第30話 階層ボスを倒せ。いや無理だから

 神様からの神託を承ってから、かれこれ三年になるかしら。

 私は神託に従って、アベルトを勇者と慕って付いてきたわ。

 彼は真面目だし、正義感も強くて、勇者として申し分ないと思うし、今では当然だと思ってるけど、時々視野が狭くなるのが欠点なの。


 今日の件もそう。行き成り街の中で戦闘を始めるなんて......

 まあ、調子に乗り易いメルラが魔法を放った所為もあるけど、あれはかなり拙かったわ。

 お蔭で、警備兵からこってりと絞られたもの。

 デュークも止めてくれたらいいのに、斧なんて構えちゃって。

 はぁ、溜息が出るわ。

 この面子になって二年になるけど、本当に手のかかる子供を相手にしてるような気分にさせられるわ。


「シルエール、なんでさっきから溜息ばかり吐いてるの?」


 メルラが私に尋ねてくるけど、あなた達が原因なんだけど。


「メルラ、魔法を使う時はもう少し場所を考えなさい」


「あっちゃ~~~、藪蛇、藪蛇」


 もう、ちっとも反省してないんだから。


「アベルトもですよ。解ってるんですか?」


「あ、ああ、悪いと思ってるよ。だから、そろそろ機嫌を直してくれないか」


 本当かしら? その顔はその場凌ぎといった表情だわ。


「デューク、あなたが最年長なんだから、もう少しみんなを止めてくれないと」


「悪い、悪い。標的が目の前だったんでな。ワシもちょっと熱くなってしまった。これからは気を付ける」


 まあ、この中で一番真面なのがデュークなんだから、あなたが率先して落ち着きを見せて欲しいと思うのだけど......


 あ、唐突に話を進めちゃって申し訳ないです。

 私はメルラ、二十歳で修道女をしてたのだけど、神託で勇者アベルトの従者をしているわ。

 他は、斧が得意な重戦士のデューク二十四歳と直ぐに暴発する魔法使いメルラ十八歳、今は聞き込みに出ていてここに居ない盗賊のリリアン16歳の五人メンバーで活動してるの。


 今回の活動は、神様ら頂いた重要な任務なのだけど、その対象が少女だったのよ。

 あの少女は魔王の血筋で、将来は魔王となってこの大陸に災いを呼ぶらしいわ。

 だから、今のうちに討伐しろとの神託を受けてこの迷宮都市まで追って来たのだけど、ここで彼女の強力な仲間が待ち構えて居たのよ。


「それにしても、あの火力は半端なかったわ。ウチの全力と変わらないくらいの威力だったもの」


「ああ、それにあの身のこなし、唯者じゃないぞ」


 私の懸念をメルラとアベルトの二人が話し合っているようね。


「それで、あの二人は何処に行ったのだろうか」


「それを調べる為に、リリアンが俺達の代わりに聞き込みに出たんだろ」


 とても悔しがっているアベルトを諫めるようにデュークが重い声で窘める。


「それより、リリアンには悪いですけど、先に食事にしましょう。何時までも何も頼まずに座っているから、店の主が嫌な視線を向けてきてますよ」


「そうそう、早くご飯にしようよ。ウチもお腹ペコペコだよ」


 私の意見に真っ先に賛成してきたのは、腹ペコ大魔王のメルラなのだけど、あの少女よりもこの子の方がよっぽど魔王ぽいわ。


「ただいま~。お腹空いた~~~~」


「お帰りなさいリリアン。丁度良かったわ。食事にしましょう」


 全員揃った処で食事にしようと思ったのだけど、アベルトが慌てて尋ね始めたわ。

 そんな事は食事の後でも良いのに......


「どうだった?」


「先に何か食べたいよ~~~」


 その調子よ、リリアン。


「そ、そうか、済まない」


 流石に、アベルトも一番年下のリリアンには弱いのよね。


 という事で、やっと食事になったのだけど、リリアンの話では魔王達はダンジョンに入ったようね。

 その話を聞いたアベルトは、ダンジョンに入ると息巻いていたけど、準備が大変なのよね。

 少しはその辺りの事も理解して欲しいものだわ。


 私のそんな愚痴を余所に、四人の仲間は出された料理に舌鼓を打つのだった。







 ダンジョンといえば洞窟を想像するが、ここはそんな一般的なダンジョンと懸け離れた処だった。

 確かに洞窟の様な通路もあったが、各フロアに巨大な世界が広がっているのだ。


『とてもダンジョンの中とは思えないわね』


 この光景を眺めて、そんな感想を述べたのは、指輪となったエルフ、ミイことミーシャル。


『これはダンジョンというより大森林だな』


 その言葉に同意するように、この景色が森だと言うのは、やはり指輪に身を窶した旧アルドランダ王国第一王女、エルことエルローシャだ。


 現在、俺達は地下二十二階まで来ているのだが、このフロアを目にした途端、その光景に驚いて呆然としている訳だ。


『それよりも、先に急ごう』


 このメンバの中で唯一ダンジョンの情報を持っている黒猫のカオルは、特に驚く事無く己の意見を述べてくる。


「でも、このダンジョン、楽しいよね」


 そう言って、俺の左腕に抱き付くのは、出合って数日しか経っていない十四歳の少女マルカだ。


『こら、マルカ、そんなにくっ付かないの』


『そうだぞ。ソータは妾の夫なのだからな』


「はいはい。分かってますよお姉様方」


 この娘は不思議な事に、ミイ、エル、カオルの念話を聞き取る事が出来るのだ。

 その理由を聞いてみたが、本人はただ解るとだけしか教えてくれなかった。

 少女に詰問するのも如何かと思う俺は、それについては棚上げすることにした。


 あと、マルカが追われていた理由だが、どうやらこの娘は魔王として勇者に追われているとの事だった。

 別に保護する積りは無いのだが、勝手について来ているので、好きにさせる事にしたのだ。

 カオル曰く、使徒じゃないし、予知夢の能力を持ってるなんて、かなり有益な娘だということで、この際、仲間に取り込んではどうかと言っていた。


「それにしても、お兄ちゃん、めっちゃ強いよね」


「いや、これじゃ全然ダメなんだ」


「ふ~~~ん」


 マルカは俺の強さに感動しているようだが、今の俺では糞神の足元にも及ばないだろう。だから、もっと強くなる必要があるんだ。


『敵だよ。それも大軍でお出ましみたいだね』


 歩みを進めていた俺達に、カオルが警告を発した。


「わ~~ブタさんだ!」


 マルカは無邪気に喜んでいるが、その数は五十体くらいに上る。


「こい!デストロイ!」


 素直に出てきた大剣を右手に握りしめ、一匹目のオークに斬り掛かるが、どうやらチュートリアルで戦ったオークよりも強いようだ。

 オークの体色も、以前戦った奴より黒いような気がする。

 だが、俺もあの時とは違うのだ。

 すぐさま、返す大剣で黒豚を切り裂く。

 すると、黒豚は霧となり大きめの豚肉を残した。

 即座にそれを拾ったマルカが喜びの声をあげる。


「やった~~~!豚肉だ~~~!」


「いいから下がってろ!」


 マルカにそう言うと、俺はスキルを使わずに次々と黒豚を切り倒していく。

 何故スキルを使わないかと言うと、その方が基礎値の上りが良いと知ったからだ。


「うりゃ!」


「また豚肉だ!お兄ちゃん、なんでこんなに豚肉が出るの?」


 俺が黒豚を切り倒していく度に豚肉のドロップが発生するので、マルカはそれが不思議だと言い始めた。


「だって、唯のドロップだろ?」


 俺としては、モンスターを倒すとドロップが発生するものだと思っているのだが、彼女の考えは違うらしい。


「こんなに出るって聞いてないよ。大体、十匹倒して一個出れば良い方だって聞いてるけど」


 どうやら、俺とマルカの認識に違いがあるようだ。

 まあいい。今はこの豚を倒す方が先だからな。


 結局、俺一人で全てを倒し、マルカはドロップアイテム収集に徹していたようだ。

 だが、俺が気になったのは、彼女は拾ったアイテムを小さな布袋に詰め込んでいたことだ。

 如何見てもその布袋に入りきるとは思えないのだ。


「なあ、その布袋って何なんだ?」


「あ、これね。これはマジックアイテムだよ。物を沢山入れられて便利だんだよ」


 なるほど、その布袋は唯の袋では無く魔道具のようだ。


「お兄ちゃんに渡した方がいい?てか、この袋の容量はあまり大きくないから、渡したいんだけど」


 そういうマルカから豚肉を渡して貰って鑑定すると、黒豚バラ肉との事だった。

 その内容は、普通の豚肉より美味しいとの事だったので、早速、今夜の料理に使う事にしたのだった。







 ダンジョンに入って一カ月になる。

 何事も無くモンスターを倒し、カオルの予定通りに進んでいるみたいだ。

 それに、ここのモンスターはかなり強くて、経験値も凄い上がり方になっている。

 もう少し頑張ればレベルアップしそうない勢いだ。

 だが、そんなタイミングで五十階の階層ボスと戦う事になったのだが......


「グギャオーーーーーーーーーーーーー!」


 その雄叫びは、周囲を震わさんばかりの咆哮だった。

 他のモンスターもこのボスを恐れているのか、全く姿を現す事は無い。


「お兄ちゃん。あれと戦うの?死んじゃうよ?」


『カオル、あれと戦うのか?俺、死ぬんじゃないか?』


 マルカの発言をそのまま横取りしたような台詞をカオルに伝えるが、彼女はいたって普通に返してくる。


『糞神と戦うなら、あれくらいプチっと倒さないと』


 いやいや、その前に死ぬって......

 だって、あの竜、体長が三十メートルくらいあるぞ?

 オマケにとっても凶悪そうな表情でこっちを睨んでるじゃないか!


 俺の心情を悟ったのか、マルカが俺に助言をしてくる。


「今回は大変そうだから、あたしも手伝うね」


 いやいや、お前が手伝っても無理だろ。

 というか、お前はこれまで食って寝るだけだったし、戦えるのかよ。


 そんな俺の考えを覆すように、マルカは布袋から巨大なハルバートを取り出した。


「お、おい、なんだそれ?」


「えっ?ハルバートだよ?」


「いやいや、魔法で戦うんじゃないのか?この前も魔法を使ってたし」


「えっ?知らないの?竜には魔法が効かないんだよ?」


 ぬぬぬ。何も知らない子供を諭すような調子で、マルカは俺に教えてくれるのだが、魔法が効かないとなると肉弾戦だけかよ。


『カオル!』


『その子の言う通りだよ。さあ、頑張るんだ』


 おいおい! 頑張るんだ、じゃね~~~~~~~~~~!


 俺の心中の絶叫を聞き付けたかのように竜が襲ってくる。


 くそっ、やるしかね~~!


「こい!デストロイ!」


『ユウスケ、痛くしないでくれよ』


 うぐっ、攻撃する前からエルの苦言を貰ってしまった。


 そんな俺の視線の先では、マルカが巨竜に向かってその巨大なハルバートを振り下ろしている。


「グギャ~~~~~~~!」


 痛みに怒った巨竜が吠える。

 だが、全く傷ついているようには見えない。

 更に、次の瞬間には、巨竜の尻尾がマルカに襲い掛かる。


「拙い!ハイヒート!加速!」


 この場合は、流石にスキルを使わないとか在り得ない。

 即座にスキルと装備能力を発動させて、尻尾でぶっ飛ばされそうなマルカを抱き上げる。

 更に、襲い掛かる尻尾を蹴って、その反動でその場から飛び退る。


「こら、あんまり無茶すんな」


 俺の叱責に、マルカはペロリと舌を出し、てへへへと照れている。


「ごめんなさい。ちょっと油断しちゃった」


「それより、竜の急所とか弱点とかないのか?」


 謝ってくるマルカに、俺は一応尋ねてみたのだが、彼女は首を横に振るだけだった。


「ちっ、気合でやるしかね~な」


 マルカを地面に降ろし、俺は気合を入れ直す。

 更に、スキルの重ね掛けを行って、一気に竜へと突進する。


 俺は西洋風の竜の正面から突っ込み、奴の目の前にくると、一瞬で方向を変えて側面から竜の足へと大剣を振り下ろす。

 だが、その攻撃は竜の薄皮一枚を切り裂いて終わる。


「ちっ、なんて硬さだ」


『ソータ、痛いぞ!タンコブが出来そうだぞ』


 竜の傍から距離をとった俺に向けて、エルが即座にクレームを入れてくる。

 てか、大剣を振るうと、お前の頭をぶち当てる事になるか?

 なんか嫌だな~~~~それ......


『油断するな。尻尾の攻撃が来たぞ』


 ああ、解ってるって!


「加速!跳躍!」


 目の前に迫った竜の尻尾を跳躍で躱し、竜の頭へと斬り掛かったのだが、その攻撃は奴の右手で遮られてしまった。

 だが、奴の右腕には割と深い傷が刻まれる。


「よし!」


 その傷を見た時に、俺は戦えると確信した。

 しかし、竜が怒りの咆哮を上げると、その傷が直ぐに塞がって行く。

 その治った傷を見た時に、俺は勝てないと確信した......


『おい!カオル!治ったぞ!傷が......こんな化け物をどうやって倒すんだ?』


 直感的にヤバイと感じた俺は、即座にカオルへ問い掛けるが、黒猫カオルは壁の近くに座って顔を洗いながら答えてきた。


『お、おかしいな~~、再生能力なんて無かった筈だけど......もしかして、糞神が何かやったのかな~~~』


 カオルの回答は、全く以て答えになってなかった......


「きゃっ!」


 俺の攻撃を囮にして、後ろから斬り掛かっていたマルカが奴の尻尾で吹き飛ばされた。

 拙い、あのまま地面に叩き付けられたら大怪我をするぞ。


 そう思って、瞬時に加速を発動させて助けに向かうが、どうにも間に合いそうにない。

 だが、彼女は地面に叩き付けられる前に、宙へと舞い上がった。


 えっ? 空を飛んだ? 飛行魔法か?


 そんな俺の疑問を吹き飛ばすかのように、マルカは竜に罵声を浴びせていたのだが......


「いた~~い!絶対に許さないからね!って、あっちゃ~~~~~、やっちゃった!お兄ちゃん、この姿は見て無い事にしてね」


 宙に留まるマルカの姿が一変していた。

 そう、背中からは蝙蝠の様な羽が生え、お尻からは矢印型の尻尾が生えていた。

 ショートヘアの髪型は変わっていないが、髪の色は銀髪となり、肌の色も浅黒くなっている。

 更に、額からは一角獣の様な角が生えて、その全身の恰好からして数瞬前の状態と全く違う姿になっている。

 オマケに、ビキニアーマーだもんよ。

 胸の大きさはややボリュームに欠けるが、間違いなくレイヤーと肩を並べるようなビキニアーマーですよ?


「てか、お兄ちゃん、恥ずかしいからジロジロみないの!」


『こら!ソータ!嫌らしい目で見るんじゃない!』


『ソウタってああいうのが良いの?だったら私も頑張るわ!』


『どうやら、魔王というのも満更嘘ではないようだね』


 エルの叱責やミイの宣言に続き、カオルが納得だと言わんばかりの言葉を伝えてくる。


『あれって、何なんだ?』


 ただただ驚くしかない俺がカオルに尋ねると、彼女はしたり顔で教えてくれた。


『彼女は悪魔族の娘なんだよ。既に滅んだと思ってたんだけど、生き残りが居たんだね』


 獅子奮闘しているマルカを眺める俺は、カオルの説明で彼女の事については理解したのだが、この竜を倒す方法が全く思い浮かばず、敵を前にして頭を痛めるのだった。


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