第16話 呆れたクエスト


 何とかアルドランダ王国の王都アリンダに到着した。

 ここに来るまでに、この世界の狂った処を散々目の当たりにしたのだが、それは追々話すとしよう。


 まあ、変態に出会う以外に別段問題となることも無く、無事に辿り着いたのだが、全く以て街に入れそうにない。


「この行列、何処まで続いてるのかな?」


 ミーシャルの感想通り、王都を守る障壁は見えど、そこに至るまでの街道は馬車で埋め尽くされているのだ。

 恐らく、俺達の場所から街の入口まで一キロくらいあると思われる。


「さて、如何したものかな」


「ん~~、暇だし、馬車の中でやっちゃおうよ」


 俺の悩み声は、女を欲情させる言葉なのだろうか。何やらミーシャルが発情してしまった。

 てか、やっちゃおうよ。ってよ~~~~軽すぎるだろ!


『幾らなんでも、こんな真昼間からエッチなんて不潔だと思うよ』


 ミーシャルに抱かれているカオルからクレームが入るのだが、ミーシャルはお構いなしに話を進める。


「だって、昼間にやったら、夜はカオルがソウタと一緒に寝られるよ?」


『うむ。それは一理あるな~~』


 いや、一理も二里もないから。


「カオル、騙されてるぞ。今やっても、どうせ夜も遣りたいって言って来るんだから」


『確かに、その通りだ。危うく騙される処だったよ』


「ちっ」


 お人好しの死神カオルが欺かれる処を助けてやると、ミーシャルから舌打ちが聞こえてくる。

 なんとも強かなエルフだ。てか、エルフがこんなにも強い性欲を持ってるとか聞いた事が無いぞ......


 それは置いておくとして、なんでこんな行列になってるんだ?

 毎日がこれなら首都高速と変わらんだろ。

 まあいい。ちょっくら情報収集に出掛けるか。


「ちょっと情報を仕入れてくるわ」


「あ、私も行く」


『まさか、僕を置いて行くつもりかい?』


 結局は三人で王都まで歩くことになった。


 てか、このまま馬車放置で王都に行けばいいんじゃないか? どうせ俺達の物じゃないし...... 馬がちょっと可哀想だけど。

 哀れな馬の末路を想像しながら、やや涙ぐんで歩いていると、屯っているオヤジ達から話声が聞こえてきた。


「ちっ、なんで、またこんな時期に武闘会なんて開くんだ?」


「そうだよな。俺達行商人に取っては迷惑でしかね~つ~の」


「それにしても、今回は急だな」


「ああ、なんでも優勝者はエルローシャ姫との対戦が叶うとさ」


「別に姫と対戦したって何も嬉しくないだろう」


「いや、姫様に勝ったら、嫁に出来るんだってよ。オマケに騎士団に入れるらしいぞ」


 暫く風呂に入ってない所為で嫌な臭いを漂わすオヤジ達が、ペラペラと雑談してくれたお蔭で、この行列の理由については理解できた。


「理由は解ったし、馬車に戻るか」


「そうね。カーテンも付いてるし、鍵も付いてるから、誰にも邪魔されないわ。見張りはカオルに頼んで!ねっ!」


『ねっ!じゃないよ!僕は見張りなんてしないからね。てか、ミーシャルは自分が愛人である立場を覚えてる?』


 憤怒の形相...... 多分...... 猫だから分からん。

 まあいいや、カオルが怒って苦言を呈しているが、怒られている当の本人は長い耳を起用に動かして、聞こえないようにしている。


『も~~!ほんとに!これだからエルフって嫌われるんだよ』


 馬の耳に念仏といった状況に、カオルはクドクドと毒を吐くが、ミーシャルは全く堪えた様子は無い。

 というか、「馬車に戻るか」の一言がここまで波及するとは、ミーシャルの性欲過多は異常だよな。殆ど病気だぞ。


 ミーシャルの性欲に脱帽していると、カオルがクエストについて尋ねてきた。


『それより、クエストは完遂されたのかい?』


 おっと、そうだった~~~。確認っと...... ノーコンプリート......


『その顔は終わって無さそうだね』


 カオルは、俺が答えるまでも無く理解してくれたようだ。流石だぜ相棒。

 俺の無言の返事では無く、カオルの言葉で疑問を持ったのだろう。今度はミーシャルがクエストについて尋ねてくる。


「クエストが失敗するとどうなるの?」


「恐らく、俺が消滅するんだろうな」


「がーーーーーーん!エッチどころじゃないわよ」


 いや、それは俺の台詞だから......

 そうなのだよ。エッチ処では無いのだよ。君も少しは精進したまえ。


「じゃ~~早く街に入ってからしようよ」


「いや、お前はエッチしか知らんのか!」


「ぶーーー!ぶーーー!だって、初めて男が出来たのに、今しないで何時するのよ」


「いや、するのはいいんだ。だが、時と場所と空気を読めよ」


 その後もしつこく強請ねだってくるミーシャルを何とか宥めて、カオルと一緒に、これからの作戦を考える事にしたのだった。







 夕暮れ時、周囲の商人達も焚火や食事の用意をしている。

 その匂いは人間に限らず、動物をも食欲のとりことする魔力を有しているようだ。

 そこかしこに野犬がウロウロしているが、きっと、焚火をしている変態達に捕まって明日の食料にされる事だろう。


 かく言う俺も夕食の準備をしている。

 ああ、そうは言っても犬を料理している訳では無い。


 アイテムボックスからキャベツなどの野菜を出し、まな板でザクザクと切り裂く。

 男の料理だ!

 繊細さなんて不要だ!

 見た目なんて不要だ!

 味と量で勝負なのだ!

 それなのに、ただ食うだけの癖して、横からケチをつける者が居る。


「ソ~タ~、なんでそんなに野菜を切ってるの?」


「野菜炒めを作るんだから、当然だろう。主役は野菜なんだぞ。肉がたくさん登場したら、それは野菜炒めじゃ無くなるだろ。お話が台無しだ」


「そんなお話は聞きたくないし、読みたくな~い。主人公は肉がいい」


『颯太、僕も主人公は肉が良いと思うよ』


 そうなのだ。この二人は肉食系女子だったのだ。


 まあ、ミーシャルの場合は、性欲といい、食事といい、完全なる肉食系だよな。

 俺は沈黙したまま、残りの野菜をアイテムボックスに仕舞い、大量の肉を取り出す。

 すると、ミーシャルが喜び勇んで肉の種類を聞いてくる。


「やった~~~~!今日は何の肉?」


 今度はその声に負けじとカオルが注文を出してくる。


『僕は豚がいいな~~』


 お前等な~~~、って、確か食事の必要はないって言ってなかったか? カオル!


 まあいい。こいつらに何を言って無駄だ。

 だから、俺は粛々と肉タップリ野菜ちょこっと炒めを作る。

 そうしないと、こいつらに野菜炒めを無理矢理にでも食べさせようとしたら、見事な程に肉だけ食って、食後には野菜だけ炒めが残っているのだ。

 結局は、俺が草食系になって全部を平らげる事になるのだから、初めから俺の分の野菜だけを炒めた方が効率がいい。


「出来たぞ!」


 木皿に盛った料理を見て、ミーシャルとカオルが喜ぶ。

 それはそうだろ、既にこの料理は野菜炒めでは無く、焼肉と呼ぶに相応しい料理へと変身しているのだから。

 野菜なんて端っこに乗っているだけで、どう見ても付け添えみたいなもんだ。


「やった~~~!待ってました~~~!美味しそう~~~!さ~すがソウタ~~!」


『うむ。美味しそうな肉だ。僕が助けた甲斐があったというものだよ』


 お前等、後でお肌が~~とか言うなよ! 肉食の末路は恐ろしいんだぞ!

 というか、カオル、お前は飯のために俺を助けたのか?


 結局、俺の心の叫び声も虚しい結末を迎える。

 あいつ等、付け添え程度の野菜すら食わなかった......

 もういいや、あいつ等の肉食は重々承知だ。

 そんな事よりも、そろそろ行動に移る必要があるだろう。

 そう、俺達はこれから昼間に考えた作戦を実行する必要があるのだ。


 俺は料理の後片付けを済ませると、馬達に飼い葉や水を与え、馬車の金具を外して、馬達を野に放ってやる。

 馬達は俺の行動に首を傾げている。その雰囲気が「いいの?」と言っているようで、俺はそれに答えてやる。


「好きな処に行って幸せに暮らせ」


 その言葉が聞えたのか、ミーシャルがやって来て馬達を一頭一頭撫でながら、声を掛けていく。

 すると、馬達が俺の頭をモシャモシャした後に、野に向かって駆けて行った。

 このシーンが、この糞ゲーワールドに来て二番目に感動したシーンとなった。勿論、一番目はボス牛が最後にローブをくれたことだ。

 ああ、馬車については、試してみるとアイテムボックスに収納できたので、後で売る事にした。


「さて、いくか」


「そうね。時間も頃合いよね」


『じゃ、ミーシャルお願いするよ』


 作戦行動の開始を宣言すると、ミーシャルが精霊魔法を発動させる。


「地の星霊よ。周囲の者に安らかな眠りを与え賜え!これで大丈夫よ。この辺りの商人たちは朝までぐっすりね」


「流石だな」


『食べた分は働かないとね』


 最後はカオルがしっかりとツッコミを入れてから、俺達はコソコソと移動を始めたのだった。







 王都を守る障壁は中々の物だった。

 高さといい、厚みといい、申し分ない出来だろう。


 俺達は街道から外れ、門がある場所からかなり離れた処にやってきた。

 ここなら、警備の者に見付かる心配もないだろう。

 それでも、周囲を警戒して、何度も見回す。だが、既に真夜中であり、普通の者は寝静まっている時間帯だ。

 尤も、ミーシャルのような者なら、熱い夜の真っ最中かも知れないけど......

 再三に渡り周囲を確認した上で、俺はミーシャルに声を掛ける。


「じゃ、頼むぞ」


「任しといて!」


 俺のコソコソ声にミーシャルは力強く頷きながら胸を張っている。


「風の星霊よ。この者に鳥の如き空を舞う力を与え賜え!」


 ミーシャルが精霊魔法の呪文を唱えると、途端に俺の身体が軽くなる。まさに飛べそうな程だ。


「ソウタ、ちょっとジャンプしてから空を飛ぶイメージをしてみて」


 ミーシャルの助言に頷き、俺が思いっきりジャンプすると、それだけで障壁の上部まで飛び上がれた。

 すぐさま、飛ぶイメージをしてみるが上手く行かず、ヨタヨタ漂いながら障壁を越える。

 その様は飛ぶと呼べる代物では無く、ハッキリ言ってとても格好悪いが、俺の目的は障壁を越える事なので、既に完了したと言えるだろう。

 何とか地に降りるイメージを思い浮かべて着地するが、それも上手く行かずに尻餅を突いてしまう。


『颯太、かっこわる~~~い』


 ちっ、煩い猫だ! てか、お前が一番働いてないだろ! 食っちゃ寝して、そのうちブクブクに太るぞ!


 俺はカオルを地に降ろしながら内心で悪態を吐く。

 すると、ミーシャルは慣れているのか、鳥のような勢いで降りてくる。

 だが、何故か着地点が俺のような気がする。


「ソ~タ~~!」


 どうやら、俺に抱きしめて欲しくて突撃して来たのだろう。

 ここで避けたらどうなるだろうか。一瞬、そんな興味が湧いたが、きっと後になってその一瞬を後悔する筈なので、その願望は心の奥に仕舞う事にする。


「うはっ!お前、勢い付け過ぎだぞ!俺だから良かったけど、普通の人間なら潰れて怪我をしてるぞ」


「ごめん、ごめん。久しぶりでちょっとバランスを崩しちゃって」


『そうだよ。もし僕が抱かれていたら、潰れたかもしれないんだよ』


 カオルが苦言を述べるが、今はミーシャルに抱かれていないので、俺にしか聞こえない。


「さて、これから如何する?宿はもう締まっているだろうし」


 俺はミーシャルを放してから、他の者に良案を尋ねてみる。

 すると、ミーシャルがカオルを抱き上げながら、己の意見を述べてくる。


「街の空き地にテントを出したら?」


 うむ、悪くない。確かにそれも一つの案だな。

 頷きながら、その案を実行するべく周囲を見回している最中に、最悪の音が鳴り響く。

 と言っても、聞こえるのは俺だけだが......

 更に、愚痴を溢す間もなく空中ディスプレーが現れてクエスト完了の文字が見えた。


「クエスト完了したぞ」


「やったね!」


『うん。無事に完遂できて良かったよ』


 ミーシャルとカオルが一緒に喜んでくれている最中に再び音が鳴り響く。

 心臓が止まるかと思うタイミングだ。


 ホッとした処に鳴らすんじゃね~~~~!


 心中で罵声を張り上げながら、空中ディスプレーを見て、更に驚く事になる。

 そう、そこには考えられないようなクエストが表示されていたのだ。


『エルローシャ姫の処女を奪え!』


「おい!それって唯の強姦じゃね~~~~か~~~~~!」


 誰もが寝静まる深夜の王都アリンダに、俺の心から吐き出された怒声が響き渡るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る