第40話 どうしてこうなる?
猫、そう猫がいる。
ああ、黒猫の姿で居るカオルの事では無い。
一匹の猫が俺の前でガツガツと飯を食っているのだ。
オマケに、その飯は俺が作ってやった野菜抜き炒めだ。巷では焼肉ともいうが......
そう、この猫も肉食系女子のようだった。
突然、猫の話で疑問に思った方も多いだろう。
そんな方々の為に、少しだけその猫の話をする事にしよう。
ーーーーーーーー
俺達は盗賊の集団に襲われていた者を助けた。
集団、そう、盗賊は集団といえる規模だった。
何といっても、総勢で五十人以上も居たからな。
何故、こんな何も無い平原にそんな集団的盗賊が居たかについては、考えても時間が無駄なので放置する事にしよう。
ここで重要なのは、その臭い盗賊では無く、襲われていた側の方だ。
と言うのも、その被害者は大勢の盗賊に襲われていた筈なのに、その盗賊達をバッタバッタと返り討ちにしていたのだ。
その攻撃力、耐久力、精神力、どれを取っても一人前の戦士だと言っても過言ではないだろう。
ところが、それを成していたいのは一人の少女だった。
それも、如何見ても十五歳くらいのか弱き少女だと思える。
それだけでも十分に驚く話だが、更に驚く事にその少女の頭には猫耳、形の良いお尻には尻尾があったのだ。
あまりの驚きに、思わず耳と尻尾を触って、その少女から顔に三本傷を付けられた挙句、脳内嫁エル、脳内愛人ミイ、自称第一夫人カオルから叱責されてしまった。
だが、その成果もあった。そう、彼女の耳と尻尾が本物であることが判明したのだ。
てか、普通に聞けば良かった。物凄い被害だ。
まあ、それは良いして、彼女を助けたのも、元々はマルカの行動だし、俺は特に礼をして貰う気も無かったので、そそくさと先を急ぐことにした。
という訳で、ここまでの道中と同じように、栗毛馬のミラローズと競争しながら目的地へと向かい、夕刻になって野宿の準備を始めた。
そして、それが起こったのは、何時もの様に準備を進め、煩い奴等のために料理を作り始めた時だった。
後方の草むらから、ゴソゴソと何かが現れた。
「お腹空いたニャ~ね」
更に、良く解らん言葉が飛び出してくる。
いや、意味は解るのだが、何故お前がここに現れて、何故ここで空腹を訴えるのかが全く理解できん。
そう、その存在は、盗賊に襲われているのを助けたというか、俺達が手助けしてやった猫娘だった。
だが、何故、その猫娘がコンロの前で涎を垂らしてるんだ?
まるで、スラムの子供達と同じだぞ?
『というか、この子、颯太の疾走に付いて来れたんだね』
そんなカオルの声で、その事にやっと気付いた。
結構本気で走ったつもりだったが、それに陰ながら付いて来たこの猫娘に、全く疲れた様子は無い。
考えられるのは、高速の移動手段があるか、運動能力が高いかだが、恐らく後者だろう。
そう思った理由は、盗賊を倒した運動能力を見ていたからだ。
『ソウタ、浮気はダメよ』
『そうだぞ、妾が居るのだからな』
『前にも言ったと思うけど、君達も浮気の産物だからね』
涎を垂らす猫娘を見たミイ、エル、カオルの会話が聞こえてくる。
だが、猫娘にはそんな事は聞こえないし、彼女は涎を垂らすのに忙しいようだ。
そんな猫娘が、フライパンの上で良い匂いをさせている肉を食い入るように見詰めながら問い掛けてくる。
「それ、何の肉ニャ~ね」
「これは黒豚肉だが?」
「ふ~~~ん、美味しそうニャ~ね」
「うむ、美味いぞ?」
普通に答えてやると、彼女は逡巡した後に、今度は涎を流しながら懇願してきた。
「お願いだから、少し分けて欲しいニャ~よ。もう三日も食べてないニャ~の」
視線をカオルに向けると、彼女は黙って頷いていた。
『餌を与えるのはいいけど、タンはダメよ』
『ハラミもダメだからな』
『勿論、カルビもね』
何時もの如く、ミイ、エル、カオルの三人が自分達の好みを与えるなと言って来るが、お前等は在庫がどれくらいあるのか知ってるのか?
お前達が百年食っても残るくらいあるんだぞ?
そんな事を考えながら、みんなに焼けた肉の入った木皿を渡し、最後に涎で溺れそうな猫娘へと木皿を渡したのだが、一瞬で平らげてしまった。
「お代わりニャ~ね」
図々しい以前に、その
そんな、早くも食い終わった猫娘に視線を向けると、彼女は、カオル、マルカ、キララが食べている肉を見ながら、再び涎を流し始める。
仕方ないので、再び肉を焼いて遣り渡したのだった。
ーーーーーーーー
そうして現在に至るのだが、この猫娘の食欲は半端なかった。
ざっと、十回はお代わりをしただろう。
「あんぎゃ~~!あんぎゃ~~!(ねこ~~!ねこ~~!)」
オマケに猫娘はキララからのウケが良く、今もキララが猫娘の尻尾で遊んでいる。
もしかしたら、同じ獣人だからか?
『そういえば、獣人って多いのか?』
今更ながら、そんな事をカオルに尋ねてみると、彼女は首を横に振りながら答えてくる。
『いや、獣人族も糞神達の策略で滅亡寸前さ』
何とも世知辛い世の中というより、敢えてそうしている奴等が居るんだ。
それも自分達の快楽の為に...... 絶対に許せる事では無い。
いや、悪いが、他の人々が如何とかではないのだ。俺の私怨だけで十分だ。
必ず奴等に報復してやる。
この糞ゲーワールドを裏から操っている奴等に向けて心中で報復宣言をしていると、綺麗に食べ終わった後の木皿を更にしゃぶりながら猫娘が話し掛けてくる。
「お兄さん、めっちゃえ~人ニャ~ね。にゃ~はニアいうんよ。お兄さんは?」
んんんん? にゃ~ニャ~でニア?
ああ、にゃ~とは一人称なのか......
それで、名前はニアな訳ね。
何とも紛らわしい一人称だな~。
「俺はソウタだ。この黒猫がカオルで、隣がマルカだ。あと、お前の尻尾で遊んでるのがキララだ」
ミイとエルに付いては説明が面倒だし、どうせニアには聞こえないだろうか、紹介しなかった。
二人とも、その事に文句を言ってこないので問題ないだろう。
てか、二人とも満腹でおねむタイムなのかもしれないが......
俺の話を聞いていたのか、聞いていなかったのか、ニアは舐め回していた木皿を名残惜しそうに渡してくると、「ありがとうニャ~よ」と、お礼を述べてトボトボと何処かへ行ってしまった。
人に名前を聞いておいて、失礼な奴だと感じたが、別に怒る程の事でもないので、受け取った木皿を洗い物入れに突っ込み、風呂の準備をするのだった。
今日も街道を駆け抜けている。
昨日は盗賊や猫娘との遭遇があったが、今日は特に何事も無く進めている。
だが、今日は別の話題で盛り上がっていた。
『カオル、次の目的地って禁断迷宮なのか?』
そんな驚きの声を発したのは、脳内嫁のエルだ。
『そうだよ?なんでそんなに驚くんだい?』
驚愕しているエルに対して、全く普段と変わらないカオルが軽く返す。
『あそこは封印されている筈だが』
『えっ、封印って何で?』
エルの言葉に、今度は脳内愛人のミイが尋ねた。
『あの迷宮はヤバいんだ。入った者が誰一人として戻らないと聞いているぞ』
『マジで?そんなダンジョンに行くの?』
エルの説明を聞いたミイが、信じられないとでもいうような声色でカオルに尋ねると、エルやミイと対照的に落ち着いた声でカオルが伝えてくる。
『なんか、そう言われているみたいだね。でも、その方が鍛錬になるじゃないか』
『確かにその通りだが......』
珍しくエルが怯んでいるようだ。
俺としては、どちらかと言うとエルの態度の方が気になって尋ねてしまう。
『その禁断迷宮ってそんなにヤバいのか?』
『ん~~、この前のダンジョンよりは破壊力があるかな~』
俺の質問にカオルは簡単に答えてくるが、エルは物凄い勢いで否定してきた。
『カオル、何を言ってるんだ?あそこは危険すぎて完全に封印されているんだぞ』
てか、俺的には、完全に封印されている迷宮へどうやって入るかの方が気になった。
『完全に封印って、カオルは入った事があるんだろ?』
『ああ、僕は問題なく入れるよ』
意味ありげな『僕は』という言葉が妙に気になる。
『お前以外はどうやって入るんだ?』
『封印を解くか壊すしかないね』
おいおいおい。ダンジョンを踏破するだけでは無く、そこに入るのにも課題があるのか。
それは、まだ聞いていない話だぞ。
『その封印ってカオルが解除できるのか?』
『ん~、無理かな』
『だったらどうするんだ?』
『それは颯太が頑張るんじゃないのかい?』
くそ、丸投げかよ。
てか、そんな危険で問題ありのダンジョンに、キララやマルカも連れて行くのか...... って、よく考えると、マルカは何処まで付いて来るつもりなのだろうか。
キララは一人で育つ訳にはいかないから俺が面倒を見るとして、って、それもおかしな話だが......
何故か、俺の周りはおかしなことだらけだ。
取り敢えず、行き先が禁断迷宮なのは解ったが、これからの事に付いてマルカにも話を聞く必要があるだろう。
「ん?お兄ぃと一緒にいくよ?」
彼女は、何故当たり前の事を聞くの? とでもいうような仕草で、軽く答えてきた。
『俺達は目的があって、常に危険が降り掛かってくるんだぞ?』
『あ~、糞神退治でしょ?カオル姉様から聞いたよ?勿論、あたしも参戦するよ』
なんだとーーーーーーーーーー!
心中で驚愕の声を上げながらカオルを見遣るが、素知らぬ顔で遠くを眺めている。
まあいい。本人がそう言うなら仕方ない。ただ、俺は責任なんて持たないからな。
「じゃ~、キララは~~~」
「んぎゃ~~~?(なに~~~?)」
まあいい。聞くだけ無駄だろう。
こうしてこの日は、何事も無く進み、目的地まであと一週間の所まで辿り着くことが出来た。
「じゃ、今日はここで野宿をするか」
すっかり夕暮れも終わり、辺りは真っ暗になっている。
俺は何時ものように、テント、バスタブ、衝立、等々の必要な物を順番にアイテムボックスから取り出し、最後にコンロとフライパンを取り出す。
そこで、やはり何時もの様に、肉、肉、肉、肉、ちょっぴりの野菜を取り出す。
まあ、こいつ等は肉食だからメニューに困らなくて済むのは助かるが、後悔しても知らないからな。
という訳で、慣れた手順で料理を始める。
肉の脂身でフライパンを湿らせ、肉を投入する。
まずは、カオルの大好きなカルビからだ。
カルビは火の通りが早いから、直ぐに良い匂いを辺りに撒き散らし始める。
すると、背後の草むらからガサガサと草の揺れる音がする。
怪しい動物でも来たのかと思って振り返ると、思いっきり怪しい動物が居た。
確か、あれは猫だろう。いや、猫だったと思う。変な鳴き声の猫だった筈だ。
「ソウタニャ~ね。奇遇ニャ~の。にゃ~はお腹が空いたニャ~よ」
いや、奇遇では無くて、お前が付けて来てるんだろ!
どう考えても、飯食いたさに後を追って来ているとしか思えないぞ。
ニアに訝し気な視線を向けながら、気になる事をカオルに尋ねる。
『こいつ、使徒じゃないよな?』
俺の念話を聞いたカオルは、鼻をヒクヒクと何度か動かしたかと思うと、俺に視線を向けて答えてくる。
『大丈夫じゃないかな。でも、僕の肉の方が大丈夫じゃなさそうだよ?』
あ、やべえ、ニアに気を取られて、フライパンの上のカルビが焦げてはいないものの、完全に焼き過ぎだ~。
その肉を慌てて木皿に移して、ゆっくりカオルに視線を向けたが、予想通りカオルは黙って首を横に振った。
くそっ、しくじった。こいつは食物に煩いんだ。ほんとに、こいつは何処の美食家なんだ? 美食家なら偶にはデレてみろよ。ツンデレの発祥だぞ!
心中で悪態を吐きながら、その木皿を横に退けたのだが、目の前にいるニアの視線が完全にそれをロックオンしていた。
「それ、食べないニャ~の?」
そういう彼女の口からは滝の様な涎が流れている。
それを見ると、流石に無視も出来ないと思うのは、病んだ心が癒されてきている証拠だろう。
ゆっくりと、その木皿をニアに差し出すと、物凄い勢いで奪い取られた。
「ソウタはいい奴ニャ~ね」
てか、今、奪い取っただろ! このバカちん!
ちっ、まあいい。腹ペコの猫を虐めても仕方ない。
色々と不満を述べつつも、この日も腹ペコ猫の餌を与えたのだった。
あれから一週間の時が経ち、俺達は無事にロルアロという街に到着した。
この街は、ミラルダ王国の一都市で、その規模は人口十万人といったところだ。
位置的に言うと、このミラルダ王国は大陸最東端にある国だが、この街はその国の最西端に位置する都市だ。
現在は街に入らず、外で野宿をしているのだが、その理由は簡単だ。
俺が街に入ると奇異の目で見られるからだ。
だから、極力街には入らずに事を済まそうと考えている。
ん? 服は良いのかって?
そんな物はとうの昔に諦めた。もう、服なんて要らね~~~~。てか、服って何ですか?
という訳で、早速料理を始めたのだが、やはり登場しやがった。
それが何かというと、言わずと知れた俺の眼前で涎を垂らしている奴だ。
そう、猫娘ニアがあれから毎日の様に夕食の時間になると現れるのだ。
『颯太が餌付けするからだよ。ちゃんと責任は取るんだよね?』
ちょっとまて~~~! カオルだって頷いてたじゃね~か。
それなのに、全ての責任を俺におっ被せるつもりか?
なんて卑怯な猫なんだ......
「今日もまだ何も食べて無いニャ~ね」
それって、俺が晩飯を食わして遣らなかったら、一週間何も食ってない事になるじゃね~か。何て奴だ。
それはそうと、俺は気になる事があった。
抑々、食材は死ぬほどあるから、飯をたかりに来るのは良いのだが、こいつは何の目的で旅をしてるんだ? 如何して俺達に付いて来るんだ?
「飯は食わしてやる。それより聞きたい事がある」
俺が真面目な顔でそう言うと、ニアは訳が解らないといった表情で首を傾げるが、構わず話を進める事にした。
「ニア、お前は何の目的があって旅をしてるんだ?」
すると、何故かニアがモジモジし始める。
その行動が全く理解できなくて、何を遣ってるのかと不思議になったのだが、暫くするとニアが話し始めた。
「あのニャ~、にゃ~は旦那を探す旅をしてるニャ~よ」
ふむ、旦那に逃げられたのか。
まあ、こんな女房なら逃げたくもなるわな。
見た目は可愛いが、なんたって生活能力ゼロだからな。
あれ? 言って無かったかな? ニアはスタイルも良いし、顔も可愛い少女だぞ?
恐らく、俺がケモナーなら速攻で襲い掛かってただろう。
まあ、それは良いとして、話の続きを進める。
「何で逃げられたんだ?なんか手掛かりとかあるのか?」
そんな質問をした俺をニアは更に不思議そうな顔で見ている。
だが、暫くして、カオルがフォローしてくる。
『颯太......旦那を探すって、捜索じゃないよ。求婚相手を探すってことだよ?こんな少女が結婚していて、旦那に逃げられる訳ないじゃないか』
ぐはっ、そうだったのか......
カオルに言われて初めて気付いた。
てか、結婚相手を探すなら、なんで身近で探さないんだ?
そんな素朴な疑問を持ってしまったのだが、聞いても良いものだろうか。
だが、俺の質問よりも先にニアが話し掛けてくる。
「逃げられたの意味は解らないニャ~の、でも、手掛かりならあったニャ~よ」
それなら良かった。
だったら、その手掛かりを頼りに...... って、カオルの話と違うじゃん。
結婚相手を見付ける手掛かりって何だよ。
「ソウタ、にゃ~と結婚してニャ~よ」
そう言って、ニアは行き成り俺に抱き付いてきた。
「は!?」
『ダメよ!ソウタはわたしの愛人なんだから!』
『ソータ~~~~~~!浮気はダメだと言った筈だぞ!』
『颯太、誰もそんな責任を取れって言って無いからね』
偶々餌を与えた野良猫から求婚され、その言動を見聞きしたミイ、エル、カオルの苦情を聞きながら、如何してこんな事になったのだろうかと、俺は黒猫耳を付けた頭をもたげるのだった。
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