第18話 武闘会予選
そこは大観衆が埋まる大広間だった。
中央には一辺が二十メートルの四角の台が設置されており、それが試合のリングとなるのだろう。
その周囲は土の地面が剥き出しになっており、更にその外側に柵が設けられ、階段状の席が設置されている。
これが、予選から本選までを執り行う試合会場なのだ。
「ソウタ、言われた通りにしたよ。でも、大丈夫?」
黒猫のカオルを抱っこしたミーシャルが緊張した表情で声を掛けてくる。
「ああ、問題ない。こんな予選で負けたりしないからな」
「なら、いいんだけど......」
俺が景気良く返事をするが、ミーシャルは何処か不安そうだ。
「それにしても、六十九番ってなんか、とってもいい感じがするわ」
そう、俺の受付ナンバーは六十九番なのだ。
『シックスナインかい?流石はエッチな颯太だね』
まてまてまて~~~~~い! エッチなのは俺じゃなくミーシャルの方だろう。
「誤解を生むような事は言うなよ。俺じゃないだろ、エッチなのは万年発情エルフだろ」
『そんなこと言って、夜中にミーシャルが言い寄ると断らないじゃないか。気持ちいいんだ。気持ちいいんだよね?』
うぐっ、そう言われると、俺も言い返せない。だって、気持ちいいんだもの......
「いいじゃない。今晩もしようね~~~~。ね~ソ~タ!」
「あ、ああ」
結局、ノーと言えずにいると、俺の名前が呼ばれた。
「六十九番ソウタ、リングへ」
カオルを抱くミーシャルに手を振り、審判らしき者に指示されるがままにリングへと上がると、控えの参加者達から声が漏れてくる。
「あいつ、受付の時にゴガーズを遣っちまったらしいぜ」
「あの体格で、ゴガーズをか?」
「ああ、ゴガーズがパンチ一発でぶっ飛んでいったらしい」
「あいつは今もベッドの上でウーウー唸ってるぞ」
どうやら、受付の時のパフォーマンスは、思いの外にインパクトがあったようだ。
そんな事を考えながら、リング上を見渡すと俺以外に九人の男が上がっていた。
そう、予選の一回戦目はバトルロイヤルなのである。
十人一組を二十戦行い、そこから一人が予選二回戦に上がるのだ。
「ソーター頑張れ~~~~~!」
観客席ではミーシャルが手を振って応援している。
美人なのは確定だが、こうやって見ると性格もなかなかに可愛い奴だ。
審判がルールを説明してりる間に、そんな惚気た事を考えていたのだが、すぐさま試合が始まる事となった。
試合開始の笛が鳴り響くと、五人の男が一斉に俺へと向かってくる。
どうも、先に面倒な相手から大人数で倒す積りらしい。
だが、チュートリアルで集団との戦闘に慣れている俺から見ると、その連携すら取れていない攻撃は隙だらけで、簡単に打ち崩せるものでしかない。
五人の内の一番広い間隔を開けているところを擦り抜けて、後ろから一人目を素手でぶん殴る。
「ほ~~~ら、飛んでけ~~~!」
俺の掛け声に合わせて、その男は場外の地面へと飛ばされて、二転三転と転がり柵にぶつかって止まる。
その光景を見て固まる残りの四人を次々とぶん殴って場外へと吹っ飛ばす。
だが、五人目の時に想定外の事象が起きてしまった。
ぶん殴ったのはいいが、その男が俺のローブを掴んだのだ。
当然ながら、ぶっ飛ぶ勢いが凄すぎて、その男は俺のローブを引っ掴んだまま飛んで行った。
すると、俺の様相が露わとなるのは、言わずして知れた事だろう。
「なんだあれ!」
「猫耳に尻尾だってよ」
「ビキニパンツに裸ベスト~~~~~!」
「ぎゃははははははは」
「あはははははははは」
「なにあれ、勘弁して、あははははは」
「腹いて~~~、笑い過ぎで腹がいて~~~~」
「でも、あの引き締まった筋肉質はマルかも」
「ああ、あんな野獣のような男に抱かれたい」
「てか、お前、男だろ!」
「何よ!男が男を好きになっちゃいけないとでも言うの?」
観客席は笑いの渦に巻き込まれ、大歓声では無く、大爆笑が起きている。
ぬぬぬぬ! あそこに雷を落としたい! 火炎石を炸裂させたい。いや炎竜巻でもいい。撃ってもいいよね? いいと言ってくれ~~~~!
だが、俺が心中で悲痛の叫びを上げていると、俺の目を覚ますような台詞が轟いた。
「六十九番、ソウタ、失格!」
その声に驚愕する俺。当然ながら目が点だ。なんで失格になったかも不明だ。
おいおいおいおい! 如何いう事なんだ!
「おい!なんで失格なんだ!」
唸り声とも言える怒号を審判へと向けると、その男はややビビりながら俺の問いに答えた。
「その恰好が見苦しいからだ!」
そんなルールなんて無いだろうが!
「どこにそんなルールがあるんだ!言ってみろ!場合によっては逝かすぞ!この野郎!」
「試合中は、私がルールなのだ!」
審判の男が腰砕け状態で思いっきり言い切った!
更に、その言葉を聞いた残りの四人が俺を見ながら爆笑している。
その時点で俺の怒りはマックスだ。
その四人を観客席まで殴り飛ばし、最後に審判をやはり観客席まで殴り飛ばした。
恐らく、この五人は一生飯を食う時に俺の事を思い出すだろう。
だって、沢山の歯を巻き散らしていたからな。
暫くは飯を食うのも苦痛なずだ。
「一生、おかゆを食ってろ!」
最終的に、捨て台詞を吐く俺に向かって、今度は警備兵がゾロゾロと遣って来たので、全員を観客席送りにして遣ったのだった。
街は相変わらず賑やかだ。
だが、俺の心は暗雲立ち込める心境であり、肩がぶつかったヤクザ者を全て殴り飛ばしていた。
現在は試合会場から抜け出し、宿に戻っている最中だが、全く追手が来ない事を考えると、恐らく向こうも人員不足なのだろう。もし、そうでないとしたら、今頃は出撃するための兵を集めているのだろう。
なんてったって、警備兵二百人を観客席送りにしたからな。
それでも範囲魔法をぶち込まなかっただけ有り難いと持って貰いたいもんだな。
「それにしても、ソウタってめちゃめちゃ強いよね。どこで鍛えて来たの?」
「あ~~~ん、地獄だよ」
『確かに地獄......いや、地獄以下かも知れないね』
俺の強さに感嘆するミーシャルに、機嫌の悪い俺が悪態で返すと、カオルはそれが事実であり、地獄の方がマシだと口にする。
「それよりも、ソ~タ~、金貨五十枚が消えたよ?」
ぬぐっ、そうなのだ。
まさか一回戦で負けるなんて思ってなかったから、俺に金貨五十枚を賭けていたのだ。
それが完全に裏目に出ているという事だな。
『所詮、悪銭身に付かずだよ』
確かにその通りなのかもしれない。抑々はタダで手に入れた金だ。
ちゃんとしっぺ返しが来るようになっているのだろう。
てか、しっぺ返しというよりは、糞ゲーの所為だろう。
『あの審判、使徒じゃね~のか』
『確かに臭ったね。恐らく使徒だろうね』
流石に、この会話を表に出す訳にはいかないから、俺も念話でカオルに尋ねると、彼女も同じように考えたようだ。
「お金はまだあるから良いとして、これから如何するの?行き成り作戦が頓挫したわよ?」
「くそっ、ムカつくから、帰ってエッチでもするか~~~!」
「マジマジ!?やった~~~~!」
『空気を読め!このバカップルが~~~~~!』
俺とミーシャルは二人してカオルの猫パンチを喰らうのだった。
宿に戻ったが衛兵が待ち構えて居るような事は無く、いつも通りに借りている部屋へと戻った。
戻ると直ぐに、不貞腐れている俺はベッドに横になる。
すると、ミーシャルが刹那のうちに傍へと遣って来るが、その間には警備兵のカオルがシャー! フー! と遣っている。
『エッチなんて何時でも出来るよね。それよりも、クエストクリアについて考えないと、颯太は消滅しちゃうんだよ?』
ミーシャルの頭を右前足でペチペチと叩きながらカオルが叱責している。
確かにその通りなのだが......
「でも、こうなったら忍び込むしかないだろう」
「そうだ~~!やっちゃえ~~!嫁に何てする必要はないわ。私が居れば十分じゃない」
ミーシャルは抑々が今回の案に反対だったので、全然落ち込んだ風ではない。
逆に、強姦して来いと
どうも、俺の女が増える事を嫌がっているようだ。
まあ、普通に考えるとそうだよな。でも、初めの頃と言ってることが違うよな。
当初は、何人女を作っても、自分が一緒に居られるならオーケーだって言ってたのに。
俺の表情から心を読んだのか、その答えはカオルが出してくれた。
『女心と秋の空っていうよね』
「なにそれ?」
その念話はミーシャルにも聞こえているのだが、日本人でなければ分からない言葉なので、彼女はその意味を知りたがったけど、俺はそのまま眠りに就くことにしたのだった。
気が付くと公園のジャングルジムの上に座っていた。
辺りを見回すと、見た事がある光景だった。
そう、そこは自宅に近い公園だ。
そんな場所でぼんやりと景色を眺めている。
すると、一人の男が近付いて来る。
服装から言って、学生だろう。いや、あれは中学の頃の悪友だ。
その悪友はジャングルジムの下まで来ると、何かを投げて寄こす。
それを両手でキャッチすると、それは懐かしい棒キャンディだった。
「しけた顔してね~でそれでも食えよ」
奴はニヤリと笑って、そう言ってくる。
ああ、夢を見ているのか。現状の俺は、こんな平穏な世界には居ない筈だ。
糞ゲーワールドに居る事を思い出しながら手にした棒キャンディを見詰める。
棒の付いた丸い飴だ。だが、南蛮渡来の玉状の飴でなく、日本に古くからある楕円の薄い飴だ。
確か、現在はケーキ屋なども遣っていて、賞味期限切れ商品販売とかで問題になった事もあると記憶している。
俺は包みを開けて頬張るが、この棒キャンディには気を付ける必要があるのだ。
というのも、舐めるに連れて次第に薄くなっていき、その薄くなった飴で口の中を切り裂き、血だらけになってしまうのだ。
まさに、この棒キャンディは凶器なのだ。
そんな凶悪な飴を舐めながら、こんな商品を子供向けに売っても良いのだろうかと、つくづく疑問に思ったものだ。
まあ、普通の飴でも舌を切る人は居るらしいから、問題ないのかな?
そんなことよりも、こいつの事だから、この飴って......
ジャングルジムに上がってきた悪友に視線を遣りながら想像する。
「おい、この飴って懐かしいけど、今、幾らなんだ?」
「しらね~~~」
やはりか...... 俺の問いに知らないと答えるは悪友は、あまり褒められたものでは無いが、いや、全く褒められたものでは無いのだが、こいつは万引きの常習犯なのだ。
奴の家庭はとても貧しくて、幼少の頃からいつも駄菓子を盗んでいるのだ。
奴の貧しい生活環境を知っているだけに、俺も説教する気にもなれず、黙って飴を舐める。
そんな奴は俺の様子がおかしい事に気付いたのか、逆に問い掛けてくる。
「如何したんだ颯太。浮かね~顔して」
その言葉に心当たりのない俺は、自分の状況を確認してみる。
俺は何を遣ってたんだろう。
夢の中でこんな所に座って、何を考えていたのだろうか。
ああ、クエストをどうクリアするか、エルローシャ姫をどうするか、そんな事を悩んでたんだよな。
悩みをそのまま打ち明ける訳にも行かず、俺は曖昧な返事を悪友に返す。
「ちょっと、必要な物があってな」
すると、な~んだそんなことかと笑いながら悪友が己の信条を口にする。
「欲しい物があれば盗めばいい。奪えばいいんだ。誰も助けてなんてくんね~し。自分の力で手にするしかね~よ」
その台詞は道徳や倫理を踏み潰したような返事だったが、こいつが己の生活環境で感じた事なのだろう。
そうか...... 欲しい物があれば盗めばいいんだ...... 奪えばいいんだな。
「ソ~タ~!ソ~~タ~~~!ソウタ~~~~!」
何処からか聞き覚えのある声がする。
この声は、確か、万年発情エルフ...... ミーシャルの声だな。
俺を呼ぶ声に瞼を開くとそこにはミーシャルの美しい顔があった。
どうやら、俺の顔を覗き込んでいたようだ。
「あ、やっと起きたわ!ソウタ、もう晩ご飯の時間よ!いつまで寝てるの」
あ、もうそんな時間なのか。
しかし、懐かしい夢を見た。
中学の悪友を見たのも何年振りだろうか。
それにしても、あいつは相変わらずだったな。
欲しい物は盗め! 奪ってでも手に入れろか......
「どうしたの?身体の調子でも悪いの?」
ぼーっとする俺の事が心配になったのか、ミーシャルが不安そうな顔で尋ねてくる。
「いや、大丈夫だ。それよりも、今後の方針を決めたぞ」
悪友の言葉を思い出しながら、ミーシャルとその腕に抱かれたカオルに、俺はこれからの行動を伝えるのだった。
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