第13話 温泉での出来事


 走る。ひたすら走る。がむしゃらに走る。

 俺は猫のカオルを抱き、ティランと呼ばれる恐竜から逃げ回っていた。


『もう大丈夫だよ。居って来ないみたいだ』


 俺の肩に両前足を乗せて後方確認をしていたカオルの声で足を止める。

 かなり鍛えたのだが、流石に息切れがする。


『どうやら、木々が邪魔になって追いかけて来れなくなったんだね』


 カオルの解説を聞きながら呼吸を整えているが、未だに俺の胸は大きく伸縮している。

 行き成りあんな恐竜と遭遇するとは、流石だと褒めて遣ろう。この糞ゲー!


 命辛々逃げ出したのには訳がある。

 始めは倒してやると意気込んでいたのだが、雷魔法を撃ち込んだ処でその意思は綺麗さっぱり消えて無くなった。

 というのも、現在の俺の雷魔法の攻撃力は約三万七千ポイントだ。

 その詳細はINT×スキルの攻撃力なので、INTの百八十四×攻撃力の二百という計算だ。

 だが、ティランはその攻撃をいとも容易く受けきったのだ。

 それもHPを減らさずにだ。とてもではないが勝てる相手では無い。

 ということで、逃げの一手に出た訳さ。


 俺はカオルを地面に降ろし、自分も地に腰を下ろした。

 カオルはそんな俺を見て何を考えたのか、胡坐を掻いて座る俺の上に乗っかる。

 大人しく俺の上で丸くなるカオルを見て、彼女も人恋しいのだと勝手に判断し、好きなようにさせた。


「それはそうと、ここは何処なんだ?」


 思わず当たり前の疑問が漏れた。

 すると、カオルが見上げるような状態で俺に謝ってくる。


『その事なんだけど、どうやら僕の勘違いだったようだね。ここは大陸のようだ。出口が違ったんで騙されているのかと思ってしまったよ。恐らく、君を歓迎する為に、奴等は出口を変えたんだね』


『そうか。それならいい。あんなのを倒さないとクエスト完了できないとか言われたら、最悪の展開だからな』


 俺は素直にカオルの謝罪を受け入れ、これからについて相談してみる。


『まずは、ここが何処かを知らないと如何にもならんな』


『恐らくだけど、大樹海だと思う。ティランの生息場所は多くないからね。だから、このまま南に向かうのが良いと思うよ』


 地理的な情報を全く持たない俺に、カオルが色々と教えてくれる。


『あと、マップ機能が使えるよ。仲間以外の生物を表示できないし、表示できる範囲も知れているけど、街中とかでは役に立つよ』


 おお、そうだ。マップ機能とかあったんだ。

 直ぐに開いてみるが、道などない森の中だ。何も表示される事は無い...... いや、このマークはなんだ?

 マップに三本の縦波とそれを丸で囲んだようなマークが表示されていた。

 これを日本の知識と照らし合わせると、どう考えても温泉だ。


『これって温泉かな?』


 そうカオルに尋ねてみるが、彼女に空中ディスプレーを見る事は出来ないようだった。

 だが、俺の考えを悟ったのだろう。直ぐに返事をしてくれた。


『温泉マーク?もしそうなら、そこは温泉だよ。丁度いいじゃない。颯太、かなり臭うしね』


 まあ、海水を浴びていたとはいえ、数年間は風呂に入ってないのだ。臭くても当然だと思う。

 ということで、早速、温泉に向かう事になったのだった。







 そこは、湯気が立ち込める一帯で、彼方此方に温泉が湧き出していた。


「すげ~~~天然の温泉かよ!」


 俺はすぐさま人が三人くらいはいれる大きさの湯溜を見付けて手を突っ込む。


「あっつ~~~~~~~~~!」


 思いっきり火傷をしてしまった......


『颯太、脳みそついてる?普通、熱さに気を付けるよね』


 更に、思いっきりカオルから罵倒された。


 そんな罵倒を余所に、即座に回復魔法を掛ける。

 回復魔法で火傷が治るか疑問だが、見事に回復したので問題ないだろう。

 折角、温泉を見付けたのに、このままでは熱くて入れない。


「閃いた!」


 俺の叫び声にカオルが首を傾げるが、構わず思い付いた方法を試してみる。


「水よ!」


 俺が魔法を唱えると、手の先から水が物凄い水圧で流れ出す。


 あ、使用レベルを間違えた......


 ちょっとしたミスで、辺り一帯を水浸しにしてしまった俺に、カオルが身体を振って水を飛ばしながら罵倒してくる。


『颯太、やっぱり脳みそついてないよね』


 まあ、その心境は解るので、敢えて反論したりしない。

 だが、結果オーライだったようだ。

 先程、手をつけて火傷したお湯溜に、恐る恐る手を入れると良い感じの温度となっていた。


 よっしゃ~~~! キタ~~~~~!


 温泉に入れることを内心で歓喜し、即座に装備をアイテムボックスに収めてスッポンポンでお湯に浸かる。


 最高に気持ちいいわ~~~~~!


 数年ぶりの温泉に、身も心も解れそうになっていた処に、カオルがテクテクと遣って来ると、俺の頭に猫パンチを喰らわせてきた。


『レディの前でスッポンポンなるとか、デリカシーがないよ』


 どうやら、彼女の面前で俺が素っ裸になったのを指摘しているのだろう。


『だって、今更だろ?初対面からスッポンポンだったんだから、気にすること無いじゃん』


『そうだけど......』


 カオルは俺の言葉に逡巡しているが、そんな彼女を捕まえて風呂に入れる。


「ほれ、気持ちいいぞ~~~~!」


 思わず発声してしまったが、そんな事など気にせずに、カオルを両手に抱いてお湯に浸けると、カオルは嫌がる風でもなく、目を細くしていた。


『とても懐かしい気分だ。偶にはこういうのも悪くないね』


 暫くして、カオルはそんな言葉を漏らしたのだが、彼女が何を考えているのかは解らない。

 何故なら、彼女の縦割れた瞳は遠くを見詰めていたからだ。

 そんな彼女を見ていると、これからの事を少し不安に思うのだった。



 何故かポーション等と一緒にドロップで出て来た石鹸で身体や頭を洗い、さっぱりとした気分で夕食を終えた。

 今夜はこのまま、この温泉の近くで休むつもりだ。


 テントの中で転がっていると、カオルがテクテクとやって来て俺の顔を舐める。


『うん。臭く無くなったね。正直言って、あの臭いは辛かったんだよ』


 うぐっ、猫とはいえ、メスにそう言われるとかなりのショックを受ける。

 そんな俺の心情を気にする事無く、彼女は話を続けてくる。


『君に渡そうと思って忘れてたんだ。これを装着して欲しい』


 彼女が銜えていたのは、又もや指輪だった。

 出来れば服が良かったのだけど......


『これはなんだ?』


 カオルから指輪を受け取り、その効果を尋ねてみる。


『それはね。偽装の指輪さ。それを装着すると、君のステータスを誤魔化してくれるんだよ。恐らく、今の君のステータスは異常だからね』


 確かにその通りだろう。レベル十の割には基礎値が高すぎる筈だ。

 だが、それを他人に知られる事があるのだろうか。

 すると、カオルは和やかな表情で笑い始めた。と言っても、彼女は猫なので和やかだろうと勝手に判断しただけだ。


『この世界は誰もがレベルを見れるし、他人にレベルを知られる事もあるんだよ。ただ、颯太の様に空中ディスプレーでという訳にはいかないけどね』


 彼女の話では、己の身分を証明する為に冒険者ギルドに登録するのが良いだろうと言う話だった。

 だが、冒険者ギルドの入会時にステータスの確認を行われるだろう言っていた。

 それ以外にも、至る所でステータスを見られる危険性があるらしい。

 だから、素直にカオルの指示に従い、指輪を自分の指に填める事にしたのだった。







 翌朝、早速とばかり朝風呂へと向かったのだが、そこには先客がいた。


 ん~~、耳が尖ってる? スタイルも中々! 綺麗な金髪? あ、大事なところも金毛! 胸は大きからず、小さからず、形はマルっと。


 そう、そこには女エルフがいた。多分、エルフだと思う。

 てか、年齢などより先に、スタイルの方に目が行くのは、俺個人の業なので気にしないでくれたまえ。


「きゃ、きゃ~~~!ちか~~~~ん!」


 その女エルフは俺を見付けると、直ぐに叫び声をあげる。

 だが、俺は気にしない。というか、別に襲うつもりも無いし、いやらしい気持ちでここに来た訳では無いのだから。

 抑々、自分に卑しい気持ちがないのなら堂々とすべきだ。

 そう思う俺は、そのエルフを気にする事無く、昨日のお湯溜に手を付けて熱さを確認した後に魔法を発動させる。


「水よ!」


 それが終わると、再び熱さを確認してお湯に浸かる。

 

 今日の魔法は上手く行ったようだ。

 

 そんな勝手気ままな俺の行動を両手で大事な処を隠しながら睨んでいたエルフは、思いっきり呆れた様子だった。

 そう、俺は女エルフの事を全く無視して、お湯に浸かっているのだ。

 見られると恥ずかしいけど、裸の状態を見向きもされないのは、女として沽券に関わるのだろう。

 いや、魅力が無いとの判定を喰らったのと同じ衝撃なのかもしれない。


「ちょ、ちょ、ちょっと~~~!如何して無視するのよ!そんなに私に魅力が無いって言いたい訳?」


 どうにもこの女は面倒臭いな。叫び声の次は、因縁を吹っかけてくる始末だ。

 無視だ。無視しよう。


『如何したの?叫び声が聞こえたような気がしたけど』


 女エルフに因縁を吹っかけられている処に、眠そうなカオルが遣ってきた。


『だれ?そのエルフ』


 どうやら、カオルも直ぐに女エルフの事に気付いたようだ。


『さあ、先客だと思うけど、無視してお湯に浸かったら、言い掛りをつけて来たんだ』


 その言葉にカオルは、女エルフの様子を見遣る。


『あのさ~~。こんな綺麗な女性の裸を無視したら、そら怒るでしょ。きっと、彼女のプライドはズタズタなんだよ』


『女って面倒臭いんだな』


『何を言ってるんだい?そんなのは自然の摂理だよ』


「ちょ、ちょっと、なに無視してんのよ。てか、猫まで私を哀れな目で見て!何よ!あんた達!」


 二つのオッパイをプルプル震わせながら、女エルフが怒りを露わにする。

 そんなエルフを再び無視して、カオルを抱き寄せて湯に着ける。


「ね、猫の方がいいわけ?私よりも猫の方がいいの?もしかして獣姦フェチ?」


 なんとも失礼で煩い女だな~~。


『ねえ、このエルフ、煩いよ。折角の気分が台無しだよ』


『そうなんだよな~。折角の朝風呂で気分を良くしているのに』


『いっそ、やっちゃえば?大人しくなると思うよ。多分、欲求不満なのさ』


『いやいや、カオル、女の口からそれを言っちゃ拙いだろ』


 カオルが恐ろしい発言をしてくるが、流石にそれを実行する気にはなれない。


「なによ。さっきから無視して、この変態!」


 そん時、俺の何かがキレた。


「変態だと~~~~!変態の何が悪いんだ!お前こそ変態だろ!そんなに男に見られたいなら、裸で歩き回ればいいじゃね~か!」


「うぐっ、何よ!何よ!どうせ、私は魅力なんて無いわよ!わ~~~~~~ん」


「あ、あ、ちょっと、すまん、少し言い過ぎた」


『颯太、かっこわる~~~い』


『カオル、うるさいぞ』


 結局、痴漢に疑われることは回避できたのだが、エルフの女を泣かすという不名誉を頂くことになった。



 そして、ドタバタの時間が経過する。



 その後はモンスターを相手にするより大変だった。

 涙する女エルフを宥め、透かし、褒め称して、何とか収める事に成功した。

 彼女は名をミーシャルといい。齢は百十歳との事だった。

 改めてしっかりと品定めをすると、容姿といい、スタイルといい、なかなかの女性だったのだが、やっぱりエルフって長生きなんだな。


「ね~あなたは何者なの?」


 彼女は俺の胸に背中を付けて湯に浸かり、甘えるような声で問い掛けてくる。


「唯の人間だが?」


「唯の人間がこんな所には来ないわ」


 この世界の事は知らないが、彼女がそう言うなら、その通りなのだろう。


 彼女はカオルを両手で抱えて更に続ける。


「これから如何するの?」


「遣る事がるからな。旅にでる事になるだろう」


 てか、既に旅をしている状態なのだが......


「ふ~~~~~~ん」


 彼女が訝し気な声を発していると、カオルからの念話が届く。


『この女、付いて来るつもりだろうね。颯太が優しくするから、すっかり懐いちゃったじゃないか~~~』


 どうやら、カオルには不満があるらしい。


『女誑し......』


 どうにも、カオルには不満があるようだ。


『女泣かせ!これからは僕が見張るしかないようだね』


 これは絶対に不満の表れだ。

 流石に女心を知らない俺でも察しが付く。いや、ハッキリ言われているようだ。


 そんな感じで、のんびりと天然温泉に浸かり、一人と一匹の女を相手にしていたら、別の人間が遣ってきた。


 ぐあっ、なんだ、あの豚は!


 そう、やってきた人物は、豚の様に太り、豚の様な顔をした人物だった。


「あ、拙いわ」


 その人物を目にしたミーシャルが直ぐに警告を発する。だが、既に遅かったようだ。


「きゃ~~~!男!なんでここに男が居るのよ!それに、人間じゃない!」


 その豚はキーキー声で叫び出す。

 更に、その豚はミーシャルを見付けたようで、その瞬間、驚きの顔を嘲笑うかのような表情に変えて毒を吐き始める。


「ミーシャ、ミーシャじゃない。男に相手にされないからって、とうとう人間に手を出したのね。あはははは。醜いあなたにはお似合いだわ」


「くっ......」


 その豚の言葉に、ミーシャルは悔し気に呻く。

 その姿を見た時、俺の心が怒りに燃える。


「うっせな~!豚が嫉妬してブヒブヒいうなよ。ミーシャは綺麗じゃね~か!お前と比べものにならない程にな」


「な、な、な、なんて失礼な!これだから、下等な生き物は駄目なのよ!私がミーシャより劣ってるですって~~~!その口に矢を撃ちこんでやるわ」


 豚女は甲高い声で騒ぎ立てるが、怒り心頭の俺は構わず魔法をぶっ放す。


「風よ!」


 風の魔法が発動すると、豚は錐揉み状態で吹き飛び森の中へと消えて行った。

 次の瞬間、立ち上がった俺に柔らかい感触が伝わる。


「ソウタ、あなただけが私を綺麗だと、可愛いと、愛らしいと言ってくれる。私を一緒に連れてって!」


 ミーシャルが俺に抱き付き、共に行きたいと申し出る。


『颯太のバカ!』


 そんな彼女と抱き合う俺を冷たい眼差しで見詰めながら、黒猫のカオルは罵声を浴びせるのだった。


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