第22話 糞神


 重装備の騎士が吹っ飛んでいく。

 俺が金属バットを振るう度に、視界から消えて無くなるのだ。

 この騎士達は、白虎騎士団という大仰な名前の割には、全く以て大した相手では無い。


「あわわ、助けてくれ!」


 残り三人となった処で、一人の騎士が命乞いを始めたが、俺は全く気にしない。


「飛んで行け!」


 金属バットの一撃で、その男は悲鳴を上げる事も出来ずに飛んで行く。


 今日は調子がいい。この調子ならどんな強打者にも勝てる気がする。

 さて、残りは足が竦んで動けない二人だな。


「流石ソウタ、容赦がないね」


「いや、これは遣り過ぎなのではないか?」


「そんなことはないよ。これでこそ、颯太が颯太である証だ」


 後方で三人の娘がそれぞれの感想を述べているが、俺は気にする事無く残りの二人を場外ホームランにする。


 ああ、彼女達には手を出さないように言ったのだ。

 指名手配になるのは俺一人で十分だからな。


「さて、終わったぞ!先に進むか~」


 そう仲間に声を掛けた時だった。


 一人の男が現れた。

 何処かで見た事のある顔だ。

 どこで...... ああ、エルと戦って一撃で負けた奴だ。

 確か...... クロ、クロトワールとか言ったな。


「あれは、確か......名前は知らんが武闘会で優勝した奴ではないか?」


 俺の近くまできたエルが、奴を見てそういう。


「でも、なんだか、顔色がおかしくない?」


「ま、まずいかも」


 エルと一緒に遣って来たミイとカオルが警戒の表情を浮かべると、突然男は笑い始めた。


「あは、あははは、あはははははは、ぎゃはははははは、ぎゃ~~ははははははは」


『拙い、降臨だ』


 その様子に、カオルが憑依した少女の顔色が一変する。

 次の瞬間、男の目が裏返り、真っ赤な瞳となって俺を見詰めたかと思うと、うぎゃぐぎゃと訳の解らない声を上げ始め、終いには涎を垂らし、鼻血を吹き出し始めた。


『降臨って、なんだ?』


 この異常な男を前にして、カオルの念話にあった『降臨』の意味を尋ねる。


『言葉通りだよ。奴等が降臨するんだ。早く逃げよう』


 逃げようと言うカオルだが、既にその期を逃したようだ。


 真っ赤な瞳で、鼻から血を流し、舌を出しきった男が声を漏らした。

 あの状態で、どうやって話しているかは俺にも解らない。だが、言葉を話し始めたのだ。


「つまんないよ。お前は超つまんない。ぜんぜん面白くないよ。だから降りて来てやったんだ。少しは楽しいゲームになるようにね~~~~~」


『こ、こいつ、神が憑りついてるのか?』


『そうだよ。まあ、その男はもう死んでるけどね』


「ちょうどいい。ぶっ殺してやるぜ」


 俺は金属バットを握りしめ、能力を発動させる。


「ハイヒート!加速、超バースト!」


 ありったけの力とスキルで、瞬時に奴の真横に移動して、超バーストの一撃を喰らわす。


「あははは、遅いし、弱い、ゴミだな、あはははは」


 渾身の一撃は奴の片手で止められてしまった。

 次の瞬間、奴の腹から細長い物が飛び出して俺に刺さる。

 即座に回避したが、その一撃は俺の腹を貫いていた。

 だが、この程度で死んだりしね~~。

 HPもまだ五十くらい減っただけだ。


 間合いを取り、奴を見据えると、さっきの攻撃が何だったかを理解した。

 奴は、男の腸を武器にして俺を突き刺したのだ。

 その気持ち悪さに身の毛を弥立たせながら、回復魔法を唱え、更に怒声を投掛ける。


「回復!まだだ。これから本気でぶっ殺して遣るぜ」


「ぎゃはははは。お前が何を遣っても無駄だ。だが、そうだな。この身体もあと僅かしか使えないし、土産をやろう。絶望と言う名の土産をな。これで少しは楽しくなるだろう」


 絶望を与えると言う奴は、右手をミイやエルへ向けて翳した。

 すると、大きな光の玉が出来上がる。


「やめろ~~~~~!加速!」


 俺は瞬時に察した。奴はあの光の玉で俺の女を殺すつもりなんだ。

 スキルとアイテム能力を使い、全速で彼女達の下へと向かった。

 だが、次の瞬間、立つ竦んで動けない彼女達に光の玉がぶち噛まされる。

 光の玉が消えて無くなると、そこにミイ、エル、カオルの姿は無かった。

 何も残っていない。彼女達の存在全てが消えて無くなっていた。


 それを見た俺は愕然とする。

 その光景が現実のものとは思えず、力の抜けた身体で何も無い所を見ているだけだ。

 だが、その事実が飲み込めてくると、俺の怒りが一気に頂点へと達した。

 怒りで真っ白になり、彼女達を思う気持ちと、糞神に対する憎悪だけが俺の胸を満たす。


「ミイ、エル、カオル......くそ~~~~っ!殺してやる~~~!ぶっ殺して遣る!」


 悲痛な叫びを上げながら、赤い目をした糞神を睨み付け、奴を始末する事だけに全てを注ぎ込む。

 だが、次の瞬間、怒りと憎しみを胸に秘めた俺は、奴を始末するための行動に移っていた。

 加速は使えない状態だが、ハイヒートでステータスを上昇させている俺は、あっという間に奴へと辿り着き、全力で金属バットを振り下ろした。

 すると、今度は鈍い音を立てて、奴の頭を砕き、潰し、血を撒き散らした。

 その攻撃は、奴を即死にさせている筈だ。だが、俺の攻撃は止まらない。俺の怒りは止まらない。糞神に対する憎しみは止まらない。

 殴って、殴って、殴って、気が付くと、そこには人間とは思えない骸が転がっていた。

 その動かぬ骸を見て、俺は力が抜けてゆく。

 恐らく、糞神は既に居ないのだろう。

 本体は在るべき処に戻り、この人とは思えない残骸は唯の犠牲者という寸法なのだろう。

 

 力が抜け、金属バットが地に転がる。

 金属バットの軽い音だけが響き渡る。

 振り返り、何も無い場所を呆然と見つめる。

 ミイが居た場所を。エルが居た場所を。カオルが居た場所を。だが、誰もいない。俺一人になってしまった。

 彼女達が居たであろう場所へと歩み寄ると、力無くその場所に跪く。

 更に、何も無い地面を両手で殴りつけ、滂沱の涙を流す。

 俺の心は悲しみが占領し、嗚咽と涙に塗れた俺が地面へと塞ぎ込むと、今度はメラメラと燃えるものが生まれてくる。


 くそっ、今頃、大勢で嘲笑っているのか。それとも大爆笑しているのか。

 ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう~~~~~~~!

 これが糞ゲーワールドか、少しでも俺が幸せになったらぶち壊す。それが糞ゲーワールドか。

 ああ、分かったぜ。何もかもぶっ壊して遣る。見てろよ。糞神共が!


 俺の中で、怒り、憎しみ、殺意、そんな気持ちが悲しみを書き換えていく。

 そして、俺が一つの凶器に成ろうとした時だった。


『颯太、大丈夫かい』


 突如として、聞き覚えのある念話が俺の脳裏に響く。

 カオルの声だ。カオルの念話だ。何処に居るんだ?生きているのか?


『か......か......かおるか?カオルなのか?』


 その存在を確かめる為に周囲を見回すと、一匹の黒猫がトボトボと俺に近付いてくる処だった。


『そうだよ。でも、ごめん。僕にはこれが精一杯だった』


 そう言って、カオルは二つの指輪を口から落とした。

 それは、結婚指輪と念話魔道具を兼ねていたものだ。

 俺は再び滂沱の涙を流しながら、その指輪を握りしめる。


「す、すまん。俺が弱いばっかりに...... お前達を......」


 二人の指輪を両手で握りしめて、枯れる事のない涙を流しながら二人に謝罪する。

 俺は気が緩んでいたんだな。

 立て続けに最高の女を手に入れて、お金を手に入れて、欲しい物を手に入れて、不自由のない生活に、俺はいつの間にか糞ゲーの中で幸せを満喫していたんだな。

 だが、それじゃ駄目なんだな。あいつ等を殺さない限り、俺に幸せなんて無いんだな。


「ちくしょう~~~~~~~~!ぶっ殺してやる~~~~~~~~!」


 糞神が喜ぶと知っても堪えきれずに、俺は叫んでしまう。


『ソウタ、泣かないで。私はいつも一緒よ』


『妾もだ。妾もソータと一緒にいるぞ』


 突然、ミイとエルの声が頭に響いた。


 幻聴か? いや、そんな筈は無い。確かに声が聞えた。


 俺は二人を探すために周囲を見回す。だが、誰もいない。二人の姿は何処にもない。


『どこを見てるの?私はここよ』


『そうだぞ。ソータの手の中に居るぞ』


 そう、念話の出所は二人の指輪からだった。

 二人の付けていた指輪を見詰めながら、声を掛けようとすると、カオルからの念話が飛んできた。

 視線を向けると、俺の隣に座っている。


『僕が咄嗟に二人を指輪へ封じ込めたんだ。その所為で僕が憑いていたあの娘を助けて遣る事が出来なくなったけど......』


『カオル、二人は戻せるのか?』


『戻す事は簡単だよ。でもね、今のままじゃ無理だよ。何故なら、戻したらまた神が殺しにくるよ?』


『そうか......俺が強くなればいいんだな?』


『そうだね。君が神々を蹴散らせるくらいに強くなばいいのさ』


『分かった。最強の男になってやる。神を殺す男になってやる』


『ああ、期待しているよ。いや、僕も一緒に頑張るよ』


 再び神を滅する誓い胸に刻んで、俺は力強く立ち上がる。

 だが、そこで気付いたのだ。


『指輪の二人って飯はどうするんだ?』


『君が指輪を付ければいい。そうすれば二人には栄養がいくし、ステータスも上がると思う。逆に、指輪から力を引き出す事も出来るけど、きっと、彼女達のお腹が空くと思うよ?』


 カオルが言っている事はさっぱり意味不明だったが、取り敢えず死なない事が解ればオーケーだ。


『じゃ、強くなりに行くぞ』


『そうだね』


 黒猫に戻ったカオルを連れて、俺は不帰の森の中へと強い足取りで進むのだった。







 金属バットが唸りを上げる。

 狼のモンスターがぶっ飛んでいく。

 金属バットが火を噴く...... 吹かないけど......

 虎のモンスターがぶっ飛ぶ。


「流石はチュートリアルとは違うな」


『そうだね。経験値が普通に入るからね』


 チュートリアルだと一だった経験値がここでは五百も入る。

 指輪の効果もあるから、五百入れば五十万になる。

 だが、必要経験値が一兆であることを考えると、気が狂いそうになる。


『ダンジョンに入れば、ガンガン稼げるよ』


 俺の顔が苦虫を潰したような表情になっていたのだろう。

 カオルが即座にフォローしてくる。

 それはそうと、さっきから頭の中で煩いんだが......


『ああ、僕にも聞こえているよ。お腹が空いたって騒いでるよね』


 そうなんだ。指輪となったミイとエルだが、お腹を空かせてブーブー言っているのだ。


「仕方ない。飯にするか」


『やった~~~~!ソウタ最高!』


『妾は肉がいいぞ!』


『あ~~ん、私も肉がいい~~~』


 いや、お前等は言わなくても解ってるから。

 二人は指輪になっても肉食系女子のままだった。

 お蔭で、俺は完全なる肉食系男子に早変わりだ。

 というのも、俺の栄養が二人に行くだけでは無く、味覚、聴覚、視覚なども共有しているらしく、野菜を食うと怒り出すのだ。

 ただ、痛覚などの味わいたくないものは、彼女達の意思で完全に遮断しているようだ。

 なんてズルい女達なんだ......



 そんな生活を始めて一週間、やっとカオルの言うダンジョンへと辿り着いた。

 ここまでのステータスはそれほど上がっていない。

 強いて言うなら獲得経験値くらいか......


 -------------------

 EX:4,256,000,000/1,000,000,000,000

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ぶっちゃけ、全然桁が足りてない......

 レベル十一なんて遙彼方の話だな。


 まあ、経験値の事は忘れよう。

 それはそうと、カオルが言うダンジョンなのだが、その見た目は寂れた遺跡だった。

 石造りの神殿のような建物は崩れ落ち、コケや草が生えて殆ど草の山に見えた程だ。


『ここから入れるよ』


 いや、猫はそうだろうが、俺には辛いと思うぞ?


 カオルの言う入口は、人間ならホフク前進で進む必要があるくらいのスペースしかない。

 そうは言っても、入る必要があるのだから仕方ない。

 ブツブツと悪態を吐きながら穴倉に潜って行く。

 それでも中に入ると、石造りの地下通路になっていて、立って歩くどころか、金属バットを余裕で振り回せるスペースがあった。


『じゃ、いこうか』


 先を歩く黒猫カオルだが、来たことがあるような雰囲気だ。

 それについて尋ねると、彼女は普通に返事を返してきた。


『あるよ?それがどうしたの?』


 いや、如何したのって......


『だったら、俺が来る必要があったのか?』


『ああ、大ありだよ。ここで必要な物は僕には取り出せないんだ』


 イマイチ、的を得ない回答だ。

 カオルじゃダメ、でも、俺ならオーケー? だったら、あの娘に憑りついたみたいに、他の人に憑りついて取にくれば良いのでは?


『あははは。君の考えて居る事が解るよ。でもね。その辺の人間に憑りついても、多分最下層にはいけないんだ。敵が強いからね』


 なるほど。でも、だったら俺に憑りつけばいいじゃん。


『僕が憑りつくのには条件があるんだよ。残念ながら、君には憑りつけないんだ。まあ、そんなに勘ぐらなくても、僕は君を裏切ったりしないから安心して』


 そうだな。それだけ解れば、あとはどうでもいいや。


『モンスターが来たよ。う~~む、大物だ』


 カオルの声に前方を見ると、馬に乗った騎士だった。だが、頭が無い。

 これって、デュラハンとかいう奴かな?

 てか、それって死霊だろ? どうやって倒すんだ?


『カオル~~~、死霊ってどうやって倒すんだ?』


『ぶん殴って焼けばいいよ』


「りょう~~~~かい!」


 俺の声と同時に馬が高速で駆けてくる。


「ヒート!加速!跳躍!」


 俺は飛び退いて馬を避けると、すぐさま馬の頭を殴り飛ばした。

 すると、体勢を崩した馬から首なし甲冑が飛び降りてくる。

 そこを逃さず攻撃する。


「炎よ!」


 首なし甲冑は即座にそれを躱そうとするが、逃げた先に走り込んだ俺が金属バットでぶん殴る。


「炎よ!」


「ギョホ~~~~~ァ!ギャ~~~~~!」


 頭が無いけど絶叫はするんだ~~! とか考えていると、実は頭は地面に転がっていた。だから、ちゃんと残さず燃やして遣った。

 戦闘が終わって、ちょっとだけ経験値を見ると、デュラハン一匹で二万だった。ということは、二千万だ。

 これって何気に美味いかも。


『さあ、のんびりしてたら、クエストがくるよ』


 あ、そうだった。クエストが来たらここから出る必要がある。

 てか、だったら、俺の邪魔したい放題じゃないか。


『カオル~~、奴等がクエストを山ほど出して来たらどうするんだ?』


『ああ、その事ね。ルールとして同じ人間に対して一度に複数のクエストは出せないんだ。てか、ちゃんとルールを読んだのかい?』


 うぐっ、クエストのルールを読んでなかった......

 どれどれ、距離的に不可能なクエストは発行できない。

 ふむふむ、クエストを三回成功した者は、クエストを受領できる間隔が一カ月以上必要となる。

 うむうむ、クエストを五回成功させた者は、クエストを受領できる間隔が三カ月以上必要となる。

 なるほど。じゃ、前回のクエスト成功から現在までが二週間弱だから、あと三週間はクエストが発行されないという事だな。

 って、あと三週間でこのダンジョンを攻略する必要があるのか。


 今更ながらに、そんな制約を知った俺は、慌ててダンジョンの攻略に勤しむのだった。

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