第25話 アルドランダ王国消去作戦その1


 辺りは暗闇で、月の明かりだけが頼りだ。

 星々たちは舞踏会でも開催したかのように、輝きを増すだけでは無く、踊るように煌いている。

 しかし、そんな綺麗な星達の舞踏会を鑑賞する余裕も無い俺は、定番となった焼肉をただ只管に噛み締めている。

 隣では、カオルが猫らしからぬ所作で肉を平らげていた。

 なんと、お座りした状態で両手に肉を持ち、食い千切っては美味しそうに頬張っているのだ。

 その様は、どう見ても猫の行動とは思えず、とてもツッコミを入れたいのだが、そんな事をすると後が恐ろしいので口を噤んでしまう。


 そんなカオルを眺めながら、脳内でもっと食えと言うミイとエルの主張をスルーしながら、食事の前の話を思い浮かべる。


『颯太、案は大きく三つだ。一つ目は、王族を全て根絶やしにして君が王となって国名を変える。二つ目は隣国に働きかけてこの王国を乗っ取る。三つ目は、今居る王族を懐柔して国を乗っ取り、国名を変更させる』


 俺達が一体何を企んでいるかというと、大したことではない。

 アルドランダ王国軍と戦えという俺のクエストを完了させることだ。

 実際に戦ってみたのだが、クエストは完遂されず、未だに継続中となっている。

 そこで考え出した答えが、アルドランダ王国というものが無くなれば、クエストが行えなくなり、完遂となるだろうというものだ。

 目的自体は大したことでは無いのだが、その工程は大した処か、計り知れないものとなっている。


 さて、話をカオルと議論した方法論に戻すと、一つ目は不可能では無いだろう。だが、俺は王なんて成りたくないし、国の面倒なんて見れないので却下だ。

 二つ目は時間的に不可能だろうと推測できる。当然のことだな。他国を丸め込むだけでも数カ月を必要とするだろう。

 という事で、三つ目が一番現実的な案だと言えるのだが、問題は誰を傀儡とするかだ。

 現在、この国の王には、エルローシャを覗いて四人の子供がいる。

 長男はトドリアルという二十二歳の第一王子

 次男はローテファスといい、二十歳の第二王子

 三男はマクナカルといい、十四歳の第三王子だが末っ子。

 最後に、ティファローゼ、十六歳で第二王女の四人だ。

 エルに尋ねたところ、末っ子のマクナカル以外は全員が曲者であり、特に第二王女のティファローゼなんて悪魔だと言っていた。


 エルの台詞を思い出しながら、新たな肉を口に放り込み、ガシガシと噛み締めながら再び思考に浸る。

 普通に考えるなら、第一王子は放って置いても玉座が約束されているので却下。

 では、真面目そうな第三王子がいいかというと、そういう訳でもない。

 何故ならば、王位を簒奪するのだから、少しは腹黒くないと使えないだろう。

 では、エルが悪魔と呼んでいるティファローゼがいいのかと言うと、流石に女だと難しいと思える。

 すると、第二王子のローテファスになるのだが、それで本当に上手く行くのだろうか。


『な~カオル~、いっそ全員を始末して逃げ出したら、国が変わるんじゃね?』


『そうかもしれないね。でも、余りにも不確かだよ』


 面倒な策略が嫌いな俺は、肉を食いながらカオルに尋ねるが、彼女は美味しそうに肉を頬張りながら、否定的な返答をしてくる。


 てか、その脂ぎった手を誰が洗うんだ?

 肉の油でベトベトになったカオルの肉球を想像しながら、渋々自分の食事に戻ることにした。

 すると、しっかりと噛み砕いた肉を飲み込んだカオルが、呑気な様子で付け足してくる。


『どっちにしても、侵入して話をしてからだね』


 確かにその通りだ。

 現在の俺達は王都が見える場所まで戻ってきている。

 ここまでに二週間の時を費やしているので、残り二カ月と三週間でこの国を滅亡させる必要がある。

 それについて、エルから反感を買うのかと思ったのだが、彼女は絶賛していた。いや、己が剣になって全てを根絶やしにしてやるとさえ言っていた程だ。


 まあいい。今夜はゆっくり休むとしよう。

 何と言っても、明日からは王城への進入方法と接触方法を検討する必要があるのだから。


 結局、風呂で俺がカオルの脂ぎった手を洗って遣り、気持ち良さそうに俺の毛布の中に潜り込んだ彼女を見ながら、暫しの休息に勤しむのだった。







 街に入るのは簡単だった。

 指輪となっているミイが魔法を発動させると、以前と比べて思うように空を飛べたからだ。

 誰も起きていないような時間に、王都を囲う障壁を飛び越えて侵入し、街の片隅で人々が活動するのを待つ。

 その理由は、人混みに紛れ込みたいというものだ。


『エル、城へ侵入する方法なんだが、何処かに抜け道とかないのか?』


 手っ取り早くエルに尋ねてみるが、彼女は知らないと言う。

 てか、それよりも自分を帯剣しろと煩いのだ。


『だって、大剣なんて持ってたら動き辛いだろ』


 という一言で、終わらせているが、戦闘では必ず自分を使えと主張しているので、戦いになればそうする積りだ。


 その後も、街の片隅でひっそりと息を顰める時間を過ごす。


『ソウタ~~~!朝ごはんまだ~~~!』


 出て来たな食欲魔神め!

 街の人々が活動を始めると、俺も行動を開始したのだが、ミイが腹減ったと頻りに訴えてくるのだ。


『飛行魔法はエネルギーを沢山消費するんだからね』


 便利なのは良いが、何とも燃費の悪い精霊魔法だ。


 街は活動を始めたものの、食堂はまだ開いている時間では無い。

 仕方がないので、誰もいない街の片隅で携帯コンロを出し、事前に切ってあった肉を焼き始める。

 すると、出て来る、出て来る。何処から湧き出したのか沢山の子供達がワラワラと集まって来た。

 その様子を伺っていると、どうやら、近くにある地面の穴から現れているようだ。


 てか、お前等は蟻か!

 こら、そんなに物欲しそうな目で見詰めるな。


 俺は、地底人の様に地下から這い出して来る子供達を見ながら悪態を吐いたが、いつも間にか、子供の群れに囲まれてしまった。

 だが、如何した事か、この子達は決して盗もうとはしない。

 その行為が命に関わると知っているのだろう。しかし、物欲しそうな視線と涎は尽きる事が無いようだ。


『貧民街の子供達だな。ソータ、余裕があるなら少し食べさせて遣ってくれないか』


 俺の脳内でエルの優しいが悲しそうな声が響き渡る。


『ああ、分かった。肉なら腐るほどあるしな』


『あっ、ソウタ、タンは駄目だよ!私のが無くなるから』


『それなら、ハラミもダメだ!』


『カルビもね』


 結局、血も涙もないミイ、エル、カオルの台詞で、子供達にはロースと豚肉を与える事にした。


 俺が焼き上がった大量の肉を大きな木皿四つに入れてやると、子供達の視線が、木皿と俺の顔を往復する。


「くえっ!その代わり、みんなで分け合って食うんだ。独り占めや横取りなんてしたらぶん殴るからな」


 俺の言葉に子供達は涎を垂らしながら何度も頷いたかと思うと、一人が一切れずつ取って食べ始める。


「うめ~~~~~~」


「こんなに美味しものを食べたのは初めてだよ」


「もう死んでもいいかも」


「うまい、うまい、うまいよ~~~」


 子供達が滂沱の涙を流しながら、何度も味わう様に何時までも噛み締めている。

 まるで、ガムでも噛んでいるかのようだ。

 すると、四歳くらいの幼女が一緒に居た男の子に話し掛けている。


「あんちゃん、おいちい」


 その美味しさに感動して、必死に兄らしき男の子の手を引っ張る幼女に、兄は優しい眼差しで告げた。


「ミコ、あんちゃんの分も食べていいぞ」


 己の涎を汚れた服の袖で必死に拭きながら、妹へと告げたその言葉で、俺は猛烈に感動した。


「気にすんな。まだ沢山あるからな。ジャンジャン食え!他にも居たら連れて来い」


「ほ、ほんとに?」


「ほんとうにいいの?にいちゃん」


「ああ、本当だ。死ぬほどあるからな。どんどん食え。あ、でも野菜も食えよ!」


「「「「やった~~~~」」」」


「みんなも呼んで来い!」


 こうして俺は街の片隅で、無料の焼肉屋を開くのだった。







 目の前には年老り達がズラリと並んでいる。

 その前に、焼肉や野菜炒め、果物などを並べている。

 俺の周囲では、子供や大人が集まり、食後の果物を食べている。


「本当に有難うございます」


「何もお返しできないのに......」


「こんなにして貰えて、本当に感謝してます」


「あなたは神ですか」


「何をいうのですか。あんな糞ゴミとこの方を一緒にしては駄目ですよ」


「そうです。この方こそ我らの救いの手。あんなゴミなんて滅んでしまえばいいんだ」


 年寄りたちが口々に礼を言ったかと思ったら、今度は糞神の悪口を言い始めた。

 

 とても心が安らぐ言葉だ。お願いだからもっと言ってくれ。


「いてっ」


 年寄りたちの悪口に感動していると、カオルから猫パンチを喰らってしまった。


『何時までもぼ~っとしてちゃダメだよ』


 カオルに叩かれた頭を撫でながら唇を尖らすが、可愛くないとダメ出しされた。


「それにしても、どうして私達にこれ程の事をしてくれるのですか?何か見返りを求めての事ですか?ですが、我らには何も......」


 代表者らしき年寄りがそう尋ねてくるが、理由なんてないのだ。

 強いて言うなら、あの妹を連れた兄の言動に感動したからだな。


「いや、気にするな。偶々だ。別に何も求めてない。というか、気まぐれだから気にしないでくれ」


 その言葉に、その場の者達が驚きの声を上げる。

 すると、一人の男が遣ってきて口を開いた。


「姫様が来られました」


 姫様? 何の事だろうか。


 その男の言葉に疑問を持った処で、俺の後ろから声が掛かった。


「あなたがここの者達に食事を与えてくれたのかしら」


『ティファ!どうして、こんな所に』


 何とも親切な事に、振り返る前に脳内でエルが紹介してくれた。

 どうやら、この少女が第二王女らしい。


「偶々、というか、気まぐれだ」


 俺は振り向きながらそう言うと、そこにはエルの縮小版が立っていた。

 よく似てるな~~。ただ、胸の大きさは全く異なるが......

 ああ、それでか! 俺はエルが言っていた悪魔発言を思い出す。


『あの妹は、私の部屋に来ては下着を切り刻んでいくんだ。それも胸帯ばかり。悪魔が乗り移ってるとしか思えん』


 エルはそんな事を言っていたのだが、唯の嫉妬のようだな。


「何が可笑しいのかしら。それに、あたな、姉様を攫った変態じゃない」


「変態とは失礼だな」


 エルの言葉を思い出して含み笑いをしていたのだが、一気に逆襲を喰らってしまった。

 オマケに否定できない格好だというのが、異常に悔しい。

 だが、彼女は俺の言葉を気にした風でもなく、問い掛けてくる。


「姉様は元気なのかしら」


 指輪になってしまったが、元気と言えば元気だし、なんて答えよう......


『死ぬほど元気だと言ってやれ!』


 と、本人がもう申しております。


「手を余す程に元気だぞ」


「まあ、姉様は脳筋だから大変でしょうね」


『なんだと!』


『きゃははははは』


 妹の発言に逆上するエル。それを見て大爆笑するミイ。俺からすると、どっちも煩いので黙っていてほしい。


「いや、俺の可愛い嫁だからな。結構、純情で可愛いぞ」


「あら、それは失礼しました。姉様もそう言って貰えると本望でしょう」


『うむ。妾は嬉しいぞ』


『ちっ!ソウタのバカ!』


 煩い奴等は置いておいて、俺には気になっている事がある。てか、誰でも気になるだろう? 日立の樹よりも気になるぞ?


「ところで、何で第二王女がこんなところに居るんだ?」


「あら、ご挨拶ね」


 すると、ここの代表者の爺様が話に割って入ってきた。


「ティファローゼ様は、陰ながらこのスラムの面倒を見てくれているのです」


 ほほ~~~。見かけによらず、実は心優しい姫君なのかな?


『騙されるな!こいつは悪魔だ。毎日の様に妾の下着を......』


 いいから、エルは黙ってろ。話が進まん。


「なるほどね。てか、なんでそんな事をしてるんだ?」


 俺が質問すると、彼女は少し焦れた様な表情をした後に、ポツリと溢す。


「言えないわ」


 どうやら言えない事情があるらしいが、それは誰に聞かれたくないんだ? 王様か? 俺達か? スラムの人間にか? そこで俺の感が働いた。


『誰に知られたくないんだ?糞神か?』


 俺が念話でティファローゼにそう伝えると、エルとよく似た彼女の表情が凍り付くのだった。


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