第24話 終わらぬクエスト


 空を切る音が響き渡る。

 何度も、何度も、何度も、何時までも続くかのように、空気を切り裂く音が連なる。


『腰が入ってない!剣先が鈍っているぞ!』


 脳内でスパルタ教官の怒声が響く。


 いや、脳内だから、そんなに怒鳴らなくても聞こえるんだよ?


 心中で愚痴ってみるが、俺を叱咤する声が止む事は無い。


 現在は、遺跡の広間に居る。

 既に目的は達成されており、直ぐにでも移動したいのだが、時間的に中途半端だということで、この場所で一夜を過ごすことになった。

 その時に、エルの大剣についてカオルに尋ねると、彼女は楽しそうに答えてくれた。


『時間が無かったからね。装備も一緒に圧縮して指輪に封じたんだ。それで精神が装備とも一体化しちゃったんだよ。だから、例えばエルのパンティを取り出しても、エルが一体化してるよ?』


『ソータ、それだけは止めてくれ。妾はパンティなどに成りたく無いぞ』


 いや、エルのパンティを取り出したりしないから!


『あと、剣で戦うとエルの基礎能力が上がるよ。だから偶には剣で戦うのも良いと思うよ』


 カオルがオマケで話したその一言が拙かった。


『ソータ、これからは妾で戦うのだ』


 そう、カオルの一言で脳筋が俄然ヤル気になったのだよ。まるで一本数千円の健康ドリンクを飲んだようにだ。


『ソータは強いが、剣の扱いは全くなってない』


『だって、使ったことね~し』


『なら、今から鍛え直すのだ!妾は教えて遣る』


 という訳で、どうにも収まりが付きそうにないので、こうやって剣を教えて貰っているのだが、一体どれだけ剣を振っているのだろうか。

 彼是、二時間くらいは振り続けているような気がする。

 ある意味、それが出来るだけ、俺の体力が高くなっている証拠なのだ。ところが、逆にエルがギブアップの宣言を申し入れてきた。


『うっぷ、ソータ、そろそろ休もう。妾も流石に気分が悪くなってきた』


 どうやら、余りにも振り回され過ぎて酔ってしまったようだ。


『じゃ、次は私の番ね!』


 愛の儀式を終わらせて大剣を仕舞うと、今度はミイが弓の鍛錬だと声を上げてくる。

 こうして、この後も二時間ほど弓の鍛錬をしたのだが、どうにも俺には弓の才能が無いらしい。

 それでも、二回に一回は的に当てられるようになった。

 ああ、矢に関しては、俺のアイテムボックスに居れてあった予備の矢だ。

 どうも、リングから一度に出せる装備は一つが限界のようで、弓を取り出すと、矢を取り出すことが出来なかった。

 まあ、矢にもミイの精神が同化してるんで、撃ち放つ訳にはいかないしな。


『お腹空いた~~~!』


 最後は、ミイのその一言で鍛錬終了となり、夕食の準備に取り掛かるのだった。



 夕食も終わり、風呂にも入り、剣や弓の手入れをして、俺以外の全員が満足した処で、寝る事になった。

 すると、カオルが何時もの様に、俺の毛布に潜り込んでくる。


『カオル、次の目的地は遠いのか?』


『そうだね。馬で二カ月くらいは掛かると思う』


 二か月か...... って、なんか重要な事を忘れているような気がする。

 ん~~~、解らん。まあいいか!


 結局、あの棺に入っていた足については、詳しい事を教えてくれなかった。

 何度聞いても、必要があるという言葉と、いずれ分かるという言葉以外は口にしなかった。

 まあ、彼女の事は信用しているし、他に糞神を葬る方法がある訳でもないので、俺はスゴスゴと諦める事にしたのだった。


 翌朝、いつものように早い時間に起き出して、ダンジョンから出る事にしたのだが、そこで俺の経験値が凄い事になっているのに気付いた。

 どうやら、あの二体の石像の経験値が半端なかったらしい。

 まあ、それでもレベルアップまでは程遠いのだから、嫌になるとしか言い様がない。


 この後、二週間の時間を掛けて、大剣となったエルを振り回し、弓となったミイで敵を射ち貫いて、基礎値を上げながらダンジョンから出るのだった。







 遺跡から出て森を抜けると、そこは来た時と全く違う光景だった。


『あれってなんだ?』


『ん~多分、アルドランダ王国軍かな?』


 その光景が信じられなくて、カオルに聞いてみたのだが、彼女は俺の予想を覆してはくれなかった。


『で、なんで、そのアルドランダ王国軍がこんな所に屯ってるんだ?』


『さあ~、でも、戦争ではなさそうだね』


『あれって、どれくらい居るのかな?』


『ざっとで言うと一万くらい?』


 そう、森を出た五百メートルくらい先には、その先が見通せない程の人が居るのだ。

 後ろの方にはテントの様な物も見える。


『まさかと思うが、俺が狙いという事は無いよな?』


『全くまさかじゃないかな?』


 カオルに否定して欲しかったのだが、疑問形の質問に疑問形の答えを返されてしまった。


『どうするんだい?』


『うんなもん、逃げるに決まってるじゃんか』


 カオルの質問に愚問だと返すと、彼女は首を傾げて話し掛けてくる。


『多分、無理だと思うよ?』


 カオルの念話が頭に届いたのと同時に、俺の大っ嫌いな音が鳴り響く。

 透かさず耳を塞ぐが、勝手に空中ディスプレーが立ち上がり、カオルの予想を証明するかのような内容が表示される。


『クエストが発行されました』


 その言葉に続く内容は、カオルをニヤリとさせるものだった。

 そう、そこには、『アルドランダ王国軍と戦え』と表示されていたのだ。

 俺は速攻で『拒否』を連打するが、その結果はもう言うまでもないだろう。


『受諾、有難う御座いました。また、確認画面で残り期限のカウントを見ることが出来ます』


 くそっ! 死ねばいいのに! いや、間違いなく俺が葬ってやる!


 思わず心中で悪態を吐くが、それで何かが変わる訳では無い。

 

 さて、これから如何したものか......

 抑々、人間なんて倒しても、経験値も入らなければ、ドロップも無いんだ。最悪の相手と言っても過言ではないだろう。

 足らない頭をフル回転させて、良案を捻り出そうとするが、全く何も出てくる気配はない。

 すると、カオルが助け船を出す気になったようだ。


『クエストの完了期限はどうなってるんだい?』


『三カ月だ』


『なら、簡単じゃないか』


『そうなのか?簡単なのか?』


 俺は信じられない思いで、カオルを抱き上げる。

 カオルは俺の行動に驚いたようだが、その可愛い顔を俺の胸に擦りつけながら答えてくれた。


『魔法を撃ち捲って、森に逃げ込む。これを繰り返せば終わるよ?』


 確かにその通りだ。カオルってあったまいい~~~!って、俺が馬鹿なだけか......

 その後、カオルと色々と相談した結果、戦闘は夜間に行う事にした。


 ところが、俺達に取って想定外の問題が発生する。

 なんと、アルドランダ王国軍が進軍してきたのだ。


『拙いね。さっさとやっちゃおうか』


『そうだな、森に入られたら、相手を倒すのに時間が掛かりそうだ』


 結局、即座に森から抜け出して魔法を発動する事となった。


「火炎石よ!」


 初めての魔法だが、俺の予想では隕石が落ちて来るはず。

 次の瞬間、予想に違わず無数の隕石が落ちて来たのだが...... これは......


『颯太、一旦退避しよう!』


 カオルが危険を感じて逃げようと言ってくる。

 それには俺も同感だ。

 という事で、遺跡に向かって走り出す。

 何故かと言うと、敵が近過ぎて俺達の立っている場所にも隕石が落ちてきそうな勢いなのだ。


 それにしても、威力があり過ぎる。

 俺の魔法にそこまでの威力があると思えないが......


 走って逃げながら、俺は胸に抱いているカオルに問い掛ける。


『少し、威力があり過ぎないか?』


 すると、カオルから念話でクスクス笑う声が響いてくる。


『クスクス、あのね。僕がこっそり魔力を上乗せしたんだよ』


『えっ!?だって、その状態だと戦えないって言ってたじゃないか』


『ああ、封印を一つ解いたからね。少しだけ使えるようになったのさ』


 どうやら、あの足が封印となっていたようだ。

 カオル曰く、封印を全て解けば、もっと力を使えるようになるとの事だった。


 震動が収まったのを感じ取り、俺達は再び森の出口へと向かう。

 そして、目にしたのは、沢山のクレーターが出来上がり、死屍累々となった荒野だった。

 如何見ても生存者なんて居そうにない。

 だが、次の瞬間、俺は殺気を感じて屈み込む。

 すると、屈む前に頭のあった位置をナイフが通り抜けて行く。


「ちっ、森にも敵が入っていたらしい」


『かなりの手練れのようだよ。気を付けてね』


『ああ』


 俺は金属バットを取り出し、荒野に向かって走り出す。

 何故なら、俺の直感が森の中で手練れと戦うのは不利だと言うからだ。

 それと、人を殺るのにエルを使うのは可哀想なので、金属バットをチョイスしたのだが、彼女はかなり憤慨している。


『なんで妾を使わぬ!』


『だって、お前を血で濡らしたくないからな』


『構わぬ。妾を使え!』


 だが、敵は武器を持ち替える暇なんて与えてくれそうにない。

 それを証明するかのように、森から出た俺に向かって、十数人の黒装束が出てきたのだ。

 見た感じからすると、暗殺者のようだが、俺から見ると忍者に見える。


「ハイヒート!加速!」


 スキルの重ね掛けで、敵を引き離すと、すぐさま魔法を発動させる。


いかづちよ!」


 その雷撃で五人の敵が吹き飛ぶが、それに構う事無く、今度は敵へと突進する。

 向かって来る敵に、擦れ違い様に金属バットの一撃を喰らわし、直ぐに反転すると、次の敵の頭を大根切りにする。

 そう、大根切り打法だ。


「加速!」


 再始動時間を待ってスキルを掛け直し、残りの敵から離れて再び魔法をぶち込む。


「雷よ!」


 その一撃で、更に敵を減らし、残るは四人だ。

 それでも、黒装束達は逃げようとしない。

 もう勝てないと解っている筈なのに、何か企んでいるのだろうか。

 だが、悩んでも始まらない。俺は即座に敵の後ろに回り込み金属バットを振るい、敵を遙彼方に殴り飛ばすが、次の瞬間、右足に激痛が走った。

 瞬時に移動しようとしたが、全く動けない。

 チラリと視線を足に向けると、地面から土の槍が突き出して俺の右足を縫い止めている。

 どうやら、土魔法を喰らったようだ。


 動けなくなった俺に、今度は自分達の番だとばかりに三人の敵が群がって来るが、俺は即座に金属バットで自分の足をぶん殴る。

 すると、その一撃で俺の右足ごと土の槍が砕ける。


「回復!ハイヒート!加速!」


 敵は直ぐ目の前まで辿り着いているが、即座に回復魔法とスキルを発動させる。

 しかし、一人目の攻撃には間に合いそうにない。


「シールド!」


 一人目の攻撃をシールドで受けて、その隙に距離をとる事に成功した。

 直ぐに残りの三人に視線を向けるが、そこでカオルからの念話が届く。


『森の中に三人の魔法使いがいるよ。右の大きな木に一人。正面の草むらに一人。最後の一人は左の高い木の上だ』


『サンクス』


 カオルに短い礼を述べて、俺は即座に行動に移る。


「加速!炎竜巻!」


 加速の魔法で位置を変えながら、カオルから教えて貰った真ん中の草むらに炎の竜巻を撃ち込む。


「ぎゃ~~~」


「うわ、あ、ぐあ~~~」


「あっ、ああ、あああ~~~~」


 炎の竜巻は、真ん中に居た魔法使いを即座に焼き、木の陰に居た者も燃やす。最後は木の上に居た者も、逃げ場もなく燃え落ちる。

 敵同士の間隔が少し離れていたとはいえ、十メートルも離れていない。

 そんな処へ範囲魔法をぶち込んだのだ。逃げ場もなく炎の餌食になる外ない。


 その後は消化試合だ。

 その光景に気を取られた三人の黒装束を加速で翻弄して、金属バットで場外へとぶっ飛ばすだけだ。


 戦闘を終わらせ、周囲を確認していると、黒猫がテクテクと歩いてくる姿に気付いた。


『どうやら終わったようだね』


 彼女は俺の傍までくると、戦闘終了の確認をしてくるが、俺は頷きだけで返し、彼女の身体を抱き上げる。

 だが、彼女には気になることがあったのだろう。何時もの様に頭を胸に擦りつける事も無く、直ぐに別の問い掛けをしてくる。


『クエストの内容って、勝てとか、全滅させろとかじゃ無かったんだよね?』


『そうだな。戦えとしか表示されてなかったと思う』


『もうクリアになってるんじゃないのかい?』


 だが、クリアの音声は流れてきた記憶が無い。

 直ぐに、空中ディスプレーで確認してみるが、クエスト完了にはなっていない。

 その事を確認した俺が首を横に振ると、カオルは少し硬い声で念話を続けてきた。


『拙いね。もしかしたら、クリア条件が無いのかも知れない。期限が三カ月というのもおかしいと思ったんだ』


『それってどういう事だ?』


『無理矢理にでもクリア失敗を作りだす積りかも』


 ぐはっ! そんなのアリかよ! 在り得ないだろ~~~!

 完全に混乱してしまった俺は、思考を捨ててカオルに丸投げする。


『如何すれば良いんだ?』


『ん~~~~、確か、クエストの内容はアルドランダ王国軍と戦えだったよね』


『ああ、その通りだ』


 俺が答えた後に、暫く悩んでいたカオルだが、どうやら答えを導き出したようだ。

 だが、驚く事なかれ、その答えは俺の想像を遙に超えるものだった。


『アルドランダ王国を潰すしかないね』


「なんだと~~~~~~~~~~~~!!!」


 クレーターと屍だらけとなった荒野に、驚愕の怒号が轟くのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る