第19話 結局どうする
試合会場は大勢の観客で熱気が溢れ、人の汗と血と風呂に入らない奴等の臭いで、最悪な環境を作り出している。
普通なら、活気あふれる賑やかな場所と思えるのだろうが、ここは野球やコンサートを開催する東京ドームとは違い、人と人が殺し合うようなコロシアムなのだ。
結局、俺は指名手配になることも無く、勝手気ままな行動を続けているのだが、今日は、本選の決勝が行われるコロシアムに来ているのだ。
その目的は、ズバリ、エルローシャ姫との面会だ。
抑々、犯すとか嫁にするとか好き放題に言っているが、俺はその姿を全く見た事が無いのだ。
見た事もない女を嫁にするなんて、流石の俺でもちょっとアフォかと思ってしまう。
まあ、そのアフォは俺自身の事だけどな。
「ブスでデブだったらいいのに~~~~」
嫉妬に燃えるミーシャルが悪態を吐くが、今後、一緒に連れて歩く事になるのを理解できているのだろうか。
「てか、見目麗しくないと、この武闘会自体が成立しないだろう」
「騎士団に入りたいだけかもしれないわ」
「だったら、普通に入ればいいんじゃないか?」
「い~~~だ!そんなに新しい女が欲しいんだ!ソウタのバカ!」
『颯太の甘い夢がブチ壊れることを望むよ』
ミーシャルの問いに事実を答えると、最終的に罵倒されてしまった。
更に、そのミーシャルが抱く黒猫であるカオルからオマケを貰う。
てか、俺はクエストをクリアしたいだけだし、その責任を取る必要があると、人道的な判断を下しただけなのだが、何故か女性陣からは不評で踏んだり蹴ったりだ。
全て、クエストが悪い筈なのに......
流石は糞ゲーワールドだな。俺が不運になるように出来ているらしい。
「それよりも、この悪臭は何とかならないものかしら」
『僕は平気だけどね』
「カオルって猫でしょ?臭いとか嫌にならないの?」
『僕は感覚を制御できるから、あまり問題じゃないね。どちらかというと筋肉モリモリのマッチョが気持ち悪い。だけど、流石に目を閉じる訳にはいかないからね』
俺の不満を余所に、二人は悪臭についてというか、この会場についての不平を述べ合っていた。
「おい、そろそろ決勝が始まるぞ」
四角いリングを見ていると、二人の屈強そうな男がそれぞれ上がってくる。
見るからに強そうだが、多分見掛け倒しだろう。
チュートリアルを達成してこの世界に遣って来た俺に取っては、この世界の人間は余りにも脆弱なのだ。
きっと、強い者も居る筈なのだろうが、今の処はお目に掛かった事がない。
「どっちが勝つと思う?」
「分かんね~~!どっちも弱そうだ」
ミーシャルが問い掛けてくるが、俺に取っては如何でも良い事なので、思うままの気持ちを吐き出す。
「そんなに弱そうには見えないけど。まあ、ソウタが規格外なんだよね」
「抑々、規格が無いだろう。てか、なんであの体格であんなに弱いかの方が疑問だな」
そうなのだ。この世界の奴等は、やたらとゴツイ身体をしている割には非力なのだ。
いや、非力では無いのだろう。やはり、俺が異常なのかもしれない。
そんな俺達の雑談を余所に、試合は行われている。
一人は盾と片手剣を持った騎士風の男で、金髪をやや長くした美貌振り撒く優男だ。
もう一人は鋼のような筋肉に槌を持った巨漢で、パンツ一丁の格好だった......
まあ、パンツ一丁と言っても短パンのようなパンツなので、恐らくはパンツでは無く半パンなのだろう。
「あれが良くて、俺の恰好が駄目なのには、強い憤りしか感じないのだが」
「あれは、上半身が裸なだけだからよ。ソウタの場合はセックスアピールが半端ないわ」
『あれと颯太を一緒にすると、あの人が憤慨すると思うよ?』
二人共、全く俺を援護してくれなかった......
くそっ! お前等な~~! 今度、肉無しの夕食にしてやるからな!
そんな俺の憤りを余所に、観客席からは優男に対する若い女性の声援が物凄い。
「きゃ~~~~~!クロト様!」
「クロトワール様~~~!頑張ってくださ~~~い!」
「今、こっちを見たわ!超絶かっこいい~~~!」
「あ~~ん!抱いてい欲しい~~~!あんな男に抱かれたいわ」
どうやら、この世界には性欲過多の女が多いのだろう。
黄色い声援が冷めやらぬ試合会場で、俺はこの世界の摂理を学ぶ。
だが、性欲過多ではあるが、美醜について価値観を異にする者もいるようだ。
「え~~~、あんな男のどこがいいの?やっぱり男はソウタが最高よ」
ミーシャルが黄色い観戦に反発して異論を述べる。
何が最高なのかさっぱり解らないが、美人にそう言って貰えるとやはり嬉しい。
俺ってやはり残念な男なのだろうか。いや、男なんてこんなもんだろ?
試合の方はというと、騎士風の優男が上手い具合に振り下ろされる槌を躱しては、巨漢の脇に剣を撃ち込んでいる。
今や巨漢の身体は血に染まっており、これ以上は逆転の余地も見えず、戦いの決着は見えてきた。
「くそっ、何やってんだ巨漢!そんな優男の顔なんて潰してしまえ!」
それを見ていて思わず本音を出してしまった。
だが、その言葉を見逃してくれるほどカオルという猫は優しいメスでは無かった。
『男の嫉妬は見苦しいよ』
やかましいわ! イケメンなんて醜い男の嫉妬に塗れて殺られちまえ!
しかし、無情にも巨漢は膝を突き、戦闘不能な姿を露わにした。
ちぇっ、つまんね~~~!
そう思った時だった。
何を考えたのか、優男は巨漢にゆっくりと近付くと、その太い首を片手剣で跳ね飛ばしたのだ。
おいおいおい! 勝敗は決まってただろ。そこで首を刎ねる意味があるのか?
「勝者クロトワール!」
勝者の宣言に大歓声と黄色い声援が上がる中、一段高い位置に座っている太り切った豚のような王様に視線を向けると、手が重くて上がらないのでは? と、思わせるくらいに宝石を付けた手で拍手している姿が見て取れる。
腐ってやがる...... やはり、この世界は腐ってるな。なら、俺の遣る事も認めないとは言わせないぜ。だが、あの豚の娘か......
その時、糞ゲーワールドに対する義憤や豚の娘を嫁に貰おうと考えた事に対する後悔が、俺の中で渦巻くのを感じるのだった。
不条理な死を受けた巨漢の男が運ばれていくと、勝者の優男がリングの真ん中に立っていた。
そんな時間が何時までも続くのかと思われた次の瞬間、ラッパの音が高らかと鳴り響く。
すると、選手入場口とは別の豪華な扉から数人の騎士と一人の女性らしき人物が現れた。
どうやら、あれがエルローシャ姫らしいな。それにしても王様とは全然似てないぞ。
まるで、豚と真珠だな。もしかして、血が繋がってないとか?
入場して来たエルローシャ姫は、その金色が輝くような御髪をなびかせて、身体にはドレスアーマーを着込んでいる。
その容姿は可憐と言うべきものであり、隣のミーシャルが頬を膨らませる程の美貌だった。
豚のような娘でなくて良かったと胸を撫で下ろしながらエルローシャ姫を眺めていると、当然の如くミーシャルから苦言が飛んできた。
「何をホッとしてるのよ!ふん!ソウタのバカ!」
頬を膨らますだけでは無く、怒り心頭といった表情で文句を言って来るが、苦言はそれだけでは終わらない様だった。
『美人で良かったじゃないか!バカ颯太!だけど、僕の今の心境は、その顔に三本傷を入れてやりたい気分だよ』
ミーシャルに抱かれたカオルも、どうやら激憤となっているようで、透かさず遺憾の意を表明してきた。
だから、俺としては弁解するしかない。
「誰もそんなこと言って無いだろ。勝手に怒んなよな」
「じゃ、今晩、してくれる?」
『今晩は僕を抱いて寝るんだよ?』
結局、彼女達は自分達の欲求を俺に押し付けてくる。
そんな事よりも、これからが重要なのだ。
二人の要求を承諾した後、俺はリングへと視線を移す。
そこでは、優男とエルローシャ姫が向かい合って何かを話している。
とても気になるのだが、歓声が邪魔になって、流石の猫耳装備でも全てを聞き取れない状態だ。
ただ、それでも必死に集中する事で、何とか少しだけは聞き取れる。
「おめでとう。ここまで良く勝ち上がって来たな」
「有難う御座います。全ては姫様をこの手にする為に」
「ふむ。だが、妾を手にするには、その力を示す必要があるぞ?」
「勿論、勝たせて頂きます。姫様だからと言って容赦は出来ませんので、先に謝罪させて頂きます」
「ほほ~っ、自信があるようだな。では、妾も本気で相手をしよう。死なぬようにな」
「私などに本気とは、有り難き幸せ」
どうもこの騎士風の優男の狙いはエルローシャ姫のようだな。
それはそうと、俺もそろそろ準備を始めるか。
俺が移動を開始すると、試合が始まったようだ。
審判の合図が聞えると、それまで大歓声に揺れていた試合会場がシーンと静まる。
優男が盾と剣を構えると、エルローシャ姫はゆっくりと左手に持った大剣を鞘から引き抜き、両手で正眼の構えに似た型を取る。
てか、その剣、デカすぎだろ! 殆ど使用者と変わらないサイズだぞ!
そんな俺の感想を余所に、優男が盾を前に突き出して突進し、片手剣を振り下ろすが、エルローシャ姫は大剣と思えない程の速度で剣を振り切り、優男の剣を弾き飛ばす。
奴の剣は手から離れて飛んでいき、場外の地面に突き刺さった。
その攻防に度肝を抜かれた観客が、誰一人物を言わぬ静けさを作り出している中、優男の声だけが試合会場に響き渡る。
「参りました」
よえ~~~~~! 一撃で終わったじゃんか。この役立たずが! 急がなきゃ。
俺が慌てて観客の最前列まで移動する頃に、我に返った観客が一斉に大歓声を上げ始める。
その喧しさは、俺に取っては騒音公害でしかなく、範囲魔法をぶち込みたくなる心境だったが、そんなに暇はないのだ。
すると、リングに立つエルローシャ姫が、まるで煩いとばかりに顔を顰めて剣を突き上げる。
その行動に場内が再び静まると、エルローシャ姫がゆっくりと優男に告げた。
「その程度の力量で妾を倒そうとは片腹いたいぞ。一から修行をし直して来い」
負けた者にとっては、剣よりも突き刺さるような言葉を彼女は告げた。
そこで、俺の登場という訳なのだよ。フフフ。
「あはははははははははは!弱者相手に勝ったくらいで片腹痛いとは、こっちのが笑い過ぎて腹が痛いわ」
俺は観客席の策を飛び越えて、エルローシャ姫に近付きながら大声で嘲笑う。
「なんだと!」
その言葉を耳にしたエルローシャは、怒りの表情で俺に反発するが、警備の者達はそれ処では無い。
ガチャガチャと装備の音を鳴らせながら走って来る。
だが、そんなものは無視だ。後で如何にでもなる。
「なんだと!じゃね~よ。相手が弱過ぎるから己の弱さが分かってないだけだろ。偉そうにすんなよ」
「ぐぬぬぬ!なんと申したか!妾が弱いと申したか!」
憤怒の頂点にあるエルローシャは、大剣を構えたまま怒りに震えている。
「ああ、糞弱いね。虫以下だ。そこに転がっている男なんて、まるで話にならん。まあ、お前もそれに毛が生えたくらいだ」
更なる毒に、エルローシャは爆発する。
「直ぐに上がって来い!妾が剣の錆にしてくれる」
俺を囲むようにしていた警備兵が、驚いた様子でエルローシャを見遣るが、誰一人文句をいう者は居なかった。
よし来た! こいつは脳筋だ! 超お手軽だぜ。
困惑する警備兵を尻目に、俺は試合の舞台へとゆっくりと上がるのだった。
俺がリングに上がると、会場は戸惑いの声でざわつくが、王様はエルローシャが勝つと確信しているのか、楽しそうにこちらを眺めている。
そんな周囲など目に入らない状態のエルローシャは俺に怒りの声をぶちまける。
「偉そうなことを言う割には貧相な身体ではないか」
どうやら、身長の低い俺がローブを着て居る事から、弱そうに見えたのだろう。
しゃ~ない。ここは一発ど派手に行くぜ。
俺はバサっとローブを脱ぐとアイテムボックスへ仕舞う。
すると、会場がどよめきで沈黙したかと思うと、次の瞬間には大爆笑が始まる。
だが、そんなもんは無視だ。いや、無視できね~~~!
「
俺は思わず雷撃魔法を観客席とリングの間に打ち込んだ。
それは空気を切り裂くようなバリバリという音を立てて地面に突き刺さる。
その一撃で誰もが口を噤む。
まあ、観客の歓声より大きな音だからな。腰を抜かした者も多い事だろう。
いや、目の前のエルローシャも驚き、その青い瞳を見開いていた。
「お、お前は、魔法使いなのか!」
俺の魔法を見て勘違いしたらしい。エルローシャはそんな事を口走る。
しかし、俺は魔法使いでは無い。どちらかと言えば戦闘職だろう。だから、笑顔のまま否定してやる。
ああ、今は眼鏡を掛けていないんだ。昼間だしな。というのも可笑しな話か......
「いや、俺は戦闘職だぞ?」
「では、その魔法は」
「ああ、付録みたいなもんだ」
「な、なに、付録でそれ程の魔法を使うのか」
「ん?心配しなくてもお前との戦いには使わんよ。てか、必要ない」
「ぬぬぬぬ!その言葉、死ぬ間際にもう一度言わせて遣ろう」
魔法に驚いたエルローシャだったが、俺との会話で再び怒りの炎を燃やし始める。
そこで、一応の言質を頂くことにした。
「そういえば、勝ったらお前を嫁に出来るんだよな?」
「お前が勝てばの話だ」
「ふむ。だったら、エルローシャ、お前は今日から俺の嫁だ」
「な、なに!何故、お前のような破廉恥な男の嫁に!」
「だって、お前は絶対に勝てないぞ?」
「勝手から吠えるのだな」
いやいや、吠えているのはお前だよ。
まるで、犬が吠えかかって来ているようだぞ。
「じゃ、始めるか!おい、審判!合図しろ!」
未だに固まっている審判に声を掛けると、エルローシャが無手の俺に尋ねてくる。
「ぬ、お前は武器を持たないのか?」
「いや、武器はあるが、使ったらお前が死ぬからな。これから嫁にする女を殺す訳にはいかないだろ?」
「お前のその傲慢さが仇となるであろう」
エルローシャの問いに正直に答えただけなのだが、彼女の怒りは更に増したようだ。
そんなタイミングで審判が試合開始を告げる。
その途端、エルローシャが怒号と共に高速で大剣を振り翳してくる。
「ぬお~~~~!」
だが、俺からすると、まだまだ遅い。幼児のチャンバラ程度だと言えるだろう。
俺の頭上へと振り下ろされる大剣を半身動かすだけで避けると、彼女の篭手を平手で叩く。
その一撃は何てことのない攻撃に見えたのだろうが、彼女に多大な衝撃を与えた。
それは攻撃による物理ダメージだけでは無く、精神的なダメージも含めてだ。
俺の攻撃で大剣を落としたエルローシャが直ぐに大剣を拾い、再び斬り掛かって来るのだが、その表情はも最早怒りのものでは無く、敵わぬ事を知って恐怖に引き攣るものだった。
その攻撃を再び躱すと、彼女の篭手を叩いて剣を落とし、今度は彼女を抱き上げる。
そう、お姫様抱っこだ。
「そんなに怖がらなくてもいい。可愛い顔が台無しだぞ」
すると、彼女は右手で俺の顔にパンチを繰り出すが、俺は首だけを動かしてそれを躱す。
「もう諦めろ。お前じゃ俺に勝てないと分かっただろ」
「ぬぬぬぬ~~~~~~」
俺の声にエルローシャは唸り声を上げるが、反論してくる事は無かった。
いや、これだけ手玉に取られたら反論すら出来なくなるのは当然だろう。
俺はエルローシャを降ろすと、大剣を拾ってアイテムボックスに仕舞い、今度は彼女を肩に乗せて走り出す。
「あ~ばよ~~~!とっつあ~~ん!」
そして、一度やってみたかったネタを披露しながら、武闘会の会場から逃げ出したのだった。
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