第29話 お前は誰よ

 見渡す限り、辺り一面は草原だ。

 心地よい風が吹く大自然。

 その大自然の中に一本の長い道が街道を成している。

 そんな街道で馬を走らせる。

 しかし、俺も走っている。

 そうであるなら、馬に乗っているのは誰かという話になる。

 そこにちょこんと乗っているのは黒猫だ。

 何処にでも居そうで、そんじょそこらには居ない黒猫だ。

 そう、見た目だけの黒猫。中身は死神であり、カオルと言う名の転移者である女性が乗っているのだ。


『颯太、ペースが落ちてるよ』


 疲れた俺をカオルは念話を使って叱咤する。

 その声の方向へと視線を向けると、並走しているのが嬉しいとでも言うように、栗毛色の馬が元気に走っている。


 何故、馬が居るのに走っているかというと、何の事は無い鍛錬の一環だ。

 ダンジョンで経験値を得る事が少ない俺は、兎にも角にも、基礎体力を向上させる事にしたのだ。

 というのも、数日前にステータスを見て愕然としたのだよ。

 だって、ステータスが下がってたから......

 それを不思議に思ってカオルに聞いてみた。

 すると、カオルは何をバカな事を言ってるのって感じで首を横に振った挙句、当たり前のことだよと伝えてきた。


『筋力が下がればステータスは下がるよね?ここ最近、チュートリアルと比べて戦闘回数が少ないからね』


 確かにその通りなのだが、普通、ゲームだと経験値は下がらないだろ? と言ってみたが、速攻で愚問だと却下されてしまった。


『ここが何処だか忘れたのかい?』


 そう、ここは糞ゲーワールドだった......

 という訳で、懸命に走っているのだ。


 こんな移動を始めて早や二カ月、そろそろ新たな目的地に着く頃だ。


 そういえば、噂で聞く限りでは、俺達が二カ月前に出奔したアルドランダ王国は、ティファローゼが頑張って再建しているようだ。

 ただ、新しい国の名前が気に入らない。とっても気に入らない。

 なんと、ソータ王国とう名前になったのだ。

 これは、ティファローゼの嫌がらせだと思う。恐らく、多分、いや、絶対にその筈だ。

 しかし、俺も好き放題に暴れて逃げ出してきたのだから、そのくらいの嫌味は黙って飲み込むしか無いのかもしれない。


『ソウタ~~、お腹空いた~~~』


『妾も空腹だぞ』


 俺が息を切らせながら必死に走っていると、一気に脱力するような声が脳内に響き渡る。

 言わずと知れた脳内愛人のミイことミーシャルと脳内嫁のエルことエルローシャだ。

 この腹ぺこコンビは、指輪となってからというもの、まるで時報のように空腹タイムを伝えてくる。

 

 まあ、指輪になる前から空腹を訴える声は多かったがな。


『そろそろ、陽も落ちてきたし、今日はここまでにしようか』


 カオルの声で走る足を止め、手頃な場所を探して周囲を見回す。

 すると、大きな木が一本だけ立つ場所があった。


『今夜はあそこで休むか』


 そう言って、俺は馬の手綱を持ち、息を整えながら歩みを進める。


 目当ての場所に到着すると、テントやバスタブ、衝立などを出し終わると、エルの精神が同化した大剣を呼びだす。


『こい!デストロイ』


 その声に応じて俺の右手に大剣が現れるが、俺はふと疑問を感じた。


『この大剣、重くなってないか?』


『な、な、な、なんだと!妾が太ったと言いたいのか?』


 いやいや、そうは思わないけど、なんか大剣が重くなったような気がしただけだ。


『あはははは』


 興奮してムキになるエルの裏側で、大笑いするミイの声が響き渡る。


『煩いぞ!ミイ!何時まで笑ってるのだ』


『だって~~~。エルったら太ったのね。きゃははは』


『ぬぬぬ!ソータ、さっさと鍛錬を始めるぞ』


 ムキになるエルを両手に握り、習慣となった食事前の鍛錬を行うのだった。







 目の前では焚火がパチパチと弾ける音を鳴らしている。

 特に焚火が必要だとは思えないが、これも旅での習わしというものだ。

 こうして焚火をしていると、動物やモンスターが寄って来ないと言うのだから、必要ないとは言い切れないかもしれない。

 俺としては、モンスターが出て来てくれた方が嬉しいけどな。

 だって、経験値を取得できるし、ステータスを維持する事が出来るからな。


 現在は、食事や入浴も終わり、あとは寝るだけといった状態だ。


『そろそろ、寝ようか。僕はもう眠たいよ』


 黒猫が大きな欠伸をしながら、そう伝えてくるのだが、俺は気になる事を尋ねる事にした。


『なあ、あの二人って、本当は直ぐにでも元に戻せるんだろ?』


 この念話は、当然ながらカオルと二人だけの交信だ。


『あははは。もしかして僕が颯太を独り占めしたいから、二人をあのままにしていると思ってるのかい?』


『えっ、違うのか?』


 てっきりそうだと思い込んでいた俺は、カオルの返事に驚いてしまった。

 というのも、第二王子と戦った時に、カオルが即座に降臨じゃないと断言した事で、降臨って簡単に起こらない事だと思ったからだ。

 だったら、二人を元に戻しても危険は少ないだろうと考えたのだ。

 それは二人の事を心配しての事で合って、決して、若い血潮がほとばしるのを我慢できないからでは無い。


『僕の感だけど、君の予想は半分だけ当たってるよ。降臨はね、最低でも一年以上の間隔を開ける必要があるみたいなんだ。だから、暫くは糞神達が降臨する事は無いね』


『じゃ、二人を元に戻しても問題ないじゃん』


『うん。それについては、納得させる為に口にした言い訳だよ。本当はね。彼女達は呪いに掛かってるんだ。そう、精神を物に宿す呪いさ。でも、あの時はそれしか助ける方法が無かったんだ』


 どうやら、二人が指輪に秘められたのは、魔法と言うより呪いだった訳だ。

 きっと、聞いたら二人とも発狂するだろうな。

 まあ、それでも命を救うためだったんだ。これは仕方ない事だと思う。


『じゃ、どうやって元に戻るんだ?』


『彼女達が強くなって自分の力で呪いを破るしかないんだよ。実は結構複雑な呪いでね。僕にも解呪できない訳さ』


 うぐっ、お前は何て呪いを使うんだ。

 いやいや、彼女達の命には代えられないよな?


『これで分かったかい?』


『ああ、分かった。だが、二人はどうやったら強くなるんだ?』


『それは簡単だよ。颯太が彼女達を沢山使って遣ればいい。その都度、経験値を得て強くなる筈だよ』


 なるほどな。だったら、俺も剣スキルを取得した方がいいかも知れない。


 だけど...... レベルアップって...... いつなんじゃーーーーーーーー!


 俺は心の叫びを高らかに上げ、悲痛の想いを誰にも告げる事無く胸に秘めたまま、カオルを抱っこして寝るのだった。







 あれから二週間、俺は目的地へと到着した。

 そこは巨大な障壁に囲まれる街で、カオルの話では迷宮国と呼ばれる都市だと言っていた。

 少し付け加えると、この迷宮国は、今やソータ王国となったアルドランダ王国の南にあり、メールガルアと呼ばれる国だった。

 この巨大な都市がこの国であり、この都市のみがこの国だということだ。

 また、都市の真ん中に巨大な迷宮があり、他国からは迷宮国メールガルアと呼ばれているらしい。


『で、その迷宮に目的の物があるのか?』


『うん。そうだよ。ただ、最下層は地下百階だからね』


 地下百階か~~~。それを聞いただけでもウンザリするが、一階層毎の広さってどれくらいなのだろうか。


『なあ、迷宮都市なら、もう最下層まで到達してるんじゃね?』


『いや、冒険者が到達しているのは四十階層までだと思うよ』


『どうしてだ?』


『そこにるボスが桁外れに強いから』


 じゃ、お前はどうやって最下層に行ったのかと聞きたかったが、どうせ死神だからという答えが返ってくるのが解っているので、敢えて聞かない事にする。


『じゃ、いくか』


『そうだね』


 こうして俺達は迷宮国に入ることになった。と、思いきや、行き成り入門でトラブルが発生したのだ。


「身分証明を出せ」


「なにそれ?」


 門番の言葉に、意味不明な俺は首を傾げるしかないのだが、その態度が気に入らなかったのか、門番の態度が悪くなっていく。


「だったら、持ち物を全部出せ。それの入国料は金貨五枚だ」


 金貨五枚とはボリ過ぎだろ。

 歌舞伎町のぼったくりバーでもそんなに取らね~ぞ。バカちん!


 この時点で、俺の体内温度がかなり上昇した。

 だが、言われる通りにローブを脱ぎ、テーブルの上に置く。


「これだけか?」


 目を吊り上げた門番が食って掛かってくる。

 まあ、旅人の持ち物にしては異常だろう。

 何と言っても、俺はアイテムボックスがあるんで、全く物を持ち歩く必要が無いんだ。


「何処に隠してるだろ!これだけの筈がないだろ!って、お前の恰好はなんだ!」


 俺の恰好か?

 上から、黒猫耳、黒革のベスト、ビキニパンツ、黒革のグローブ、革のブーツだ。

 ああ、黒猫の尻尾もあったわ。それが何か?


「出て行け!お前みたいな変態をこの都市に入れる訳にはいかん!」


 興奮した門番が怒声を上げたが、俺の体内温度の方がもっと上がった。


「誰が変態だ~~~~!ぶっ飛べ~~~~~!」


 怒りに満ちた俺のパンチが門番の顔に炸裂する。

 殴られた人間がどうなるかなんて、最早説明の必要も無いだろう。

 俺に殴られると吹っ飛ぶのだ。放物線を描いて飛んで行くのだ。

 見事にそれを立証した門番が壁にぶつかると、それを見ていた他の警備兵がワラワラと集まって来る。


「な、なんだ!この変態は!」


「猫耳に尻尾だと!どこの変態だ!」


「変態を早く捕まえろ!」


「こんな変態、始めて見たぞ!」


 集まって来る警備兵が口々に、好き放題に思った事をぶちまける。


 もう限界だ。変態、変態、変態、変態、喧しいんじゃ~~~~~~~~~!


「変態、変態、うるせ~んだよ!お前等の服も全部燃やして遣る!炎よ!」


 次の瞬間、俺の周囲は炎の海となる。

 俺は逃げ惑う旅人を無視して、警備兵をぶん殴って行く。

 すると、次の瞬間、女の声が響き渡った。


「水の恵みよ!」


 その声に振り返ると、そこには一人の少女が立って杖を掲げている。

 すると、空は晴れているのに、土砂降りの雨が降り注ぐ。

 その雨の所為で、俺が手加減して撃ち出した炎はたちまち消えていく。


 まあ、手抜きの炎だし、別に構わん。


 その結果に、大して不満を抱くことなく、俺はそそくさと門を抜けて街に入って行く。

 ああ、警備兵は全て殴り飛ばしたので、俺を止めるの者は皆無だ。

 だが、そこに俺を止める女の声が響き渡る。


「ちょっと、お兄ちゃん遣り過ぎよ!って、ちょっと、待ってよ~~~!ちょっと~~~!」


 その声から、さっきの水魔法の少女だと解るが、俺は無視して歩みを進める。

 しかし、少女とは別の静止を叫ぶ声が上がる。

 その声が男の声だった事から、チラリと様子だけを伺うと、二人の男に三人の女というグループだった。いや、パーティなのかもしれない。


「そこの女!待て!やっと見つけたぞ魔王め!」


 再び叫ぶ男のその台詞に、猫耳がピクリと反応する。


「あっちゃ~~~、こんな所まで追いかけてきた」


 少女は勘弁して欲しいと言いたげな表情で俺の腕を取って泣き付いてくる。


「ね、ね、お兄ちゃん。さっきは助けたでしょ?今度はあたしを助けて」


『ぬぬ、何と図々しい娘だ』


『ソウタ、ダメよ。こんな軽い女はダメ!』


『いや、ミイがいう事じゃないよね。その台詞は僕が温泉で言いたかったよ』


 脳内で三バカ娘の台詞が好き放題に行っているが、俺は全く助ける気なんてない。


「ねえ。お兄ちゃん。お願い。お兄ちゃん。強いじゃない。ちょこっとだけ」


「悪いが、俺に関わらない方が良いぞ」


 少女の懇願にそう答えると、さっさと歩き始める。

 だが、少女は諦めない。必死に腕に抱き付いて泣き縋ってくる。


「あたしが死んでもいいんだ。バカ!お兄ちゃんのバカ!」


「てか、俺には妹なんて居らんよ」


「折角、会いに来たのに」


「はあ?意味が解らん」


 そんな言い合いをしながら歩いていると、俺の耳が魔法を唱える声を聞き取った。


「シールド!ヒート!加速!」


 偶々、少女が抱き付いてるのが右腕で良かった。

 俺は即座にシールドを張って、魔法で出来た氷の矢を弾き、透かさず立ち位置を変える。

 更に、攻撃者に視線を向けると、一人の男が剣を抜き、もう一人の男が斧を構えた。


「なんだんだ。あいつ等、行き成り攻撃しやがって」


『颯太、あれ、使徒の臭いがするよ』


 俺が愚痴っていると、すぐさまカオルが警告してきた。


 知らん顔を決め込むつもりだったが、相手が使徒なら話は別だ。


いかずちよ!」


「結界!」


 少女を振りほどき、右手を向けて雷の魔法を放つと、奴等の中に居た女が結界を張ったようだ。

 雷が透明のドームにぶち当たりその外側を走っている。


『颯太、ここで戦うのは不利だよ』


 そうだな。行き成り指名手配じゃ、ダンジョンにすら入れないからな。


「炎よ!」


 俺は全開の炎を目の前に討ち放ち、透かさず少女を抱えて走り出したのだった。







 目の前では携帯コンロが火を放ち、フライパンの上の肉を焦がそうと頑張っている。

 だが、俺はそんな隙など与えない。

 丁度良い頃合いを見て木皿に移すのだ。


 現在の俺達は、既にダンジョンの中に入っている。

 というのも、街中にいると例の五人組が襲ってきそうなので、さっさとダンジョンの中に突入したのだ。

 そして、現在は地下十階のセーフティポイントに居る。


 加減を見ながら、程好く焼けた肉を木皿に乗せ、涎を垂らさんばかりのカオルに渡してやる。

 脳内では嫁と愛人が騒いでいるが、今は無視する外ない。

 ちょっと、酷い頭痛だと思えば、耐えられなくはないし、肉を口に入れると大人しくなるのだ。

 実は、とってもお手軽な奴等のような気がしてきた。


 そんな俺の目の前では、息をするのも忘れたように肉に喰らい付く少女が居る。

 色々と聞きたい事もあるのだが、とてもそんな雰囲気ではないので、自分の肉を焼き始める。


『ソータ、ハラミがいい』


『私はタンがいいわ』


 いや、お前等は言わなくても分かってる。

 てかさ、毎食時に同じ事を言ってるって認識してるか?

 既にプログラム化された工程を進めるように、彼女達の好みに合わせた肉を焼いて遣り、自分の木皿に盛り付けると、既に食べ飽きた肉をさっさと口に放り込む。


 だって、毎食毎食、肉、肉、肉、だぞ! 終いには額に『肉』の文字が浮かんできそうだ。


 カオルはというと、相変わらずのスタイルで肉を食ってる。

 何処の世界に、肉を両手で持って食い千切る猫が居るんだ?

 だが、そんな不思議な光景に気が付かない程に、少女はガッついていた。


「お兄ちゃん、お代わり!」


 元気よく、空になった木皿を前に突き出す。

 とてもご馳走になっている身分とは言えないが、野菜をきちんと食うだけ、うちの二人と一匹よりマシだろう。


 俺はお代わりを焼きながら、少女に尋ねる。


「何で俺の事をお兄ちゃんと呼ぶんだ?それに会いに来たとか言ってたよな」


「だって、お兄ちゃんだから。それに夢で見たの。お兄ちゃんとここで会えるって」


 夢...... なんて不確実なものに頼ってるんだ。


「てか、夢を信じてここまで来たのか?」


「そうだよ。だって、あたしの夢はめっちゃ当たるんだから」


『この子は予知夢の力があるのかもね』


 少女の言葉に、しっかり噛み砕いた肉を嚥下したカオルが助言してくる。

 だが、予知夢の力があるといっても、俺と出会って何になるんだ?


「そう言えば、名前を聞いてなかったな。俺は「ソウタでしょ?」」


「それに、カオル姉様に、エル姉様に、ミイ姉様が居るんだよね」


 ぬぐっ、なんで全部知ってるんだ?


『何者だ?だけど、なかなか礼儀正しい少女だな』


『そうね。私がお姉様か......フフフ』


 脳内の二人は、この少女に疑問を持つ処か、気に入ってしまったようだ。

 カオルに視線を向けると、彼女は特に驚く事無く、新たな肉をカミカミしている。

 だから、仕方なく俺が聞いたのだが。


「だって、全部夢で見たもん。カオル姉様、これから宜しくです」


 少女は和やかな表情でそう答えながら、両手で肉を持って今まさに噛みつこうとしていたカオルに挨拶する。

 カオルは気にする事無く、肉に喰らい付き、黙って首肯している。

 どうやら、首を傾げるのは俺の役目らしい。


 何故、こんな事になったのかと悩みながら、俺は嫁と愛人に急かされて肉を食い続けるのだった。


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