第38話 最悪な階層ボス


 残念だ。

 非常に残念だ。

 異常に残念で仕方ない。


 さあ、聞いてくれ。何が残念なのかと尋ねてくれ。


 あっ、先に断っておくが、ズボンなんて知らない。

 そんな音声も映像も記憶も全て消去済みだ。

 いや、俺の脳内からズボンという存在は抹消された。


 そうではないのだ。そんなものは如何でも良いのだ。

 非常に残念なのは、蒲焼のタレが無い事だ。

 ハッキリ言って、ラミアの蒲焼は絶品だった。

 黒ミノタウロスの霜降りよりも美味しかった。

 だが、悲しいかな、この世界に蒲焼のタレが無いのだ。

 調味料はドロップで出た物があるので、なんとか似せた物を作ってみたのだが、あの絶妙な味わいが出なかった。

 それでも、始めて食べるというミイ、エル、マルカ、キララの四人は大絶賛の声をあげた。


『ソータ、これからは毎日これで頼むぞ』


 いやいや、毎日食ったら飽きるから......


『ソウタお代わり』


『おいおいおいおい、俺はもう腹いっぱいだぞ。無理だ。無理』


「あんぎゃ!あんぎゃ!(うちも~、うちも~)」


「おいおい、キララ、まだ食うつもりか?」


「あんぎゃ~~~~~!(たべる~~~~~)」


「あ~~ん、あたしも、お兄ちゃん、お代わり~~~」


 という具合に、大好評だったのだが、本来の味を知っているカオルだけは違った。


『これはこれで美味しいんだけど、とても残念だよ』


 それには俺も同感だった。

 確かに美味いのだが、あのタレが無いラミア重は、食べない方が良かったと思えるくらいに残念なのだ。

 だが、今回はコメが食えたというだけでも大きな喜びだったので良しとしよう。

 それに、蒲焼のタレに関しては、いつか再現することをカオルと約束するのだった。







 九十階の階層ボスを倒して一週間になる。

 ラミヤの蒲焼なんて、とっくの昔に消化済だ。


 そんな事よりも、やはり、ここまでくると以前のようなペースで進むのが困難になった。

 出現するモンスターの数はそれほど多くないのだが、モンスターの強さが尋常ではないのだ。

 階層ボスほどではないが、スキル無しの一刀で倒すなんて不可能な状況だ。

 そんな理由で、現在は地下九十八階でモンスターと戦っている処だ。


「ちっ、はえ~じゃね~か」


 悪魔型モンスターの動きの速さに、思わず愚痴を溢してしまった。


 眼前を高速で移動するモンスターは、インキュバスのような見た目で、角を生やしたオスの人型で、両手に切れ味の鋭そうなダガーを持っている。


「加速!これでも喰らえ!」


 敵以上に加速した俺は、奴の背後に回り込み、コンパクトに大剣を振り抜く。だが、その攻撃が避けられ、逆に攻撃を受ける羽目になる。


「ちっ、後ろに目でもつけてんのか?」


 得意の独り言を連発しながらそれを回避すると、透かさず左手で魔法をぶち込む。


「雷よ!」


 奴は透かさずの雷撃を躱す。

 だが、雷撃を避ける奴の行き先を読んで、片手で大剣を繰り出す。

 そこでやっと奴の脚に攻撃が入ると、透かさず雷撃を再び見舞う。

 そのタイミングを狙ったように、今度はマルカの矢が奴を撃ち抜く。

 これで動けなくなった筈だと思い、止めを刺しために突撃するのだが、カオルの静止の声が耳に届く。


『颯太、下がって!』


 その声で瞬時にバックステップする。しかし、どうやら間に合いそうにない。


「シールド!」


 そう、奴はもはや勝てないと判断して自爆したのだ。


「ちっ、回復!」


 何とか回避したが、彼方此方が傷だらけだ。

 もしかしたら、腕の骨も逝ったかもしれない。

 だが、便利な事に回復魔法で直ぐに治る。

 この回復魔法で全ての怪我が治るのは、この腐った糞ゲーワールドでの数少ない良さだな。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


「ああ、問題ない」


 俺を心配したマルカが声を掛けてくるので、特に問題ないと伝えたのだが、彼女の顔が青褪める。


「ああああ、キララが額から血を流してる~~~~」


「なんだとーーーーーーーーーー!」


 直ぐに振り向くと、顔面血だらけのキララがグッタリとしていた。

 道理で静かな筈だ......


「回復!」


「あ~ん~~ぎゃ~~~~!(いった~~い~~~~!)」


 即座に回復魔法を唱えると、グッタリとしていたキララが復活する。


 こりゃ、やべ~な。今度から、戦闘時はカオルに預けるか。

 とは言っても、それだと突発的な戦闘が出来なくなる。

 そうなると、全く進めなくなるよな......


『カオル~~~お前がキララを『嫌だよ!』』


 カオルに背負って貰おうと思ったのだが、被せ気味に拒否された......

 まあ、カオルが背負うにはキララが大き過ぎるしな。


「あんぎゃ、あんぎゃ(へいき、へいき)」


 元気になったキララは問題ないと言っている。

 何とも逞しい娘だが、エルみたいな脳筋には成らないでくれよ。


『そんなに気になるならシールドスキルを取ればいいじゃないか』


 おお、そうだった。スキルポイントを溜めてたから、きっと取得できる筈だ。

 直ぐにステータス画面を開いてスキルを取得する。

 シールドがマックスレベルでSP三十か。よしよし、それなら問題ない。

 現在の貯蓄分が百四十七だからな。

 ということで、サクッとシールドを取得して、速攻でキララに掛けて遣る。


「うきゃ!うきゃ!(うきゃ!うきゃ!)」


 とても喜んでいるが、話している言葉はそのまんまだな......


『じゃ、今日は最下層ボス部屋前までいこうか』


 マ~~~ジか! くそっ、この黒猫、いつか痛い目に遭わせてやる。


 心中で黒猫カオルを罵倒しながら、疲れた体に鞭打って、のそりのそりと先へ足を進めるのだった。







 地下百階、記念すべき地下百階。

 このダンジョンに入って色々な事があった。

 竜と死闘を演じた事もあった。

 ニーソは良いとして、竜が赤ちゃんになったりなんて事もあった。

 病的な勇者が現れて腹に穴を空けられた事もあった。

 ズボン? それって何ですか? 美味しいんですか?

 という事で、とうとう記念すべき地下百階に下りてきたんですが......


『カオル、あれと戦うのか?』


『そうだよ?』


「お兄ちゃん、がんばってね」


「いや、マルカは戦わないのか?」


「んぎゃ~~!んぎゃ~~!(やっば~~!やっば~~!)」


「おい、このダンジョン最強が何をビビってんだ?」


『ソータ、妾はちょっとお腹が痛くなって......すまん、今回は金属バットを使ってくれ』


『おい!いつもの威勢は何処に消えた!?』


『ソウタ、私もマルカと戦うから』


『いや、マルカは戦闘拒否してるぞ』


 誰も戦いたがらないんだよな~~~。

 まあ、あれじゃ、仕方ないよな~~~。

 正直言って、俺も嫌だもんな~~~。

 最下層のボスがあれなら、仕方ないよな。

 誰も責める気になれないのが実情だな。


 そう、最下層のボスが入口の向こうに居るのだが、それは見るのもおぞましいボスだった。

 十メートルは有ろうかという巨体。

 幾本ものケバケバしい足。

 額から延びる長い触覚。

 それだけなら許せる。俺も戦意を無くすほどではない。

 だが、あの黒光り、あの体形、あの動き、どれを取っても身の毛のよだつ敵だとしか思えない。

 そう、既にお気付きの方も居られるだろう。

 それは、黒い悪魔、台所の黒い悪魔ことゴキ○リなのだ。

 十メートルのゴキ○リと戦うなんて、いっそ殺してくれって感じだ。

 あれを切り裂いて体液を浴びようものなら、仮に身体が平気でも、間違いなく俺の精神は溶解するだろう。


『さあ、みんな、頑張れ!』


 実際に戦う事の無い現場監督カオルが、軽い言葉で戦闘しろと促してくる。

 こいつこそ、悪魔だろ......

 そうは言っても、仕方ね~~~、何時までもこうして居る訳にもいかないんだ。


『じゃ、エル、行くぞ』


『やだ、やだ、やだ~~~、ソータ、それだけは止めてくれ。後生だ!頼む!頼む~~~!』


『心配するな。後で綺麗に洗ってやる』


 今にも泣きそうな声で訴えてくるエルにフォローをしてみるが、大剣がブルブルと震えている。


『偶には金属バットで良いじゃないか。妾に休息を与えてくれても......』


『諦めろ。お前が騒ぐから剣スキル取得を先行させたんだ。現状の俺は打撃スキルを全く取ってね~~~んだから諦めろ』


『あうあうあうあうあう』


 結局、エルは精神崩壊を起したが、その方が静かでいい。だから放置して戦闘を開始する。


「あぎゃう~~~!あぎゃう~~~!(おろして~~~!おろして~~~!)」


「キララ、もう遅い。奴が向かって来た。諦めろ」


「あぎゃ~~~~~~~~!(いやぁ~~~~~~~~~!)」


 とうとう、キララまで発狂したが、彼女に伝えた通り、奴は目の前まで迫って来ているのだ。

 こいつらに構っている時間はもう無い。


「シールド!マックスヒート!加速!雷よ!」


 俺は剣を片手に高速移動しつつ奴に雷撃を喰らわすが、在り得ない速度で避けられた。

 マジか! あの速度は俺より速いぞ!


 高速移動しながら奴の実力を測っているのだが、俺の周りはやたらと騒がしい。


「あんぎゃーーーーーーーーーーー!」


『あうあうあうあうあうあう』


 発狂中のキララが絶叫をあげ、放心中のエルがうわ言を垂れ流している。

 ハッキリ言って、うちの嫁と義娘は最悪だ。少しは空気を読んでほしい。


 まあ、それは良いとして、奴を倒すための突破口が見つからない。

 このまま突撃して、剣を斬りつけても、恐らくは避けられるだろう。

 あの速さを何とかしたいのだが......

 仕方ね~~~、ちょっと時間を稼いでもらおう。


「マルカ、矢で時間を稼いでくれ」


「は~~~い!」


『うううううう』


「別にミイ姉様で叩く訳じゃないんだから、そんなにイジケなくてもいいじゃない」


 どうやら、向こうは向うで大変そうだな。

 そんな事を考えながら加速で距離を取り、ステータス画面を開く。

 更に、速攻で『奈落』の魔法を取得しようとする。

 この魔法は、確か地面を底なし沼に変える魔法だった筈だ。


「お兄ちゃん。避けて!」


 ちっ、やっぱり、のんびりとスキル取得なんてさせてくれないようだ。


 叩き付けられた黒い足を大剣で受けると、大剣が振動した。

 どうやら、今の戦闘でエルの身の毛がよだったようだ。

 そんなエルを犠牲にして、俺は即座に回避する。


 悪いなエル、後で綺麗に手入れしてやるからな。


 心中でエルに慰めの言葉を掛けながら、俺は高速移動で再び距離を取り、今度は魔法を放つ。


「水よ!」


 その魔法で津波の様な水攻撃を奴に向けて放ち、即座にステータス画面のスキル取得を選択する。


 よし、これで取得できた。


「お兄ちゃん、うえええええ」


「ぐあっ!」


 マルカの声で視線を上に向けると、奴は俺の津波攻撃を飛んで躱した挙句、俺に突っ込んでくる。


「ちっ、気合いだ!加速!跳躍!」


 飛び掛かって来る奴に対して、逃げるどころか飛び上がって奴に最強剣スキル攻撃を発動させる。


「うりゃ~~~~~!超斬撃!」


 俺の大剣は見事に奴の身体を捉えたと思った。

 いや、絶対に捉えた筈だ。

 だが、奴の身体がブレて見える。

 次の瞬間、奴は俺の眼前から姿を消してしまった。


「お兄ぃ~~~~うしろ~~~~~~!」


 もはや、マルカもお兄ちゃんと言う余裕すらないらしい。

 しかし、奴が後ろに居る事は解った。

 直ぐに、それに対応すべく視線を後ろに回した時だ。

 奴の脚が、俺の背中に突き刺さった。


「ぐぼっ」


「あっぎゃ~~~~~~~~!」


 腹が痛て~~~~~!

 痛みに呻きながら、地面に叩き付けられた俺が自分の腹を確かめると、そこには大きな穴が開いている。

 その時、俺の精神は凍り付いた。


「キララ?キララ?キララ?キララーーーーーーー!」


 俺は自分の腹など気にせず、すぐさまキララを負ぶっているローブの負んぶ紐を解こうとするが、そこには何も無かった。

 直ぐに視線を巡らすと、少し離れた処に血だらけのキララが転がっていた。

 それを目にした俺は、即座にキララの下へ行こうとするが、ダメージの所為で足が動かない。


「回復!マックスヒート!加速!」


 すぐさま回復魔法で身体を癒し、スキルで強化するが、本来の半分の速度も出ていないだろう。

 そんな俺の目の前で、あの黒い悪魔がキララに襲い掛かる。

 ダメだ。絶対にゆるせね~~~! キララは遣らせね~~~~!


「雷よ!」


 必死になって、奴へ雷撃魔法を放つ。

 だが、奴はそれをいとも容易く避ける。

 でも、今はそれでいい。俺が先にキララに辿り着くことが出来るなら、それでいいのだ。


 なんとか地に転がっているキララの傍まで来たのだが、彼女の状態は最悪だった。


「キララ!回復!回復!回復!」


 血みどろとなり、腹に大きな穴を空けたキララに回復魔法を連発する。

 すると、キララの身体が徐々に治っていく。

 その小さな体を直ぐに抱き上げ、俺は奴の位置を確認すると、奴は俺と違う方向へと移動していた。

 その先には、ビキニアーマーの衣装でハルバートを持つマルカの姿があった。

 どうやら、奴を引き付けてくれたらしい。


「あんぎゃ~~~~!マ~~マ~~!(いたいよ~~~~!マ~~マ~~!)」


 どうやら、回復魔法で傷が治り始めたキララの意識が戻ったようだ。

 奴から受けた怪我の痛みに、涙を流しながら喚き始める。

 でも、良かった。キララが生きていて良かった。

 そんな気持ちで心が埋め尽くされる。


「回復!保護強化!シールド!」


 怪我で痛がるキララを抱き締め、俺は再び回復魔法と保護魔法を掛ける。

 流石は竜人族だ。その生命力は半端ないようだ。

 でも、急ぐ必要がある。奴の強さだと、マルカが遣られるのも時間の問題だ。


「加速!」


 キララの容態を確認し終えた俺は、即座に加速で速度を挙げ、カオルの下へと向かう。


『悪い、キララを頼む』


『ああ、分ったよ。キララは僕が全力で守るから安心してくれ』


「きゃ!」


 カオルにキララを託したところで、マルカの悲鳴が上がる。

 視線を向けると、マルカが地面に転がっていた。


「マルカーーーーーーー!」


 もう、俺の中では怒りの炎が燃え上がっている。いや、俺自身が発火していると言った方が良いだろう。


「許さね~~~~~~~~!」


「マックスヒート!加速!地よ!」


 地面に転がるマルカに襲い掛かろうとする奴の目の前に、魔法で地の槍を撃ち出し、即座に奴へと襲い掛かる。

 だが、その攻撃も避けられ、奴は直ぐに攻撃態勢に入る。

 そんな奴に、再び魔法を放つ。


「雷よ!」


 しかし、無情にも、その攻撃も避けらる。

 それも承知のうえで遣っているので、今更落胆することも無い。


「火炎石!」


 兎に角、奴を自由にさせてはダメなんだ。

 そう考えた俺は次から次へと魔法を繰り出す。

 その攻撃で、流石に堪らなくなったのか、奴は俺達との距離を置く。

 だが、その間にも無数の隕石が落下しているのだ。

 そんな状況で、マルカの傍まで行くと、即座に彼女を抱き上げて回復魔法を掛け、更に加速を掛け直し、その場から急いで離れる。


「炎竜巻!」


 炎の隕石が撃ち尽くされた処で、今度は炎の竜巻を放ち、奴の自由を奪う方法を取るが、その成果はあまり芳しくない。


「ちっ、どこまで化け物なんだ。だが、俺の家族を傷つけたツケは払ってもらうぜ」


 マルカを抱き上げたまま瞬時に移動し、カオルの下へと戻る。

 すると、キララを横に座らせたカオルが、残念そうな声色で話し掛けてくる。


『颯太、一旦、引くかい?』


 流石に、現状を見て勝てない事を悟ったのだろう。カオルは撤退を示唆する言葉を口にするが、既に遅いのだ。既に俺の心があいつを始末すると叫んでいる。

 そう、俺は怒りの炎で燃え上がっているのだ。


『二人を任す。俺があいつを倒してくる』


『大丈夫かい?』


『ふっ、カオルが弱気とは珍しいじゃないか』


『流石に無謀な事は望んでないからね』


『嘘つけ!あの糞神と戦うのは無謀なことじゃね~か』


『まぁ......確かにね』


『じゃ、行って来る』


『ああ、期待してるよ』


 カオルとの会話を済ませると、俺は元の位置に戻った階層ボスを睨み付ける。


『エルローシャ、悪いが、ここからは泣き言は許さね~~』


『分かっておるぞ。妾達の義娘と義妹を傷つけたのだ。その代償は払ってもらわねば』


 少しキツイ言葉でエルに気合を入れると、彼女も既に復帰したようだった。


『なら、行くぞ!』


『ああ、妾はいつもソータと共にある』


「マックスヒート!保護強化!シールド!加速!」


 掛けれるだけの魔法を掛け、全神経を集中して掛け抜ける。


「火炎石!」


 更に、メテオをぶっ放し、その中へと突撃してく。

 何故そうしたかと言うと、これまでの戦闘で奴が炎を嫌ったように見えたからだ。


『ソータはぶっ飛んでるな。流石は妾の夫だ』


『ああ、今のは、なかなか良い褒め言葉だ』


 エルの言葉に顔をニヤつかせながら、隕石の間を縫って奴へと向かう。

 奴も隕石の所為で自由に移動とはいかないようだ。

 今こそチャンスだ。


「奈落!」


 魔法の重ね掛けで、奴の自由を奪う。

 通常なら魔力が幾らあっても足らない戦法だが、今の俺なら何とかなる。


「炎竜巻!」


 隕石が降り注ぐ中、奈落の底へと落ちる泥沼を作り、その周囲に炎の竜巻まで起こす。

 流石に、奴の行動範囲も大きく制限されている。


「そこだ!炎よ!」


 そんな奴に向けて渾身の炎を叩き込む!

 だが、奴はそれを小さな動きで躱す。しかし、避けた先には俺が突撃している。


「喰らえ!」


 俺の斬撃が、奴の脚を切り裂く。

 初めてのクリーンヒットだ。

 その一撃は、エルの怒りもあってか、痛烈な斬撃となって奴の脚を切り落とした。

 だが、奴の脚は多い。一歩や二本で動けなくなったりはしないだろう。

 だから、続け様に攻撃を繰り出す。


「炎よ!」


 自分が焼ける事すら構わずに、近距離で炎の魔法を撃ち込む。

 流石に、この攻撃を予測していなかったのか、その炎の塊は物の見事に着弾する。

 しかし、その炎は俺の肌を焼き、髪を焼き、いたる処を焼き焦がす。


「回復!」


 すぐさま、回復魔法を発動させ、己を治癒しながら大剣の攻撃を振るう。


「超斬撃!」


 炎に焼かれている奴は、その斬撃を避けることが出来ず、モロにくらった。


「今ので足を二本斬り飛ばしたぞ」


 合計で三本の脚を切り飛ばした訳だ。流石にこれで奴のスピードも落ちるだろう。

 でも、俺は油断しない。何故なら、これまで油断して碌な目に遭ってないからだ。


「もう一発喰らえ!炎よ!」


 未だ燃え続ける奴に、ダメ押しの炎を叩き込む。


「回復!」


 超近距離で魔法を放つのだ。

 俺の被害も半端ない。

 それでも、俺は続けて魔法を放ち、斬撃を放ち、奴の身体を焼き、足を切り落とす。

 そんな攻撃を無我夢中で繰り返す。

 気が付くと、奴の全身は完全に燃え上がり、俺の身体も燃えていた。


『ソータ、流石に拙い!下がれ!』


 エルの声で我に返ると、俺自身が火達磨となっている。


「水よ!回復!」


 奴から離れ、即座に消火と治癒を施すと、嫌な臭いが立ち込めている事に気付いた。

 これまで、戦闘に集中し過ぎて全く気付かなかったのだが、どうやら奴の燃える臭いと俺の燃える臭いだという事に気付く。


『さあ、止めだ!デカイのをぶち込んで遣れ!』


 エルが脳内で喝采を上げるが、もうMPが底を突いている。


『いや、悪いが魔力が無い。最後は斬り殺す』


 俺がそう告げると、大剣が再び震えた。


『ソータ、まて、放って置いても奴は死ぬだろう』


 どうやら、勝てると知って怖気づいたようだ。


『悪い。奴の体液塗れになってくれ』


『後生だ。そ、それだけは、それだけは、止めてくれ~~~~~~~~~!』


 エルの絶叫が響き渡る中、俺は燃え上がる奴の頭に斬撃を喰らわし、この戦いに終止符を打ったのだった。







 結局、奴はダンジョンモンスターなので、体液を流す事は無く、大剣となったエルが黒い悪魔の液体塗れになる事は無かった。

 だが、彼女が暫く口を利いてくれなかったことは、予想の範疇だと言えるだろう。


「お兄ぃ、宝箱があったよ」


 あ~~ん!? 宝箱? そんなもん、もう要らね~~~~!


 そんな想いでマルカから受け取った宝箱をアイテムボックスに仕舞う。

 それに、どうやら、マルカはお兄ちゃんと呼ぶのを止めたようだ。

 まあ、俺もそう呼ばれるのに違和感があったから別に構わない。


「あれ?開けないの?」


 マルカが首を傾げて聞いてくるが、うんなもん開ける訳がない。

 これはパンドラの箱だ。永遠に仕舞って置くことが幸せの条件だ。


「絶対に開けない!二度と開けない!死んでも開けない!」


 ハイハイ歩きで近寄って来るキララを抱き上げながら、マルカに開けない宣言をしたのだが、どうやらキララも機嫌が悪いようだった。

 何故なら、ここまでマルカが抱っこして来たからだ。


「ま~ま、ま~ま、あんぎゃぎゃ~~!(おなかすいた~~)」


 ん? どうやら、ママだけは言えるようになったようだ。


「そうだな。腹にあんな大穴を空けられたら腹も空くよな」


 キララの相手をしながら、カオルに視線を向けると、前回と同じく、悲し気な表情で棺の上に座っていた。

 どうやら、ここにもあるんだろう。

 恐らく、足か、手か、胴体か、頭か、頭の悪い俺でも解る。

 ここにも、身体の一部がある筈だ。


 そんな事を考えながら、棺の近くに寄ってキララをマルカに預ける。


「ま~~ま、ま~~ま、ま~~ま~~~~~~~!」


 キララが発狂しているが、こればかりは仕方ない。

 地面に座らせる訳にもいかないからな。

 そうして、キララの騒ぎ声を聞き流しながら棺の蓋を開けると、そこには腕の骨があった。

 それほど長く無く、恐らく俺よりも小柄な者の腕だろう。

 あまり知識のない俺でも、その手の向きから右腕だと解る。

 そんな右腕にカオルが右前足を翳すと、この前と同じ様に光の粒子となって消えて無くなった。


『颯太、ありがとう。今回も大変だったけど......やはり、君に出会えて良かったよ』


 珍しくカオルが俺を褒めてくれる。

 どうも、彼女は感無量といった雰囲気だ。


『まあ、約束だしな。それに第一夫人なんだろ?俺が力に成って当然というもんだ』


 少し照れ臭い俺は、そうやって誤魔化すのだが、カオルは俺の胸の中へと飛び込んでくる。


『そうだね。第一夫人だもんね。でも、嬉しいんだ。ありがとう』


『ああ、俺も助けられてるし、気にすんな』


 始めてかと思う程に素直なカオルを優しく抱き、背中を撫でてやる。


「ま~ま、ま~ま、ま~~~~ま~~~~~~~~!」


「あの~~、お兄ぃ、キララが暴れて大変なのよ。いちゃつくのも良いけど、少し空気を読んでよね」


「あ、ああ、すまんすまん」


 俺を呼びながら大暴れをするキララを必死で抱きながら、マルカがクレームを入れてくる。

 仕方なしに、カオルをゆっくりと地面に降ろし、キララを抱くと、やっとの事で騒ぎが収まる。


 それにしても、今回のダンジョン攻略は疲れた。

 だが、成果が大きかったのも事実だろう。

 そう言う意味では、実りの多いダンジョン攻略だったと言える。


「ところで、お兄ぃ~~~、千切れたローブが炎の竜巻で燃えてたけど、良かったの?」


 な、な、な、なんてこった。

 一張羅のローブが......

 最終的に上手く収まったダンジョン攻略だったと思った。しかし、実は俺の大切な上着が失われた事を知る。

 その途端、俺は絶望の悲鳴をダンジョン内に轟かせるのだった。


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