第23話 遺跡での収穫


 至る所に石像が立っている。

 その数は半端ない。十体、二十体どころではないのだ。

 ただ、その石像の再現性は異常な程だと言っても過言ではなく、見事な作りとしか言い様がない。まるで本物みたいだ。

 その驚いた表情といい、慌てふためいた状態といい。人間そのものに見える。

 そんな石像を眺めながら、この古代遺跡を作った人間の心境を考える。

 というのも、確かに見事な石像だが、配置にしても、その石像の雰囲気にしても、この遺跡には似つかわしくないものだと言えるからだ。


 現在は遺跡に入って二日目、この遺跡の地下三階という処だろうか。

 というのも、この地下遺跡は異様に広いのだ。

 オマケに上り下りの階段が多くて、現在の正確な位置が掴めない。

 俺一人ならとっくの昔に迷子になっている事だろう。

 そんな俺の助っ人であり、本人曰く第一夫人のカオルがニャ~...... とは言わない......


『敵のお出ましだよ』


 と、言っている。


 猫のカオルがそう言うので前方を確かめると、そこには大きなトカゲがゾロゾロと這い出てきた。

 トカゲというよりもイグアナと呼ぶ方が相応しい雰囲気だ。


『バジリスクだよ』


 俺の疑問に黒猫のカオルが答えてくれる。


 なるほど、この石像は彫刻では無く、石化なんだな。

 道理で石像の顔がみんな恐怖に打ち震えたような表情になっているはずだ。

 そんな俺の感想を余所に、ゾロゾロと出て来たバジリスクは、俺を見詰めたまま首を傾げている。

 その仕草が可愛くて、俺も首を傾げてしまうのだが、どうやら、彼等は俺が石化しない事に疑問を感じているようだ。


「いやいや、俺はサングラスをしてるからね。石化なんてしないぞ!いかずちよ!」


 可愛らしく首を傾げているバジリスクの集団に、透かさず雷魔法をぶち込んだのだが、これは失敗だった。


『颯太、こんな狭い場所で雷なんて落とさないでよ』


 カオルが苦情を述べてくるように、この通路はそれほど広くない。

 そんな処に範囲攻撃の雷を落としたのだ。

 ホワイトアウト状態で何も見えなくなるわ、鼓膜が壊れそうになるわ、自分まで痺れそうになるわで最悪だった。


『でも、殆どの敵をやっつけたぞ』


『そうだけどさ~~。下手したら僕まで丸焦げだよ?』


『すまん、すまん。次からは気を付ける』


 自分の身体を確かめながら、カオルが嫌味をタラタラと告げてくるが、俺は軽く躱してカオルの身体を抱き上げる。

 すると、彼女は一気に機嫌がよくなるのだ。


 因みに、何体居たかは知らないが、今の戦闘だけで経験値が三億二千万入ったが、全体でみると微々たるものだ。

 経験値はというと次の通りだ。


 -------------------

 EX:7,596,000,000/1,000,000,000,000

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 前回に確認した時よりも倍以上になっているのだが、必要経験値は全く桁が違うので、そろそろ見るのを止めようかと思ったくらいだ。


 俺は溜息を吐きながら、再びカオルの言う通りにダンジョンの奥へと進むのだった。







 あれからかなりの距離を進み、かなりのモンスターを倒し、かなりのお小言を貰ったのだが、何事も無く本日の戦闘を終了させた。


 時間は解らないが、そろそろ夕食の時間だと指輪となったミイが主張するので、現在は携帯コンロで調理をしている最中だ。


『だから、ソウタなんで野菜を焼くの?』


『妾は要らぬからな』


『僕も遠慮しておくよ』


 相変わらず肉食系女子には野菜では無く手を焼いているのだが、肉だけを食うのは思ったより辛いんだぞ。


 本来ならご飯が欲しいところだが、コメが無いので野菜で我慢しているのだ。


『出来たぞ!カオル』


『待ってました。でも、野菜は退けて』


『......』


 何て奴だ。折角焼いたのに...... てか、このモンスタードロップの野菜、結構美味いんだぞ?


 そう、何故かモンスターがドロップした食べ物は異常に美味いのだ。

 肉に限らず、野菜も、果物も、どれをとっても一級品だ。

 ただ、残念なのが、穀物をドロップしてくれない......

 せめて、イモ、ジャガイモをドロップしてくれると嬉しいのに。


『こら、ソウタ、なに野菜を食べてるのよ!』


『だって、肉ばっかり食えね~~だろ!』


『あ、エル、ズルい!野菜を食べてる時だけ、味覚を遮断してるし』


『ミイは相変わらず煩いな~~』


 いや、それは俺の台詞だから。お前等、指輪になっても煩いよな。


 脳内でぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を放置して、カオルに視線を向けると、彼女は猫の癖に上手に肉を銜えては口の中に放り込み、暫く噛み締めたかと思うと呑み込むを繰り返している。


『カオル、私達って、いつになったら元に戻れるの?』


『ん~モグモグ、いつかな~~~ムシャムシャ』


 ミイの問いに、カオルが肉を頬張りながら、曖昧な対応をしている。

 すると、その様子に訝しんだエルが己の意見を述べてきた。


『もしや、戻せないとか言うのではないだろうな』


『そんなことはないと思うよ~モグモグ』


 カオルはエルの発言を否定するが、それも曖昧な返事だ。

 カオルの曖昧な態度に業を煮やしたミイが発狂する。


『じゃ、いつなのよ~~~!』


『その時が来たら自然と戻るよ』


『その時って、いつなのよ』


『ん~~颯太が強くなって、ミイとエルのレベルが上がったらかな』


『本当に?』


『ほんと、ほんと』


 ミイとカオルの会話はこれで終わったのだが、俺はどうも怪しいと思っている。

 でも、それを口にすると大変な事になるので、そっと心の奥へ仕舞う事にした。


『じゃ、お休み』


『ああ、おやすみ』


 カオルは毛布に包まる俺の胸元へと潜り込んで、スヤスヤと眠り始める。

 俺としては、きっと、カオルは自分がこの時間を満喫する為に、ミイとエルを誤魔化しているのだと密かに感じるのだった。







 あれから一週間半ほど経過し、カオルが言うには目的地まであと少しだとのことだ。

 出て来るモンスターも半端なく強くなり、流石に一撃必殺場外ホームランや魔法一発ドカンとはいかない状態だ。


『颯太、後ろからも一体来てる』


 カオルの声で、対峙していたモンスターから離れ、すぐさま立ち位置を変える。


「ちっ、結構、強いぜ!」


 思わず声に出てしまったが、目の前に居る真っ黒な悪魔は、速さといい、その腕力といい、半端ない強さだった。


『このくらいの敵はサクッと倒せないと、糞神となんて戦えないよ』


 カオルが叱咤を飛ばしてくるが、そうそう簡単には倒せないんだって!

 ちっ、しゃ~ね~、スキルを使うか。

 MPが少ないんで温存したかったんだが......


「ハイヒート!加速!」


 ハイヒートで基本能力を上昇させ、装備能力で更に加速する。

 その勢いで黒い悪魔の側面へと回り込み、金属バットでその凶暴な顔をぶん殴る。

 殴りつけた悪魔の状態を確認する事無く、瞬時に次の悪魔の背後に回り込み頭上から渾身の一撃を撃ち込む。

 だが、敵は二体だけではない。あと三体も居るのだ。


「加速!」


 装備能力の再使用時間が経過したのを見計らって、再び加速で速度を上昇させる。

 この流れて、残りの三体をなんとか打倒すが、MP量があと百八十しか残っていない。


「くそっ、MPが辛いぜ」


 つい愚痴を述べたが、カオルはゆっくりと近付いてくると、俺の傍に座って労いの言葉を掛けてくれる。


『いや、よく頑張ったよ。次はいよいよボスだから、少し休んだ方がいいね』


『そうだな。少しでもMPを回復させたいしな』


 カオルの言葉に返事をするが、彼女は何かに気付いたようだ。


『あれ?チュートリアルでMP回復薬ってドロップしなかった?』


 そうだった...... アイテムボックスに沢山あるんだった......


『まさか、忘れていた訳じゃないよね?』


『いや、節約していただけだ』


『ならいいんだけど』


『うむ......』


 きっと、誤魔化せていないだろう。だが、カオルは優しい女だ。分かっていても突っ込んだりしない。


『大丈夫だよ。颯太のことはよく理解しているからね。今更、どうのこうの言わないさ』


 そんな事を思った時期もあったさ。でも、この女は刺す女だ。必ず突っ込むのだ。


 この後、糞不味いMPポーションをガブ飲みして、ミイとエルから叱責されながらボスの間へと向かうのだった。







 その広間は、バスケットコートくらいの広さであり、豪奢な作りをしていた。

 更に、その部屋の奥には石の棺があり、その両脇には石像が立っていた。

 石像はバジリスクが石化したものとは違い、二メートルくらいの厳ついもので、片方は剣を持ち、もう片方は槍を持っていた。


「如何見てもゴーレムだよな」


『そうだね。発動キーは解らないけど、間違いなく動くだろうね』


「さ~て、何が発動キーなのかな」


 興味深々で広間の中へ一歩踏み出した途端に、二体の石像が動き出した。


「マジか!広間に入っただけでNGなのか!」


『どうやら、あのゴーレムはせっかちなようだね。まるでミイを見ているようだ』


『如何いう意味よ!』


『クククッ』


 俺の驚きにカオルが突っ込むと、聞き捨てならないとばかりにミイが苦情を述べるが、その裏でエルが笑っているのが分かった。

 その後も、念話でひたすら言い争っているのだが、流石に空気を読んでほしい。


『てか、気が散るから少し黙ってろ!』


『あ~~い』


『ごめんよ』


『済まぬ』


 ギャンギャンと遣り合っているミイとカオル、裏でケタケタ笑っているエル、そんな三人を叱責すると、途端に大人しくなった。


「二体か......相手の強さ次第だけど、苦戦しそうだな」


 なんて言っている間に、剣を持った石像が襲ってくる。

 すぐさま、その一撃を避けると、俺の前髪がパラパラと散ってゆく。


 くそっ、はえ~~~!


 だが、そんな感想を述べている暇は無かった。

 横からもう一体の石像が槍を突いてきたのだ。


「加速!」


 瞬時に装備能力を発動してその攻撃を避けたが、思った以上に槍が伸びてくる。


「くっ、シールド!」


 左腕を突き出してシールドを展開するが、攻撃を防いだものの衝撃で吹っ飛ばされてしまう。

 しかし、それは敵との間隔が開き、俺のチャンスとなった。


「ハイヒート!加速!」


 スキルの重ね掛けで最速となった俺は、剣の石像の横へと立つと奴の足に金属バットを叩き付ける。

 だが、甲高い音と共に、見事に金属バットが弾かれた。


 なんて硬さだ。こんなの倒せるのか?


 愚痴を溢していても仕方ない。即座に距離を取り、次の攻撃に備える。

 しかし、奴等の動きも半端ない。石像とは思えない速度で襲い掛かって来るのだ。それも二体同時に。


 二体が繰り出す攻撃の間隙を縫い、後ろに抜けた処で渾身の一撃を見舞う。


「超バースト!」


 その一撃は、槍の石像の足を砕き、動きを封じる事に成功した。


「よっしゃ!」


 だが、喜んだのも束の間、剣の石像が高速の振り下ろしを喰らわしてくる。

 余りの速さに、その攻撃を避ける事が出来ず、金属バットで止めようとしたが、甲高い音と共に弾かれてしまった。


 金属バットが宙を舞う音だけが響く中、俺は絶体絶命のピンチとなる。


『妾の剣を使え!名はデストロイだ!さあ、呼ぶんだ!』


 だが、大ピンチの最中に、脳内でエルの叫び声が響き渡る。

 この状態で武器があるのは嬉しいが、なんちゅうネーミングセンスなんだ。

 でも、仕方ない。ここは乗ってやるぜ!


「こい!デストロイ!」


 エルに言われた通りに叫ぶと、俺の手にエルが使っていた大剣が現れた。


『妾は負けないぞ!さあ撃ち込むんだ!』


 って、エル、お前が剣に入ってんの? マジか!

 いやいや、今はそんな事に驚いている場合ではない。


 デストロイなのか、エルなのかは知らんが、大剣を握りしめて、石像が再び振り下ろしてきた剣を避けると、奴の腕に大剣を叩き付ける。

 すると、想像以上に手応えがないのに驚く。

 だが、石像の腕はすっぱりと切り落とされており、その断面はまるで磨いたような綺麗な切断面だった。


『妾の力を見たか!』


 何故か威張っているエルの感情が手に伝わってくる。

 てか、鈍器攻撃しか強化していないのに、剣でこれだけの威力があるのは予想外だった。

 もしかして、この剣って物凄い武具だったりするのかな?


『ソータ、何をぼーっとしておる。直ぐに止めを刺さぬか!』


 この大剣の攻撃力について考えていると、透かさずエルから叱責が飛んでくる。

 そうだった。さっさと石像を倒さねば。


 直ぐに意識を石像に向けると、片手となった石像が残った手に剣を持ち、俺に向けて襲い掛かってくるところだった。

 しかし、片手となったことで剣速は落ち、今や見る影もない状態だ。

 そんな一撃を軽く躱して、すぐさま石像の足を切り裂き、体勢が崩れた処で首を落とす。

 その攻撃で石像は動かなくなり、サラサラと砂となって崩れてゆく。


 それを確認すると、即座に槍石像へと足を運ぶが、その石像は動けない中でも槍を突いてくる。

 俺はその槍をデストロイで切り落とし、石像が止まった瞬間を狙って兜割を実行した。

 俺の持つ大剣が見事に石像の頭を割り、胸まで切り裂いたが、その位置で止まってしまった。

 すると、思わぬところからクレームは発生した。


『痛い!痛いではないか!ソータ!お前はもっと剣の腕を磨く必要があるぞ。スパッと切り裂かないと、こんな腕では妾を満足させることなど到底不可能だぞ』


 どうやら、バッサリ切り裂けずに、途中で止まったものだから、その衝撃で痛みを感じたのだろう。

 なんて厄介な剣なんだ...... 抑々、クレームを言う剣なんて初めて見たぞ。


『因みに、どうやって戻せばいいんだ?』


『......エルローシャ、愛している......』


 なに? 何を言ってるんだ? この女!


『あの~~~エルローシャさん?』


『くち......剣に......愛してるって』


 全く質問の答えになっていないエルの台詞に、思わず聞き返してしまったのだが、彼女はボソボソと言うばかりだ。

 流石に、猫耳の機能で聴力が上がっていても、念話にまで対応している訳ではないからな。

 全く話が前に進まなくて、如何したもんかと思った処で、業を煮やしたミイが割り込んできた。


『もう、エルってば、まったく!あのねソウタ、彼女の名前を呼びながら愛していると剣に口付けすればいいのよ』


 めんどくさ~~~! 剣を仕舞うのにそんな面倒な事が必要なのか?

 きっと、裏でカオルが糸を引いてるんだろうが...... ちぇっ、しゃ~ね~~!


「愛してるぞ!エルローシャ」


『嬉しい......』


 そう言って大剣に口付けすると、恥ずかしそうな声を残し、霞の様に消えて無くなった。

 は~っ、これでやっとひと段落だ。


 一息吐きながら、そう言えばカオルの姿を見てないと思い、広間を見渡して彼女を探すと、彼女は石の棺に乗っかっていた。


 棺に乗るなんて、なんて罰当たりな奴なんだ。


 そんな事を考えながら、金属バットを拾いに行こうとした処で、石像が崩れて砂となった所に宝箱があった。

 それも、二体分で二つの宝箱だった。

 すぐさまそれをアイテムボックスへと仕舞い、石の床に転がる金属バットを拾って、カオルの居る棺の場所へと向かった。


 棺は石の蓋で閉じられており、中身は解らない状態だった。

 その棺の上に乗ったカオルは、猫なので良く分からないが、少し寂しそうに感じた。


『開ければいいのか?』


 空気を読んだ俺が神妙な声で尋ねると、カオルは黙ったままコクリと頷き、棺の上から下りる。

 それを確認した俺は、渾身の力で石の蓋を持ち上げる。

 転移前の俺なら絶対に不可能だが、現在の俺はあの時の俺とは違うのだ。

 難なくとは行かずとも、なんとか蓋を持ち上げて退ける事に成功する。

 そして、中を覗いてみると、そこには足の骨があった。それも、片足しかない。

 もしかして、カオルが探しているのは、この骨なのだろうか。


 疑問しか浮かばない状況で、カオルと足の骨を交互に視線をやると、カオルは棺の端に飛び乗り、骨の足に己の前足を翳した。

 すると、骨の足は光の粒子となって消えて行く。

 足の骨もそうだが、それが消えて行く事が気になって、カオルに尋ねようとしたのだが、どうも彼女が泣いているような気がして、その行為を押し止めてしまった。

 だが、次の瞬間には、彼女は顔を上げて話し掛けてくる。


『これで一つ目は完了だよ。あと、六つだ。さあ、頑張ろう』


 色々と聞きたい事があるのだが、無理に元気そうな念話で伝えてくる彼女を見ていると、何も言えなくなってしまうのだった。


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