第27話 アルドランダ王国消去作戦その3


 白い空間、この部屋も、あの部屋も、どの部屋も、全てが白い空間で作り出された部屋。

 見るのもウンザリになる何の変哲もない部屋。

 ここはまさに地獄だ。そう、生き地獄そのものなのだ。

 老いる事の無い身体、死ぬ事の無い魂、朽ちる事の無い空間。

 死にたくても死ねない。何も無い世界で永遠と生き続けるだけ。

 そうなると、知能ある者はどうなるだろうか。

 そんな事は解りきった事だな。


 狂うしかない。壊れるしかないのだ。


 永遠という時を無の世界で何事も無く居られるほど、知的生物は丈夫ではないのだ。

 だから、唯一変わるのもを見て楽しむ。

 それに介入する事で、自分達が生きていると実感する。

 目の前にいる五人はそんな輩だ。


 今も大スクリーンに映し出された人間を見て笑っている。

 自分達が無理矢理に召喚し、過酷な世界に送り込み、苦痛に呻く姿を見て喜んでいる。

 全く以て下品で野蛮な行為だと思う。

 しかし、今も無茶なプログラムを実行して、その人間を窮地に追いやって楽しんでいる。


「おい、例のプログラムはどうなってる?」


「ああ、あれかい。今、コンパイル中だよ」


「お、いよいよアレの登場かよ」


「てか、現状のプログラムで詰むんじゃね?」


「だったら、新しいのを連れて来るさ。次はどんな難題を吹っ掛けるかな」


 彼等を見ていると、とても同じ生き物だとは思えない。

 最低な奴等だ。いや、彼等も犠牲者か。この空白の世界に生み出された犠牲者なのだな。


「君達、どうでもいいけど、いい加減にしないと、彼女が目を覚ました時に怒られるよ?」


 下種ではあるが、同じ生き物として忠告だけはしておこう。


「あ、お前か、あいつはもう目覚めね~よ」


「あれからもう千年以上も経っているし、もう死んでるんじゃね?」


「いやいや、死ぬ事はないだろ。もし死ねるなら、俺がさっさと死んでやるぜ」


「確かに!それよりもさ、次は魔王討伐なんてどうよ」


「何言ってるんだ。魔王は五百年前にお前が追い込んで殺したんだぞ」


 すなまい、人間達よ。

 この者達は、もう壊れているのだ。

 だからと言って、私がこの者達を粛清する訳にもいかない。

 残念ながら、そういうルールがあるのだ。

 だが、このままでは人間達があまりにも報われない。

 何とかしてやりたいのだが......

 彼女が起きてくれたら、少しは変わるのかな?

 いや、千年前の事件を考えると、彼女も最終的には人間の敵となるだろう。

 父なる神、母なる神、あなた達は、何故に私達のような者を生み出してしまったのでしょうか。

 私達こそ滅ぶべき存在だと言えるのに......







 相変わらず臭い下水道だ。

 ネズミや黒い悪魔が大手を振って闊歩している。

 出来るものなら、あの糞神達をここに流れている汚水に浸け込んで遣りたいぜ。


 俺は頼まれた貴族の暗殺を終わらせて、約束の場所へと向かっている。

 約束の場所とは、数日前にティファローゼと密会したあの場所だ。

 暗殺とは言ったものの、実際はただ単に始末しただけで、全く暗殺と言えるようなスマートなものでは無かったのだが......


『あとは王族だけだね』


『そうだな。だが、それが一番面倒臭いんだけどな』


『それもそうだね』


 思ったよりも順調に進み、現在の俺とカオルの足取りはかなり軽い。

 と言っても、ここを歩きたくないというカオルは、俺の腕の中に居るんだけどな。


 数日前に教えて貰った石壁まで辿り着き、約束の合図を送ると、石壁が重い物を引き摺るような音を立ててゆっくりと開く。

 ここが何処なのかについては、カオルが調べてくれたので判明している。

 ここはティファローゼに与する伯爵家の地下なのだ。


 石の扉が開き、そこで待ち構えて居た衛兵に手を上げて挨拶すると、その男は嫌な顔一つせず、俺を会合の部屋へと案内してくれた。


「早かったわね」


「お前こそ、こんな所で油を売っていてもいいのか?」


「王女なんて暇なのよ。王子に比べればね」


『そんな事はないぞ!肉体や剣の鍛錬があるからな』


 俺とティファローゼの会話に、脳内でエルが割り込んでくるが、剣の鍛錬とかやってるのはお前だけだろと言いたくなる。

 まあ、そのお蔭であの張りのある巨大な胸が出来上がるなら、その鍛錬も捨てたものでは無いと思えるけどな。


 ティファローゼと軽い挨拶を済ませた処で、護衛の兵によって扉が閉められる。

 それを確認した後に、ティファローゼと対面にあるソファーにドサリと腰を下ろす。

 それを見たティファローゼはゆっくりと己の手を前に出すので、俺は無造作にその手を取るが、行き成り彼女から苦言が漏れる。


『乙女の手を取るのです。もっと嬉しそうになさい』


『ああ、でも、女はもう間に合ってるからな』


『こんな小娘に犯られちゃダメよ』


『そうだぞ。妾という妻がいるのだからな』


 ティファローゼの苦言を軽く躱すと、即座にミイとエルから警告を貰ってしまった。

 てか、ティファローゼが俺を襲うとは思えないが。

 それに、こいつらの相手をしていると、話が進まないので、俺の方からさっさと進める事にする。


『頼まれていた貴族の暗殺は済ませたぞ』


『ええ。確認してるわ。凄いわね。ものの三日で始末できるとは思わなかったわ』


『あんなのは大したことない。それより今後の計画だ』


『そうね。これからが本番だものね』


 この後、計画の内容を詰めていき、決行日を決めて乗っ取り作戦の打ち合わせを終えた。

 俺がティファローゼと手を離し、己の背をソファーに委ねると、ティファローゼが和やかな表情で問い掛けてきた。


「ねえ、如何して姉様を奪っていったの?」


 どう答えるか色々と悩んだが、真面目な回答を避ける事にした。


「一目惚れしたんでな」


『えっ!?本当か?妾に一目惚れしたのか?』


『エルったらバカね。適当に答えただけじゃない』


『なんだと!』


『だって、ソウタは私の男なんだから』


『何を言う。ソータは妾の夫だぞ』


 如何でも良いけど、ミイとエルは少し黙ってなさい。

 脳内の抗争に少しウンザリしていると、ティファローゼが笑いながら応じた。


「あははははは。今のはここ数年で一番笑えたわ。だって、姉様は確かに見栄えは良いけど中身は脳筋だもの。少しでも知っている者は、誰も欲しがらないわ」


『な、なんだと!』


『クスクス』


 脳内が煩くなるから止めて欲しいんだが、そんな事を知らないティファローゼは話を続けてくる。


「ねえ、あなた、わたくしの夫にならない?ああ、今のも姉様に聞こえてるのかしら」


『聞こえて居るわ。この戯け者!姉の夫を寝取ろうとは、何とういう妹だ』


「ああ、聞こえているぞ。今、カンカンになって騒いでる。だから止めてくれないか?頭が割れそうだ」


「ちぇ~っ、詰まんないの。いつも良いものは姉様が持っていくのよね。男も胸も。でも、ああ見えて姉様は真面目だし、心が優しいから、大事にしてあげてね」


『ぬぬぬ。悪魔が行き成り如何したと言うのだ。煽てても何も出ぬぞ』


「ああ、解ってる。それにエルも喜んでるぞ」


「フフフ。姉様も頑張ってね」


 これ以上続くと、俺の脳が壊れそうなので、話はここまでにして撤退したのだった。







 翌晩、俺は再び下水道を進んでいる。

 だが、今晩は目的地が違うのだ。

 そう、今日は作戦決行日。と言っても、行動するのは俺だけ。

 ティファローゼは今頃、夢の中で白馬の王子様とエッチの最中だろう。


 それは良いとして、俺は迷うことなくサクサクと進み、あっという間に王城の地下へと侵入する。

 それもこれも、ティファローゼが用意してくれた下水道の地図のお蔭だ。

 オマケに王城の見取り図も頂いているので、王様の部屋まで一つ走り...... という訳にはいかなかった。

 思いの外、警備の衛兵が巡回しているので、その度に足を止めて、衛兵をやり過ごすか、少し痛い思いをして頂いて眠りに就いて貰った。


 そうして進んだ先に王様の部屋があるのだが、予想通り二人の衛兵が入口を固めていた。

 それを見て強行突入しようとした俺に、カオルが話し掛けてくる。


『ここは僕に任せてくれるかな』


 彼女はそういうと、俺の腕の中で両手の肉球を擦り合わせていた。


 お前はハエになったのか? と言いたくなったが、三本傷を入れられるのは御免なので黙っておく。


 彼女のハエのモノ真似が終わると、豪華な扉の前で番をしていた衛兵がヘナヘナと崩れ落ちる。


『何をしたんだ?』


『寝かせただけだよ。颯太よりスマートに終わらせられるしね』


 一言多い返事を聞かなかった事にして、俺は豪華な扉をゆっくりと開く。

 すると、天蓋付きのベッドからは、女の喘ぐ声と男の息を切る音が聞こえてくる。

 どうやら、真っ最中らしいのだが、エルの話では既に王妃は居ないとの事だったから、恐らく侍女か何かだろう。


『ハシタナイ。王たる者が、女を上に乗せるとは』


 いやいや、君も俺の上に乗ったよね......


 エルの苦言に心中で答えながら、俺は瞬時に行動を開始する。


「ヒート!加速!」


 移動速度を向上させ、目にも止まらぬスピードで王へと迫ると、上に乗り喘ぐ女を当身で寝かせ、王の胸に大剣となったエルを突き立てる。


「あうあう。か、かみ、神様......ごふっ」


 王様は糞神に助けを求めようとしていたが、その一撃でこの世と決別する事になった。


『母上の無念を思い知れ!』


 実の父を討ったにも関わらず、エルは全く悪びれる事無く、脳内に怒声を響き渡らせる。

 その態度が彼女の憎しみと怒りを表しているのだと感じながら、裸の女性に毛布を掛けてやる。


 あのままだと、風邪を引くだろうからな。


 俺は入った時と同じように、ゆっくりと部屋から出ると、豪華な扉を音を立てずに閉めて走り去る。



 足の向く方向は第二王子の部屋だ。

 第二王子の部屋は、王様の部屋より下の階層なので、結構な距離を移動する事になるが、俺の足を持ってすれば一瞬だ。


 再び、出合う衛兵を眠りの中へと殴り落とし、第二王子の部屋に辿り着くと、やはり二人の衛兵が立っていた。

 ここは、カオルに任せる事にして、のんびりと見学していると、扉の番をしていた二人の衛兵はスヤスヤと眠りに落ちる事になる。


 まあ、大変申し訳ないが、恐らく彼等は死刑になるだろう。

 勤務中に寝コケていて、その間に王様と王子が死ぬんだ。

 きっと、その責任は重大だという話になるだろう。

 まあ、そこはティファローゼの腕の見せ処だろうけどな。


 第二王子の部屋の扉を開くと、こちらも真っ最中だったのだが、その内容は最悪だった。

 というのも、相手をしているのが喘ぐ女では無く、すすり泣く少女だったからだ。

 それも十歳に成るか成らないかという齢の少女だ。

 どうやら、第二王子はロリコンだったようだな。


 それを見た俺の心は怒りに燃えたのだが、その光景を見て俺よりも奮起したのはエルだった。


『ソータ、さっさと妾を奴に突き立てろ!』


 脳内でエルから怒りの咆哮が上がる。

 言われなくても、始末するっての。


「ハイヒート!加速!」


 クリティカル攻撃がでないかな~~~! そんな想いで子供を四つん這いにして背後から犯している第二王子に大剣を振り下ろす。

 その一撃は、奴の頭から入り、穴まで切り裂いた。

 危うく、被害に遭っている幼女まで切り裂いたかと思って焦ったが、幼女の方はなんの問題も無かった。


『下種が!一生死んでろ!』


 エルが発する良く解らん罵声が轟く中、幼女を如何したものかと悩んだが、俺は聖者でもなければ、救世主でもない。だから、間違いなく善行なんて似合わないだろう。

 それに、俺が連れて行く事で、この子の将来が悪い方向へと向かう可能性もある。

 そう、犯人がこの子だという疑いが掛かる可能性だ。

 あとの事は、申し訳ないけどティファローゼに頼むとしよう。

 そう考えて走り去ろうとした時に、涙に濡れる幼女が擦れた声を漏らした。


「あ、あり、ありがとう」


 目の前に真っ二つとなった人間が居る。更に、それを為した人間が居る。しかし、彼女は怯えながらも悲鳴を上げる事無くそう告げてきた。

 だから、俺も一言だけ告げる事にした。


「負けるなよ」


 その言葉の意味を察したのか、その幼女は力強く頷くのだった。







 あれから二カ月近くが経過した。

 未だクエストは完了とならず、王国もかなり揉めている様子だ。

 だが、何を揉めているのかさっぱり解らない。

 だって、次の王は第三王子であるマクナカルで決まりなのだ。

 ただ、俺にも焦りが生まれてくる。

 というのも、そろそろクエストの期限だからだ。


 現在の俺はというと、スラム街で飯を作っている。

 今や、スラムで飯の兄ちゃんと言えば、俺の事だと誰でも知っている。

 それ程に、みんなから慕われ、愛されているのだ。


「にーちゃんの飯、めっちゃ美味いよな~~」


「兄ちゃん、次はタンが食べたい」


『ダメー!タンはダメ~~~~!』


 脳内でミイが絶叫しているが、無視してタンを焼いてやる。

 まあ、このスラムの全員に一年食べさせても無くならないくらいあるからな。


『ソウタのバカーーーーーーー!』


 ミイが泣きながら消えて行ったあと、十二歳くらいの可愛い少女が俺の傍にやってくる。

 だから、その少女の嬉しそうな表情を見ながら話し掛ける。


「お前は何が食べたいんだ?」


 すると、少女は首を横に振り、少し恥ずかしそうにポツリと溢した。


「あ、あた、あたしね。お兄ちゃんのお嫁さんになりたい」


『なんだと~~~~!』


『ダメよ!ダメ!タンは許したけど、それだけはダメ!』


 だが、エルとミイの意見を受け入れるまでもなく、彼女が俺の嫁となる事は一生無くなってしまった。

 何故なら、次の瞬間、その少女の額に矢が突き立ったからだ。

 ほんの一秒前、恥ずかしそうに照れていた少女の顔から表情が消え、その瞳が裏返って白い目に変わる。

 即座に、その少女を抱いて回復魔法を発動させるが、少女の状態が変化する事は無かった。


 その少女の死に顔を見た時、俺は息が止まった。

 更に、胸の中で爆発するような怒りが燃え上がった。

 それは、これまでに無い程の怒りだった。

 そして、視線を矢が飛んできた方へと向けると、沢山の騎士達が溢れ出していた。だが、それだけでは無い。剣を振り回し、次々と矢を放ってくる。


 これは如何いう事だ?

 俺は騙されたのか?

 戦えない者を蹂躙しているあいつ等は何者だ?


 その気持ちを理解したかのように、カオルが念話で伝えてきた。


『あいつ等はゴミだよ。処分する必要があるね』


 そうだな。あいつを始末しよう。


 俺は、共鳴したかのように怒り狂ったエルを取り出し、騎士達に向かって襲い掛かるのだった。


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