて、本当にあの糞神と戦えるだけの実力を身に付ける事が出来るのか? というものだ。

 その事はとても重要な問題なのだが、カオルは躊躇する事無く、俺に答えてくれた。


『正直言って今の調子では無理だね』


 しかし、その答えは俺の期待するものでは無かった。

 確かに、糞とはいえ、奴等は神だ。

 そんな奴等に対抗しようと言うのだから、途方も無い力が必要なのは解っていた。

 それでも、カオルがこうやって俺と共にその目標を目指していることから、多少なりとも、俺でも戦える可能性があるものだと思っていた。

 だが、カオルはそんな希望的観測を否定してきた。

 だったら、俺は何のために頑張っているのだろうか。そんな疑念さえ浮かんでくる回答だ。

 ただ、カオルはこうも言っていた。


『颯太、ここが何処か忘れたのかい?糞ゲーワールドだよ。当り前にやったって糞神に勝てる訳がない。だから、奴等と戦うには別の覚悟が要るんだ。僕はその覚悟を以て死神になった。だから、君も何時かその覚悟を持つのか、逃げるのか、それを選択する日が来ると思うよ』


 彼女の言うには、こうやって真面目に鍛錬しても、神の力に対抗できるだけの力を得る事は出来ないらしい。

 だったら、鍛錬なんて何の意味もないと思うのだが、彼女は鍛錬が必要だと言うのだ。

 その何時かは分らない決断の時に、力が無いと如何にもならないと言うのだ。

 その意味は全く解らない。

 彼女の口にする話は、いつも俺には理解できない。

 それも当然だろう。彼女の知っている事を俺が知っている訳では無いのだから。

 だから、俺は如何するかを悩んだ。

 いっそ、カオルと別れて、自分で模索する事も出来る。それが近道か回り道かは分らないが......

 結局、悩んだ挙句に導き出した結論は、軟弱なものだった。

 この世界において、俺は何も知らない赤子と同じだ。

 だったら、色んな事を知っている大人を頼るしかない。

 不甲斐なくも、そんな結論しか出せなかったのだ。

 それが現在の自己嫌悪と結びついている。

 だから、無我夢中で鍛錬に打ち込んでいるのだ。


 しかしながら、その軟弱な判断がダメだと言うなら、俺は一体如何すれば良いのだろうか。

 いや、今は考えるのを止そう。どうせ、碌な結論に辿り着かないのだから。

 折角、真面な精神に戻りつつあるのだ。再び、病魔に侵されるような事は出来る限り避けよう。

 負へと落ちる気持ちを消し去るために、背中でキャッキャと喜ぶキララの声に耳を傾け、己の気分を入れ替えようとするが、そこでマルカが声を上げた。


「あれって、盗賊に襲われてるんじゃないのかな?」


 その声に、視線を前方に向けるが、俺の目ではさっぱり分らなかった。


 ん~、魔族って普通の人間よりも目が良いんだな。


「お兄ぃ、どうするの?助けるの?」


 マルカの視力に感心していると、彼女は意味不明な事を聞いてきた。

 と言うのも、俺が人助けをする意味が解らない。

 だって、俺が存在する理由は糞神を葬るためだ。

 それに関わらない事には、敢えて手を出す必要が無い。

 本当なら、クエストすら無視したいくらいなのだから。


「助けないの?」


 マルカがしつこく聞いてくるので、仕方なく答えるが、疑問形に対して疑問形で返す事になってしまった。


「助けてどうするんだ?」


 そんな不毛な遣り取りをしながらも、継続して俺達は走っている。と言っても、俺とミラローズだけだが。

 しかし、気が付くと、俺の目でも盗賊が集まっているのが見える距離となっている。


 如何しよう、このまま素通りしたいのだが、突っ込んだら戦闘に巻き込まれるよな?


 そう考えた俺は、足を止めて事が収まるのを待つことにしたのだが、その途端、シュッパという風切り音を耳にした。

 慌てて音の発生源に視線をやると、マルカが矢を射ているではないか。


 ぬお~~~~! そんな事をしたら巻き込まれるじゃないか。


 しかし、そんな俺の心境を余所に、マルカはスパスパと矢を放っている。


 おいおいおい! 抑々、盗賊かどうかも分からないんだぞ? 行き成り射ち捲ってどうする。


 マルカの行動に異を唱えようとしたのだが、矢で撃ち抜かれている奴等は、如何見ても盗賊だった。

 それにしても、盗賊の数がやたらと多い。

 このままだと、こっちにも飛び火が降り掛かりそうな気がする。なんて考えていると、数人の盗賊がこちらに向かって来た。


『ソータ、妾の出番だ』


 行き成り脳内嫁のエルが騒ぎ出すが、お前ってどういう風に見えてるんだ?

 俺の目を通して見てるのか? 向かって来る盗賊の事よりも、そっちの方が気になって仕方ない。

 というか、こんな奴等に剣なんて要らないだろ?

 それこそ、スキル無しの金属バットで十分だ。

 という訳で、久々の金属バット登場となる。


『おい!ソータ、なぜ妾を使わない』


 金属バットを取り出すと、透かさずエルがクレームを入れてくる。

 取り敢えず、それが煩いので宥めすかすことにする。


『あんな汚れた男達の血で、大切なお前を汚したくないからな』


『そ、そうか、そうだよな。妾はお前の嫁だものな』


 モジモジとした様子を感じさせるエルの念話を聞きながら前進すると、マルカの矢を擦り抜けた盗賊が襲い掛かってくる。

 取り敢えず、場外ホームランを連発させて前に進むのだが、そこである事に気付く。

 どうも、マルカの矢以外で倒された盗賊が沢山いるのだ。

 実は、襲われている者と俺達の距離が少し離れていた事から、盗賊が襲っている事は見えていたが、襲われている者を全く確認してなかった事に気付く。

 結局、襲われている者を目にしたのは、盗賊の殆どが地面に倒れた時だったのだが、その光景を見た俺は驚愕する事となる。

 と言うのも、襲われていたのはたった一人の少女だったからだ。いや、俺が驚いた理由はそれよりも、その少女の恰好なのだ。

 何故かと言うと、その少女の恰好が猫耳姿だったからだ。


「ありがとうニャ~の。助かったニャ~よ」


 そう、そこには俺と同じような猫装備をした少女が立っており、俺達に向けて笑顔で礼を述べてきたのだった。


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