第21話 変哲のない旅路


 長閑な風景だ。

 これが狂った糞ゲーワールドとは思えない。

 というか、糞ゲーワールドって何だんだ?

 この世界も造り物なのか?

 一体如何いう仕組みなのだろうか。

 疑問は尽きないが、それを今考えても答えが見つかる訳でもないだろう。


「それはそうと、ソータは何処に向かっているのだ?」


 隣で馬に乗るエルことエルローシャが尋ねてくる。

 彼女とも、昨夜はかなり頑張ったので、今朝は少し辛そうにしていたが、昨日よりは打ち解けることが出来るようになったと思う。


「王都の南にある森へ行こうと思ってる。そこに迷宮ダンジョンがあるらしい」


 エルの問いにそう答えると、彼女は少し驚いた表情で再び尋ねてくる。


「南の森とは『不帰かえらずの森』のことか?」


「不帰の森?それって何かしら」


 エルの言葉に疑問を感じたミーシャルが問い返す。


「王都から馬で二週間の場所にある森のことだ。その森は奥に入ると戻って来れなくなるらしい。だから不帰かえらずの森と呼ばれているんだ」


「へ~~~~。で、そこに向かってるの?ソウタ」


「名前は知らんが、位置的にはそこかも知れんな」


 俺も良く知らないんだよね。

 カオルから行先を聞いているだけだから。

 彼女の話では、そこに迷宮があって、それを踏破してアイテムを手にする必要があるらしい。


「迷宮か......良いではないか!腕が鳴るぞ」


 どうやら、エルはやはり脳筋らしい。

 昨夜はとても初々しくて可愛かったのに......


 昨夜の情事を思い出しながら、鼻の下を伸ばしていると、突然、ミーシャルが声を上げた。


「あ、あの煙ってなに?」


 ミーシャルの声で、彼女が指差す方向を見遣ると、確かにそこでは煙が上がっていた。

 その煙がどんな意味を持っているかは、俺にも解らない。

 だが、あまり良い事では無いように感じるのは、恐らく間違いではないだろう。


「まあ、進路上のことだし、おいおい解るだろう」


 嫌な予感を抱きながら、軽い気持ちで返事をしてみたのだが、エルからそれを咎める声が上がった。


「あれは盗賊に襲われてるのだ。直ぐに助けに行かねば」


 だが、それに反発したのはミーシャルだ。


「仮に盗賊だとして、如何して助けに行くの?」


 その質問に、エルは顔を顰めて非難の言葉を告げる。


「弱き者、我が国の民が襲われているのだ。王族として助けるのが当り前だろう」


 だが、ミーシャルはその言葉に感じた気持ちをポツリと溢す。


「エルはまだ王女なんだ」


「......そうだな。最早、妾は王女では無いのだな。だが、弱き者を見捨てる事はできん」


 ミーシャルの指摘に、エルは沈んだ表情で王女であることを否定したが、彼女の正義感は本物なのだろう。そう言うが否や、彼女はすぐさま馬を走らせて村へと向かったのだった。

 ミーシャルは急いで村へ向かうエルの後ろ姿を眺めていたが、その視線を俺に向けてくる。

 彼女の眼差しは、間違いなく「如何するの?」と訴えかけて来ている。

 俺は溜息を一つ吐くと、当り前の事だと言うように彼女へと告げる。


「村がどうなろうと俺には関係ないが、エルを放って置く訳にはいかない」


「まあ、ソウタの性格ならそうなるわね」


『でも、優先順位を付けてくれよ。目的は神を倒す事なんだからね』


 勿論解ってるさ。目的を違える事は無い。

 カオルの台詞にそう思いつつも、頷きを返すだけにして、俺は即座にエルの後を追うのだった。







 村は荒れ果てた状態だった。いや、現在進行形で荒れている最中だ。


 俺達が馬で駆け付けると、既にエルが戦闘を開始しており、盗賊を撫で切りにしていた。


「ソウタには敵わないけど、やっぱり、エルは強いね」


 エルの奮闘振りを目にしてミーシャルが感想を述べているが、呑気に話をしている場合ではない。

 なんて、叱責しようかと思ったのだが、彼女は超高級弓を構えて矢をつがえると、細い腕とは思えない力で弦を引き絞って矢を射ち放った。

 彼女の放った矢は狙いを違える事無く、寸分違わず汚らしい男の頭に突き刺さる。

 その有様は、まるでロビンフットがリンゴを射たような雰囲気だ。

 しかし、彼女はその成果を気にする事無く、次々と盗賊を射ち抜いて行く。


 ミーシャルって思ったより遣るんだな。弓の腕前は半端ないぞ。

 それに、あの非道ぷりは如何いう事だ? 盗賊を容赦なくあの世に送っている。

 いやいや、今はそれ処じゃないな。


 俺は金属バットを取り出して、俺達に襲い掛かって来る盗賊を場外へと打ち放つ。

 金属バットを一振りする度に、村の外へと盗賊が吹っ飛んでいく。

 その威力で盗賊達が生きているのか、将又死んでいるのかは知った事ではない。

 全く罪悪感も無ければ、興味すらない。


「吹っ飛べ~~~~!」


 気の抜けた声で金属バットを一振りすると、その盗賊はひしゃげながら飛んで行く。

 それを見る事無く周囲を確認するが、既に盗賊の姿は無かった。いや、骸となった盗賊の姿があるだけだった。


「どうやら終わったようだな」


「そうみたいね」


 戦闘の終了を確かめるように、周囲を見渡しながら終了を告げると、隣に遣って来たミーシャルが同意してくる。

 村の広場で佇むエルも怪我などは無いように見え、ホッと安堵の息を吐くが、彼女は微動だにしない。


「何かあったのかしら」


 俺と同様にエルの様子を不審に思ったミーシャルが声を掛けてくる。


「行ってみよう」


 エルの傍まで遣って来ると、彼女の足元には少女が倒れていた。

 その少女は背中からバッサリと斬られており、それが致命傷となって息絶えたのだろう。

 そんな風に考えた俺が間違えだったと気付いたのは、その少女の指が少しだけ動いた所為だ。


「生きているのか?」


 エルもその動きを見て、少女が生きている事に驚いた様子だ。


「ソータ、何とかならないのか?」


 彼女はその少女を見詰めたまま、悲しそうな表情で俺に懇願する。


「解んね~。でもやってみるさ」


 今にも泣きそうなエルにそう告げると、俺は少女の傍らに膝を突き、即座に回復魔法を発動させる。


「あ、傷が治っていく。凄い。凄いよ!ソウタ。私が使う水の癒しだと、これ程の治癒力はないわ」


 ミーシャルが回復魔法に感動して声を上げるが、それを無視して少女の容態を確認する。


 どうやら、一命を取り止めたようだ。

 まあ、既に壊れている俺としては、その事に感動することも無いのだが、エルの悲しい表情が笑顔に変化するのは嬉しく思えた。


「それにしても酷い有様だな」


 少女の命が救えた事を確認し終えた俺は、周囲を見渡しながら感想を口にする。


「助けが遅かったようだ。殆どの村人が死んでいる」


 俺の感想に、エルが厳しい顔付で答えてくる。

 だから、俺はエルに告げるのだ。


「エル、一人でも助かった事を喜べ。全てを助ける事なんて不可能だ。今この時も何処かで死んでいく者がいるのだから」


「そうだな。全てを助けたいと思うのは傲慢というものなのだな」


 エルは俺の言葉に頷きながらそう答えるが、その表情は今にも泣き出しそうな状態だった。


「それでも何人かの村人が生きているし、あとはそいつ等に遣って貰おう」


 俺はそう言って立ち上がるのだが、そこでカオルが登場した。


『そうた。この娘は死ぬよ?』


「それは如何いう事だ?」


 カオルの言葉を問い質したのは、驚いた様子をあからさまにしたエルだった。


『この娘は、既に精神が壊れているよ。長い時間を掛ければ治るだろうけど。でも、その間に死んじゃうだろうね。この世界は病んだ者が長生き出来るほど優しい世界じゃないからね』


 後半については解る。だが、壊れてるなんてどうやって気付いたんだ?

 俺の疑問を知ってか知らずか、カオルは更に続ける。


『こう見えても、僕は死神だからね。解るんだよ。この子の末路が。死期が』


 そうだったな。カオルは死神だったんだ。人の死を予期する事くらい簡単な事だろう。


「折角、助かったと思ったのに......」


「流石に、これは辛いわね」


 一筋の涙を零すエルが心情を漏らすと、ミーシャルもそれに同調する。

 そんな二人を見遣った後、俺は再び屈みこんで少女を抱き起す。

 続けて、その少女の頬を軽く手で叩くと、少女は何事も無かったかのように瞼を上げるが、そこには何も映っていないようだった。

 ただただ、ぼ~っとするだけで、全く反応が無い。

 カオルの言う精神が壊れているとはこの事なのだろう。


『ん~~~、ちょっと待っててくれる?』


 少女の傍らに座るカオルはそう言うと、立ち上がって何処かへ行ってしまった。


『ただいま』


 ん?今、カオルの念話が届いたが、姿は何処にも無い。


『あ、キョロキョロしないでね。僕は君達の前にいるけど、今は見えない筈だよ。これから遣る事をあの糞神共に知られたくないんで、姿を隠したのさ』


 カオルの台詞に、俺と嫁、愛人は首を傾げるばかりだ。


『で、何をするんだ?』


 何がしたいのかさっぱり解らないんで、素直に聞いてみるが、彼女は忙しいのか全く反応がない。

 だが、そこで異変が生じる。

 俺が抱き起した少女が視線を俺に向けて来たのだ。


「終わったよ」


 その口調はカオルのものだったが、その声の出所は俺が抱き起した少女からだった。


「何をしたんだ?」


 三人の疑問を代表するかのようにエルが問い掛ける。


『ああ、僕がこの娘の中に入り込んだんだ。このままだと死んじゃうからね。暫くは僕が間借りする事にしたのさ。でも、この子の精神が治ったら、ちゃんと返すからね』


 カオルは神々に知られる事を避けて、事情を念話で伝えてくる。

 それを聞いたエルは安堵し、ミーシャルは純粋に驚いていたが、空気を読まない発言を抑える事は無かった。


『エッチがしたくなったとか言って、私の身体に入り込まないで下さいね!グゴホ』


『ミーシャル、君と一緒にしないで欲しいな~。このバカちん!』


 結局、ミーシャルはカオルからパンチを喰らうのだった。







 焚火の炎がパチパチと音を立てる。

 空は既に星達が俺達の時間だと出張ってる。

 更に、出しゃばるなとばかりに、月がほのかな明かりを振り撒いている。


 俺は達は、既に村を離れて数時間立った街道にいる。


「カオル。少女の割には胸が大き過ぎない?」


 そんな不平を鳴らしたのは、普通サイズの胸を持つミーシャルだ。


「そんなに胸を気にする必要はないだろ?」


「キィーーーー!エルに言われると腹が立つ。その胸を切り落とすわ。そして、私のに足すのよ」


 胸のサイズを気にするミーシャルにエルが油を注ぐと、彼女は発狂寸前となってエルに襲い掛かろうとする。


 てか、不可能だから...... そんな移植は死を意味するからな。


「ミイ、いい加減にしろ。てか、お前の胸も形がいいし、弾力も程好くて、俺は好みだぞ?」


「まじ?まじ?まじまじ?じゃ、触って!ね~、ちょっと、テントに行くわよ」


 可哀想なのでフォローしてみたが、奴は恐ろしい程の速度で発情した。


「ミイ、また殴られたいのかな?」


 少女姿のカオルが、ミーシャルの発狂に握りこぶしを作って忠告する。


「じょ、冗談よ~~!寝る前まで我慢するわ」


「何を言っているのかな?今日は僕の番だよ?」


「えっ、少女の......っていても十六歳くらいだよね。まさか、やるき?」


 何時もの騒動は置いておくとして、『ミイ』という呼び名だが、エルだけが愛称なのが気に入らないと、ミーシャルがしつこいので愛称で呼ぶことにしたのだ。

 それと、カオルが憑りついた少女なのだが、どうやら十六歳の少女で黒髪黒目の日本人ぽい容姿だが、背が低いもののとてもグラマーだった。


「そんなことより、さっさと飯を食え!」


 俺は相変わらず肉ばかりの食事に目を向けて、溜息を吐きながら叱り付ける。

 だが、エルはミイとの差を見せつける。


「お代わり!」


 マジか! まだ食うのか? そのエネルギーは何処に行っている? 胸か! やっぱり、その豊満な胸だよな?

 やべ、思わずビキニパンツが盛り上がったぜ。


「颯太!君もパンチを喰らいたいようだね」


 俺は透かさず、そのパンチのを避けながら、風呂の用意をすると言って逃げ出すのだった。


 翌朝、俺達は予定通りに進み、不帰の森へと到着する。


 ああ、勿論、カオルとはやってない。

 だって、他人の身体を間借りしているだけなのに、勝手にエッチな事なんてしちゃ悪いだろ?

 だから、ミイとエルに沢山愛して貰いました。


 それはそうと、森の入口に並んでいるのは何だ?


「ねえ、あそこに並んでるのって騎士団?五十人くらい居るわよ?」


 前方の状態を見て取ったミイが尋ねてくる。


「あの白い鎧は、南部を守護する白虎騎士団だな」


「その白虎騎士団がなんでこんな所に?」


 エルの言葉に俺が尋ねると、答えはカオルが出した。


「多分、エルを取り戻しに来たんだよ」


「本人が望んでるのに?」


 カオルの答をミイが否定するが、更にそれを否定する言葉を持つであろう騎士の一人が近付いて来る。

 その騎士は俺達の前で立ち止まると、即座に鬼の様な形相で宣言する。


「直ぐに我らが王女を解放しろ!さもなくば叩き斬る」


「解放したらどうなるの?」


 騎士の宣言に、ミイが首を傾げたまま尋ねると、騎士は更に憤怒の様相を強めて槍の石突で地を叩く。


「そんなものは、引っ立てて処刑するに決まっておるであろうが」


「どの道、死ぬんだな......まあいいや、俺の行く手を阻むなら討滅あるのみだ」


 頭のイカれた騎士の発言を切って捨て、俺達は白虎騎士団と呼ばれる精鋭たちと戦闘を繰り広げることになるのだった。


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