第15話 変態の集まり
馬車とは思ったより優雅な旅ではなかった。
尻は痛いし、震動は激しいし、時間に余裕があるなら歩いた方が良いように思う。
まあ、馬達には申し訳ないが、結構走り詰めたお蔭で距離を稼ぐことが出来た。
ただ、その所為で俺は痔になりそうな状態だ。
「あと、どれくらいで着くの?」
何故か御者席に居るミーシャルが尋ねてくるが、そんな事は俺も知らん。
というか、誰も豪華な内部席に座っていないのは何故だろうか......
『あと三週間くらいかな。てか次の街で休まないと馬が死んじゃうよ?』
おお、それは拙い。これに乗っていた輩は生きようが死のうがどうでも良いが、馬達に罪は無い。こいつらが死ぬと俺も心が痛むというものだ。
そんな俺の馬達を思う気持ちを余所に、カオルがアルドランダ王国までの道程を教えてくれるが、その台詞がミーシャルに届く事は無い。
『次の街ってあとどれくらいだ?』
『数時間で着くんじゃないかな』
「もう直ぐ街に着くのね」
「ああ......って、聞こえるのか?」
会話に割って入るミーシャルに驚きを隠せないでいると、彼女は続けて話し始めた。
「私はエルフよ。精霊の声だって聞こえるんだから」
うぐっ、どうやら聞こえていたようだ。てか......
「これまでも聞こえていたのか?」
「全部は無理よ。カオルと触れている時だけね」
そう、現在の彼女はカオルを抱っこしているのだ。
「だから、分かるのよ。あなたがカオルと繋がってるって。でも、いいの。それでもあなたが私の傍にいてくれるなら、カオルと二股だろうと三股だろうと構わないわ」
『それなら、僕も認めよう。君は今日から颯太の愛人だ』
いやいやいや、勝手に愛人を作るなよ。
カオルが勝手に愛人認定すると、何故かミーシャルは嬉しそうな表情になる。
その顔が余りにも可愛いので反対できない。
「ホントに?本当にいいの?ねえ、カオル、私がソウタと夜な夜な抱き合っていても怒らない?」
『程々にするならね』
「やった~~~~~!」
何故、そこで勝手に決める?
『その代わり、週に三回は颯太を僕に譲ること』
「分かったわ。それくらいなら、なんの問題もないわ」
『じゃ、成立だね』
「そうね」
結局、俺の承諾なしで全てが解決したようだ。
全く以て理解できん。
というか、こんなにも簡単に女に好かれる筈は無いのだ。
一体、何が起こっているのだろうか。
そんな疑問を余所に、ミーシャルが進言してくる。
「ソウタ、それ貸して、私の方が上手く操れるわよ。馬達の気持ちも分かるしね」
ということで、俺が一番のお荷物ではないかという疑問が生まれるのだった。
その名前も知らない街は割と大きな街だったが、入門の手続きなどは無く、税だけ払えば身分証明も必要なく入ることが出来た。
日本から来た俺としては、不用心に感じる気持ちと、街に入るのに金を取るなんてという不満が入り混じっている。
だが、そんな事よりも俺には遣る事があるのだ。
そう、まずは買い物だ。服だ! 服だ! 服だ! 服だ! 服だ! 服だ~~~~!
という事で、やって来ました洋服屋。
しか~~~~し、何故か俺が服をアイテム鑑定で調べると、全てが装着不可と表示される。やはり、呪いなのか! 呪いなんだよな?
『ククク、まだ諦めてなかったのかい?君はその恰好以外、何も装着できないよ?』
俺の頭にカオルの戯言が響く。だが、そんな筈は無い。何処かにある筈だ。俺の服が~~~~~~~!
結局、一着も無かった...... あの神々、殺す前に素っ裸にして大衆の面前で転がしてやる。
そんな事を考えながら、ふと、ある事に気付く。
『カオルはどんな格好だったんだ?』
『レディにそれを聞くかな~~~。どうやら、顔に三本線を入れたいらしいね。ニャーーー!』
憤怒のカオルによって、見事に新たな三本線が刻まれる事となった。
最終的に、ミーシャルのローブや装備を整えて店を出たのだが、思いのほか高い買い物だった。
恐らく、通貨と物価の関係を日本円に直すと次のような感じだろうな。
1鉄貨 =最小単位 一円相当
1銅貨 =10鉄貨 十円相当
1大銅貨=10銅貨 一百円相当
1銀貨 =10大銅貨 一千円相当
1大銀貨=10銀貨 一万円相当
1金貨 =10大銀貨 十万円相当
1大金貨=10金貨 一百万円相当
十枚あった金貨も入門する時の税と今回の買い物で、残りが六枚になってしまった。
『あ、魔石を売らないのかい?』
ああ、そうだった。結構な数があるので、少しは足しになる筈だ。
カオルの助言で俺は道具屋へと向かったのだが、途中で厳つい男に絡まれる事になってしまった。
まあ、異世界と言えばよくあるパターンだよな。
「おい、イイ女つれてるじゃね~か。俺のも分けてくれよ」
「クヒヒヒ、命が惜しかったら大人しく置いて行くんだな」
「うひょ~~~。べっぴんじゃね~か」
どうやら、ローブのフードを被っていても、ミーシャルの美しさは解るらしい。
彼女は透かさず俺の後ろに隠れるが、男達は気にした様子も無く俺を見ている。
あれ? これってなんかおかしくないか?
なんで、ミーシャルじゃなく俺を見てるんだ?
そんな疑問に囚われていると、無視されたと勘違いした男が恫喝の声を強めてくるが、俺はその言葉に慄いた。
「早くその猫ちゃんを寄こせよ」
「タップリと可愛がってやるぜ」
「あああ~~~堪んね~~~~」
どうやら、奴等のターゲットはミーシャルではなくカオルらしい......
なんて変態な世界だ。流石は糞ゲーワールドだ。
てか、どうやってメスだと判断したのだろうか。
『か、勘弁して欲しいんだけど......』
カオルも驚愕しているようで、ブルブルと俺の胸で震えている。
おい、お前、死神だろ~が! こんな事で震えてどうするんだよ。
だが、そこで唸り声を上げたのはミーシャルだった。
「風の精霊よ。私に疾風の力を与え賜え」
ミーシャルがブツブツと何がを唱えたかと思うと、疾風の如き早業で一人の男を殴り飛ばした。
「ぐぎゃ!」
その呻き声が終わる前に、次の男が吹き飛ぶ。
「あ~~~~!」
吹き飛んだ男は馬を繋ぐ策にぶち当たり、そこで意識を失ったようだ。
それを眺めている内に三人目が地面に転がった。
どうやら、ミーシャルの回し蹴りが決まったようだ。
その瞬間を見た訳では無いが、彼女の残身がそう言っている。
「あなた達は、私が猫に劣ると言いたいのよね!そうなのよね?思い知りなさい!」
う~む。完全にキレてるようだ。
『ナイスだよ。ミーシャル』
唖然とする周囲の者達を余所に、カオルだけがミーシャルを褒め称えていた。
だが、彼女の怒りは収まらないらしく、息を荒くして周囲を睨んでいる。
結局は、そんなミーシャルに俺が優しく愛を奏でて収める事になる。
なんだか、俺の役割が全く違うような気がするのは気のせいなのだろうか......
そんな事件がありながらも、なんとか道具屋に辿り着き、無事に魔石を売る事ができた。
ただ、その金額は金貨二枚。それが安いのか高いのか解らない。
参考になればと、序に四人の貴族から奪った剣を売る。
これは思いのほか高く売れて、金貨五十枚を手にした。
結果的に全く参考にならなかった......
まあいい。取り敢えず、手持ちの金貨が五十八枚になったので、良しとする事にして、店を出ようとした処である物を発見する。
それは、バスタブだった。
「おっちゃん。あのバスタブいくら?」
「あれか?あれなら金貨二枚だな」
「じゃ、あれ買うわ」
速攻でバスタブを購入してしまった。
というのも、大抵の生活用品はあるのだが、これまでに無かったものがバスタブとタオルなのだ。
タオルについては洋服屋で大量に購入した。そして、これは絶対に見逃せない商品だ。
有無も言わさず購入してアイテムボックスにぶち込んだ。
「ソウタ~~、あれどうするの?」
「どうするって、風呂に入るに決まってるじゃんか」
「そうだけど、お湯は?」
「最悪、水でも問題ないだろ?水なら魔法で出せるしな」
「そう言われるとそうね。うん。いいかも」
こうして用事を済ませて店を出たのだが、数メートルも歩かないうちに新たなる問題が発生した。
「おい、フードを取って顔を見せろ」
行き成り、厳つい男が誰何してきたのだ。
その男達は四人組で、どう見てもゴロツキというより兵士といった感じだ。
まさか、あの貴族四人をぶっ飛ばした件で指名手配になってるのか?
だが、ここで逆らっても仕方がないので、言う通りにフードを取る。
すると、一人の男が噴き出した。
「今、笑ったか?殺すぞ?そっちの男もだ!」
その男の態度にカチンときて思わず恫喝してしまった。
そう四人の内、一人が吹き出し、もう一人が口を押えて堪えているのだ。
ぬぐぐぐぐ~~~~! ぶっ飛ばして~~~~~!
「悪いな、悪気はないんだ。それにしても、その耳はなんだ?」
初めに声を掛けて来た男が、俺に謝りながら猫耳について尋ねてくるが、それを無視して尋ね返す。
「一体何の用なんだ?」
「ああ、街の住民から通報があってな。変態が歩いているから取り締まれと」
この街の住民を皆殺しにしてやりたい気分になってくる。
『まあまあ、抑えて、抑えて』
一生懸命にカオルが念話で宥めにかかるが、俺の心境はドンドン悪くなっていく。
「それで、変態とは、何が変態なんだ?」
「どうも、パンツ一丁で歩いているらしい」
もう沸騰寸前だ。駄目だ。怒りを抑えられない。
「それの何が悪いのよ」
だが、怒りをぶちまけたのは、ミーシャルだった。
その顔は己が馬鹿にされたかのように、怒りの形相を露わにしていた。
「ああ、悪い。別に取り締まるつもりは無いんだ。ただ、この街の知事かな招待しろと煩いんだ」
えっ? 招待? なんで?
既に俺の頭はおかしくなったのだろうか? ビキニパンツ一丁男を招待するって言った?
「な、なんで招待するのよ」
怒りを露わにしていたミーシャルもかなり困惑しているようで、その理由を知りたくなったようだ。
すると、その男は咳払いを一つして宣った。
「知事は、強い精神を持つ物が好きなんだ」
いや、それは嘘だ。間違いなく嘘だ。絶対に嘘だ。
余りの胡散臭さに、俺のその男を問い質す。
「知事って男色だろ。正直に言え!」
「そ、そ、そんなことは......無い。というか、知事は女性だ。それも妙齢のな。それに、決してパンツ一丁の男に夢を抱いたなんて事実は無いぞ」
なに! 女だと! だが、その方がもっと怪しいじゃないか。
パンツ一丁の男に夢見る女なんて碌なもんじゃね~だろ!
『逃げるぞ!』
『その方が良さそうだね』
逃走することを決断して、透かさずカオルに念話で伝え、ミーシャルの手を握る。
「悪いが、そのお誘いは他でやってくれ。俺は変態じゃないからな」
俺はそう言うと一気に走り出した。
後ろでは、止まれとか、待てとか言っているが、止まる訳ないだろ。バカちん!
本当にこの世界は狂っている。変態の集まりだ。
猫を犯そうとしたり、パンツ一丁の男に夢見たり、美人に見向きもしないとか、完全に狂った世界だ。
いや、これこそが糞ゲーワールドなのだろう。
そんな事を考えながら、速攻でこの街から逃げ出すのだった。
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