第26話 アルドランダ王国消去作戦その2


 そこは異臭漂う地下道だった。いや、下水道と言った方が良いかもしれない。

 前を歩く男と少女、その後ろに続いてカオルを抱いた俺が歩いている。

 俺の直ぐ前を歩く少女は、この国の第二王女であるティファローゼだ。

 とてもでは無いが、ここは王女が歩くような場所では無い。

 だが、彼女はハンカチで鼻と口を押えたまま、全く文句も言わずに黙々と歩いている。

 既に、地下に存在するスラム街を出発して、かれこれ三十分は経とうかとした頃だが、唐突に先頭の男が足を止めると石の壁を叩いた。

 すると、石の壁がゴーという石を引くような音を立てて動き、暗い下水道に明かりが射し込む。

 男はティファローゼを見て頷くと、彼女はその中へと入って行く。


「ソウタ様もどうぞ」


 男は礼儀正しい態度で俺にも入れと言う。

 言われる通りに中に入ると、そこは石で出来た部屋であり、更に上に進むための階段があった。

 ティファローゼは俺が入って来たのを確認すると、一言「付いて来て」といい、すたすたと階段を上がって行く。

 俺は慌ててその後に付いて行くが、後ろでは石の扉が閉まっている最中だった。


 ティファローゼに促されるまま部屋に入ると、その部屋は窓の無い石造りの密室だった。

 室内には簡素なソファーが向かい合って置かれており、その間には質素なテーブルの存在もある。

 ティファローゼは、そのソファーにドサリと座ると、大きく息を吐き、深呼吸を繰り返す。


「はぁ~~~やっと生き返ったわ。毎度のことながら、あの地下水路の臭いは最悪ね。身体に染みついてないかしら。あら、あなたも座ったら?一応、わたくしの義兄になるのよね?」


『一応では無い!その態度はなんだ!お義兄様と呼べ!お義兄様と』


 俺の脳内でエルが興奮しているが、別に兄と呼ばれたいとも思っていないので、彼女のことはスルーだ。


 ティファローゼの言う通り、俺は彼女の向かいのソファーに腰を下ろす。

 すると、彼女が待ちきれないとばかりに話を進めてきた。


「あなたはどんな目的でここへ来たの?姉様を奪った次はわたくしかしら?」


『お前など要らぬわ!』


 エル、お前は良いから黙っていてくれ。


 脳内のエルを抑えつけていると、返事をしない俺に業を煮やしたのか、彼女は話を追加してきた。


「糞神なら心配ないわ。この部屋は結界を張ってるから、恐らく除かれる事は無いと思うわ」


 だが、俺は首を横に振り、透かさず彼女の手を取った。


「な、な、なにをするの?本当に私が狙いなの?」


 俺の行動にティファローゼは焦るが、再びゆっくりと首を横に振り、彼女に念話で伝える。


『信じられない。人間の結界ごときで、あの糞神を遮れると思う方が浅はかだと思うぞ。これなら、お前からの念話も伝わるからな』


 俺は直ぐに、結界の危険性を指摘し、手を繋いだ理由を伝える。


『こ、これで、これで良いのかしら?』


『ああ、聞こえている』


『ティファ、ソータに手を出したら真っ二つにするぞ!』


『ひゃぁ!姉様?今の、姉様なの?』


『エル、黙っててくれ。話が進まん』


『すまぬ』


 忠告を飛ばすエルに、驚くティファローゼ。そんなエルを叱責すると、彼女は大人しく詫びてきた。


『悪いが、エルについては色々と事情があるから、また今度にしてくれ』


『分かったわ。でも、姉様の事を愛称で呼んでるのね』


『だって、旦那だからな』


『ふ~~~ん。あの姉様の手綱を取るなんて、大したものね』


『なんだと!』


『ほら、エル、ティファローゼもやめろ。そんな話をしに来たんじゃないんだぞ』


 逐一エルとティファローゼの口喧嘩が間に挟まったが、カオルを抱いている俺とティファローゼは、自分達の目的について話し合うのだった。







 ティファローゼとは、なかなか有意義な話が出来た。

 彼女は年齢に似合わず、かなりの頭脳派であり、考え方もしっかりしていたのだ。

 更に、彼女はエルと同様に、この国の王や国の在り方に対して批判的、いや、拒絶を見せていた。

 だから、姉であるエルがさっさと王様を亡き者にしてくれたら良いのにと思っていたらしい。


『国名を変えるのは、思ったより敷居が高いわよ』


 俺の目的を聞くと、彼女は眉間に皺を寄せて伝えてくるが、不可能だとは言わなかった。


『だけど、あなたが協力してくれるなら、何とかなると思う。ただ、王位は私では無くマクナカルにしたいの。弟は幼く見えて、実はヤリ手だし、私と心を同じくする同志でもあるから』


 それは耳寄りな情報だったが、俺にはあまり関係のない話だと言えるだろう。

 というのも、ティファローゼにしろ、マクナカルにしろ、王様と二人の兄を失脚させる工程は同じなので、俺としては特に問題を感じない。


 因みに、不帰の森で待ち伏せしていた軍隊の指揮を第一王子が執っていたらしく、既に死亡が確認されているとのことだったので、失脚させるのは王様と第二王子だけだ。


 抑々、国名さえ変われば良い話であり、その後の国の事など如何でも良いので、彼女にお任せという訳だ。


『それについてはお前に任せる。俺はどちらでも構わない』


『そうね。あなたは国の名前が変わればいいだけだものね』


 ティファローゼの言葉に黙って頷くと、彼女は続けざまに要求を投掛けてくる。


『ただ、王と兄を亡き者にするだけでは、国を奪う事は出来ないわ。あのゴミの様な臣下達も始末しないと、この国が変わる事は無い』


 まあ、彼女の考えは当然だろうな。

 腐った国は、腐った王だけで出来上がるものじゃないだろうからな。

 ということで、十数人の貴族を先に始末してくれと言われたのだが、その名前を聞き、エルが私が切り裂いてやると奮起していた。

 それ程までに最悪な貴族達なのだろう。


『あ、あと、その貴族達を始末するのに罪悪感を持つ必要はないわ。弱き民や罪の無い者を己の利益の為に虐殺するような奴等だから』


『ああ、それについては心配いらない』


『そう。なら良いのだけど』


 何だかんだ言っても、この娘は善良なのだろう。でなければスラムの者達を保護したりしないだろう。


 この後、連絡方法や最終打ち合わせの予定を決めて、俺達は別れる事となった。







 珍しく星達が姿を現さない曇天だ。

 だが、本日の予定を考えると、格好の仕事日和だと言えるだろう。

 俺の現在地はというと、豪奢な屋敷の敷地内に居る。

 と言っても、招かれた来客という訳では無く、勝手に押し掛けた無法者、いや、今夜は死神と言った方が良いかもしれない。


『どうだ?』


 屋敷の二階に設置されたバルコニーへと上がっているカオルに尋ねる。


『うん。みんな寝ているようだね』


 カオルの返事を聞き、人目に付かないようにしながら、俺も二階のバルコニーへと上がる事にする。


『加速!跳躍!』


 装備スキルで難なく飛び乗って周囲を伺うが、誰も気付く者など居まい。

 まあ、気付かれたとしても今更だけどな。

 なんたって、俺はこの国で一級指名手配となっているのだから。


『ここだよ』


 昼間に偵察していたカオルが貴族の部屋を教えてくれる。

 俺はバルコニーに設置されたそのガラスの扉を、なるべく音を立てないようにしてぶち破るが、どうやら俺には暗殺者も向いてないらしい。


「だ、誰だ!」


 直ぐに中から誰何の声が飛んでくる。


 まあ、そうなるわな......


 開き直って、扉を蹴破り中へと侵入すると、部屋の主はすぐさま明かりを点けた。

 ほんと、発光石の照明って便利だよな。


「き、貴様は、誰だ!誰の手の者だ」


「俺は俺だ。誰の手の者でもねぇ。悪いが死んでくれ」


「だ、だれか~~!誰か居らぬか~~~!」


「加速!」


「ぐぎゃ~~~~」


「きゃーーーーーーーー!」


 その貴族は直ぐに助けを呼ぼうとしたが、次の瞬間には俺が加速で近付き、エルの精神が宿った大剣で切り裂く。

 すると、その貴族の血が飛び散り、ベッドで怯えていた若い女が悲鳴を上げた。

 貴族とその女を見比べるが、如何見ても妻ではなさそうだ。

 その理由は、余りにも齢が違い過ぎるからだ。

 その女は、誰が見ても少女と呼べる年齢の女の子なのだ。

 しかし、目の前で怯える少女を無視して、作戦終了を告げる。


『さて、終わったしさっさと逃げよう』


『そうだね』


 カオルは俺の言葉に返事をすると、即座にジャンプして俺の胸に飛び込んでくる。

 そんなカオルを片手で抱いて、俺は疾風のようにその屋敷を後にした。


 そのあと、二軒目、三軒目も同様に始末して回ったのだが、四軒目では悲鳴を上げたのが幼い男の子だった。


 ハッキリ言って腐ってる。どう考えても腐ってる。


 男色の現場を後にしながら、本日最後の屋敷へと向かったのだが、五件目は中々用意周到な屋敷だった。


「この賊が!ここを何処だと思っている!八つ裂きにしれるわ」


 確か、この屋敷は将軍職の貴族だったな。

 道理で厳ついおっさんが槍を振り回している訳だ。


 この屋敷も同じようにバルコニーから侵入しようと思ったのだが、バルコニーが無かった......

 仕方がないので、玄関横の窓を割って入ったのだが、検知魔法が張り巡らされていたようだ。

 すぐさま、武器を持った執事たちが現れると、その後を追うようにこの屋敷の主が出てきたのだ。


 まあ、暗殺より、こっちの方が気が楽だけどな。

 てか、これまでの行動も全く暗殺になって無いとも言うけど......


「怖気づいたか!やれ!」


 俺が襲い掛からないので、ビビったのだと思ったのだろう。

 直ぐに武器を持った五人の執事を俺に嗾けてきた。

 その五人の事を軽く考えていた俺だが、その動きを見てかなりの腕前だと瞬時に察した。


「ハイヒート!加速!」


 一人目の槍を加速で躱し、二人目の斬撃を大剣で受け流しながら、次に襲い掛かって来た男を切り裂く。


「ぎゃ~~~~!」


 だが、一人目が放った二度目の突きが、直ぐそこに迫って来ている。


「シールド」


 即座に展開した左手のシールドで槍の攻撃を弾き、横から迫って来る二人目の執事の剣を避け、その剣を持った両腕に大剣を振り下ろす。


「ぎぁ~~~!腕が、腕が......」


 二人目の執事が悲鳴を上げ、切り落とされた腕を見て嘆いているが、その執事に構う事無く、四人目のレイピアによる刺突を躱し、大剣の柄で頭を殴り付ける。


『ソータ後ろだ』


 エルの声で敵の攻撃に気付き、後ろから襲ってくる斧を躱したが、俺の足に一人目の執事が放った槍が付き立つ。


「ちっ!回復!加速!」


『また、後ろから攻めて来てるぞ』


 直ぐに下がりながら回復魔法を掛け、エルの言葉を信じて、大剣を自分の後ろに向けて振り切る。


「ぐぉ!」


 視線をチラリと向けると、再び俺の後ろから襲って来た斧執事の身体が両断されている。


 エルの切れ味は凄いな。意とも容易く人間の身体を二分したぞ。


『ソータ、気を抜くな。槍が来たぞ』


「シールド!」


 正面から襲ってくる槍の突きをシールドで受け流し、槍執事を袈裟切りにすると同時に加速を掛ける。


「ぐあ~~~」


「加速!」


 そのまま、呆気に取られている貴族の横まで走り寄ると、腰の引けたその貴族を叩き斬る。

 どうやら、この貴族は口ばかりのようで、執事たち程の実力が無かったようだ。

 俺の動きに全く反応する事すら出来ず、まるで練習台の案山子のように両断される事となったのだった。


 一晩で五人の貴族を始末して立ち去る最中、カオルが話し掛けてきた。


『今日は初日だったから、貴族達も警戒してなかったけど、明日からは結構大変かもしれないよ』


 確かに、それはあるかも知れない。

 だが、どうせ暗殺なんて無理なんだから、全部始末すればいいよな。


『ソータ、働き過ぎてお腹が空いたぞ』


『じゃ~私も食べる』


 いやいや、ミイ、お前は何もしてないだろ。


 というか、自称第一夫人から恐ろしい指摘が入る。


『こんな時間に食べると、太ると思うよ?元に戻ったら肥満体だったなんて......きっと颯太に捨てられるよ?』


『わ、妾は運動したから平気だぞ』


『ぬぐぐぐ!』


 カオルのキツイ言葉に、エルは焦って言い訳をするが、ミイはただただ唸り声を上げるのだった。



 翌晩、同じように貴族の屋敷に向かった。

 流石に昨日の今日という事もあり、カオルの心配するような事は無かったのだが、四軒目でとんでもない貴族と出会う事になった。


「さあ、何が欲しい?金か?金ならここに在るぞ。それとも女か?女ならここから好きなだけ連れて行くがよい。あと、もし良ければ私に仕えぬか。かなりの腕前だと聞き及んでおるぞ」


 成金っぽい格好をした貴族の足元には金銀財宝が並べられ、その右手側には若く綺麗な女が幾人も立たされ、左手側には厳つい傭兵のような男達が並んでいた。


『あははは。どうするの?』


 それを見たカオルが念話で茶化してくる。

 だが、そんなもんは愚問以下だ。話にもならん。

 だから、言って遣る。俺の欲しいものが何かをな。


「ああ、俺は欲しいものがある」


「おお、何でも行ってみるが良い」


「お前の命だ」


「......」


 俺の答えに、成金貴族は怒りとも恐怖とも言える表情で震えはじめ、声高らかに左腕を前に出した。


「愚かな男だよ。やっておしまい!」


 その声に合わせて、傭兵崩れ達が俺に襲い掛かって来るが、昨夜の執事に比べるとかなり質が落ちる者達ばかりだった。

 そんな傭兵崩れをあっという間に始末し、成金貴族の首を刎ねる。

 すると、右手側に居た女達が恐怖心を顔に張り付けて命乞いを始めた。


「い、いの、命だけは......」


「た、助けて下さい」


「わ、私は、無理矢理に連れて来られて」


 女達は、傭兵の骸と成金貴族の成れの果てを目の当たりにして、ガクガクと震えながら訴えてくる。

 だが、俺としては関係ない者を殺すつもりは毛頭ない。

 だから、女達に静かに告げる。


「この財宝を持って逃げるんだな。それがお前達にとっての幸せになるか如何かは分からんが、このまま此処に居ても碌な事にはならんだろう」


 そう言って、俺は静かに立ち去ったのだが、翌日、街を歩いていると何故か変態は最高だという噂を耳にするのだった。


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