第31話 えっ?卵焼きにするの?
地下とは思えない広い世界に、その巨大な生き物は生息していた。
それは、この階層で絶対の王者なのだろう。
その咆哮で他のモンスターを恐怖させ、その歩みの震動で他の生物を委縮させるのだろう。
きっと、そんな王者たる巨竜に挑んだ俺達が愚かなのだろう。
だが、今更引き下がらせて貰えるとも思えない。
いや、何がなんでも倒すしかない。
そう、これは、あの糞神を葬るための通過点なのだ。
そんな風に意気込んでみたのだが......
「マルカ、下がれ、炎を吐くぞ!」
どれくらい戦っているのだろうか、一時間か? それとも二時間か? 俺の感覚だと半日はこうして戦っているような気がする。
そのお蔭か、奴がその鋭い牙の並んだ口から炎を吐き出すタイミングは掴んだ。
そんな俺は、今まさにマルカへ向かって炎を吐き出そうとしていた竜の上顎に、両手で握り締めた大剣を叩き付ける。
だが、その渾身の攻撃でも、鋼の肉体を持つ巨竜に、剃刀で切り裂いた程度の切り傷を与えるのが関の山だ。
しかも、その傷もあっという間に塞がり、元の硬そうな鱗を持つ肌に戻るのだ。
「ちっ、限が無いぜ」
「お兄ちゃん。なんか必殺技とかないの?」
長時間の戦闘で、へとへとになっているマルカが泣き付いてくるが、そんな都合の良いものはない。
それこそ、ここを何処だと思ってるんだ?
糞ゲーワールドだぞ。そんなユーザ有利な技がある筈がない。
「あたし、流石にお腹空いちゃった~~~~」
確かに、俺も空腹なのだが、奴が簡単に逃がしてくれるかな~~~。
「お前こそ、悪魔族なんだろ?インチキ級の技とかないのか?」
「な、なんでインチキなの。悪魔族だって普通の人間と変わらないんだからね」
「ああ、悪い。別に差別する気は無いんだ。ただ、強力な力とか持ってそうじゃないか」
だが、その答えを聞く前に竜の炎が襲ってくる。
俺は透かさずマルカを左手で抱き寄せ、加速と跳躍でその場から飛び退る。
そうして、竜の攻撃範囲から飛び退くと、一旦退却を実行してみる事にした。
「一旦引くぞ!」
「りょうか~~~い!」
マルカを降ろし、カオルを抱き上げ、速攻で逃げに転じたのだが、その途端に巨竜の咆哮が轟く。
すると、一瞬にして周囲がドーム状の光に覆われた。
「これってなんだ?」
その存在を理解できない俺が声を発すると、マルカが直ぐに答えてくる。
「ぐあ、これ、結界だ~~!なんて嫌らしい竜なの」
「それって、どういうことだ?」
「ん?逃げられないってことだよ?」
ぬぐ~~~~~! くそっ、なんて忌々しい竜なんだ。
だが、結界さえ壊せば何とか逃げられるだろ。あの竜は足が遅そうだし。
「じゃ、この結界を消滅させる方法は?」
「あの竜を倒すしかないと思うよ」
ダメじゃん......
だけど、こんな所で死ぬわけにはいかない。
あの糞神を一泡吹かせない限りは、簡単に死んでやるもんか。
弱った精神を燃えるような憎しみで上書きしていると、マルカが溜息混じりに口を開いた。
「仕方ないな~。ここはあたしが必殺技を出すしかないかな」
「えっ、でも、そんな技は無いって言ってたじゃね~か」
彼女の必殺技という台詞に異を唱えると、彼女は仕方ないというような素振りで付け加えた。
「これは切り札だから使いたくなかったのよ。それに、この技を使うとあたしはピクリとも動けなくなるからね。もし竜が生き残ったら、あたしが死んじゃうもの」
「いや、そこまでして貰ったら、俺も易々とお前を殺させたりしない。絶対に止めを刺してやる」
「ほんと?ありがとう。お兄ちゃん」
「じゃ、話が纏まったところでやるか!」
「うん!」
切り札を出すというマルカを従えて、俺は再び竜との戦闘に向かう。
その意気込みは、絶対に竜を倒すもだが、マルカの表情は想像以上に硬いものだった。
戦いを喜ぶかのような竜の咆哮が轟く。
やっと来たかとうように、巨竜は口を何度も動かしながら舌なめずりをしている。
くそ忌々しい竜だ。その舌を切り落としてやるからな。
心中で罵声を吐きつつ、竜の気を引くために俺は全力で襲い掛かる。
スキルと加速で最速となった俺は、竜の足では無く腕を狙って大剣を振り下ろす。
何故なら、竜の足は大きい上に異様に硬くて裂けないのだ。
大剣が竜の腕を切り裂くが、それを気に掛ける余裕も無く、すぐさま跳躍で飛び上がり、竜の顔に大剣を突き出す。
その攻撃は流石に嫌だったのか、傷の無い左腕で庇おうとする。
それをチャンスと感じた俺は、剣を引いて奴の左腕を蹴って飛び上がり、頭上から大剣を振り下ろす。
その一撃は竜の頭かあら眉間にかけて深い傷を負わすことに成功するが、直ぐに右手の一撃で殴り飛ばされてしまった。
奴の右手からの攻撃をなんとか大剣で受けたものの、その圧力は半端なくて真面な受け身も取れずに地面に転がる。
「ぐはっ、って、うぎゃ、HPが残り五十しか残ってね~~!回復中だ!」
地を這いずりながら、即座に魔法でHPと身体を回復させた俺が見たものは、想像を絶する光景だった。
「いっけ~~~~~~!」
それはハルバートと一体化したようになって、あの硬い巨竜の身体に穴を穿つマルカの姿だった。
それを例えるなら、一筋の閃光だ。
どういう理屈かは知らないが、ハルバートを抱いたマルカは、光の砲弾となって巨竜の胸に大きな穴を穿ったのだ。
その穴は向う側が見える程のものであり、それを成したマルカも巨竜の遙か後方まで吹き飛んでいる。
「やるじゃね~か、じゃ、俺がここでしっかりと止めを刺さないとな」
俺は即座に身体を起し、スキルを発動させて奴の眼前へと移動すると、奴の眉間に大剣を深々と突き刺す。
すると、巨竜の目がぐるりと回り、凶暴な瞳が白目に変わった。
巨竜はそのまま倒れそうなので、俺は大剣を奴の額から抜き、即座に飛び退く。
「ふ~~~~っ、何とか殺ったようだな。って、マルカ、マルカは?」
独り言を口にしながら、即座にマルカを探しに行く。
マルカの姿は直ぐに見つかったのだが、彼女は酷い怪我を負っていた。
そう、彼女は全身血塗れで地面に転がっていたのだ。
「回復大!」
直感的にヤバイと思った俺は、即座に最大級の回復魔法を発動させる。
その魔法は、彼女の傷を速やかに癒し、元の状態へと戻していく。
それに連れ、マルカの血色も元に戻り、脈も通常のものとなったのだが、彼女は目を覚ます様子は無い。
その事を心配していると、唸るような音が鳴り響く。
敵が登場したのかと思ったのだが、どうやら、その音源はマルカのお腹だったようで、微かにお腹が空いたという声が聞えてきた。
「心配させるなよ。バカちん」
そんな俺の声が届いたのか、マルカが薄目を開けて聞いてくる。
「竜は?」
「死んだぞ」
俺は振り向いて、倒れた竜を見ながらマルカに教えてやったのだが、そこである疑問に行き着いた。
なんで霧状になって消えてないんだ?
その事を訝しんでいた時だった。
竜が微かに動き始めたのだ。
「ぐあ~~~!あれで死なね~とか、どうやって倒すんだよ!」
『拙いね。結界は解けてるから、さっさと逃げた方が良さそうだ』
俺の悲鳴にカオルが答えてくるが、次の瞬間には巨竜が咆哮を上げて結界を張り直した。
ぐあっ、何て嫌らしい奴なんだ。
『あちゃ~~~!マルカ、もう一回、さっきの技って使えるかい?』
「ムリ、身体が動かないし~~~。お腹は空いたし~~~。大ピンチかも~~~」
大ピンチなんてもんじゃないだろ。こういうのを風前の灯火って言うんじゃないのか?
くそっ、ここまで来て復活とか在り得ないだろ~~~~!
だが、愚痴を溢しても始まらない。
兎に角、マルカを動けるようにする必要があると考えた俺は、アイテムボックスから簡単に食べられる食料とポーションを幾つか出して彼女に渡す。そして、そこで気付く。いや、忘れていた事を思い出したと言った方が的確だと思う。
そう、巨像を倒した時に獲得した宝箱二つをそのままアイテムボックスにぶち込んでいた事をだ。
もしかして、なんか役に立つ物が入ってるかもしれない。
そう考えた俺は、急いで宝箱二つを出す。
『そ、それは?』
『巨像から出た宝箱だ。何か役に立つ物が入ってないかと思ってな』
『なるほど。それは有りだね』
突然の宝箱に驚いたカオルも、他に手がないと感じたのか、俺の考えに賛成してくれた。
横目で竜を見ると、まだ自由に動ける状態ではないようだ。よし、確認するなら今の内だ。
どうせ、今行って倒しても、また復活するだろうし、ここは宝箱から出るアイテムに運命を委ねよう。
何と言ってもLUKオンリーの俺だからな。
意気込んで一つ目の宝箱を開けると、黒い布が入っていた。
過去の実績からして、黒い布って悪い予感しかしないんだが......
『なんだいそれ』
宝箱を覗き込んだカオルが首を傾げている。
そんなカオルをスルーして、その物体を手に取って確かめてみる。
『こ、こ、こ、これは......』
その物体の正体を知った俺は絶句したのだが、余計な事に、その答えをカオルが口にする。
『これって、もしかしなくても二―ソックスじゃないのかい?』
ぬぐっ、そう、カオルの言う通り、これは黒い二―ソックスだ。
即座にアイテム鑑定で確かめたが、間違いなく二―ソックスだった。
てか、まさか、俺が穿くのか? 二―ソックスを? これは女の子が穿くものじゃないのか?
鑑定での説明を読むと『これで貴方もスリムビューティ』と書かれていた......
いや、お願いだからズボンを寄こせよ。いや、現状だと武器がいいんだが......
だが、その効果は絶大だった。
なんと、移動速度一・五倍とAGI+10の能力が付いているのだ。
嫌だが、とっても嫌だが、死ぬほど嫌だが...... 穿かない訳にはいかないだろう。
しかし、それを穿くと、俺の心は儚い気持ちになる筈だ。いや、心が壊れるかも知れない。
だが、このピンチを切り抜けられなければ、どうせ死んでしまうのだ。
長考している時間すら残されていないのだ。
覚悟を決めろ!
その結果、
......
......
......
冷たい空気が辺りを満たす。
まるで氷河期が来たかのような寒さだ。
これを打ち破るには、何が必要なのだろうか。
炎の魔法をブチ噛ませば良いのだろうか。
既に、巨竜の恐怖なんて何処にも無かった。
いや、俺が居なくなりたかった。俺が無くなりたかった。
だが、その沈黙は非情な声によって破られる。
『ソウタ......流石に、それはちょっと......』
ミイは俺の二―ソックス姿に言葉を詰まらせた。
『うううう~~~~妾の夫が~~~~~~!』
エルはその脚線美に号泣し始めた。
『流石に、これはナイわ~~』
同類の筈のカオルが拒絶の反応を示した。
「お兄ちゃん。空気を読もうね」
一番年下のマルカに怒られた。
「グギャギャギャギャギャ~~~~~~」
復活中の巨竜にまで笑われているようだ......
もう怖いものなんて何もない。
もう守るものなんて何もない。
もう捨てるものなんて何もない。
絶望すら超えた俺は、動き出す巨竜を無視してもう一つの宝箱を開ける。
そこには、絶望を超えた俺をどん底へと突き落とすような事実があった。
『今度はなんだい?まさかブラジャーとかじゃないよね?』
カオル! 煩いぞ! 空気を読め!
カオルに罵声を飛ばしつつ、中に在ったアイテムを手に取る。
透かさず鑑定すると、黒団子という食べ物だった......
何故、黒である必要があるんだ?
いや、ここで団子を引く俺のLUKを怨むべきか......
因みに、効果は不明だった......
俺は燃えた。怒りに燃えた。何もかもを燃やし尽くす炎に生まれ変わった。
次の行動は衝動的なものだった。
何も考えていなかった。
ただただ、本能のままに動いた。
気が付くと、巨竜に向かって走り、腹を抱えて笑っている奴の口に目掛け、宝箱から出た黒団子を投げ込んでいた。
「くそっ!これでも喰らえーーーーーーーーーーー!」
『あっ、颯太!だめ!あ~~~~~~!』
『あう、ソウタが壊れたわ』
『ううう~~~~~わぁ~~~~~~~ん』
「どうせなら、あたしに食べさせて欲しかった......」
四人の気持ちが伝わってくるが、俺はこのやり場のない怒りを巨竜に向けるしかなかった。
俺を嘲笑っていた巨竜はその行動に躊躇し、攻撃することすら忘れて、その団子を思わず嚥下してしまった。
そんな事など全くどうでも良い俺は、即座に金属バットを出して、奴に殴り掛かるべくスキルを発動させる。
何故、エルでは無く金属バットかと言うと、エルは未だに号泣している......
加速で巨竜の前に立つ俺に、奴は尻尾の一振りで対応しようとしたが、突如、その動きを止めてしまった。
「グギャ~~~~~~~~~~~!」
動きを止めた奴は、異様な鳴き声を上げながら、もがき苦しみ始める。
それを訝しく思いながら眺めていると、奴の身体が瞬く間に小さくなっていく。
その身体はドンドン小さくなっていき、終いには子犬サイズとなったかと思うと煙に包まれてしまった。
狐につままれたような気分で、その光景を眺めていたのだが、思わず心境が漏れてしまう。
「如何いう事だ?」
『もしかしたら、あの団子、リセットの能力があったのかも、糞神が颯太に食べさせようとした罠の一品かもしれないね』
うあ~~~、食わなくて良かった~~~~~!
カオルの台詞に胸を撫で下ろしていると、竜が発した煙が消える。
そして、そこには一つの卵が転がっていた。
「もしかして、初期化で卵に戻ったとか?」
『そうかもね。てか、相変わらずあの糞神達の遣る事はエゲツないよ。ほんと早く始末しないとね』
俺とカオルが話をしていると、バナナの様な果物を銜えたマルカがヨタヨタと歩いてきた。
更に、その竜の卵を目の前にして彼女は言い放つ。
「この大きさだと、卵焼きが沢山作れるね」
その声を聞き付けたのか如何かは不明だが、眼前の竜の卵が震えたような気がしたのは、俺の勘違いでは無いだろう。
こうして俺達は、全く想定外の方法で無敵の巨竜を退ける事に成功するのだった。
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